英トップIPコンテンツホルダーが構築するFASTエコシステム【FASTイベントレポート前編】
テレビ業界ジャーナリスト 長谷川朋子
広告付きストリーミングテレビを意味する「FAST」は、世界のコンテンツ市場で引き続き注目トレンドの1つにある。アメリカから欧州、そしてアジアにも利用が拡大するなか、アメリカの業界誌World Screenが7月23日~25日の3日間にわたり「FAST FESTIVAL」をオンライン上で開催した。FASTおよびAVODの最新の動きと共に注目されたのは、世界の主要メディアプレイヤーがFASTをどのように有効利用し、収益拡大の可能性を見出しているのかということ。レポート前編は、イギリスBBCをはじめとする既存メディアがIPコンテンツホルダーの立場から語ったFASTエコシステムの捉え方をお伝えする。
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■番組カタログの収益化とブランド力UP
アメリカの業界誌World Screen主催の「FAST FESTIVAL」は最前線のFASTプレイヤーにフォーカスを当て、プラットフォーマーからIPコンテンツホルダー、ディストリビューターまで様々な視点からFASTの今を捉えたものだった。FASTが世界のコンテンツ市場でバズワードとなった昨年の開催に続き、2回目開催の今回は7月23日~25日の期間中、20人を超えるキーパーソンを迎えて、キーノートやトークセッションがオンライン上で繰り広げられた。
FAST注目市場の1つであるイギリスからは既存メディアが揃って登壇し、IPコンテンツホルダーの立場からFASTの有効利用と課題、そして可能性が語られた。
登壇したのはイギリスBBCの商業部門であるBBCスタジオでFAST兼 VOD セールス部門を担当するSVP/GMのBeth Anderson氏と、イギリス民放最大手ITVグループのITVスタジオでグローバル・デジタル・パートナーシップ部門を統括するEVPのGraham Haigh氏、そしてイギリス最大級の制作会社All3メディア傘下All3メディア・インターナショナルでグローバル・デジタル・パートナーシップ 部門VPを務めるAmanda Stevens氏の3者。グローバルコンテンツビジネスのエキスパートが揃った。
ITVグループがFASTに本格的に参入したのは2022年12月。FAST チャンネル「ITVX」をイギリス国内でローンチして以降、自社IPのFAST活用に積極的な印象がある。ITVスタジオのHaigh氏は「第一の目的は9000時間の番組カタログを収益化すること」と話す。
「イギリスのFASTチャンネルではリアリティ番組『Hell’s Kitchen』が非常に好調に推移し、カナダでは過去に放送したプレミアムな番組を配信するFASTチャンネルを立ち上げることを計画している」(Haigh氏)
コンテンツのブランド力を上げるためにFASTを活用するという考えもある。All3メディアのStevens氏は、アメリカのFASTプラットフォーム「Roku」で展開している刑事ドラマ『Midsomer Murders』を例に挙げる。同番組は1996年からITVで放送されている長寿番組のため話数が多く、固定ファンも多い。All3メディアにとって単一コンテンツでFASTを活用した成功例の1つという。
■米国FAST市場は番組リーチ絶好の機会
BBCスタジオは3者の中で最もFASTの活用を前向きに捉えているように見えた。Anderson氏は「インターネットを利用したビジネスチャンスが拡大するなか、番組をリアルタイムで提供するリニア配信スタイルのFASTは番組を知ってもらい、視聴してもらう媒体として最適。だからFASTにおいても先陣を切りたかった」と話す。今年4月からは『BBCニュース』をアメリカのFASTチャンネルにコンテンツ供給し始めたところだ。
「広告主もFASTを長期的に広告効果が表れる媒体として捉えていると思う。私たち既存メディアはインターネットに対応する環境に移行し、デジタルプラットフォームの視聴者数は大幅に増え、米国のFAST市場は現在、月間アクティブ視聴者数が1,100万人前後で推移している。これは番組をリーチできる絶好の機会であって、FASTには有効性がある」とAnderson氏は力強く語る。
また様々なコンテンツを視聴体験できるFASTは「パーソナライゼーションの具体化に繋がる」とAnderson氏は考える。
「視聴者がFASTを利用する理由の1つは、その時の心境や気分によって、何を視聴するのかを決めることができるバリエーションがあることだと思う。自然ものが好きなら、結果として『BBE Earth』を見に来てくれるし、冷静になりたい気分の時も癒し系の自然番組は最適。車が好きなら『Top Gear』というような視聴体験ができる」(Anderson氏)
■新規FASTチャンネルを計画する
向こう1年から2年先の展望についてそれぞれ語る場面も作られた。ITVスタジオのHaigh氏は「エキサイティングな数年になる」と切り出し、具体的な計画を明かす。
「ジャンルやIP別にどの新しいチャンネルブランドを立ち上げるべきか検討する予定だ。マーケティングもレベルアップさせる。大規模な屋外キャンペーンを想定しているわけではなく、より戦略的なデジタルマーケティングを考えている。我々が目指しているのは、一貫性のある番組ブランドのポートフォリオを作ること。保有するコンテンツの質を進化させることができるようなポートフォリオをもとに、成長を描くことに注力したい」
ドラマやバラエティまで膨大な番組IPを持つAll3メディアのStevens氏は効率性を重視する考えだ。
「これからますますFASTでニュースや時事問題、スポーツを視聴するユーザーが増えると思う。そんななかで、ドラマやバラエティを扱った既存のFASTチャンネルを売り出していくためにチャンネルマーケティングに集中する必要がありそう。またIP混合のドラマチャンネルなど、新しいチャンネルをいくつか立ち上げることを計画している。一方で、予想よりうまくいっていないチャンネルがあるため縮小も考えている。チャンネルが機能していないのであれば、チャンネルの数に拘る必要はない。上手くいっているパートナーシップとの関係性の強化を進めていきたい」
BBCスタジオのAnderson氏はグローバルコンテンツビジネス全体の中でFASTの有効性を考える。
「これまでリサーチと立ち上げに多くの時間を費やした。世界中の多くの地域のさまざまなモデルのプレイヤーがFAST分野に関心を寄せているなか、我々BBCスタジオはパートナー企業と手を携えながら、国や地域ごとに何が理にかなっているかを見つけ出すことに今後も注力していきたい。私たちは、グローバルに考え、ローカルに行動することが好きなのだ。すべてのチャンネルがどの市場でも成功するとは限らないが、私たちはFASTのアプローチ方法においても常にカスタムメイドでありたいと思っている」
イギリスを代表するIPコンテンツホルダーたちがFASTを試金石の1つとして捉えていることはFAST市場全体に大きな意味をもたらすだろう。番組IPの活用法の方針が示された貴重な機会でもあった。一方で、FASTは市場として発展途上の段階にある。プラットフォーマーやディストリビューターはFAST&AVOD市場の動きをどう見ているのか。後編に続く。