データに現れた「これまでにない視聴習慣」 〜石川・民放テレビ4局共同キャンペーン「#WAKUをこえろ!」インタビュー(後編)
編集部
石川地区の民放テレビ4局(KTKテレビ金沢、HAB北陸朝日放送、MRO北陸放送、ITC石川テレビ)の共同キャンペーン「#WAKUをこえろ!」。公式SNS同士の連携に始まり、同時生中継や番組同士の相互乗り入れなど、文字通り局や系列の“枠を超えた”取り組みが注目されている。
本記事では2回にわたり、企画の中心メンバーにインタビュー。企画立ち上げの経緯から実施の内容までを追った前編に続き、後編となる今回は実施までの間に乗り越えた課題、企画を通じて得られた反響、成果までを掘り下げる。
引き続き、株式会社テレビ金沢 常務取締役 編成局長・佐藤政治氏、同編成局 編成部長・北尾美和氏、北陸朝日放送株式会社 編成局 総合編成部長・金子美奈氏、北陸放送株式会社 編成業務局 テレビ編成業務部長・園山智之氏、石川テレビ放送株式会社 編成業務局次長兼編成部長・畝村健一氏にお話を伺う。
■異なる系列と社内部署の“枠”、超えた先に見えた「フロア中の拍手」
──SNSから番組まで、文字通りさまざまな枠を超える大型企画となった「#WAKUをこえろ!」、実施までにはどのような課題があったのでしょうか。
畝村氏:みんなで手を取り合っていこうという意思は早い段階から確かめることができましたが、やはり各局さんそれぞれ思いや事情もありましたし、実際に4局足並みをそろえてスタートするまでにはいろいろと準備に時間がかかりました。
金子氏:対面、リモートふくめてディスカッションの機会は非常に多かったのですが、いざ4局で一緒に何かを決めるという段階になると、系列や文化の違いといったものが浮き彫りとなる場面も少なくありませんでした。こうした課題を乗り越え、(2022年)12月1日に同時生放送を実現できたことは、これまでの枠を超える大きな一歩であったと思います。
──まずは「4局で1つのことを決める」ということが大きな壁だったのですね。
金子氏:まず実施を決めないことにはそれぞれの会社を動かすことができないので、そこは真っ先に解決しなければならない課題でした。幸い、ディスカッションの積み重ねによって各局の編成部長同士ではひとつの思いを共有できていたので、いざ決まってから先は、各局それぞれでの調整に比較的早く移ることができたように思います。
──系列や文化の異なる局同士が横並びで同じ企画を進めるのは大変だったのでは?
園山氏:前例がないことでしたし、結果が保証されるわけでもないので社内での関係者への根回しは非常に時間と頭を使いました。当社も含め4局が非常に前向きに受け止めてくれたことでその後の展開がスムーズになりました。
金子氏:今回は各局のニュース番組をまたいだ同時生放送企画を実施しましたが、ネット枠からローカル枠に移るタイミングやCMチャンスが局ごとに微妙に違ったりという、ローカル局ならではの問題も悩みどころでした。なにより、実際に動いてくれる報道や制作など現場スタッフのみなさんに“心”の部分まで一緒に共鳴してもらうことが一番大変でした。
園山氏:「本当にやるの?」「そこまでやるの?」という声は幾度となく聞きましたね。現場には現場の“聖域”のようなものがあって、踏み込みすぎてはいけない部分もあると思ったので、そのあたりのバランスにはとくに気を遣いました。
北尾氏:ただ、実際に動き出してからはとても良い雰囲気でしたね。12月1日の合同生放送以降、目に見えて社内が楽しそうなムードに満ちていて、いつのまにか私たち以上に現場のスタッフが盛り上がってくれました。
金子氏:同時生放送が本番を迎えたとき、報道フロアを見回したらたくさんのスタッフが一緒に放送を見守ってくれていて。放送終了後、フロア中に大きな拍手が巻き起こったときには、思わず熱いものがこみ上げました。このご時世、何かと閉塞感に包まれがちなローカル局ですが、こうして思いを共有できる仲間たちがいるのだと知れて、「まだまだやれるぞ」という気持ちになりました。
■お互いの想像を超えあい、「自分の枠を超える」空気が社内に生まれた
──各局同士の番組乗り入れは非常にユニークでしたが、とくに印象的だった企画はありますか?
金子氏:テレビ金沢さんとHABでは当時、夕方の同じ時間帯にそれぞれ情報番組を生放送していたのですが、テレビ金沢さんの『となりのテレ金ちゃん』(毎週月〜木曜 15:53〜)がHABの『ギュッ!と石川 ゆうどきLive』(月〜金曜 15:42〜 ※2023年3月23日終了)生放送中のスタジオに生中継でやってくる、という企画がありました。
報道フロアには各局さんの放送が映るテレビが並んでいるのですが、生中継の様子をそれぞれ見比べていると、同じ場所で同じものを撮っているはずなのに放送での見え方が全然違って、とても面白かったですね。HABが通常通り放送を行っているさなか、もう一台のテレビでは、テレビ金沢さんのクルーが「いまからHABさんに行ってきます!」と元気よく局を出発する様子が流れていて。
2局はご近所さん同士なのですぐ到着するのですが、「あ、やってきた」と思ったら、次の瞬間、さっきまで放送越しに見ていたハイテンションなテレビ金沢さんのクルーがそのままHABのスタジオにしゃべりながら流れ込んできて。こちらがいつも通りに番組を進行している横で、同じスタジオからテレビ金沢の生放送をしているんです。「よくわからないけど、すごい面白い!」とただただ興奮して見ていましたね。
北尾氏:『となりのテレ金ちゃん』には「実況! 夕方4時」というコーナーがあって、石川県内のさまざまな場所から生中継をしているのですが、今回は「他のテレビ局の中はどうなっているんだろう」というテーマで、他局のアナウンサーさんに局舎内を案内していただく、という企画を実施しました。
あくまでテレビ金沢の中継なのですが、伺う先伺う先、まるで自社の番組かのようなテンションで出迎えてくださって。石川テレビさんでは稲垣真一アナウンサーが甲冑姿で待ち構えていたり、MROさんでは松村玲郎アナウンサーがニュース直前の報道フロアにバスケットボール片手に現れたりと、想像の斜め上をいく仕掛けの数々に圧倒されました。
──“他局の目線”に触発されて、自局の空気にも変化が起こったと。
金子氏:報道部門など、普段バラエティ的な動きをしないところは正直腰が重かったのではないかと思うんです。でも、今回の中継企画を見て「ここまでやってもいいんだ!」と、自分たちの“枠”を破るきっかけにつながったように感じました。
園山氏:私たち編成の人間だけで始めた企画が徐々に社内に浸透していって、スタッフみんんなが楽しみながらアイデアを出してくれるようになりました。「#WAKUをこえろ!」以降は、さまざまな企画が非常に進めやすいですね。
■「舞台裏動画」でSNSアクセスが約30倍に。企画を通じて増した“局”への関心
──今回の「#WAKUをこえろ!」、視聴者側からどのような反響がありましたか?
畝村氏:おかげさまで「次はいつやるの?」「どんな企画をやるのか楽しみ」といったお声をたくさん頂戴しています。各局さんの公式YouTubeチャンネルでは企画の裏側などを一部公開しているのですが、こちらにも多くの反響をいただいております。中には、石川出身で現在は県外にお住まいと思われる方から、「県外で放送を見れないが、こんな面白い取り組みをやっていることが知れてよかった」というコメントもありました。
──今回はSNS上での企画も行われましたが、こちらの反響はいかがでしたか?
畝村氏:地上波コラボに先立って実施したSNSコラボ企画では、普段の10倍近いアクセスがありました。
園山氏:コラボで各局さんにお邪魔させていただく際、自社の宣伝担当者も同行させていただき、アナウンサーが局舎からスタジオまで入っていく様子を放送後にSNSで公開しました。結果、その日だけでも公式SNSには通常の約30倍に相当するアクセスが殺到し、アナウンサー個人のSNSフォロワーも大きく増加しました。今回は企画単位で行う単発的なものでしたが、今後も継続して取り組めば、さらに大きな成果が期待できそうです。
──スポンサー側からの反響はいかがでしたか?
北尾氏:日頃お付き合いさせていただいている先からも「見ましたよ!」というお声を多くいただきました。「訪問先で『#WAKUをこえろ!』についてのお話で盛り上がった」という声も社内でも聞くことが増え、企画の認知が広がっているのを実感しました。単発の企画ではなく、去年の12月から継続しているということも大きかったように思います。
■視聴データに現れた「テレビ完結視聴」という“希望”
──今回は企画の骨子に「PUTの底上げ」というテーマがありましたが、視聴データのうえで特徴的な変化は見られましたか?
金子氏:ザッピングの追跡データを確認したところ、コラボ企画の時間帯に、これまで別段大きな流出入のなかった局さんからの流入が顕著に表れていました。「チャンネルを替えてお楽しみください」と各社で共通のスーパーを出した12月1日の4局同時生放送では、さまざまなチャンネルを一通り見て回ったあとにふたたびHABに戻ってきたと推察される動きが見られ、「一周回る」という新たな視聴スタイルが今回の企画をきっかけに出現したのが非常に印象的でした。
──ネット動画などに離脱せず、テレビのなかでザッピングの循環が起こっていたのでしょうか?
金子氏:地デジのチャンネルで、たとえば4(テレビ金沢)を見ていた人は4→5(HAB)→6(MRO)→8(石川テレビ)と循環した可能性があります。なんとなく流れで見ようとするのではなく、能動的にチャンネルを切り替えて楽しんでいただけているという行動がデータにもばっちりと現れていたのは驚きでした。まだまだ人をテレビの前にちゃんと呼んで楽しんでいただくことができるのだ、と大きな希望を抱きました。
■4局コラボで生まれた「1×4=4」以上のパワー。“一度きり”で終わらせないために…
──今回の「#WAKUをこえろ!」全体を振り返っての感想をお願いいたします。
金子氏:1局、2局という単位でなく4局合同となると、単純な足し算、かけ算を超えて「1×4=4」以上のパワーが生まれるのだと、身をもって実感しました。この勢いを一度だけのものにせず、これからも継続させていけたらと思います。
園山氏:視聴者の方々に向けてはもちろん、中の出演者やスタッフが非常に楽しんで取り組んでいたということも非常に大きな成果だったと思います。普段と違う環境で大いに刺激を受け、多くの方々に注目していただくことで良い緊張感が持てたのではないでしょうか。これをきっかけに、お互いのさらなる成長につなげられたら嬉しいです。
畝村氏:今後はリアルイベントの開催など、テレビ越しでない直接的な接点を視聴者のみなさんと築いていくことで、ふたたびテレビへと戻ってきていただける環境を作れるのではないかと考えています。
北尾氏:ローカル局の使命として、テレビというメディアの面白さを発信していくと同時に石川県の魅力を発信していくということも非常に大事だと考えています。地域社会に貢献し、地域のみなさんと繋がる取り組みを軸にしながら、それらを全国、全世界に向けて発信できる動きにしていくことを目指しつつ、一つ一つ取り組んでいきたいと思います。
地区全体の“視聴率底上げ”目指しタッグ 〜石川・民放テレビ4局共同キャンペーン「#WAKUをこえろ!」インタビュー(前編)