『カルテット』終了後もTwitterで“みぞみぞ”が使われた理由
編集部
松たか子が主演を務め、2017年1月期ドラマとしてTBS系列で放送されたドラマ『カルテット』(毎週火曜22:00~放送)は、松に加え、満島ひかり、高橋一生、松田龍平らが出演し、冬の軽井沢を舞台に、カルテット(弦楽四重奏)を組んで共同生活を送ることになった30代の男女4人の会話劇で送る、大人のラブストーリー×ヒューマンサスペンス。
すでに放送は終了しているが、この作品で登場したフレーズ「みぞみぞする」が、Twitter上で今なお使用されている。昨今、TVコンテンツとTwitterの“親和性の高さ”が注目されているが、これも一つの例といえるのではないだろうか。
ここでは、同ドラマプロデューサーのTBS制作局ドラマ部 佐野亜裕美氏、Twitter リサーチマネージャー櫻井泰斗氏と博報堂DYメディアパートナーズ メディア・コンテンツクリエイティブセンター メディア・コミュニケーションプロデューサー森永真弓氏を迎えて、“カルテット×Twitter”現象を3回にわたって分析・考察。前回は、“ツイート量と視聴の盛り上がり”の関係性などについて取り上げたが、今回は、なぜ『カルテット』がTwitter上で特に盛り上がったのか、について掘り下げていく。前述した「みぞみぞする」という台詞が放送後も使われるようになった現象について、計画的に意図されたものだったのか、制作背景についても取り上げる。
■ネット上に疑似お茶の間を形成する日本はTwitter世界記録を樹立
森永:テレビドラマとTwitterの親和性の高さというのは、編成され決まった時間に流れるリアルタイム放送とTwitterの相性の良さとも言えますよね。ドラマ『カルテット』で起きたような「みんなで同じ時間に盛り上がる」それが「次のさらなる盛り上がりを呼ぶ」という連鎖は、鑑賞チャンスを好きな時に設定できる為に感想ツイートもバラバラに発生する映画や配信では味わうことができないものですよね。反応が集中するタイミングを生み出せるのがテレビという捉え方をすると、今すごく面白いメディアなんじゃないかって思います。
櫻井:日本におけるテレビとTwitterの親和性は、Twitter本社でも注目されており、社内でよく議題に上がることがあります。例えば、Twitter史上これまで1秒間で最もツイートされた瞬間の「1秒あたりツイート数最高記録」は実は日本が保持しています。日本テレビ系列で2013年8月に放送された『天空の城ラピュタ』のクライマックスで「バルス」という台詞のところで世界記録を樹立しました。日本はアメリカと違って国内で時差がなく、北海道から沖縄まで、同じ時間に同じテレビ番組を見ていることが多いわけです。すなわち、タイムライン上のお茶の間の一体感が強い。この記録は、自分の好きなタイミングで楽しむVODにはない条件であり、同じ時間に同じ映像を配信できる、テレビ番組というコンテンツ配信形態だからこそ、実現したツイート数です。
森永:曜日別のツイート数のグラフをみると、『カルテット』は番組放送日以外も関連ツイートが多かったですよね。放送をピークに前後も盛り上がっていましたよね。
櫻井:はい。集計すると、放送日以外でも、全体のおよそ1/3にあたる77万ツイートが生まれており、放送日以外もカルテットに関する話題が活発だったことがわかります。。ひとつおもしろいのは、この77万ツイートのうち、19%は番組アカウントのツイートがリツイートされたものだったということです。番組アカウントが積極的にツイートすることによって、撮影の裏話や、次回を期待させるような「カルテット待ち」を生み出すことに成功しています。
また、「カルテット待ち」といえば、ワールドベースボールクラシック(WBC)の試合があった日も記憶に残ります。放送時間が後ろ倒しになったことによって放送直前にツイートが通常よりも3倍、4倍にも倍増しました。こちらの図の第8回、第9回のタイミングですが、それ以外の回に比べると放送前のツイート数が突出していることがわかると思います。
佐野:WBCの日は21時の段階で「カルテット待ち」がトレンドに上がり、嘆きのツイートもたくさん。その盛り上がりに驚いたことをよく覚えています。
佐野氏が言う「カルテット待ち」とは、8話と9話の放送で、この前の時間帯で生中継されていた『ワールドベースボールクラシック(WBC)』の影響によるもの。試合が延長したため、何時から『カルテット』が始まるのか? 放送はあるのか、ないのか? といった「カルテット待ち」という言葉を含むするツイートの数が急増。Twitterトレンドにランクインするといった現象が発生していた。これは自然発生的に盛り上がった例だが、意識して利用者のツイートを増やす方法はあるのだろうか?
■ツイート数を増やすテクニック
森永:ツイート量の多さが、視聴者の熱を生み出すならば、制作側としては「ツイートを増やせるテクニックがあるなら教えて欲しい!」って思っちゃいますよね……櫻井さん、そもそも、ツイート数を増やすテクニックはあるんでしょうかと聞きたくなりますが(笑)。
櫻井:ひとつのヒントとしては、番組のハッシュタグを視聴者に啓蒙することです。ドラマを盛り上げてくれる視聴者の方々は、Twitterでみんなと語り合いたいと思っている。ハッシュタグをきちんと番組が用意することで、Twitter上で熱量の高い人が集まるコミュニティが発生しやすくなるんです。番組側がハッシュタグを活用することは「今、このタグでTwitterに集まってますみんなで盛り上がりましょう」というメッセージになるんです。
森永:そういう意味では、ハッシュタグが乱立しないよう、ひとかたまりにする工夫も必要になってきますね。早くから「逃げ恥」といった略称を公式発信して定着させるなど、「みんなここに集まれ!」としっかり旗を立てることがポイントになりそうですね。公式発信がないと、利用者側が複数のハッシュタグを生み出して分散しがちですから。
佐野:タイトルと言えば、ドラマ『99.9-刑事専門弁護士-』のタイトル決めの時に数字だけではハッシュタグ登録できないからどうしようかと議論に上ったことがありました。Twitterの展開を想定して番組のタイトルを考えることがますます求められていきそうですね。
櫻井:アメリカでは放送中に番組のハッシュタグを知らせる例も多い。番組映像の中にハッシュタグを表示していることはよく見かけますが、日本でもMXテレビさんが番組タイトルそのものに『表参道原宿学園 #オモハラ』と、ハッシュタグをつけるといった試みもありました。
ハッシュタグにより、Twitter上での盛り上がりの中心地を作ること、表記ゆれによる分散を防ぐためにワードを統一させ、放送中に番組のハッシュタグを知らせることの大切さはわかったが、盛り上がりを継続させるにはどんなことが必要なのだろうか?
■放送が終わっても2000件のツイート、生き続ける台詞
森永:視聴者の心をつかんで多用してくる決め台詞もTwitterを盛り上げる重要な要素にありますよね。『カルテット』と言えば、「みぞみぞ」ですが、ドラマが終わった後でも使われ、もはや定番化しています。
櫻井:そうなんです。「みぞみぞ」を含むツイートの数を、時系列で見てみる、放送期間が終了した後も2000件前後のツイートが見られました。ひとつひとつのツイートを見てみると、ドラマとは離れたところで「みぞみぞする」が使われている例も多い。ドラマのいち台詞が自走し、日常生活に溶け込むことに成功した、と解釈していいと思います。
※「みぞみぞする」とは、劇中の造語で、満島ひかり演じるすずめが真紀の姑(もたいまさこ)から、友人のふりをして真紀を見張るよう頼まれた時に登場。その後も、演奏前によく登場し、緊張や興奮を表した表現だと思われ、Twitter上でも浸透。「この距離感が好き。みぞみぞする」「気持ちがみぞみぞする 」「あのドラマ、みぞみぞする終わり方だった」といように使われるように。
森永:ドラマ制作の現場ではこういう流行を意識した言葉や言い回しををどれぐらい意識して制作するものなのでしょうか?
佐野:個人的には『半沢直樹』が大きく流れを変えた気がしています。まず決め台詞から考えるという番組もあるほど。『カルテット』は『逃げ恥』の後枠でしたから余計に「ムズキュン」に替わるワードを作れ! というプレッシャーを勝手に感じていました。「みぞみぞする」は脚本家の坂元裕二さんが一人一人の登場人物に対して作ったキャラクター表にもともとあった言葉です。そのキャラクター表というのが、一人当たり20枚近くに上るほど事細かに書かれているんですよ。通常は、ドラマの中でその人のどんな面が描かれるか、というキャラクター表が多いのですが、坂元さんの場合は、1話が始まるまでにどのような人生を歩んできたのか、どんな家で生まれて、親にどんなこと言われ、どんなあだ名がつけられて、小学生の時にどんなことがあったのか、といったことが書かれているのです。キャラクターの履歴書のようなものですね。そこに「みぞみぞする」があったわけですが、制作側から発信する言葉ではないと思ったので、敢えて宣伝では使わないようにして、自然に広まっていくのを待ちました。
森永:視聴者に委ねると、選んで貰えずに流行らない可能性も含みますが、選ばれれば「自分たちが見つけた言葉」だと愛着が深くなりますよね。しかし、本心としては流行って欲しいのに、仕掛けずに広まるのを信じてじっと待つというのは、発信側からすると怖さもあると思いますが、その奥ゆかしいスタイルがTwitterとの相性の良さに結びついたのかもしれないですね。
櫻井:広告業界では10年ぐらいのロングスパンでコピーが生き続けることが大事だと言われています。同じようにドラマの台詞も、ひとつの定型句として生き続ければ、放送が終わってもそのドラマを思い出すシーンが増えるわけです。DVDやコンテンツ配信の際に何かしらの寄与があるのではないかと思います。
佐野:今でも飲み会のたびに「サンキューパセリ」と言われ、それに対するアンサーがなくて照れてしまうのですが、使って頂けることは嬉しい。
※サンキューパセリ…「唐揚げとレモン」問題(Vol.1参照)は、劇中で各々の小皿にレモンを搾るという方法で既に解消していた4人だが、最終話では、高橋一生演じる家森が唐揚げに添えられたパセリの存在意義について持論を展開。「パセリがないと殺風景でしょ? ここにいるよ、ってこの子たち言ってるよ」とパセリの気持ちを代弁。すると、松たか子演じる真紀が「サンキューパセリ」と呟いた。家森が満足し「そう。ここにパセリがいることも忘れないで」と念押しすると、他の二人も「サンキューパセリ」と感謝を述べた。
櫻井:汎用性があれば、活用されやすい。例えば、JR SKISKIのキャンペーンで使われた「ぜんぶ雪のせいだ。」というコピーは、雪がふらない季節でもたびたびツイートに引用されています。「仕事で失敗した、全部雪のせいだ。」「テストの結果終わってる。全部雪のせいだ。」このように、日常生活にも応用しやすく使いやすい。汎用性があるものが着々とTwitter上に残り続けるのです。
森永:流行語の寿命が長くなっていることも感じます。「みぞみぞする」や「サンキューパセリ」などの『カルテット』の台詞はしばらく使われていきそうですね。
佐野:撮影の終盤に、駅の喫茶店で隣に座っていた女子大生の集団が「からあげ定食」を頼んでいて、もしかして……と思ったら、「レモンかけますか?」っていう会話が聞こえてきたんですよね。正直、泣きそうになりました。こういう瞬間のためにドラマを作っているんだと思います。
まとめ
日本では番組のリアルタイム放送時に集って、みんなでTwitterで盛り上がるという、擬似お茶の間を形成し一体感を楽しむ特徴がある。「バルス」祭りのように、リアルタイム放送している番組のTwitterの盛り上がりが社会現象になることも。今回の対談のポイントとして一つ目は、視聴者の熱を塊にし、ハッシュタグを意識し、盛り上がりのシグナルを作ってあげることで、“今これが盛り上がっている感”を打ち出すことができるということ。もう一つ盛り上がりを継続させる手段としては、「みぞみぞ」など日常的に継続利用できる汎用性の高い決め台詞を散りばめること。ただしこれは番組側が押しつけるのではなく、利用者が自然に拾えるようにしてあげることが重要で、これはドラマがヒットするかしないかと同様、計算できるものではない。しかし、Twitterの存在により使われるまでの速度と広がりは以前よりも増し、様々な利用者によるツイートが生み出す繰り返し効果により、使われれば定着も早いということが言えるだろう。
記事:編集部
協力:長谷川朋子