NHK「みんなで筋肉体操」にみる、SNS時代の番組づくり「Advertising Week Asia 2019レポート」
編集部
東京・六本木ミッドタウンホールにて『Advertising Week Asia 2019』(2019年5月27日〜30日)が開催。マーケティング・コミュニケーション業界の企業やキーパーソンによるワークショップ・カンファレンスが多数行われた。
今回はこの中から、5月29日に開催されたセッション『NHK「みんなで筋肉体操」にみる、SNS時代の番組づくり』の模様をレポートする。
本セッションには、番組の企画・演出を担当したNHKの勝目卓ディレクターと梅原純一ディレクターが登壇。モデレーターは。博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所(以下、博報堂DY) 所長の吉川昌孝氏が務めた。
■「深夜の5分間番組」が流行語大賞にノミネート
『みんなで筋肉体操』は、同局の人気情報番組『あさイチ』(毎週月〜金、8:15〜)の制作陣が手がけ、昨今の“筋トレブーム”にちなんだ開発(実験)番組としてスタート。2018年8月、23時50分から55分までの5分間番組として“第1弾”がNHK総合テレビで放送された。タレントの武田真治氏をはじめ、弁護士、庭師といったさまざまな職業の出演者たちが黙々と“筋トレ”に励むという独特の演出がまたたく間にSNS上で話題となり、およそ10回にわたって再放送された。
番組中に発する決め台詞「筋肉は裏切らない」は、同年の「新語・流行語大賞」にノミネートされ、大晦日の『NHK紅白歌合戦』には同番組の一部メンバーが生出演。翌年2019年1月には“第2弾”が放送され、NHK大阪・札幌放送局による「ローカル版『みんなで筋肉体操』」も登場するなど、開発番組とは思えない展開を見せた。
■「撒き餌を撒いて」番組を見てもらう
セッション冒頭、博報堂DYの吉川氏は現状のコンテンツ消費の形として「スクリーンのシームレス化」に言及。同研究所が現在の若者をサンプルに実施したフィールドワーク調査の模様を上映した。
動画に登場した大学生はタブレット端末とスマートフォンを駆使し、人気テレビ番組の最新回と「神回」と呼ばれる人気回の動画を同時に再生。最新回の内容に飽きるとすぐさま「神回」の動画に視線を移し、ふたたび最新回に目をやる……といった行動を。いわば“三角食べ”のように好きなシーンを「効率よく視聴する」衝撃的な光景に、会場からもどよめきの声があがった。
吉川氏はこの模様を踏まえ、現代を「(コンテンツを視聴する)スクリーン(の数)が肥大した時代」と表現。「『みんなで筋肉体操』は、この潮流に対応する新たなテレビコンテンツの形として示唆に富んでいる」と話した。
NHKの勝目氏も制作当時を振り返り、当初の「もくろみ」を語った。
「いま思えば、出せるプラットフォームにはすべて番組コンテンツを出していた。Twitter、Facebook、InstagramといったSNSをはじめ、NHKの広報ウェブサイトへの番組情報掲出や番組独自WEBサイトの展開やプレスリリースの発信も実施したり、番組放送日にあわせて『あさイチ』のなかで“筋肉コーナー”を設けたりもした。とにかく『手がつけられるところは全部やろう』という思いだった」と明かした。
全国放送を基本とするNHKの地上波チャンネルに依らず、なぜSNSやWEB展開に注力したのか── NHKの勝目・梅原両氏は次のように述べた。
「深夜帯の5分番組だったこともあり、普通に流していたら他の番組のなかに埋もれて1回で終わってしまうだろうという危機感があった。自分たちの親にあたる世代ではテレビ欄で番組情報を知るのが一般的であったと思うが、自分たちの世代は『Twitterで話題になった番組を見る』という形が自然。『SNSで話題にしてもらわないと勝てない』という思いから、『出演者の好きなプロテインの味』といった、少しでもSNSで話題のフックにしてもらえるような“変な、気になる情報”を載せることに注力した」と梅原氏。
勝目氏は、「(実験的な意味合いの強い)開発番組であったので、成果を残す必要があった。『みんなで筋肉体操』の放送時間帯は(リアルタイム視聴が少ない)深夜帯ということもあり、狙っても1%台の視聴率だろうと踏んでいた。そもそも『筋トレ』というコンテンツ自体、繰り返し視聴しなければ意味がない。テレビでは1度しか流れないので、コンテンツとしてはおのずとWEBとの親和性が強くなる。『動画コンテンツとしてどれほど再生されるか』という点に重きをおいた」とコメントした。
吉川氏は両氏の取り組みをして「撒き餌はあるほど良い」と表現。いまやタブレット端末やスマートフォンなど多数のスクリーン環境を通じた接触機会があることを受け入れながら、フットワーク軽くあらゆる接触を試みた姿勢を評した。
■番組全編をYouTube上でフル公開
博報堂DYの吉川氏は続いて、同番組のYouTube展開について言及。1本あたり5分、地上波のテレビで放送されたものとほぼ同一の内容をそのまま動画コンテンツとして公開した点をとりあげた。
「(第一弾放映から約半年ほど経過した)2019年3月時点でも、YouTube動画は1日3万件程度再生されていた。まったく同じコンテンツがYouTubeとテレビの両方で流れていたのが面白い」と吉川氏。
これに対し、NHKの勝目氏は「YouTube展開も『全方位戦略』のひとつ」とし、それぞれプラットフォームの特性に合った出し方を模索した結果であると述べた。
「従来はテレビでの『事前宣伝番組』で認知をはかっていたが、『みんなで筋肉体操』ではこの施策をやめ、Twitter向けに独自制作した『事前宣伝動画』を公開した。テレビから離れるというよりは、プラットフォームごとに特化したコンテンツ設計を行ったかたち。この施策により、Twitter上でトレンドを獲得することができた」。
■「妄想・雑談・検索の余地を残す」
博報堂DYの吉川氏は、現代のコンテンツづくりにおいて「(いまは)『情報過多時代』であることをいかに意識するか」と話す。
「いまの若者層には『世の中の情報が多すぎる』という感覚を持つ人が多い。情報過多時代に考えなければならないのは、『いかに情報を間引くか』が重要となる単純に『なんだろう』と思うことがあったら、いまや生活者は自ら調べてしまう。(コンテンツが認知を得たあとは)いかに検索へ誘導させるかが重要」と吉川氏。
『みんなで筋肉体操』は、テロップなどの演出が最低限に抑えられており、出演者についても職業・氏名以外にプロフィールの紹介などは番組中では特に行われない。いっぽう番組WEBサイト上では、各出演者について「筋トレを始めた経緯」から「好きなプロテインの味」、自身の“筋トレ観”をメッセージとして伝える「筋肉一言」といったものまで、非常に詳細かつ充実した情報を掲載している。
この意図について、勝目氏は、「NHKのWEBサイトまでたどり着く人は『一番のお客さん』。そこに『一番“レア”な、ここでしか手に入らない情報』を置くことで『見たら絶対人に言いたくなる』フックを作り、モチベーションに答える仕掛けをつくった」と。
梅原氏も「(話題化に)失敗しても『傷つく人が居ないのであればよい』。たとえ1つのリツイートでも(誰かにとって重要な情報となれば)そこから広がっていくはず、という気持ちでコンテンツを展開した」と語っている。
■『実践的な筋トレ』という“芯”はブラさない
SNSやWEBなど、多方面への「撒き餌」による視聴者誘導を狙う『みんなの筋肉体操』だが、番組の“芯”にあたる「テレビを見ながら正しく筋トレを行なう」というコンセプトはブラさず、しっかりと守っている点も見逃せない。
これについて、NHKの勝目氏は次のように話す。
「意識したのは『筋トレのガイドであること』と、『テレビを見ながら筋トレをする』ということ。『みんなで筋肉体操』は、(抜粋ではなく)『5分の筋トレ』になるよう構成している。途中にはさむ休憩も、適切な長さのものを “実尺”できちんと取る。一方的にやり方を教えるのではなく、出演者も視聴者も“一緒にやる”ことに重きをおいた」。
『みんなで筋肉体操』を実践する2,000人を対象に視聴方法を調査してみると、「スマホを使ってYouTubeなどで視聴」という回答が全体の24%、「タブレット端末を使ってYouTubeなどで視聴」という回答が5%であったのに対し、「テレビで録画したものを視聴」という回答が49%、「テレビでYouTubeなどで視聴」という回答が22%で、テレビモニターを見る人が7割にものぼったという。大きな画面で視聴することで視聴者が場と時間軸を共有し、『みんなで筋肉体操』を通じて純粋な筋トレとして“活用”している実態が浮かび上がった。
HDYの吉川氏は、「番組を見て『見た甲斐があった』と(視聴者に)思ってもらうことが大事なのでは」と指摘し、「昔の視聴者は情報量が多いことを単純に喜んでいたが、いまどきの視聴者は、自分が接触した情報やメディアが『役に立ったか』『見た甲斐があったか』と、情報に対する満足度を大事にする考えにシフトしている」とコメントしていた。
■「ブランドガードマン」の役割を立てる
『みんなで筋肉体操』の制作現場では、筋トレとしてのクオリティを高い水準で保つ「ブランドガードマン」の存在が欠かせないという。出演者たちの筋トレ指導を担当し、自らも“講師役”として番組に登場する近畿大学生物理工学部准教授・谷本道哉氏について、NHKの勝目氏は次のように語る。
「谷本さんは番組内で行なう筋トレに対して非常に高いハードルを設け、臆することなくどんどん指摘してくれる。収録現場では出演者の空気が若干険悪になるくらいの細かいダメ出しが行われることも。だがそれによって、筋トレとしてのクオリティをきちんと高水準で担保できている」と、勝目氏。続けて、谷本氏は「筋トレのメニューに関わるもの以外へは口出ししない」という。
また、勝目氏は「谷本さんの決め台詞は『筋肉は裏切らない』ですが、私たちも収録中も演出は『筋肉を裏切らない』、つまり『筋トレを邪魔しない』という不文律がある。そのかわり、筋トレ以外の演出部分は思い切り自由にやるというスタンスをとった」と。
2018年大晦日の『NHK紅白歌合戦』には、『みんなで筋肉体操』出演陣から武田真治氏と弁護士の小林航太氏、庭師の村雨辰剛氏が登場。歌手の天童よしみさんのステージにあわせて武田氏がサックス演奏を披露し、その脇で小林・村雨両氏がポーズを決めるなど、番組そのままの演出がSNS上でも大きな話題となった。
「紅白(歌合戦)はその年に流行ったコンテンツの見本市的な性質があるので、(オファーが)来るのではとは思っていた」と語る勝目氏。出演にあたり、紅白歌合戦のスタッフ陣には“注文”をつけたという。
「出演にあたり『絶対にしてほしくないこと』を紅白歌合戦の担当ディレクターに伝えた。そのひとつが『ダンベルを使用しないこと』。『みんなで筋肉体操』はあくまで『自宅でできる筋トレ』を標榜しているので、そのメッセージが曲がって伝わってはいけない。『道具を使わず筋トレする』ということをしっかり伝えるため、ダンベルを使った演出はしないよう伝えた」。
そして、梅原氏は「紅白歌合戦に出ることは我々にとって最大の宣伝だったので、『筋トレさえバカにしなければ何をしてもいいです』と送り出した。出演は番組のなかで“アシスタント”の立場である村雨さんと武田さんにお願いし、逆に“筋トレの芯”の部分を担う『ブランドガードマン』の谷本さんは出さないお願いをした」。
従来の価値観にとらわれない斬新な演出や露出を試しながらも、“芯”となる『筋トレ』の本質は徹底して保つ。この姿勢こそが『みんなで筋肉体操』を良質なコンテンツへとたらしめているのかもしれない。
■大切なのは「この人がこれをやる意味」
1時間弱にわたるセッションの締めくくり、登壇者がひとりずつ昨今の「スクリーン過多時代」をふまえたコンテンツ作りのポイントをまとめた。
吉川氏は、「生活者は(発信されるものを)全部受け取ろうと思っておらず、『役に立つもの』だけを効率よく受け取ろうとしている。そのなかでどう満足してもらうかがカギ」。
梅原氏は、「『スクリーン過多時代』のコンテンツで重要なのは『お客さんを連れてくる力』と『連れてきたお客さんを逃がさない力』。『みんなで筋肉体操』だと、まず「あえて説明しない」ことや「撒き餌をまく」ことで、お客さんを番組へ連れてきた。しかし(お客さんを)連れてきたはいいが、その中に筋が通ってないコンテンツは切られる。『みんなで筋肉体操』は『筋トレと心中する人向けのコンテンツ』であることにこだわったので、その番組の「芯」の部分だけは、絶対にブレないように意識した。
勝目氏は、「情報が多い時代には『作る人の必然性を感じるコンテンツ』が求められる。『みんなで筋肉体操』も(体操番組である)『みんなの体操』など60年やってきたNHKがやるから意味がある。『この人がこれをやる意味がある』ということが大事。『(みんなで筋肉体操は)NHKらしくない(番組)』と言われるが、こんなにNHKらしさのある番組もないのではと思う」
SVOD(定額型オンデマンド動画サービス)などの普及にくわえ、SNSを通じたコンテンツ体験のシェアが一般的となった現代においては「見られる可能性のある、あらゆる場所への露出」が認知につながるとしたいっぽう、いったん認知されたコンテンツが真の意味で指示を得るためには圧倒的な「当事者性の担保」が不可欠── 小手先のテクニックによらず、コンテンツ作りに対する真摯な姿勢こそが「SNS時代に愛されるコンテンツ」の“カギ”となりそうだ。