より豊かな放送とサービスを提供する「ダイバースビジョン」の発表~NHK技研公開2018レポート~
編集部
東京・世田谷にあるNHK放送技術研究所が、その研究成果を一般に披露する「技研公開2018」が5月24日(木)~27日(日)、昨年に引き続き開催された。今年12月からスーパーハイビジョン放送が開始し、8Kの実用化が具体的に見えてきたところだが、今年の技研公開では、これまでのスーパーハイビジョン中心の研究から、未来を見据えた内容にシフトしていく方針も明らかとなった。そんな「技研公開2018」の模様をレポートする。
■NHK技研3か年計画(2018-2020年度)
初日に行われた基調講演、並びに講演では、今年1月に公表された「NHK経営計画(2018-2020年度)」の内容にともない、「NHK技研3か年計画(2018-2020年度)」が発表された。それによると、これからの3年間を新しい放送技術とサービスを“創造”するためのフェーズと位置づけ、「リアリティーイメージング」「コネクテッドメディア」「スマートプロダクション」を3本の柱に、2030~2040年ごろを目安により豊かな放送とサービスを提供する「ダイバースビジョン」の世界を目指すとした。
「ダイバースビジョン」とは、スマートフォンやタブレットをはじめ、今後さらにAR、VR機器や触覚デバイスが広く普及し、番組やコンテンツの楽しみ方の多様化が進むと予想される中で、「誰もが時間や場所に関わらず、好みの機器を使って様々なコンテンツを視聴・体感できる世界」のことを指す。NHK技研ではこのダイバースビジョン実現に向けて、伝送経路や機器、コンテンツ様式に依存しない統一的なフォーマットに関する様々な研究を進めていく方針だ。
■3か年計画の3つの柱と「IoA(Internet of Abilities)」
続く講演では、NHK技研3か年計画の3つの柱である「リアリティーイメージング」「コネクテッドメディア」「スマートプロダクション」の具体的な研究方針についての発表が行われた。
最初に「リアリティーイメージング」について、放送技術研究所 テレビ方式研究部 部長 境田慎一氏が登壇。8Kスーパーハイビジョンのことにも触れつつ、VRなどの3次元の空間表現メディアについて語られたが、その中で技術的な側面だけでなく「人間が3次元コンテンツをどのように見るのか」というコンテンツ評価に関する研究の必要性も言及された。
次に「コネクテッドメディア」について、同研究所 ネットサービス基盤研究部 部長 中川俊夫氏から説明。主な内容は、インターネットサービス技術とそれを活用した番組制作についてであった。また人々の行動が多様化する中でテレビの視聴機会を増やすべく、行動と視聴の連携についてもフォーカスがあてられた。
最後に「スマートプロダクション」については、同研究所 ヒューマンインターフェース研究部 部長 岩城正和氏より語られた。ビッグデータの解析、ディープラーニングを活用したインテリジェント番組制作と、音声ガイドや手話CGといったユニバーサルサービスについて語られた。インテリジェント番組制作においては、大量に存在する外部・内部の情報を要約するシステムの利便性を説きながらも、「最終的な判断は人が行い、システムはその材料を提供するものである」旨が述べられた。
基調講演2では、「IoA(Internet of Abilities)実現への挑戦、放送の未来」と題し、東京大学教授/ソニーコンピュータサイエンス研究所 副所長の暦本 純一氏より、「ヒューマンオーグメンテーション(人間拡張)」の研究成果が発表された。
暦本 純一氏
そこではネットワークを通じて人‐人、人‐モノ、モノ‐モノがつながり、人間機能が拡張される、能力や感覚の共有をする世界が語られたが、放送の未来という観点からも、技術と人間の関係性において極めて興味深い内容であった。
■2030~2040年の視聴スタイルを具現化した展示ブース
展示ブースでは従来のエンターテインメント色を押し出さず、NHK技研3か年計画のコンセプトにのっとった内容が特徴的だった。メインとなるエントランスブースでは、NHK技研3か年計画(2018-2020年度)についてと、2030~2040年ごろを見据えたリビングにおける視聴スタイルが展示。壁には8K高輝度HDRディスプレイが、テーブル型、携帯型の3次元ディスプレイといった立体映像が視聴できるモニターが飾られていた。
続くスマートプロダクションゾーンでは、“音声認識による書き起こし制作システム”や、“映像自動要約システム”、“白黒映像の自動カラー化技術”といった展示がなされていた。他にも、コネクテッドメディアゾーン、リアリティーイメージングゾーンと分かれており、世界初の“8K120Hz映像符号化・復号装置”や“8K4倍速スローモーションシステム”、マラソンや駅伝など移動生中継のための“8K番組素材の移動伝送技術”、“スポーツ情報の手話CG制作システム”等の目新しい展示には、多くの来場者が人だかりを成していた。
他にも、今回の技研では、民放・関係各社の取組みがわかる展示コーナーもあり、ハイブリッドキャスト対応テレビとスマホなどを連携させる「ハイコネ(Hybridcast Connect)・ライブラリ」を用いたユニークなサービスの展示がなされていた。
例えば、NHKではアプリと連動し、緊急の災害情報をスマホ通知で受け取った際にタップすることで、すぐにテレビを点ける仕組みを展示していた。テレビは自動でNHKにチャンネルが合うようになっており、すぐに災害情報の確認ができる仕組みだ。
フジテレビでは、音声入力でクイズ番組に参加できる試みを紹介。出題されたクイズの回答を発言すると、画面の外枠に自分の回答が表示され、出演者と同様に正解・不正解が表示される。また、TBSでは、商品を購入した人が特別なコードをアプリで読み取ることで、企業CMの一部を自分で編集し、その家庭だけのオリジナルCMを放送できるシステムの実演が行われていた。
いずれも「ハイコネ・ライブラリ」を利用した新たな取組みとなるが、各局さまざまな視点や発想から、テレビコンテンツの接触機会を増やそうとする意向が感じられた。
最後に、2030年~2040年と聞くと少し遠い未来のようにも感じられるが、今回の「技研公開2018」は、新たな指標を定めスタートを切ったNHK技研の熱い意気込みと、放送の次のステージの到来を感じさせる内容であった。