TVコンテンツビジネスのバリューチェーンを変える高度「AI」~資金調達から開発、制作、PRまでAIをどう使うのか?~MIPTVカンヌ2024【トピックス①】
テレビ業界ジャーナリスト 長谷川朋子
高度なAIを活用したコンテンツ制作やプロモーション手法が世界中で関心を集めている。今年4月に開催されたフランスのTVコンテンツ国際マーケット「MIPTVカンヌ」において「AI」をテーマにした集中セッションが行われ、テレビコンテンツビジネスのバリューチェーンを大きく変える高度AI活用の可能性について語られた。
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■資金調達と開発の段階で活用できる生成AI
フランス・カンヌで4月8日から10日まで開催されたMIPTVの最終日、「イノベーションサミット“テック&AI”」と題した集中セッションが企画された。AIをテーマにしたセッションはここのところカンヌでも注目度が高まっている。
今回、会場の関心を集めたのは高度AI利用のテレビ番組制作の可能性だ。これについて、イギリスのリサーチ会社Ampere Analysisエグゼクティブ・ディレクターで、グローバルTVコンテンツビジネス業界のアナリストとして20年以上のキャリアを持つGuy Bisson氏が言及した。
「番組企画や脚本が視聴者に受け入れられるかどうかを判断することにAIを活用することができるが、生成AIが本領を発揮するのは企画決定権のある人物に売り込むことにある」と述べたことがなかでも興味深かった。つまり、資金調達と開発の段階で生成AIが活用できる可能性があるというのだ。たとえば、Entertainment PartnersのAIソフト「EP Scenechronize」は共同制作の資金調達用ピッチングから、契約書の作成、そしてプリプロダクションに入る準備の全てを管理することできるという。事例の1つとして紹介された。
またローカライズ分野ではAI利用がすでに成果を上げ、「吹き替えと字幕における利用価値の高さ」が報告された。Bisson氏から具体的なAIソフトが紹介されるなか、実例がここ半年で大幅に増えていることも実感できたことにある。
「AIが3年後、4年後、5年後にどのような状況になるのか、その方向性は見えている。台本作成から映画撮影まで、全てが寝室でできるような時代が来る。実際、一連のAIツールを使って、寝そべりながら作業を行うことができた。AIがグローバルTVコンテンツビジネスのバリューチェーンのあらゆる側面で大きな影響を与えることに間違いはない」と、Bisson氏は力強く語る。
■マーケティングではなくエンゲージメント
番組プロモーションに役立つ高度AI活用もアップデートしたい話題にある。メディアエンターテイメント業界向けにAI活用ソリューション提供するスウェーデン拠点のVionlabs社 ファウンダー&クリエイティブディレクターのArash Pendari氏のセッションは「ユーザーに自分たちのコンテンツを気づいてもらうためのAI活用」をテーマに行われた。コンテンツが大量に溢れる時代だからこそ知りたい今どきの番組プロモーションの在り方から紹介された。
欧州で3500人を対象に調査した結果によると、「回答者の75%が視聴するコンテンツを選ぶ際にサムネイルのビジュアルを重要視している」ことがわかった。つまり、「コンテンツをどのように見せるかが非常に重要」という。Pendari氏によれば、Netflixは従来使われている作品宣伝ポスターだけでなく、場面のスクリーンショットを採用するなど視聴者履歴に基づいたサムネイルのパーソナライズ化に力を入れてきたという。
「この考え方は、地上波TVでチャンネルをザッピングしている感覚に近い。だからこそ、視聴者の興味を惹く。マーケティングではなくエンゲージメントとして捉えるべきだ」とPendari氏は語る。
Vionlabsで開発されたAI活用ソリューションのデモンストレーションも行われた。AI生成によって構築されたメタデータを活用することによって、効果的な「プレビュー」や主要キャラクターを魅力的に見せる「サムネイル」、文脈に沿った「広告」などを作ることができる。感情を理解するAI技術が発達したことで、生成できるバリエーションも増えたという。
視覚的にコンテンツをアピールすることがいかに重要か。Pendari氏は「視聴者、ユーザーが情報の透明性を求めていることが大きい」と説明する。そのためのAI技術の活用であることが強調された。
■技術のためにAIを使うのは大きな間違い
高度AIをインタラクティブかつエンゲージメントの観点で活用する考えは、視聴者エンゲージメントを専門とするイギリスのコンサルタント会社Hypothesis Mediaのファウンダー兼CEOであるTom Bowers氏のトークセッションでも話題に上った。
Bowers氏は「単純にテクノロジーのために活用するのではなく、語るべきストーリーは何であるかを理解し、視聴者の体験をより良いものにするために適切なAIを導入することが大事だと思います」と話す。
視聴者の体験向上において最も期待しているのは「ファンダム」の発展という。「AIによって、体験をパーソナライズし、人々がコンテンツをより身近に感じられるようにすることで、テレビ番組やブランド、スポーツイベントのファン・コミュニティを一体化し、ローカルだけでなく、グローバルにも広げることができる」と力説した。
また「イノベーションサミット“テック&AI”」のトリは、世界最大級のデジタルコンテンツを所有するGetty ImagesのCEO、Craig Peters氏が務めた。NVIDIAと提携したAI生成ツールの紹介だけでなく、高度AIを活用するための概念的な話は参考になるものだった。
Peters氏は「世界のGDPの約10%を占めるクリエイティブ産業において、AIテクノロジーによってメディア業界のクリエイティブ力を活性化させるためにはどうすればいいのでしょうか。より効果的に視聴者を惹きつけ、時間とコストが節約できるのは当然素晴らしいことですが、AI導入について懐疑的になるほど熟慮する必要があると思います」と冷静に話す。
指摘は続く。「技術のためにAIを使うのは、大きな間違い」と断言し、「クリエイターの世界を拡大し、本当に才能のあるクリエイターにとって新しいコンテンツを制作するためのAI活用であるべきです。15年前、『スマートフォンがGetty Imagesを殺すのか』といった議論が起こりました。でも、私は『スマートフォンはよりクリエイティブで、より多くのコンテンツを生み出し、コンテンツの価値はより高くなる』と主張したわけですが、現在のAIも同じような状態に陥っています。より多くのクリエイターを生み出し、クリエイターに力を与え、より良いストーリーを伝えることができるのがAIなのだと思っています」とまとめた。
約半年前に開催された「MIPCOMカンヌ」で企画されたAI集中セッションと比べて、より具体的な話が増えたことも印象的だった。わずか数か月でAI実用が進んでいるからだろう。バリューチェーンの変化による効果が各国から語られる日はそう遠くないのかもしれない。