新しい便利(frictionless)~生活者の生活と感情に働きかける新たな価値~「メディア イノベーション フォーラム 2018」レポート(前編)
編集部
博報堂DYメディアパートナーズ・メディア環境研究所は、「Beyond Convenience 便利の先の価値をつくる」と題したメディアイノベーションフォーラム2018を、恵比寿ガーデンプレイスのザ・ガーデンホールにて11月6日に開催した。生活者とメディアの今を切り取り、メディアビジネスへの進化の状況を提供する同フォーラムは、今年で14回目を迎えた。この模様を前編・後編に分けレポートする。
前編では、生活者の便利の定義が変化しつつある今、その先にある新しい便利さと、企業が生活者に提供できる価値とは一体何か、アメリカと中国の事例から検証した調査結果が報告された。
■情報のデジタル化から生活のデジタル化へ
冒頭、博報堂DYメディアパートナーズ 代表取締役社長 矢嶋弘毅氏より、同フォーラム開催の主旨と概要が語られた。続くキーノートでは、メディア環境研究所 所長 吉川昌孝氏が登壇し、この1年の間に情報のデジタル化から生活のデジタル化へ進んでいる点が指摘され、「"新しい便利"が、暮らしの中で生まれているのではないか」、「その時、メディアやブランドなどの企業と生活者の付き合い方はどうなっていくのか」という問いから、「新しい便利とは?」「便利の先の価値とは?」という2つのテーマに絞って同フォーラムが進行されることが伝えられた。
■新しい便利~frictionless~
登壇した同研究所 加藤薫主席研究員は、「frictionless(摩擦がない)」というキーワードがこの一年の間に非常に注目されるようになったと発言。例えば、物心ついて初めて手にするデバイスがスマートフォンやタブレットだった今の大学生の意見や情報行動から、スマートフォンの中でのサクサクした操作感と、レコメンドなどの意思決定サポートが当たり前となっていること、また、それがリアルな空間でも求められるようになっていると指摘した。そうした背景から、今、生活者が求める「新しい便利=frictionless」とは、スマートフォン上と同じようなサクサク感を生活の様々な場面でも実現できることにあり、そしてそれが、お金と(人とモノ)の移動の領域で進んでいることを指す。つまり、まるで情報のように、お金やモノを扱うことができることが求められているのだ。
この新しい便利~frictionless~に関する事例として、加藤氏より中国とアメリカの生活者の事例が2つ紹介された。
ケース1:中国 上海市在住 25歳女性 Mさん
『美団点評(Meituan)』というアプリを使用。frictionless理由は、IDひとつでレジャーやグルメ、タクシーやホテルといった他領域のアプリ機能が網羅されていること、決済までが一気通貫で可能な点が挙げられた。
ケース2:アメリカ サンフランシスコ在住 50歳女性 Kさん
犬の散歩代行サービス版Uberの『Wag!』というアプリを使用。frictionless理由は、在宅に縛られず、ペットを飼えて、モノの受け取りもでき、他人が部屋にアクセスしても安心できる点を挙げた。
次に、事業者側の動きとして、2事例が紹介された。
ケース1:中国 杭州市でのドローン配送
スマートフォンの操作感が外部に拡張して、有人配送から無人配送が可能に。より時間と手間がかからないようになり、「モノを情報のように扱う」即自的な感覚が得られる。車なら通常15分の距離を5分で運べるようになった。
ケース2:中国 杭州市 中国最大のインターネットショッピング・モール『天猫(T-mall)』(アリババグループが運営)のOmO化※1
※1 流通領域における、オンラインとオフラインが一体化したビジネスモデルで、2018年は次世代OmO (Online Merges Offline)を加速させる動きが進展した。
ここで、2018年6月に同社がインタビューを行った、アリババニューリテール戦略の5展開が発表された。
中でも今、一番伸びしろがあるのが2と3で、3のオフライン店舗をオンライン化させてアリババの正規軍に入れる戦略事例では、コンビニで『零售通(リンショートン』と呼ばれるアプリを導入し、オーナーが仕入れたい商品をネットショッピングのように仕入れたり、売れ筋データを参照したり、実際に売れる商品を仕入れることを実施していた。
この事例から、スマートフォンの操作感がB2B領域へも拡張。個人がECでモノを買うのと同じ感覚で画面を見て、モノを取り寄せ、決済することが可能になっていると発表された。
上記のことから、中国やアメリカではfrictionless化が進んでおり、まるで情報のように、お金やモノを扱っている。
一方、日本はというと、物流単体では成熟しているものの、お金、情報、移動、と個別では便利さが増しているが、その3つが重なった便利さがないため、friction(摩擦)が生じていると指摘。
加えて、キャッシュレスや顔認証システムといった便利さは、たった一年でコモディティ化し、新しい便利"frictionless"は、目標にすべきではなく、いずれ当たり前の「前提」になると解説した。
加藤氏は、「中国やアメリカのように、単体の領域の便利さだけではなく、お金、情報、移動が複合化した先には、便利の先の世界があるのではないか。ここにはどんな暮らしがあり、私たちは何を考えたらいいのか」と下記スライドを提示して投げかけた。
■便利の先の価値へ
便利の先の世界とは、どのような世界か。加藤氏は、サンフランシスコ在住の30代夫婦の事例を紹介した。
ケース1(上図左):食材とレシピがセットになったミールキットサービス『habit』を利用
毎日の献立を考える悩みを解消してくれるだけでなく、食材購入の手間も省けることで数ヵ月と経たないうちに、事例の夫婦には必要不可欠なサービスになった。
ケース2(上図右):美容グッズの定額制サービス『fabfufun』を利用
未知のアイテムだが、自分にぴったりと感じる美容グッズが届くため、毎月クリスマスプレゼントが届くようなワクワク感が得られると語る。
加藤氏は、「従来はスクリーンと紙に留まっていたモノが、実際のモノとして、直接生活者の手に入るようになった。なおかつ、編集された"食事"、編集された"コスメ"と"ファッション"といった、自分にぴったりくるという"感情"に加え、情報だけでなく実際の"モノ"と一緒にパッケージで届けられる点が、便利の先の世界として人気を呼んでいる」と解説した。
次に、事業者の動きとして、中国の2つの事例が紹介された。
ケース1:杭州市で行われた天猫「スーパー試乗(超級試駕)」
芝麻信用スコアの高スコア保持者を対象に、高級車含めた100車種以上の車が3台試乗できるサービスを展開。
個人認証がfrictionlessかつ、これまでは情報として届いていたものが、「モノ」として届けられる形を実現した。
ケース2:上海市の無人ブックストア
一回登録すると、顔認証で入口が開く仕組みになっており、気にいる本があれば手に取り退店するだけで自動決済されるシステムだ。無人化、かつキャッシュレスは、正にオフライン/オンラインの顧客の嗜好を取得分析していると言える。
これらの事例から、「便利は当たり前で、情報・人やモノの移動・お金をまじりあって流通させることが、新しい便利"frictionless"である」と定義し、「情報を便利に届けるだけでは、いつか便利とは認められなくなる。だからこそ、提供する事業者は、情報とモノを一体化し、生活を編集して届けることが価値になる」と加藤氏は解説した。
後編では、加藤氏の発表を受け、生活者の生活と感情に働きかける新たな価値、これからのイノベーションについて語らう3つのディスカッションの内容をレポートしたい。