「テレビと動画配信サービスの新しい可能性」相乗効果で狙うWin-Winな関係とは?
編集部
株式会社フジテレビジョン(以下、フジテレビ)が提供する総合エンターテイメントサービス「FOD(フジテレビオンデマンド)」。その編成・制作責任者である下川猛氏に、前編「フジテレビ「FOD」、500時間のオリジナルコンテンツが持つ役割と目指す方向性」では、FODでオリジナルコンテンツを強化していく理由についてなど伺ったが、後編ではテレビと動画配信サービスのこれからについて語っていただいた。
■地上波の制作現場と異なる点
まずは、制作について。FODの番組制作の現場では比較的若い世代を起用する傾向にあるという下川氏。自身も自分より下の世代と仕事がしたいと考えているそうだが、その理由について
「もちろん経験が浅いせいで、技術力が足りなかったり納期や編集をしくじったりと、失敗するケースもかなりあります。それでも、若い人に任せることで、型にはまらない面白いものがつくれるのではないかと思っています」
また、地上波のみならず、新企画の研究・開発はFODでも積極的に行うのが理想だと考えており、下川氏はFODが若いディレクターや脚本家、放送作家などの発掘、育成の場となることを願っているとのこと。
「編成部にいたときから考えていたことですが、FODで初監督した人が地上波で大きな仕事をしたり、FODで主演を務めた人が地上波のドラマに主役で起用されたり、そういう流れがつくれたらいいなと思います。『ネット→地上波の流れを作る』これもFODでオリジナルコンテンツを作る一つの目的です」
現在、下川氏は、編成寄りの立場で、新しい制作者を集めるコーディネーター的役割も担っているが、制作チームはどのように招集されるのだろうか?
■新しい制作チームの見つけ方
下川氏は「自分たちの感覚を古くしないために、常に新しい制作チームと仕事することが大事」だと考えている。FODには『さいはてれび』という新進気鋭のアーティストが手がけるショートフィルムが計6本あり、チャレンジ企画の位置づけで、それぞれ、新監督、新出演者で制作している。
「究極をいえば、次に仕事をするときはこの中から選べばいい。オリジナルコンテンツの企画には、会員獲得や結果を出すための企画と、クリエイターや新しい才能たちと出会うきっかけとなる企画の2つの方向性を意識している」
FODオリジナル音楽番組「PARK」においても、これから人気が出る可能性のある人たちと出会えているそうだ。具体的には、(すでに人気ではあるが)「Yogee New Waves」や「スカート」「Never Young Beach」らで、FODの音楽番組に出演してもらうことでつながりを持てるのはメリットだという。
「配信チームでは、普段テレビの仕事をしていたら出会えない人たちと出会えるので面白いですよ。地上波にも良いフィードバックができると思います。テレビと直接的にご縁がなかった人と出会うことで、こういう人がいるよと紹介できる」
オリジナルコンテンツの制作において、意図的に若手アーティストやクリエイターなどと出会えるように動くことで、次の新しい企画につながる可能性が見えてくる。その流れを地上波の企画開発にも巧くつなぐことができれば、相乗効果で、FODにとっても演者・クリエイターにとっても地上波にとってもWin-Winの関係が築けそうだ。
■放送と配信のWin-Winな関係
FODでは、配信だからこそ楽しめる攻めの仕掛けを用意している。オリジナルコンテンツの配信において、FODでは100%(フルバージョン)配信するが、地上波ではダイジェスト版に編集して80%程度に編集する。残り20%の部分に視聴者が見たくなるような仕掛けを設けることで、FODにつながる導線をつくる。
「例えば、『ラブホの上野さん』は、オリジナル版では30分を越えていますが、地上波放送版では25分に編集されています。最終話でも地上波では大事なシーンをカットして、そのシーンが気になる方はFODを見てね、と促しました。ほかにも、整形したプロレスラーの映像で、地上波ではあえてモザイクをかけておき、素顔はFODへ……という仕掛けを作りました。昔はテレビが主でネットはおまけでしたが、今はネットとテレビを合わせて製作して行く形にも挑戦しています。ネットは無限で、テレビは有限なので、うまく組み合わせていきたいと考えています」
ネット配信と地上波で意図的に放送内容を差別化することで、注目度を引き上げる。また、地上波で宣伝することで、FODの会員数を増やす。ここに、テレビと動画配信サービスの新しい可能性が見えてきそうだ。
■共同制作の目的、配信の多様化について
FODコンテンツチームの戦略は2つある。1つは、番組をつくる工場としてその能力を最大限に引き上げること。そのためには、制作スピード、コスト意識、企画力を上げ、配信チームならではの強みをブラッシュアップする必要がある。もう1つは、フジテレビプロデュースの番組を多様なプラットフォームで見られる状態にすることだ。
「自分たちで作ったコンテンツを自分のところだけに置いておくこともビジネスのために必要だが、FODに入っていなくても、NetflixやdTVを利用している人がいる。そういう人たちに対しての、FODやフジテレビの見せ方があるのではないか」と、下川氏は語る。
またFODでは、NetflixやdTVなどとオリジナルコンテンツの共同制作・共同配信にも取り組んでいる。そのメリットは、まず資金面にある。制作費をお互いで拠出できるので、その分予算も多くかけられ、良い番組をつくれる可能性が上がる。それから、コンテンツチームの戦略の1つでもあるコンテンツディストリビューションの拡大が叶うことも利点だ。フジテレビプロデュースの番組が別のプラットフォームでも配信されることで、より多くの視聴者に“フジテレビは面白い”と認知されるチャンスが増える。下川氏は、「第一優先するのはFODです。FODに一番に登録して欲しいが、条件さえ整えば、HuluやAmazonなど様々な場所で配信したい」と、コンテンツの流通拡大への意気込みを見せている。
さらに、「他社と共同制作すると学べることが多い」という下川氏は、「例えばNetflixとのやり取りにおいて、全世界と戦っている企業のやり方はどんなものなのかを肌で感じることができます。フジテレビは番組制作の知見はありますが、納品、システム、UIUXに関することなどネットサービスでのやり方はとても勉強になります。コンテンツレコメンドの方法、データの取り方、次作の決め方、宣伝物のこだわり方、翻訳のスピード感など、一緒に仕事しないと分からないことが多い」と語る。
FODの番組編成においても、NHKのドラマ配信がスタートするなど、ラインナップの幅をどんどん広げているFOD。NHKのドラマの視聴者はFODのユーザー層とは異なるようにも思えるが、
「コンテンツのアグリゲーターとして配信できるものはなるべく配信したい。約80万人のユーザーの属性を見ると、20~30代がメインですが、40~50代もいれば60代もいます。FODでは基本的に総合的なコンテンツクラウドを目指しているので、可能性があるなら各局のコンテンツも並べていきたい。重点的・戦略的に並べるのは若者向け番組でも、入会後に見られる番組の品揃えは豊富な方がよいと思っています」
■編成の視点から、今のネット配信サービスやテレビに求められているものとは
「現在のテレビや動画配信に求められているのは、二者択一ではなく、多様過ぎるニーズにどれだけたくさん応えられるかということ。また、設置型のテレビというデバイスにおいては、視聴者の年齢層が高く『テレビは年配の方々のためのメディア』になりつつあるが、ただ、テレビの視聴者層が変わる時間帯があると、仮説を立てています」
「編成の視点で感じているのは、今のゴールデンタイムは本当は21~23時で、19~21時は昔の夕方くらいの感覚ではないかということです。朝から23時まではリアルタイムに見ていただいている年齢層向けの編成で、若者は見逃し配信でフォローする。23時以降は若者向けやネットと連動した多様な番組を並べるなど、コンテンツの並べ方は変わってくると思います」
若者が見る地上波の時間帯をFODの時間にしたいと語る下川氏は、「昔の深夜枠がネットクラウド上に移動してきているという感覚」にあるそうだ。実際、地上波はFODの宣伝の場でも少しずつ増え、深夜にFODの番組が配信されることも増えている。
「大きくいうとFODも同じフジテレビだと思っているので、地上波を盛り上げるためにもFODでは若い人向けのコンテンツをせっせと準備して事例を増やしています。地上波で放送するには、スピード感と豊富な品揃えが大切です。制作の体制も同じで、VRや新機材などの最新技術を取り入れて、安く早くいいものを作れる体制を持っている必要があると思っています」
■放送と動画配信の未来
テレビやスマートフォンなどで「スクリーンの奪い合い」が起きている中、FODでは将来をどう勝ち残っていこうと考えているのだろうか?
下川氏は、「配信側にいる立場でいうと、そんなに危機感はありません。“コンテンツファースト”で考えると、ディストリビューションできるディスプレイ数が増えたと思うとチャンスでしかない。設置型テレビのディスプレイ数はこれ以上増えず、むしろ減るかもしれませんが、パーソナルなディスプレイ数はまだまだ増えると思います」と語る。
■次世代通信で実現する配信サービス
2020年のオリンピックに向けて、都市部を中心に「5G」の整備が進んでいる。FODのメインターゲットである若者は、有料のWi-Fiを契約して持ち歩いている人も少ないため、いつでもどこでも動画を楽しめる状態にはまだない。若者が動画を見たい時間は電車の中や休憩中だとしても、今は動画を見るのに通信環境に制限がある。しかし、次世代の通信スピードになると、通信料の重い動画でも定額パケットの範囲内で見られるようになると予想される。
「FODの戦略は、3~4年後に本当の意味を持つと思っています。次世代通信が整うタイミングと一致してれば、FODのアーカイブコンテンツなどの価値はもっと上がるはずです。次世代のネットワークインフラの完成を、どれだけの品揃えのあるサービスとして迎えるか、配信側にいる僕としては素敵な展望しかみえません」
動画配信サービスにおいては、来る高スピード時代と総務省が進める「ネット同時再送信」に備える必要がある。下川氏がいうように「いかに視聴者に求められる番組をたくさん取り揃えられるか」がポイントになるため、準備が急がれる。またその頃になれば、地上波かネット配信かは重要視されなくなる。FODなどの動画配信サービスが主導となって、地上波をけん引する可能性もあるだろう。
「今から3年でオリジナルコンテンツを増やすという計画は、まさに、2020年頃までにオリジナルラインナップをたくさん取り揃えて、技術的にもいつでもどこでも見られるように準備しておくための戦略です。それが実現できれば、いいタイミングを迎えられるのではと思っています」
2020年のオリンピックイヤーに向けて急ピッチで進む次世代通信の世界で、FODがどのような総合配信サービスへと進化するのか楽しみだ。