テレビ視聴ログデータ活用の現在と未来~電通の統合マーケティングプラットフォーム「STADIA」担当者に聞く~<vol. 1>
編集部
テレビ受像機をインターネット結線して利用する人々が増えてきた。その結果、ユーザからの利用許諾の上、取得可能となったテレビ視聴ログデータの分析だけではなく、そのデータをDMP(Data Management Platform)と連携させたデジタル広告配信やテレビCMを総合的にプランニングする手法が注目を集めている。
そこで今回は、株式会社電通のデータ・テクノロジーセンター オンオフ統合データソリューション部の前川駿氏に視聴ログデータの活用と、その現在と未来について話を伺った。
電通の統合マーケティングプラットフォーム「STADIA」の開発に携わった前川氏は、その展開の経緯を踏まえ、「テレビ視聴率における個票分析の手法を拡張させた、デジタル時代のテレビ視聴ログデータ分析に大きな可能性を感じる」と将来を見据えている。
前編となる今回は、「STADIA」開発へと至った経緯からサービスの概要までを語ってもらった。
■時代の変化に合わせ、個票分析の可能性を拡大させたい
――STADIAの開発を始める前、どのような経験を積んでこられていたのですか?
テレビ番組やテレビCMの広告効果を分析する部門に所属していて、おもにビデオリサーチ社が提供する視聴率データの個票分析をひたすらやってきました。通常の視聴率分析と違って、実際の視聴行動に基づいてターゲットを分析し、施策を考えられる分析に大きな魅力を感じていました。今思いかえすと、周りからみるとけっこうマニアックな感じであったかなと思いますが、当時はこれがまさに自分のやるべきことだと思い込んで邁進していました。
視聴行動の個票分析とは、単純にF1の視聴率が上がった、下がったということではなく、ターゲットの視聴履歴からロイヤル層や浮動層といったクラスタ(グループ)を作り、クラスタ(グループ)ごとのコミュニケーション施策を考える手法のことです。
――個票分析に課題はありましたか?
視聴率データを対象にした分析手法には大きな可能性がありますが、一方で限界もありました。
一人ひとりの視聴行動が取得できている視聴率データはテレビの中のことは詳細に把握することができますが、人々が、当たり前の行動としてインターネットでの検索やソーシャルネットワークの利用するようになってからは、それがテレビの中の行動に閉じている点に、もどかしさを感じ始めておりました。広告効果検証の視点で言えば、テレビの中の広告到達だけでなく、多様化するマーケティングのKPIへの説明力を高めたいという課題感を募らせていた、ということです。それだけテレビCMの影響力が、テレビの外に広がったと感じていました。
――そして、テレビ受像機のインターネット結線の時代になるわけですね?
そうですね。IoTともいえると思いますが、テレビがインターネット結線され、その行動データがマーケティングで活用できる状態になったことは大きな変化であったと思います。
それまでのテレビの世界のデータでは考えられない大きな規模のデータが技術的に収集可能となりました。また、従来の視聴率データとは違い、インターネットに結線されたテレビから取れるデータは、テレビの外のデータとつなげることができるという根本的な違いがありました。たとえば、テレビCMを見た人が、クライアントのサイトにどの程度訪れたのか、何回みた人が頻繁に訪れているのか、デジタル広告との組み合わせだとその効果はどうなっているか、どのような組み合わせだと効果が高められるか、といった今まで見えなかったテレビCMや番組の効果や改善への打ち手を説明しうるものになっていったのです。
それまで行ってきた視聴率分析のやり方をもっと広げ、テレビの外の行動まで含めた視聴行動分析ができる、それに最も近いと感じたのが、インターネットに結線しているテレビの実視聴ログデータです。それがSTADIAの開発へとつながっています。
■電通の統合マーケティングプラットフォーム「STADIA」
――STADIAとはどのようなものですか?
テレビCMとデジタル広告を統合的な実施をサポートし、態度変容やコンバージョンといった獲得を伴いながら、その相乗効果を高めるためのプランニング知見を得るオンオフ統合プラットフォームです。
もう少し簡単に言えば、インターネットにつながったテレビの視聴ログデータとデジタル広告の接触データを、ブランドサイトの来訪や会員登録データや位置情報を基にした実来店のデータ、調査パネルのアンケートデータなどと突合させて、テレビCMの今まで見えていなかった広告効果を可視化するものです。テレビCMのサイト来訪や実店舗への送客に対する広告効果の可視化や、テレビCMとデジタル広告の効果的な組み合わせ方などの知見を得ることができます。その知見に基づいてさらに実際に効果が高いと想定されるテレビの視聴状況、例えばテレビCMを一定回数視聴した人を中心にデジタル広告を配信するといった打ち手に直接つなげていくことも可能です。
――開発はいつごろから始められたのですか?
電通のDMPの取り組みのひとつとして、視聴ログデータに特化したSTADIAは4年ほど前にシステムの開発を始めて、2016年3月にはSTADIA(β版)を発表しました。その後、可能性を感じてもらえた数多くの広告主の方々との実証実験を行いました。
データの規模拡大と広告配信先の拡充、各社調査パネルとの連携、AI(人工知能)を活用した個人の視聴状況を推定するエンジン開発といった機能拡充を行い、2017年3月に正式版を発表しました。
――正式版の発表までの開発に関して、課題や困難な点はありましたか?
データやシステムはあくまで手段・ツールでしかないので、それをどう使って実際のブランドの課題の解決に役立つものにするかには、かなりの距離がありました。広告主のマーケターの方にご説明すると、面白い/新しいね、ということはあっても、実際にブランド課題解決に役立つといえるには様々なデータ面での課題、分析の運用面での課題、などをクリアしていく必要がありました。実証実験を通じて、広告主の方々や放送局の方々から様々なご指摘やアドバイスを頂く中で、システムの改善を行いながら、手段の使い方と、今自分たちが提供しているものの可能性と限界が見えてきました。
そのうちのひとつは、従来の視聴率であるPM(People Meter)と、それとは異なる結果を出しえる視聴ログデータは、新しい軸でテレビの価値を語ることが可能になるのですが、一方でその違いに懸念が示されたことです。
例えば、「従来の視聴率と違う数字を出すと混乱するのではないか」、「視聴率とは異なるデータで良し悪しを付けることで正しいリーチ評価ができなくなるのではないか」といった視点です。調査モニターで収集されたパネルデータとIoTから収集される実ログデータについて、2者択一のものとみなすのではなく、それぞれのデータの特性を理解し、それぞれ良さと悪さがあることを認めたうえで、両者を相互に補完し合って連携させることで、トータルなソリューションを提供しうると考えています。
――具体的にはどのようにしてお互いに補完するのですか?
テレビのインターネットへの結線率は、調査モニターと違い世の中全体から無作為に選ばれたモニターではなく、インターネットへ結線するということにも偏りがあるのは事実です。そのため、テレビ視聴ログデータ全体には代表性がパネルデータと比べて低いという特性があります。このため、世の中全体に合わせるように、このデータをどうやってランダマイズするのか、どうウェイトバックしていくのかという課題が出てきます。この課題に対する正解データが、テレビ視聴データとして従来から存在するパネルデータです。どういう分布でデータをランダマイズするか、全体の数字と整合性を合わせるのかなど、実験計画法で使われているさまざまな手法で、代表性の補正などを行い、「データの質」を高めることが可能となります。
2つの特徴の異なる食材を使って1つの料理を作るように、インターネットを通じて収集される実ログ系データと、無作為抽出によって集められる代表性のあるパネルデータを組み合わせ、クライアントのニーズに合わせたソリューションを作ることが必要です。この意味では、実ログデータとパネルデータは相反するものではなく、双方の特性を生かして、補完し合うことが可能だと考えています。
過去のテレビの視聴率では、広告の量の部分が主でした。しかし、実ログデータは、その規模と外部データとの接続が可能なため、その量に対して、ブランドのKPIに対して何がどう貢献しているのか、どういうふうに人が実際に動いたのか、といった質の部分を説明することができます。STADIAは、テレビCMとデジタル広告を組み合わせていくことで、その総合としての質をより高めるための「オンオフ統合の個票分析」を行うプラットフォームなのです。
後編では、「STADIA」の最新動向と、今後のテレビとデータをどう捉えて統合を進めていくのか、その理想像について話を伺う。