MBSイノベーションドライブ「ホラービジネス進出」の理由
マーケティングライター 天谷窓大
毎日放送、GAORAなどで構成されるMBSグループの新規事業創出を担う会社として設立された「MBSイノベーションドライブ」。その事業領域はVRから食、スポーツにいたるまで、放送業界の枠にとどまらない多様な展開軸をもつ。2018年11月にはVR(仮想現実)技術を駆使するホラーコンテンツ制作会社『株式会社闇(やみ)』の株式を80%取得し、子会社化したことで話題となった。
日本発のホラーコンテンツは「Jホラー」として海外でも高い評価を受けているが、放送局とホラーのシナジーはどんな価値を生み出すのか。そして放送外収入において、老舗放送局の新規事業部門として志向するものとはなにか。
今回は前編として、株式会社MBSイノベーションドライブ 代表取締役社長の日笠賢治氏、株式会社闇 代表取締役社長CEOの 荒井丈介氏へのインタビューをお送りする。
日笠賢治氏プロフィール
1993年 毎日放送入社。同事業局事業部 プロデューサーを経て、2018年9月より株式会社MBSイノベーションドライブ 代表取締役社長。
荒井丈介氏プロフィール
1996年 毎日放送入社。同事業局事業部 プロデューサーとして「梅田お化け屋敷」シリーズを立ち上げ、2019年6月より株式会社闇 代表取締役社長CEO。
■スタートアップ投資と社内ベンチャーの事業化が主軸
──MBSイノベーションドライブの詳しい事業内容について教えてください。
日笠氏:MBSイノベーションドライブでは、資本業務提携やM&A(合併・買収)を中心としたスタートアップへの投資を通じて新たな事業を創出するほか、MBS社内から生まれたビジネスプランの事業化にも取り組んでいます。直近では、食情報番組を多く手掛けてきたプロデューサーを代表とする食事業のプロデュース会社「TOROMI PRODUCE」や、MBSの制作ノウハウを活かした新たなスポーツコンテンツを生み出す会社「MGスポーツ」を設立しました。
新たな食事業をプロデュースする「株式会社 TOROMI PRODUCE」を設立
新たなスポーツ事業に取り組む新会社「MGスポーツ株式会社」を設立
──社長就任の経緯は?
日笠氏:放送ビジネスが成熟し、新たなメディアが立ち上がっている流れを受け、MBS東京支社内に新規事業開発部が東京に設立され、大阪本社の事業局事業部から赴任したことがきっかけです。やがて事業立ち上げにともなう決裁をMBS本体で行うよりも現場の判断で対応できるようにしようということで当社が設立され、責任者として代表取締役社長に就任しました。
■ホラーの独創性に「これからのMBS」を見た
──どのような経緯からホラービジネス進出を決めたのでしょうか。
日笠氏:荒井氏が2012年から手掛けた「梅田お化け屋敷」が源流となっています。大阪市梅田の街中にお化け屋敷を出現させたり、MBS本社の1階フロアをお化け屋敷にするというユニークな試みをしており、社内からも注目されていました。
荒井氏:MBS事業局として「梅田お化け屋敷」の企画に取り組んできましたが、「お客さんが圧倒的に若いな」と思っていました。若い人へのアプローチは放送局として大きな課題のひとつでしたが、お化け屋敷がこうした方々に対して圧倒的に強い人気を持つことがわかったのです。
日笠氏:ホラーって、独創的で面白いなと。尖ったことをやることで「放送以外でも面白いもの、ワクワクするものを作っていく」という明確なメッセージを発信し、これからMBSがどんな「生業」で生きていくかが伝わるきっかけになると思いました。
──ホラーコンテンツを手掛ける企業のなかで闇を選んだ理由は?
公式サイトキャプチャー
荒井氏:闇とは、2015年の創業時から「梅田お化け屋敷」の制作パートナーとしての関係がありました。同社にはデジタルやスマホと相性の良いコンテンツ作りのテクノロジーとノウハウがあり、新世代のコンテンツやプロモーションの展開領域としてのホラーコンテンツの可能性を肌で感じられたことも大きな理由となりました。
日笠氏:他社のコンテンツを単に購入するということではなく、荒井氏が(自社コンテンツとして)主体的に取り組んでいることがまず前提としてありました。かつ、その先に闇が得意とする、VR(Virtual Reality:仮想現実)やAR(Altanative Reality:拡張現実)などといった新時代の技術がつながっていくという流れが作れれば、(事業として)とてもきれいな仕組みになると考えたのです。
■老舗放送局のノウハウを武器に、一緒になって新領域を模索
──闇の子会社化以降はどのような施策を行ってきたのでしょうか。
荒井氏:野性爆弾のくっきー氏プロデュースによるVRお化け屋敷「マンホール」をMBS、吉本興業と共同制作しました。
MBSの制作チームを動員して大型セットを社内に構築し、闇の撮影クルーがVR映像の撮影を担当しました。
──新たな試みであるVR制作にあたって、どんな課題がありましたか。
荒井氏:VR映像の編集は、MBSが放送局として培ってきた映像編集ノウハウとは異なる領域でした。また、VR映像はいちどに360度の視界を撮影するため、“照明や人が写り込まないためにどうスタジオセットを配置するべきか”というレベルから考えていく必要がありました。まさに新領域ならではの課題でしたが、闇の制作チームとMBSのポスプロチームが力を合わせ、編集や撮影の方法を一緒に模索することで解決していきました。
──放送局としてのMBSの強みを活かせた部分はありましたか。
荒井氏:セットや美術のクオリティ、番組演出の技術やについてはもちろんのこと、とくに“放送局ならでは”という点では芸能事務所とのコネクションや調整に対するノウハウも大きな武器となりました。それらを含めて総合的に約70年にわたって放送ビジネスを続けてきたMBSの強みが活かせたと思います。
■アナログ(リアル)とデジタルの「ハイブリッド・ホラー」を目指す
──闇がこれから作り出していく、新たなホラーコンテンツの展望を教えてください。
荒井氏:アナログ(リアル)とデジタルの良いところをかけ合わせた「ハイブリッド・ホラー」を志向していきたいと思います。たとえばVRを体験してもらいながら風が吹いたり、お客さんの頬にお化けの髪が触れたりするような。昔ながらのアナログな仕掛けも組み合わせた4DX的な仕掛けにも取り組んでいます。リアルな体験を大事にしながら、デジタルならではの付加価値をつけて、ホラーをエンターテイメントとして楽しめる人を増やしていきたいですね。
──日本発のホラーコンテンツは、海外でも高い評価を受けていますね。
荒井氏:ゾッとしてヒヤっとする日本発のホラーは、文字通り「クールジャパン」だと思うのです(笑)。「MBSお化け屋敷プロジェクト」として2015年にジャカルタで展開したお化け屋敷も高評価を収めました。(クールジャパンとして発信されている)「カワイイ」に加えて「コワイイ」コンテンツも広げていけたら、と考えています。
■放送局の新規事業会社として考えること
──放送局の新規事業会社として、MBSイノベーションドライブはどんなことを志向していきますか。
日笠氏:日本において放送局というビジネスモデルができて70年ほどになりますが、主な収入源はほぼ一貫してCM販売がメインでした。放送局がまだ「商売を広げた」という経験をもたなかった中で、WEBやデジタルを通じて誰もが放送局と同じようなことをできるようになってしまった。アメリカでもそうですが、クリエイターが自分で事業を立ち上げたり、投資家になったりと、コンテンツを作っている人のあいだで新しい波が起きています。私たちに必要なのは、「新しい商売を始める」という段階を踏むこと。そのうえで、数ある会社のなかでわれわれしかできないことを考えていきたいと思います。
荒井氏:いまや大手に限らず、いろんなコンテンツプラットフォームが生まれています。「MBSの中にいながら、MBSから半歩出た存在」というMBSイノベーションドライブの立ち位置を生かし、自社プラットフォームにとらわれないかたちで「自分たちが作りたいコンテンツを世界に出すとき、どことどう組めば勝ち筋に乗れるか」を探ることも役割として考えています。
日笠氏:概念的に示すのではなく、最初にまず踊ってみて、トライしてみる。「あんなやりかたでもいいんだ」と思ってもらえれば、新たなことに挑戦するムードもできあがるはずです。愚直に新しいことへ挑戦しながら、MBSのアイデンティティとはなにかを示していく存在であれればと思います。
既存の資源を最大限に活かしつつ、スタートアップへの投資や参画を通じて「新しい商売を始める」という点が印象的だった今回のインタビュー。プラットフォームにとらわれない、新たな時代の「放送局」のかたちを追い求めて進む、MBSイノベーションドライブの取り組みに引き続き注目していきたい。
後編では、株式会社闇が東宝株式会社・ALPHABOAT合同会社による才能発掘プロジェクト「GEMSTONE」と共同で実施中のオーディション企画「ショートホラーフィルムチャレンジ」についてインタビュー。新たな才能発掘を通じた「ホラーコンテンツ改革」のかたちについて掘り下げる。