日本の放送コンテンツの海外展開がアジアに注目する理由~シンガポールATF2019レポート【後編】
テレビ業界ジャーナリスト 長谷川朋子
シンガポールで開催されたTVコンテンツマーケット『ASIA TV FORUM&MARKET(アジア・TV・フォーラム&マーケット、以下ATF)』(会期:2019年12月3日~6日/主催:リード・エグジビション)の会場に日本の巨大ブースが設置された。日本からの出展社数は46社に上り、ネットワーキングを目的とした日本主催のイベントなども積極的に仕掛けられた。今、世界ヒットを狙ったアジア発のドラマ、バラエティ、アニメの国際取引が活発に行われている。全体像については前編のレポート記事「世界第2位の動画配信市場規模に拡大するアジアに注目」でお伝えした通り。後編は日本が今、アジア市場に注力する理由に着目しながら、政府支援の日本の放送コンテンツの海外展開の動きを中心にレポートする。
■日本人262人参加、中国、韓国よりも下回るも好立地なブース出展
シンガポールのマリーナベイ・サンズを会場に昨年12月に開催されたATF2019は、カンヌのMIPTV/MIPCOMのアジア版として位置づけられるコンテンツマーケットである。世界から60の国と地域が参加、参加者数は全体で約5,700人を数えた。日本からも積極的に参加するマーケットのひとつであり、放送局を中心に262人が参加した。中国は291人、韓国は377人と参加者数の上では下回ったものの、好立地に設置されたジャパン・パビリオンは会場でひと際目立つ存在だった。この日本エリアと隣接した参加者が自由に使用できるコーヒー/ミーティングスペースも総務省がスポンサードし、日本の伝統的な茶屋をイメージした空間が作られていた。
ジャパン・パビリオンは総務省/BEAJ((一般社団法人放送コンテンツ海外展開促進機構)と国際ドラマフェスティバル事務局(民放連)がまとめ役となって展開され、40社が集結して出展した。NHKエンタープライズ、日本テレビ、テレビ朝日、TBSテレビ、テレビ東京、フジテレビ、読売テレビ、朝日放送、関西テレビといった海外で開催されるコンテンツマーケットにおけるブース出展常連組に加えて、毎日放送、東海テレビ、名古屋テレビ、広島テレビ、岡山放送、日本海テレビ、九州朝日放送、テレビ新潟、テレビ岩手、テレビ大阪、北海道放送、札幌テレビ、WOWOW、日本ケーブルテレビ連盟なども並んだ。このほかトムス・エンターテイメントなど単独出展社もあり、日本からは合計46社が出展参加した。
期間中、12月4日(水)夕方にはジャパン・パビリオン内で寿司&カクテルパーティーが開かれ、5日(木)昼には総務省・BEAJ主催による海外番組バイヤーを招いたランチ付きネットワーキングセッションも企画された。世界に売り込み中の日本のコンテンツ群が紹介されるプレゼンテーション時間なども設け、海外バイヤー95名を含む152名が集まった。
昨年の137人を超える規模となり、海外バイヤーの数も増えた。過去には「こうした日本主催のパーティーは日本人だらけ」といった声を実際耳にしたこともあったが、最大の目的である日本のセラーと海外バイヤーが人脈を形成する場に改善されつつある。
■アジアマーケットでの継続的なパビリオン出展に効果
日本政府のサポート体制が強調されたATF2019には、総務省情報流通行政局・吉田弘毅放送コンテンツ海外流通推進室長も来場し、先の寿司&カクテルパーティーやネットワーキングセッションで「日本には多岐にわたった映像コンテンツが揃っている」ことなどをアピールする挨拶が行われた。
会場現地で吉田室長に今回のパビリオン出展について感想を求めると、「見本市に関しては日本の放送局、特にローカル局はアジアで行われるマーケットのATFと香港フィルマートは継続的にパビリオン出展を進めています。昨年からジャパン・パビリオンの効果も感じており、好評を得ていると思います。今回はさらに規模を拡大し、コーヒー/ミーティングスペースのスポンサードも行い、一体的に運用しました」と答えた。
継続的に政府がサポートするなかで、改善点もみられた。なかでもネットワーキングでそれが顕著に表れた。これについて吉田室長は「ネットワーキングイベントではBEAJアドバイザーとして元TVフランスインターナショナルのエグゼクティブ・ディレクター、マチュー・ベジョー氏に参画していただき、バイヤーリストの見直しのアドバイスやプレゼンテーションを行ってもらいました。日本が売りたいコンテンツと、海外からみて魅力的なコンテンツが必ずしも一致しているものでもありません。ベジョー氏の視点も取り入れながら紹介し、見せ方にも工夫しました。会場でヒアリングすると、わかりやすかったと、好評でした。大変盛り上がりをみせたと思います。今後もさまざまな取り組みのなかで、見直しを常に行っていきます」と説明した。
だが、積極的に攻めているのは日本だけでない。各国それぞれのやり方で打ち出していた。吉田室長もこれに同意し、「日本についてはアニメやドラマのリメイクに関心が多いとことがわかりました。それをどのようにブーストできるのかについても考えていくべきでしょう。ドラマ輸出国世界第2位のトルコの取り組みなどは参考になります。アニメの制作力が上がっている中国が今回、アニメをプッシュしていたことも印象に残りました。そんななかで、日本も相対的優位性をいかに示していけるのか、議論を進めていかなければならないと改めて思いました」との考え方を示した。
■シンガポール・イスワラン大臣のメディアゲートウェイ構想、日本が目指すべき姿は?
ATF2019では、オープニングセレモニーに出席したシンガポールのS・イスワラン貿易産業大臣の発言も注目された。イスワラン大臣は「過去20年間でATFは次第に成長し、今では重要な業界イベントとして認識されている」と語り始め、その背景にはアジアにおけるデジタル市場の急速な伸びが要因にあることも説明した。シンガポールではNetflixとAmazonが著しく勢力を高めている現状についても触れ、「既にサービスインしたAppleや2020年に参入予定のワーナーメディアのHBO MaxとNBCユニバーサルのPeacockもアジアの波に乗る準備を整えている」と話した。そして、最後に「世界と地域の間のゲートウェイとして機能しているシンガポールの地の利を活かして、交流を促進する役割を果たしていく」と力強く語った。
イスワラン大臣の挨拶を受けて、吉田室長からこのような感想も聞けた。「ゲートウェイを目指しているのはシンガポールだけでなく、他国も目指しているように感じます。シンガポールは“メイド・イン・シンガポール”コンテンツのみならず、“メイド・ウィズ・シンガポール”も打ち出しています。日本が今後、目指すべき姿は“メイド・ウィズ・ジャパン”やアジアへの展開強化なのではないかと思っています」。
では日本の放送コンテンツの海外展開は今、どのような課題があると感じているのだろうか。海外展開施策は他国よりも遅れをとっているようにもみえる。「主流にあるストリーミングサービスとの取引もサポートしていくことも課題にあります。東南アジアでは、マレーシアのiflixやタイのLINETV などローカル系ストリーミングサービスが伸長しており、コンテンツの出口は広がっています。その辺りにもどのようにアプローチしていくかということも考えていくことも大事です。日本の放送コンテンツの輸出先はアジアが過半数を占めていますから、アジアでもっと深掘りする必要があると考えています。ローカル局が取り組んでいる共同制作のパートナー探しはアジアで成果が出やすいでしょう。人材育成も中長期的に考えていくべき課題のひとつにあります。BEAJがその役割を担いながら、人材育成支援をさらに検討していきたいと思っています。日本は遅れているということも認識しています。TIFFCOMなどの自国開催のマーケットで玄関口としての機能を高め、グローバル展開を見据えたコンテンツ開発も進めていくことが課題にあると思います」。
シンガポールのATF、香港のフィルマートといったアジアで行われるコンテンツマーケットで手厚く政府支援が行われている理由には、世界市場でアジアブームと言われているほどアジアにおけるコンテンツ制作力が高まっていることや、ストリーミングサービスの伸びが挙げられる。またアジア同士の連携も目立つ動きのひとつにある。ATF現地取材を通じて、そんな日本の総力としてのコンテンツビジネス戦略が改めて確認できた。また同時にアジア市場だけでなく、世界市場を見据えた展開への期待も高まった。