テレビとネットの技術タッグ~テレビ朝日とAbemaTVのエンジニアが語る成長の理由
テレビ業界ジャーナリスト 長谷川朋子
テレビ朝日がサイバーエージェントと共同で、「インターネットテレビ局」として運営している動画配信事業「AbemaTV」が今年4月11日に本開局から丸2年を迎えた。累計ダウンロード数は2,900万を超え、着々と利用者数を伸ばしている。
この勝因は何か。技術チームに在籍する株式会社AbemaTV技術局配信制作部テクニカルマネージャー乙黒貴司氏と、同社開発本部ビデオトランスコーディングストラテジスト御池崇史氏、テレビ朝日技術局運用統括センターインターネット運用技術グループ小宮立千氏の3人がその理由を語ってくれた。前編は開局時からこれまでに築かれた両社の技術タッグについて、お伝えする。
■テレビとネットのデータ管理の垣根がなくなったどんぴしゃのタイミング
スマートフォンなどのデバイスの普及や通信環境の整備、動画配信コンテンツの充実などにより、インターネット動画サービスは身近なものになりつつあるが、「AbemaTV」は365日24時間リアルタイム編成の番組が無料で提供される唯一のインターネットテレビ局として存在し続けている。開局時からこれまで、多くの技術課題に直面し、乗り越えてきたことが予想される。まずは3人にこれまでの2年間を振り返ってもらった。
乙黒氏は開局のタイミングと同時に、テレビ朝日の技術局から出向し、現在、配信制作部のテクニカルマネージャーとしてAbemaTVに常任している。そんな立場から、サイバーエージェントとテレビ朝日の両社にとって、開局そのものが新たな挑戦であったことを明かした。
乙黒氏:開局時にあったミッションは『新しいインターネットテレビ局を作ること』でした。動画事業の世界では、リアルタイム型はオンデマンド型よりも何十倍も技術難易度が高いのですが、AbemaTVのオリジナルコンテンツは、インターネットの特徴であるインタラクティブ性を生かしたく、生配信を主軸に編成するということでした。なので日頃当たり前のように生放送をし続けているテレビ放送を見本にしました。インターネット技術とテレビ放送技術の両社の技術協力があってこそ、走り続けることができていると思います。
AbemaTVで映像品質領域を担う御池氏も難しさを実感していたという。
御池氏:テレビ品質は言葉としてはシンプルなものですが、インターネットで実現することは非常にハードルが高いことでした。そのなかで、入り口側にテレビの技術を持ってきて頂いたことがカギとなりました。テレビの世界でここ数年、スタンダードになっている収録システムやファイル形式をそのままAbemaTVに持ち込んできてくださったことで、撮影のクオリティを担保することができたと思います。
またテレビ朝日に常任しながら、AbemaTVの技術チームの一員として日々、協力する小宮氏は開局の成功をこのように分析している。
小宮氏:技術的に見て、テレビとインターネットの融合をここで勝負しようと決めた経営陣の先見性は成功の要因として大きかったのではないでしょうか。というのも、テレビ局のファイルデータがアナログから完全デジタル化に移行し、つまりオールデータ化が浸透したタイミングと同時に、モバイル回線を束ねて簡易的に伝送できる技術もこの2~3年の間に現実的になりました。テレビとインターネットのデータ管理の垣根がなくなったどんぴしゃのタイミングでAbemaTVを開局することができたのです。
AbemaTVでは開局時からファイルのオールデータ化をもとに、ワークフローを設計し、進めていることもひとつの強みになっているという。親和性の高い状態でスタートできたということだ。
御池氏:オールデータ化は、スピード感や柔軟性、効率性にメリットがあります。そして、何より取り回しが楽。変換工程を最小化し、マスターデータに近いデータをアウトプットすることができることも、品質の上で魅力があります。
小宮氏:もちろん、オールデータ化されたAbemaTVの設備、運用をテレビ朝日も吸収できることにもメリットがあります。一方、テレビの強みである全体設計のノウハウはAbemaTVに提供しています。
御池氏:勉強させてもらえることは有難いこと。お互いに実績を作り、確実性を高めているところです。
乙黒氏:そうですね。テレビ朝日技術局のプロフェッショナル陣からもかなり教授してもらいながら、AbemaTVで最強の設計を行っています。
■課題に気づいたら即座に取り組む、フレキシブルさが文化にある
話を伺っていると、両社が互いに技術面において享受し合っていることがわかる。開局時はもとより、互いの技術交流は日々続けられている。とは言え、テレビ局とインターネット企業の文化の違いがある。そんななか、どのようにコミュニケーションを図っているのだろうか。
乙黒氏:技術課題は毎日のようにあるので、課題が出るたびにテレビ朝日に相談しています。今はコンテンツ管理が大きな課題としてあります。
御池氏:映像品質から音質(ラウドネス管理含め)まで、品質の向上を毎日のように追求していますし、テレビ品質を目指すなかで、ライブ中継と納品されるコンテンツを同じグレードにまで高めていけるよう、常に乙黒さんや小宮さんなどにご意見を伺い、検討しています。
小宮氏:驚いたのは、AbemaTVは『これをやってみよう』と、行動に移すのが早いこと。端末ごとの見え方なども含めて、検証し、疑問が浮かぶとすぐに実行されています。テレビ屋にとって、このスピード感は勉強になります。
御池氏:自分自身もびっくりするぐらいですよ(笑)。フレキシブルさが文化のひとつにあるからでしょう。もちろん、状況証拠しかなく、根本原因の特定が難しいことも多いですが、動き出しを遅くする必要はありません。課題に気づいたら、即座に取り組みます。まずは一時的な答えを出し、それからロングスパンの答えも同時に探していく、ということが自然と身についています。
乙黒氏:サイバーエージェントの文化の中でAbemaTVは構築されていると思います。小宮さんや御池さんがおっしゃるように、『スピード感とフレキシブルさ』は本当に勉強になります。多少、ハラハラドキドキもしますが(笑)。テレビ朝日のエンジニアは石橋をたたいて渡り、究極の縁の下という存在です。一方、サイバーエージェントではフロントに立つエンジニアというイメージが強い。
御池氏:特にAbemaTV開発局では、エンジニアがそれぞれの責任領域をぐいぐい引っ張る体制なので、思い切って攻めることができるのかもしれません。
AbemaTVとテレビ朝日との技術チームの合同会議は毎週1回の定例で行われている。毎回、そこで課題を確認し合い、1週間、1か月単位で対処する作業が続けられている。テレビ局ではコミュニケーションツールの基本はメールや電話がベースとなるが、AbemaTVではSlackなどの業務用コミュニケーションツールを積極的に使うスタイル。必要案件に応じて、ソーシャル内で「グループ」が作られ、その都度その時々のメンバーで話し合いが行われているという。コミュニケーションロスの少なさも技術の発展に役立っているようだ。
■『大相撲中継』をゲーム感覚で観てもらいたい
またテレビとインターネットでは、アプローチの違いもある。AbemaTVでは開局当初から若年層利用が高いスマホ視聴者をターゲットとしている。2018年からは『大相撲中継』なども始まり、スポーツ中継なども積極的に取り入れるなかで、技術面ではどのような工夫が行われているのだろうか。
御池氏:動画、音の設定は今のところモバイルでの視聴に特化しています。それをさらにさまざまなユースケースを考慮しつつ最適化することによって、若年層から年配の方まで、より多様な層に新たな視聴体験が浸透していきます。
乙黒氏:モバイル視聴を想定し、画角をサイズアップしたり、寄りサイズのカット数を多くしりた、引きサイズが少ない分、必然的にカット割数を増やしたりして、意識しています。他にも、微妙なニュアンスがスマホでは伝わりにくいので、映像トーンの明暗をはっきりさせ、カラー選びもメリハリをつけています。またスマホのスピーカーはテレビデバイスに比べて貧弱なため、出演者の声をオンで捉えています。
小宮氏:スポーツ中継ではスマホ画面の小ささをカバーして、表現する必要があります。
カメラの画角を意識しながら、テロップの位置をギリギリまで攻めています。『大相撲ライブ中継』もAbemaTVらしさにこだわっています。若者視聴を想定して、ゲーム感覚で観て頂けるような表現方法やインパクトのあるデザインなどの特徴があります。また限られた機材コストの中での工夫も必要です。野球中継ではPCベースで『BSO ソフト』を導入しました。PCベースのソフトはコストを抑えることができますが、一方で中断のリスクもあります。AbemaTVではそうした場合の対処方法の導線が確立されていますから、テレビでは難しい挑戦を具現化することができます。
テレビ朝日とAbemaTVの強力な技術タッグによって、挑戦し続けているなか、3年目に入ったところで新たな課題もみえてきたという。乙黒氏は「テレビを超えることができない1%の壁がある」と話す。1%の壁とは一体何だろうか。後編に続く。