日本テレビから世界へ Z世代に向けたドラマ制作で見えた新たな戦略とTVer配信成功の要因
編集部
日本テレビ放送網株式会社(以下日本テレビ)が今年、「Z世代に向けたエール」をコンセプトに、新たなドラマプロジェクト「Zドラマ」を立ち上げた。
「Zドラマ」とは、ドラマの世界観をメディアや手法にとらわれず、SNS、楽曲、ライブ配信、映画、舞台など自由なカタチで描き出すプロジェクト。2022年春に、第1弾として茅島みずきをヒロインに抜擢した『卒業式に、神谷詩子がいない』を放送・及び配信。同作では毎週日曜放送のドラマ本編とともに、放送前の月曜から土曜にかけて「かじるドラマ」と銘打った短尺の縦型ショート動画を制作し、各SNSで先行配信を行った。
第2弾、第3弾として発表された『ばかやろうのキス』『やり直したいファーストキス』(2022年夏)は、ファーストキスをきっかけに始まる2つのオリジナルストーリーが描かれる。『ばかやろうのキス』は地上波とTVer、『やり直したいファーストキス』はTVerで配信され、両作品を共に見ることでクロスオーバー展開が楽しめるという手法を用いた。
この「Zドラマ」について、日本テレビコンテンツ戦略本部ICTビジネス局兼コンテンツ制作局コンテンツプロデューサーの鈴木努氏に、立ち上げのきっかけやプロジェクトの狙い、実施によって得られた知見などについて話を伺った。
「倍速視聴」など、新しい価値観を持ったZ世代へのアプローチ
――「Zドラマ」という今回のプロジェクトを立ち上げたきっかけ、狙いを教えてください。
鈴木氏:いくつかあるんですけど、自分自身が中学生の時に、ある日、突然とある出来事から、出口のない真っ暗なトンネルでもがき苦しむ経験をしてきて、その時の自分と同じように若さゆえの特有の苦しみを抱えている若い人たちに向けて、明日、1ミリでも少し前向きになれるようなメッセージを届けられればと思い立ち上げました。
立ち上げるにあたって、Z世代の役者にフォーカスを当てた新しい舞台を日本テレビの中に作りたいという思いがあったからです。そしてご一緒した役者さんたちが近い将来、世界に羽ばたいてくれると嬉しいなと思ってます。もうひとつは、SNSをはじめメディアが色々と増えていく中で、そのメディアをどう組み合わせると、若い人たちに届くのかということを実験する場所を作りたいという思いがあったからです。
――90年代後半から2010年代初頭生まれのこの世代は、例えば「長尺の動画を見ない」「テレビドラマを倍速で見ている」など、従来とは違った新しい価値観を持った視聴者が多い気がします。そういうことを踏まえた上でこのプロジェクトも作られているのでしょうか。
鈴木氏:もちろんです。実際に大学生を対象として、リアルな話をたくさん聞いてみると、例えば、「結末がある程度保証されていないと見るのがリスク」という意見や、「倍速視聴」を利用しているという話ももちろん出ました。それから、「行間はいらない。はっきり言って欲しい」といった意見もありました。今回の『ばかやろうのキス』『やり直したいファーストキス』は、こうした意見を割と素直に取り入れて作っています。本来のドラマであれば、「主人公とヒロインが出会って恋に落ちる」というのを1時間3話くらいで描いていくことが多いのですが、それを冒頭で、この人とこの人がキスをするというシーンをいきなり入れて、30分1話で描いているんです。長い台本を作ろうと思えばいくらでも作れますが、それをあえてせずに、この世代に向けた、“時間の濃度を高めた”作りになっています。
――視聴者は男性、女性のどちらにターゲットを絞っていたのでしょうか。
鈴木氏:基本は男の子よりもドラマ視聴の多い女の子をターゲットにしました。ジャンル調査も行いましたが、彼女たちにとって「恋愛ドラマ」が人気という結果が出ておりました。
――テレビを見なくなっているのでは?と囁かれている「Z世代」をターゲットに作品を作ることは、テレビ局にとってどんな意味があるのでしょうか。
鈴木氏:メディアは生き物です。その世代がテレビを見なくなると生存できなくなるんです。そこで数字が取れなくなると、この先はもっと苦しくなる。取り込みづらいものでもあるんですけど、ちゃんと取り込んでいかないといけない存在だと考えています。
――「Zドラマ」で新作を作る場合はキャスティングから先に行うのでしょうか。それともクリエイターを先に選定して作っていくのでしょうか。
鈴木氏:実はこの「Zドラマ」を作っているスタッフは、昔からドラマを作っている、いわゆる“王道のドラマスタッフ”の方が多いんです。その人たちと、この世代にアプローチをしていくにはどうすればいいかを議論するところから始めました。現場畑のスタッフの間でもある種の危機感みたいなものを感じていたので、それもまた「Zドラマ」を立ち上げた理由のひとつになっています。
第1弾はアックスオン(AX-ON)のスタッフと一緒に作りましたが、立ち上げの時はそういう王道のドラマを作ってきた人たちと試行錯誤しながら作っていくという感じでした。
――作家の選定も重要になってきますね。
鈴木氏:新しいものを取り入れられる人を選んでいます。10本分くらいのイベントを5本にしてほしい、という感覚のお願いもしていて。最初のプロットの段階では、イベントごとをいっぱい用意して、尺を気にせず、順序立ててそれを並べて面白いものを作っていくんですけど、最後にそれをギュッと縮める作業をやるんです。そういった作り方を理解してくれる作家さんと作り上げています。
――キャスティングはどのように決定されているのでしょうか。
鈴木氏:『ばかやろうのキス』でいうと、主演の板垣瑞生君は、会ってもらえばわかるんですけど、この世代の中ではなかなか稀有な存在でして。今22歳なんですけど、“昭和の役者”のように一点の曇りもなく演技にまっしぐらで最高なんです。ゆうたろう君や、窪塚愛流君も演技にかける思いと熱量、真面目さがひしひしと伝わってきて、最高のばかやろう3人が結成されました(笑)。根っこは“演技に人生をかけていく気概のある人を集めたい”っていう思いでした。園宮蓮役の八木勇征さんは完全に一択で、八木さんからインスパイアされて作った役でもあります。
ヒロインは、本人に言うと怒られるかもしれませんが、あまり色のついていなくてテレビで、映像で見たら圧倒的に綺麗で、かつどこか神秘的に儚さを持っている人という基準でを選びました。そこまで多くのドラマには出ていなくて、映像で見るとハッとするような見ている人の視線を釘付けにする女の子を使いたいって思っていたんです。出口夏希さんは2年ほど前にインターネットのちょっとした動画から見て、いつかは絶対お願いする! と決めていました。
本田望結さんの演技はやはり圧倒的で監督もほとんど何も指示出さずでした(笑)。新井舞良さん、那須ほほみさん、みんな圧倒的な輝きをもっている素敵な面々でした。
――「メディアミックス」という面で工夫をされたことはありますか。
鈴木:放送前は、TikTokとかInstagramのような縦型の動画メディアに、基本毎日、1~2本の動画を投稿していました。通常ドラマのSNSって、オフショットのようなものを結構出していくのですが、そういうものではなく、なんというか、まるで“隣の芝”を見るようなものを上げていきました。ドラマを撮る時も、みんなに「自分の役の範囲の中だけで出てくれ」とお願いして、今日もどこかでその登場人物がどこかの世界で生きているような、そういうものを上げていこうって。配信や放送が始まると、今度はドラマの中のピークのシーンを縦位置で切り出した動画を上げていきました。このドラマを見ていると、このシーンは必ず出てくるよっていう感じのものです。昔のセオリーで行くとあまり見せたくないものなんですけど、キスシーンや告白シーン、喧嘩しているようなピークのシーンを上げる。そうすると見た人は、その前後が気になってくるんです。
“すごくうまくいった”スピンオフではないTVerでの配信設計
――ここまで3作品を作られて、手応えのようなものは感じましたか。
鈴木氏:放送前にSNSで情報を出していく過程から、もう反応は結構ありました。今回の『ばかやろうのキス』『やり直したいファーストキス』もSNSの反応が良くて、投稿に対するエンゲージメントの高さに驚きました。フォロワー数はそんなに伸びていなかったのですが、投稿した動画は一気に伸びました。TVerのお気に入り登録数も21万を超えて異常に多かったですし、DMでも「この子だけのストーリーを作って欲しい」など若い視聴者からの反響がたくさんきました。pixivで続きのストーリーを作っている人もいましたね。
あと、放送直後に海外の放送事業社、配信事業社からの問い合わせが入って思わぬところからの反響に驚きました。
――作り手としての手応えもたくさんあったのでは。
鈴木:『やり直したいファーストキス』は、『ばかやろうのキス』に登場する配信番組をTVer向けにそのまま配信するという形で制作したんですけど、その設計がすごくうまくいったと思っています。よくあるTVerスピンオフという感じにすると、そのドラマのコアファンだけが見るコンテンツとなるので、ドラマ本体の再生数よりスピンオフコンテンツの方が回らないという構造になってしまいます。
このドラマの場合、もうちょっとターゲットに合わせて、別の入口のようなものを作ろうと思い、クロスオーバー展開するものを考えました。恋愛リアリティーショーのような番組は「配信だと当たるけど、放送だとなかなか勝負できない」というジャンルなんです。それを配信版に持ってきて、どっちを見てもいいし、どっちから見てもいいし、片方だけ見てもいいという形でやるのが勝ち筋だと思っていました。
――第1弾『卒業式に、神谷詩子がいない』での試行錯誤や経験を元に改善した点もあったのでしょうか。
鈴木氏:ストーリーでいえば30分5話で群像劇は難易度が高いなと思いました。学生青春ものにすると、学校の中からあまり動きがなくて、話を進めても“色合い”が変わらない部分も悩みました。第1弾の経験から、都内や田舎、恋リアの世界、学校などシチュエーションを多く作ることも意識して、第2弾、第3弾を組み立てました。
――第1弾ではSNSの活用について、専任の「Vlog班」という体制を設置したと聞いているのですが、今回はそれを踏まえてどのようなSNSの活用をされたのか、具体的に教えてください。
鈴木氏:撮影の合間にSNS用の素材を撮ったりするんですけど、それは「SNSに特化した企画」を考えて作っていく。その中で、反響の良かったものをまたパターン替えして出していく、という流れでした。
ドラマ撮影のカメラの脇でスマホを回したりと、通常だとなかなかできない取り組みも、みんなフランクに協力してくれます。かなり開かれた現場で、逆に女性キャストが「これSNS用に撮っておかなくていいですか?」って気を遣ったりもしてくれました。
――今後はどのような展開を考えているのでしょうか。
鈴木氏:いずれは、この「Zドラマ」を最先端の技術も取り入れたり、WEB3.0との融合や世界に向けて発信するなど「Zドラマ」自体をもっと大きくしたいという思いがあるんです。あと、出演いただいた人たちにもっと大きな舞台を準備したり、日本に留まらず世界で活躍してもらいたいという気持ちもあります。まだまだ可能性をたくさん秘めたプロジェクトだと思っています。今後の展開に期待していてください。