仙台放送、東北大学と「緑内障」早期発見を促すゲームアプリを共同開発した理由【前編】
テレビ業界ジャーナリスト 長谷川朋子
左から)東北大学・中澤徹教授、仙台放送・太田茂氏
仙台放送は、東北大学大学院医学系研究科と身近な病気「緑内障」の早期発見を目的に、ゲーム感覚で目の健康状態を簡易判定できるスマホ向けアプリ「METEOR BLASTER(メテオブラスター)」を共同開発した。8月に実施した体験イベント会場には約650人が来場し、反響を得たところ。今後、取り組みを本格化させていくという。なぜ放送局が医療分野と組み合わせたエンターテインメントに着目し、事業化を進めようとしているのか。新アプリを監修した東北大学医学部眼科学教室・中澤徹教授と共に、仙台放送ニュービジネス開発局ニュービジネス事業部太田茂氏に話を聞いた。前後編にわたってお伝えする。
■日本人の中途失明原因の第1位にあるのが緑内障
仙台放送が、国立大学法人東北大学大学院医学系研究科神経・感覚器病態学講座眼科学分野とスマホ向けゲームアプリ「METEOR BLASTER」を共同開発した目的は「緑内障」の早期発見に繋げることにある。そもそも両組織の連携はいつから始まり、なぜ「医療×エンターテインメント」プロジェクトを立ち上げることになったのか?
太田氏:仙台放送と東北大学は2014年に包括連携協定を締結し、日ごろから研究活動の発信や県民への啓発活動などを積極的に行っています。たとえば、弊社が運営する「ドクターサーチみやぎ」という医療検索サイトでは、東北大学病院の先生方にインタビューした動画等を配信しています。日常的に情報発信することの重要性は東日本大震災以降、より一層高まりました。コロナ禍においても同じことが言えます。
そして2021年7月に中澤教授から「日本人の中途失明原因の第1位にあるのが緑内障。早期発見に寄与できるスマホアプリを開発できないか」というご相談をいただきました。話し合いを重ねていき、弊社考案の「シューティングゲーム風の視野チェックアプリ」をもとに、共同開発することになりました。
中澤氏:緑内障の早期発見は非常に重要で、同時に啓発活動も重要なことです。そのことに気づいたきっかけの1つが「多治見スタディ」という日本緑内障学会多治見緑内障疫学調査結果にあります。緑内障の発見が40歳以上の5%を占めたのにも関わらず、5%の内、1割しか病院の診察を受けていないことがわかりました。つまり、9割は緑内障が進行していることに気づいていなかったのです。緑内障の早期発見の啓発活動については、同学会が2008年から始め、2015年「ライトアップinグリーン運動」を展開しています。仙台放送の「ドクターサーチみやぎ」でも紹介していただきました。宮城県はこの活動に積極的で、50以上の施設で周知活動も行っています。
それでも課題はありました。もともと緑内障だと思っていない方に、いくら早期発見が大事であることを伝えても行動変容を起こしにくい。だからこそ、早期発見の重要性に気づいてもらう手軽な手段として、ゲームは相性がいいと思いました。検査の手前として、ワクワクするようなゲームは気負いなくできますから。
■結果表示は健康のためのリコメンドを意識
ゲームアプリ「METEOR BLASTER」は宇宙空間を舞台にしたシューティングゲームを楽しみながら、両目の視野の状態を約5分で簡易チェックできる仕様になっている。今はまだ体験版の段階だが、目の健康状態を確認できる世界初のアプリとしての可能性をどのように受け止めているのか。
太田氏:緑内障の従来の検査は、目の位置を動かさないようにして視野が欠けているかを判定するのですが、開発したゲームではアプリ画面中央の「隕石」をレーザー砲で壊しつつ、「星」が出現したらキャプチャーボタンを押して得点を稼いで楽しみながらできます。従来の検査に近い環境を、スマートフォンという身近なデバイスで再現することで、気軽に簡易チェックできるのでは、と考えました。
中澤氏:大学のメンバーがゲームの開発にかかわるのはチャレンジングなことですが、なるべく多くの方に訴求できる方法だと思います。老眼や目の疲れがあっても、悪くなるまで気づかない人は本当に多いですし、病院での緑内障の治療は進行を可能な限り防ぐというもので、「治りません」と言われてショックを受けて、悔やまれる方も多いのです。
実際に筆者も体験版を試したところ、「下領域のスコアが悪いです。足元に注意です」「目を休めて再度挑戦してください!」などと具体的かつ励まされる言葉が結果表示されていた。これはあくまでも診断の結果ではないが、目の状態に気づかせる効果は高そうだ。
中澤氏:医療現場外の診断は法律で認められておらず、ゲームの結果は診断結果ではありません。このゲームは家庭で体重計に乗って健康チェックする感覚と一緒だと思います。結果表示も目の健康のためのリコメンドを意識しました。健康番組を見て心配になっても、そのままにしてしまうことが多く、病院に行くためには強く背中を押してもらわないといけない。そういった方に、このゲームの結果をみて、自分事にしてもらい、目の大事さに気付いてもらえたらと思います。
■行動変容に繋がり、取り組む意義は大きい
8月6日に仙台駅直結のホテルメトリポリタン仙台で実施されたイベント『みやぎ食と健康の未来フェア』には約650人が来場。アプリを体験した方も多かったという。検査ゾーンも設けられたが、緑内障が発見された方もいたのだろうか。
太田氏:会場では、193インチの大画面でアプリの体験会を実施。約300人の方が体験してくださいました。一般市民に対し新たなタッチポイントを設け、宮城県の村井知事も会場でこのアプリを体験され、体験を伴う形での情報発信の意義を強調されていました。
中澤氏:イベントでは講演も行い、家族に緑内障患者がいる方、近視や冷え性、睡眠時無呼吸症候群をお持ちの方も緑内障になりやすいことなどを、わかりやすく説明しました。
太田氏:実際、アプリ体験会や講演の流れで、会場で医療的な検査を受け、来場者から潜在的な緑内障患者が見つかるという事例もあったそうです。今回の取り組みが、人々の行動変容に繋がることを実感しました。放送だけでは伝えきれないことや、促しきれないことが産学連携によって生み出されるのであれば、価値があるものと思っています。
仙台放送にとって、今回の取り組みの最大の目的は「社会課題の解決」に貢献することにあるという。緑内障の早期発見を促すゲームアプリを共同開発した東北大学と今後、どのような計画を進めていくのだろうか。後編に続く。