2040年、メディア環境はどんな姿か? 〜メディア環境研究所フォーラム 2022夏 MORE MEDIA 2040キーノートレポート(中編)
編集部
東京・大手町三井ホールにて『博報堂DYメディアパートナーズメディア環境研究所フォーラム 2022夏 MORE MEDIA 2040 〜メディアは、体験し、過ごす空間へ〜』が、2022年7月7日に開催された。
2019年秋以来、約3年ぶりにリアルイベントでの開催となった今回のメインテーマは、「2040年のメディア環境」。コロナ禍がいまだ収束せず、ロシア・ウクライナ情勢も予断を許さない状況のなか、不確実性を増す時代に必要なものは「未来を見通す『視座』」であるとし、約20年後にあたる2040年のメディア環境を予測する。
本記事では全3回に分け、この模様をレポート。今回は、キーノート「MORE MEDIA 2040 〜2040年のメディア環境を描く〜」の中編として、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 グループマネージャー兼上席研究員・山本泰士氏によるプレゼンの模様を伝える。
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メディア環境研究所では、30名以上の専門家、企業家と対話した「未来をつくる有識者セッション」を実施。このなかで得られた洞察をもとに、メタバースやNFT、WEB3といった技術変化を踏まえながら、2040年の未来に生活者が接するメディア環境を予想。将来的にどのようなビジネスチャンスが生まれうるのか、発想のヒントを提起する。
■現在の想像を超えた未来としての「2040年」
「メディア環境は大きな変化の只中にあり、日々ニュースを見ればメタバースやNFTなど様々なバズワードが飛び交い、これから何が起こるのか不安になるかたも多いのでは」と山本氏。「変化の時代に重要なのは長期的な視点」といい、「変化のなかで右往左往するのではなく『未来はこうなるのだ』というビジョンを描き、意思を持ったうえで、これからの行く手を考えるべきではないか」と、趣旨を語る。
「約20年前の人々が、2022年の『なりたい職業ランキング』にYouTuberのような職業が入っていると知ったら、とても驚くのではないでしょうか。それほどに面白い変化が起こるであろう、『いまから20年後』の2040年を考えていきましょう」(山本氏)
今回のテーマにあたってメディア環境研究所では、自所メンバーに加え、メディア研究者、メディア制作実務者、技術トレンドリサーチャー、Z世代ビジョナリストとチームを結成。先行研究や議論を経て未来に向けた421個の「問い」を導き出し、その問いを元に未来の生活者変化を考える有識者との対話を行った。その数30名以上。人間拡張工学の専門家、メタバース企業家から哲学者、映画監督、能楽師など、幅広い分野の識者たちだ。
■体のあり方:AIは人間の能力を超えるが、共存する
「重要なのは、技術変化で生まれる生活者の行動や欲求の変化であり、これがメディア環境とビジネスを生み出す」と山本氏。問いを分析しながら、未来のメディア環境に影響を与えるであろう4つの領域を設定した。
まず山本氏は、人間社会の根幹をなす「身体のあり方」の領域から、AIと人間の関係性について解説。現代において、高性能な言語AI「GPT-3」がディープラーニング(深層学習)を通じて作詞を行うことに成功しており、「人間の詩人をはるかに凌駕するようなクリエイティビティを発揮している」という。
その一方で、「AIに人間が乗り越えられ、支配されるわけではない」と山本氏。「テクノロジーの根本は『エンパワーメント(能力強化)』となり、人々がAIとともに創作する社会になる」という。
「たとえば漫画を描くとき、『ストーリーは思いつくが、画力が追いつかない』というときに、AIが手助けをし、人間の能力を強めてくれる」と山本氏。
「エンパワーメントの領域は創作だけに留まらず、ロボティクスによる『身体能力の拡張』にまで広がっていく」といい、「AIが人間の能力を超えて共存し、ともに可能性を広げてくれる“人機一体”の社会になっていく」と語る。
■経済感覚:欲望を持ち、データを生み出す人間にAIが“報酬”を支払う
「AIが人間の能力を拡張する役割を担うことで、人々にとってのお金の稼ぎ方や経済感覚も変わっていく」と山本氏。「AIにとって人間は“データを生む存在”として貴重であり、その価値を与える人間は、“生きているだけで金をもらえる”ようにならなければならない」と、AIからの“報酬”を示唆する。
「欲求のメカニズムはいまだ解明されていない。解明されていないものは実装できないため、すなわちAIは欲望を持つことができない。欲望を持ち、AIには生み出せないデータを生み出す人間に対して、AIが報酬をもたらす可能性が見えてきた」(山本氏)
■時間感覚:働くことから解放され、意味ある長い余暇を過ごす「超ヒマ社会」が始まる
AIが生み出す新たな経済によって、人間社会の時間感覚も変化すると山本氏。「これまで労働に割かれていた時間が大幅に空き、“超ヒマ社会”が来る」という。
「生きているだけでAIから報酬が得られる存在になることで、『働くがの当たり前』という概念が覆る。人々は、自分の好きなことを追求するために時間を割けるようになる」(山本氏)
その一方で、「人はただ無意味に時間を浪費することには耐えられない」と山本氏。「単なる享楽的な時間の消費にとどまらず、勉強や友達作りなど、自己成長へ向けられていくだろう」と展望を述べる。
「“短い余暇”をいかに消費するか、という時代から、長い余暇をいかに意味のあるものにするか、という形に時間の使い方が変わっていく」(山本氏)
■メディア化した空間での価値観が、リアル世界での価値観を上回る
「2040年、空間はメディアになり、人々はそこで自由に生活することになる」と山本氏。「ディスプレイは空間そのものとなり、人々はデジタルメディアに入りこんで生活する」といい、「その比重が高くなるにつれ、『リアルの中で可愛い、かっこいい』よりも、『デジタル空間上で可愛い、かっこいい』ことの価値が増える」という。
「いまや若者の間では、学歴よりもSNSのフォロワー数の多さに価値があり、フォロワーが多い方が『生きやすい』と感じる人が増えている。それと同様に、将来デジタルメディア空間で過ごす時間が増えれば増えるほど、その空間でのモノ、コトに価値を見出す人々が増えていく」(山本氏)
「自分の好きなことに応じ、“井の中の蛙”として生きるコミュニティをたくさん持つ人は、コミュニティーごとに人格を切り替えて、生きることもできるようになる」と山本氏。
「好きなことで認められる場を多様に持ち、人格を切り替えていく、そんな幸せがあるのではないか」と示唆する。
■「仲の良い人とだけ」の交流で生まれる「カルチャーごとの壁」への課題
「セクハラ、パワハラ、アルハラなど、この20年間で社会は様々なハラスメント問題に直面した。不快な人間関係を淘汰させていくという圧力は、今後20年間の前提とすべきトレンド。人は居心地のいい空間をデジタルメディア上に作れるようになるし、作ろうとしている」(山本氏)
「居心地のいい場所を作れるのは、デジタル空間だけではない」と山本氏。
「現実世界においても定住以外の選択肢が生まれ、流動的な住み方をする人が増えて地方の活性化に繋がる。工場や小売店で働く人々も分身ロボットを駆使したテレワークが可能になり、特定の場所に依存しない多拠点での自由な住まい方を後押しする」(山本氏)
「フィジカルでもデジタルでも自由に居場所を選べるようになるということは、必ずしも前向きなことばかりではない」と山本氏。「空間上でのリアルタイムチャットがコミュニケーションの中心になることで、『いまその場にいる、仲の良い人』とだけの付き合いに偏るようになり、国境どころかカルチャーごとに壁ができていく可能性もある」と懸念も示す。
「小さく分かれた『村の人』たちを、『市民』としていかにつなげるか。異なる価値観の集団が生まれてしまうことは避けられないが、その中でも相互理解を交換しながら、全体が良くなる世界をいかに目指していくかが課題となる」(山本氏)
■人口減少でも明るい未来? 2040年のメディアは「多層化、多場化、多己化」
これらのビジョンを踏まえたうえで、2040年にはどのようなメディア環境が存在するのか。そのキーワードとして山本氏は「多層化、多場化、多己化」を挙げ、「複数の世界の多様な場所を、自己を切り替えながら、AIを相棒として自己実現を行う」と、その姿を示す。
●多層化
「音声空間なども含め、多様な空間をリアルとして生きることができる。いま、私たちがワイヤレスイヤホンを使うかのごとく自然に、『生きる世界の切り替え』が起こる」
●多場化
「多層になった空間で、生活者は居心地の良さや好きなことを追い求め、多くの場を持つことができる。VR・ARによって、好きな仲間と好きなことに没頭し、“井の中の蛙”となれる場を、興味に応じて持つことができる。仕事や学校の場所に縛られることなく、自動運転などに後押しされて、好きな場所で流動的な住まい方をすることができる」
●多己化
「生活者はたくさんの“自分自身”を持つことができ、様々な世界に多様にある好きな場所に応じて自己を切り替え、居心地よく生きることができる。VR・AR空間では、フィジカル世界の自分にとらわれず、自分の見た目や性格、話し方さえ変えながら、それぞれの場所を楽しむことができる。社会から与えられたアイデンティティに依らず、自らアイデンティティを構築したり、場合によっては“購入”したりすることすらもできる」
「いま日本では人口減少、少子化、経済成長率など、たくさん『減る』ことばばかりが語られているが、こうして考えると、メディア世界のなかでは前向きな展望ができるのではないか」と山本氏。「2040年には、メディア自体が『体験し、過ごす空間』になっている」とし、新たな生活のかたちを示した。
■2040年、どんなメディア環境からどんなビジネスチャンスが生まれている?
このようなメディア環境において、どのようなビジネスチャンスが生まれるのか。山本氏は、ワークショップから生まれた「2040年のメディア体験」のシナリオを語る。
●フィジカル、メタバース空間を行き来し「自分にとって意味ある行動」を追求する
「週に数日働きながら、フィジカル空間でテニスをしたり、メタバース上で宇宙飛行士活動やアイドル活動、植物研究まで、自分にとって意味のある行動を追求する」
→ 意味ある時間を生み出せる「学びコンテンツ」にチャンス
「世界中の大学の『学び』を網羅し、分かりやすく学びながら、同時に友達を作ることができるコンテンツを提供する。大学と提携することで単位の発行を行うことができれば、『7つの大学へ同時に入学する』ことも珍しくなくなるかもしれない」
●ロボティクスで「エンパワーメントされた自分」を得る
「ロボットを使い、身体をエンパワーメント。乗用車を持ち上げて遊ぶなど、『強い自分を楽しむ』娯楽が生まれる」
→テクノロジーによって強化された人間による「人機一体エンターテイメント」にチャンス
「『サッカー戦略を考えることは得意だが、運動は苦手』という人が『機械化されたサッカー選手』になり、チームメイトには自分のサッカー戦略を搭載したAIを起用。そんな“人機一体”のエンターテイメントが次々と生まれていく」
●VR・AR空間で自分の好きな姿を追求する
「40歳の中年男性がメタバース空間で女性アイドルになり、ファンと一緒に楽しむ。飽きたら、江戸時代の武士になったり、さらには猫になったりと、自分の望む姿で人生を謳歌する」
→変身するキャラクターの「人格」を売り買いする市場にチャンス
「しゃべり方や立ち振る舞い、性格といった人格をまるごと売り買いする市場。『人気のアニメ主人公の人格データが10億円で落札』という見出しが踊る可能性もある」
●AIのサポートを受け、自分のイメージに合った高度なクリエイティブを制作する
「自分のなかにある創作イメージをクリエイティブAIに相談し、クリエイティブをサポートしてもらうことで1人でも大作映画が作れるようになる」
→創作のきっかけとなるお題やヒント、素材を提供し、完成したコンテンツから得られる収益を分配するビジネスにチャンス
「物語についたファンに『物語の続き』の創作を託し、提供された素材やヒントをもとにお題を超える面白い物語をAIと共に創作。世の中に広め、話題化する」
●体験してみたい人生を「仮想人生」で試す
「自由が増えすぎるあまり、“つぎに何をしたらいいかわからない”という人々のために、自分の体験してみたい人生をAR世界で仮想体験できる『仮想人生ゲーム』が人気となるかもしれない。自分の興味のある人生を仮想体験することでき、さまざまな職業体験や結婚などの生活体験もすることができる」
→ 「仮想人生」による「人生経験 → スキル獲得」直結コンテンツにチャンス
「人生を没入型で体験し、実際にやりたくなったら、それを実現するためのスキルを提供する。人生体験からスキル獲得が直結したコンテンツにチャンスが生まれる」
「欲望は人間にしか生み出せない」と、山本氏は改めて強調。「快適で自由な社会に欲望を生み出し、欲望をかかえる学びが大きな市場になる」と語った。
「このように自由に快適に生きる2040年ライフ。好きな場所で、好きな人と、好きなコトをして生きることができます。素晴らしい世の中ですが「好き」な価値観に集合しバラバラになって社会は大丈夫なのでしょうか?」と最後に警鐘も鳴らす山本氏。
「最後はチャンスというよりも「テーマ」といえるかもしれません」と言いつつ、山本氏は、「バラバラになる社会で、メディアが信頼で人々を結ぶ場を作ることが求められる」と語る。
■いま出来るのは「コンテンツの提供だけでなく、体験のための場と手段の提供」
「異なる価値観の集団がひしめき合うなか、信頼できる真実を提示する。対立ではなく、共通の価値を具現化し、お互いの対話を促し、合意する。従来のジャーナリズムはもちろん、コンテンツで幅広い人々を繋げ、メディア自身が『人々が集い、会話したくなる場所』となる役割を果たすことが求められるようになる」(山本氏)
このような未来のメディア生活像とチャンスを語った上でのまとめとして「2040年、メディアは『見る、聞く』だけではなく、『体験し、過ごす』空間に変わる」と山本氏。「この時代のメディアにできる役割」として、次のように語る。
「人が集まりたくなる、過ごしたくなる場になり、人と人を結びつける。人間にしか持つことのできない欲望、願いを刺激して引き出し、その実現までをサポートする。もはやメディアの役割は『見る、聞く』コンテンツを提供することだけではなく、メディア空間のなかで体験して過ごすための様々な“場”と“手段”を提供することも重要になる」(山本氏)
「メディアは生活者の人生の大きな一部を占める存在となり、“生きる基盤”になるといっても過言ではない。これはメディアの再発明と言っても良い大きなチャンスである。」と山本氏。「もちろん未来に向けては、現実に乗り越えなければいけない課題がたくさんあると思われます。今日提示した未来像をみなさまと一緒にブラッシュアップし、課題を乗り越え、チャンスを掴むお手伝いを博報堂DYグループ、博報堂DYメディアパートナーズとしてできれば嬉しく思います」と締めくくった。
【前編】“オンライン常態化”で変化するメディア生活〜メディア環境研究所フォーラム 2022夏 MORE MEDIA 2040キーノートレポート