「ショート動画」は テレビ局の次の主戦場になるか?動画配信の次に来る協調領域を探る【InterBEE2018レポート】
編集部
2018年11月14日~16日に幕張メッセ(千葉市美浜区)で、音と映像のプロフェッショナル展「Inter BEE 2018」が開催された。3日間で過去最多となる出展者数1,152社・団体と40,839名の登録来場者数を記録するなど、今年も大盛況で閉幕された。その中から、放送と通信の融合を展示とプレゼンテーションで提案する「INTER BEE CONNECTED」の2日目に行われたセッションの一つ「ショート動画」は テレビ局の次の主戦場になるか?」をレポートする。動画配信の次に来る協調領域は、ショート動画になりうるのか? ショート動画に取り組む最前線のパネリストたちによる、注目のセッション内容をお送りしたい。
○モデレータ
・安藤 聖泰 氏
株式会社HAROiD 代表取締役社長
○パネリスト
・田中 瑞人 氏
日本放送協会 統括プロデューサー
・原 浩生 氏
日本テレビ放送網株式会社 ICT戦略本部
・橋本 英明 氏
株式会社フジテレビジョン 総合事業局 コンテンツ事業室 主任
■拡大する動画市場広告と各社参入の理由
若い世代に人気の「TikTok」の影響も手伝い、連日、新聞やネットでショート動画の話題が取り上げられている中、テレビ局やネット企業、PR会社などでもショート動画市場に参入し始めている動きがある。冒頭、安藤氏は、ここでいう“ショート動画”の定義を、「スマートフォンでカジュアルに視聴でき、SNS等複数のチャンネルで配信が可能な、結果的に短尺な動画」と定めた。
動画市場広告は来年には2,000億円を突破する見込みで、2023年には約3,500億円の市場になると言われている。
安藤氏は、各社がショート動画に参入したきっかけを尋ねた。2017年に『NHK1.5ch』を開始し、NHKで放送した番組の“おいしいところ”を1~3分程度のショート動画に再編成し、SNSで好まれやすいフォーマットにアレンジして配信する取組みを行った田中氏は、「テレビ放送ではリーチできなかった接触者を増やす目的で始めた。実際にやってみると、働いている局の人間でも知らない番組がたくさん発掘でき、放送して終わりではなく、何度も届くように可視化、価値化していこうと機運が高まっている」と述べた。
次に、“テレビをネットを使ってどう面白くするか”ということに従事し、『SENSORS』というネット番組や、出向しているオールアバウトナビ社での『チルテレ』、日本テレビでの『テレビバ』といったショート動画配信サービスに携わる原氏は、「ユーザー、広告主、制作者のテレビ回帰も目的の1つだが、ネットの動画広告の獲得が大きな目的。動画広告市場の伸びに追随する新たなサービスを展開したいと思いショート動画市場に参入した」と背景を語る。
続く橋本氏には、2014年の段階でSNSにシェアする『ビデリシャス -おいしい動画』という、料理に特化した動画メディアを発案、運用し、2017年に手放すといった経緯がある。参入のきっかけは、「ミレニアム世代がテレビをあまり見ていない中で、まずユーザー、オーディエンスがいるところからアプローチしていきたかった。また、FODは基本的に地上波でやっているようなものを配信しているので、本当に新しいものが作れているのか?と疑問を抱き、表現やフォーマットをプラットフォームに最適化された動画があるのではないかと思い取り組んできた」と発言した。
■ユーザーが求めるのは、プラットフォームに最適化された動画
各社ショート動画を配信したことで、テレビ離れは回避できたのであろうか。橋本氏は当時の失敗談として、「テレビ番組のミニ番組みたいな動画を配信してしまったが、ユーザーはもっと短尺な動画を期待していた。テレビで培ったノウハウはショート動画には移植できず、結果的にミレニアム世代ではなく、新規顧客を取り込む施策となった」と当時を振り返る。
原氏も実感として、「テレビのコンテンツは否定しないが、そのままでは受け入れてもらえない。いかにプラットフォームに最適化させるかが大切だ」と語る。田中氏は、「『NHK1.5ch』はエンゲージメントが非常に高く、コメントの投稿やシェアといったユーザー行動が多数見受けられるところから、ストーリーのあるコンテンツならではの強さを実感している。放送局が投げかけたものがユーザー間のコミュニケーションを生んでいるのが、テレビとは違う点だと感じている」とコメントした。
■ネット専業事業者やユーチューバー、スタートアップに勝つ方法
安藤氏より、「ネット専業事業者やユーチューバー、スタートアップに勝てるか?」と問われると、橋本氏は、「そもそもUSとは産業構造が違う。うちではスタートアップベンチャーもやっているので、勝てるかと言われれば、勝てると思っている。ただ、自社だけでは難しいので、製作は専門性のある人たちとうまく組んでやる必要がある」と回答。
原氏は、「構造的に言うと、テレビ局としては辛い。なので、スタートアップのカルチャーをいかにテレビ局の中に輸入できるかが大事。テレビ局の今までのやり方では勝てないので、出資や協業など、輸入、輸血しながら新たなやり方から作っていく必要がある」と。
田中氏は、「勝ち負けではなく、コラボレーションでやっていくのが現実的な概念だろう。その際に、テレビの人が持っている強みは何なのかということを再認識する必要があるのではないか。例えばNHKの『今日の料理』。どうやって動画にしようかを考えたとき、プロデューサーとのディスカッションの中で、日本中の産地で一番おいしい食材のありかをつかんでいることを知った。それら食材を組み合わせて、安い値段で健康に良いものを作っていることをどう可視化、価値化できるか。もしかすると、動画ではないかもしれないが、そういったノウハウをどうやって社会還元していくかが肝だと思う」と発言した。
■動画広告市場における課題点
課題点について田中氏は、「放送局の中でもクリエイティブに、優位な立場でやらせてもらっている。それゆえのミッションとしては、第一に社会還元しなければという思いがある。一方でプラットフォームの考え方に左右される中で、本当に伝わるものを作るのは大変だと実感している」。
原氏は、「ネット広告は伸びているが、テレビ局がセールスするとき、枠を売るという発想から抜け出すのが難しい。ネット動画の世界で“枠から人へ”という言葉があるが、コンテンツを育てる、あるいは広告と一緒に届けられるような場を、ユーザーとのエンゲージメントを高めながら作っていきたい。ファンを集めてエンゲージメントを高める、そういう関係値が築ければ関係が変わっていくと感じている」と意見した。
橋本氏は、「キャッチアップサービスなどを含めて、動画の広告市場を獲りに行こうとしている。エンターテインメント的な感覚で広告が取れるかというと、実際は取れていない。2018年にFacebookがアルゴリズムを変更して再生回数が下がった影響が、短尺動画を広告だけでまわす難しさが現れているなと感じる。USのケースで見ると、もうプラットフォームに依存して広告費の収益だけで回すなんて誰も考えていない。プラットフォームに依存していくのはさすがに厳しいので、新しいサービスや展開を考えなければいけない」と危機感を募らせた。
■放送局はストーリーテラー
時間が迫り、最後に一言ずつお互いに期待することについてメッセージを交換した。
田中氏は、「このセッションのテーマは、“ショート動画は次の主戦場になりうるか”だが、個人的にはそういう問題の受け取り方はしていない。テレビ番組とショート動画はどんどん接近してくるんじゃないかなと思うし、いつかその境界線はなくなるだろうと思う。その時に、どこかの局だけがうまくやっているのではなく、放送局や新聞といったメディア全体で、人々に有益な情報の流通を促進できれば、みんなにとって望ましいのではないかと考えている」。
原氏は、「NHKさんには、ネット向けの超ハイクオリティーな動画をこれからも作ってほしい。橋本さんのSNSでの発言はとても素晴らしいので、ぜひテレビ業界の中でのネット派の若手オピニオンリーダーとして発信を続けてほしい。テレビの売上規模からすると、ショート動画はなかなかすぐに匹敵するものにはならないが、それでもネットの世界では既に主戦場になっている。その風をもっと入れていきたいので、橋本さんの言葉とユーザーの声に耳を傾けながら、ネットの中での主戦場であるショート動画を盛り上げていきたいなと。色々なチャレンジを会場の方々とも一緒にしていけたらいいなと思う」。
橋本氏は、「うちも他もそうだが、自分たちを“テレビ局”というのはもう卒業しよう。我々はストーリーテラーで、それを輩出する場所がたまたまテレビだった、Facebookだった、そんな風に考えていきましょう。これまで60年テレビが続いたからと、今のままで200年続くとは思えない。そろそろ新しいことやっていかないといけない。もっと若い人たち、成熟している人でも、新しい考えを持っている人はたくさんいるので、そういう人たちの意見と力を合わせて、すごいものを生み出していかなければ」とテレビに対する本気の思いが語られた。
最後に安藤氏より、「動画広告市場は今後さらに拡大するが、既存の動画配信事業者がすべてその市場を取るわけではない。本セッションでも感じたが、視聴者、ユーザーとエンゲージメントが高まり、さらなるサービスで収益化できる可能性がある市場である。現状、テレビの動画が検索しても引っかからないといった課題もあるが、そういうところも今後は大きく変わってくるのではないかと思う。テレビとインターネット分野、色々な事業が一緒に取り組んでいかなければいけない課題点もあるが、民放放送局だけではなく、テレビ業界全体で一緒に動画広告市場に踏み込んで行ければと願う」といった言葉で同セッションは締めくくられた。