『silent』村瀬Pが目指した「優しさと共感の連鎖」 〜生活者とのコミュニケーション戦略【vol.3】
編集部
『silent』プロデューサー・村瀬健氏
「TVerアワード2022年ドラマ大賞」を受賞し、TVerでの歴代再生数No.1記録を更新した、フジテレビの人気ドラマ『silent』。川口春奈が主演を務め目黒蓮が共演した本作は、内容はさることながら、vol.1でもご紹介した通り、放送と並行して行われたSNSをはじめとする数々の豊かなコミュニケーション施策も注目された。
【vol.1】『silent』TVer再生数歴代No.1を生んだ番組PR
連載第3回目となる今回は、プロデューサー・村瀬健氏にインタビュー。熱狂を生んだこのコンテンツの中心にはどんな世界観があったのか、積極的な発信の背景にはどのようなコミュニケーションがあったのか、その真髄に迫る。
■人の心を丁寧に描くドラマ、SNSも「作り手の人柄を感じてもらえる」ものに
──今回、視聴者の皆さんと積極的なコミュニケーションが図られた『silent』ですが、取り組みにあたって大切にされていた思いをお聞かせください。
村瀬氏:まず、「silent」を企画した段階から、人の心を丁寧に描くことに徹するドラマを作ろうという思いがありました。大きな展開が起こるわけではないけれど、いろいろな心の機微を丁寧に描いて、主人公やその周りの登場人物の思いを視聴者の方にも「その気持ち、わかる」と共感していただける世界観にしようと。もともとTwitterで視聴者のみなさんの反響をリアルタイムに感じ取っていたこともあり、今回もそういったものが見える場になるといいなと。
そんな中思い出したのが、2016年にプロデューサーを務めた『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(出演:有村架純、高良健吾ほか)です。実際の視聴率を凌駕する勢いでTwitterが盛り上がり、番組公式Twitterのフォロワー数も12万人を超えました。「いままさに、ファンのみなさんの熱量がここ(Twitter)に宿っているな」と、文字通り肌で感じたのを今でも覚えています。
今回は5年ぶりのドラマ作りとなりましたが、あれからInstagramやTikTokなど、さらに若い世代の人々が集まるSNSも登場するなか、あのころの熱気をTwitterでもう一度感じることができたら、という思いは、意識というか、なんとなくフワッと感じていたことですね。
──番組Twitterでは、シーンに込められた登場人物たちの心境に触れるコメントや、キャスト一人ひとりがドラマへの思いを語るクランクアップコメントなど、作り手側の思いを随所に感じる投稿がとても印象的でした。
村瀬氏:ハンディキャップをテーマにするにあたり、作品作りに関わるスタッフの間では「誰も傷つけたくない」という思いを共有していました。劇中、やや辛口に聞こえる言葉が登場するシーンもあったので、その分丁寧に自分たちの思いを伝えようと。
SNSを運用する際も、「自分たちの信念はこうだ」と独りよがりに発するのではなく、そういう思いが自然と伝わるような「作り手側の人柄」を感じていただきたいなと。こうした思いをキャスト、スタッフのみんなが汲んでくれたことで、あの“優しい”雰囲気ができあがっていったのだと思います。
「このように狙って仕掛けていきました」という話をするのが良いのでしょうけれど、本当にそういったものが全然なくて。最初に作った『silent』の世界観をもとに「世の中に対してどんな見え方になるとうれしいか」をチームのみんなが真摯に考えてくれて、それがうまくつながっていった。放送繰り下げ時の「未公開シーン」などは、まさにそうですよね。思いを汲んでくれる人々に恵まれた、という一言に尽きると思っています。
■「ファンが見たいものは何でも出そう」映画の現場で学んだ“メイキング制作術”
──メイキング映像など、現場の雰囲気を伝える動画や写真が盛んにアップされていたこともドラマの盛り上がりに大きく寄与していたように感じられました。
村瀬氏:フジテレビの映画部に在籍していたころの経験が活きていたのかもしれませんね。映画の場合、配給は外部の映画会社を通じて行う方式で、広報もそれぞれの映画会社の宣伝部を通じて行われるんです。これまでプロデューサーを務めてきたなかで、自社の広報を通さずに宣伝を行うということが初めての経験でしたので、その分、他の会社さんのやり方を学ぶ機会につながって、それが自分のスタイルにも大きな影響を及ぼしました。
たとえば、映画だとメイキング専門のスタッフというのがいるんです。撮影中、ずっとキャストやスタッフに張り付いてずっと写真を撮りまくる。いまではドラマの現場でも一般的な光景になりましたが、私のころはまだそういったポジションがなくて、とても新鮮だったんです。
これに刺激を受けて、私もやってみようと。ミラーレスのカメラを片手に現場の写真を撮りまくっていたら、自分のその姿が映り込んでネットニュースに報じられたこともありましたが(笑)。結果として、プロデューサーとして実際に現場に入っている人間だからこそ撮れる「距離感の近い写真」がたくさん集まりました。
その後、5年ぶりにドラマの現場に戻ったら、こっちの世界でもメイキング専門スタッフがきちんとシステムとして定着していて。これを活かさない手はないぞ、と積極的に動いてもらいました。
──メイキングをはじめ、番組関連コンテンツを制作するにあたって設けていたコンセプトやルールはありましたか。
村瀬氏:私のチームの中ではポジションにかかわらず「良いと思ったことは何でもやっていこう」と呼びかけていました。SNS用の素材撮影担当スタッフと一緒に現場を仕切ってくれたアシスタントプロデューサーの佐々木萌の明るい人柄もあって、スタッフみんながそれぞれ自発的に動きやすい環境ができていたと思います。今回のメイキング映像や写真についても、「ファンのみなさんが欲しいものを出す場はたくさんあったほうがいいよね」という声が自然に上がってのことでした。
──チーム内で培われた強い信頼感が下地にあったのですね。
村瀬氏:主人公・青羽紬役の川口春奈さんにも伝えたんです。「しっとりしたドラマだからといって、裏側までしっとりしている必要はありません。裏側は楽しく、ほがらかに行きましょう」と。あまりに羽目を外してドラマの世界観が壊れてしまっては困るけれど、このチームみんな同じ思いで動いているから、そんなことは絶対にありませんと。
チームとしては、今までもやろうとしたことを、今まで通り、丁寧にバージョンアップし続けてきただけなんです。たまたま『silent』で奇跡的に実現したわけではなくて、スタッフそれぞれの積み重ねてきた長年の経験があって、今回の成果につながったというのが大きいですね。
■明確なビジュアルで物語イメージを共有。それぞれが「仕事を通じて思いを語る」場に
──とはいえ、ドラマの世界観を現場の隅々まで浸透させていくということは並大抵ではないと思います。制作に関わる人々が共通したビジョンを持つため、力を入れたことがあればお聞かせいただけますか。
村瀬氏:たとえば『silent』というタイトル。通常の英文表記では『Silent』と頭文字が大文字になるところですが、ここはすべて小文字であることにこだわりました。
なぜならば、ドラマで描かれるのが「小さきものたち」であるから。こうした思いがSNS、広報をはじめ、すべてのスタッフのなかに浸透していって、台本の表紙から宣伝のキービジュアルにいたるまで、「チームsilent」を示すスローガンになっていったのです。もうひとつは、ドラマのキービジュアルである、雪原のなかに1本だけたたずむ木の写真。ドラマをご覧になったみなさんはもうおわかりかと思いますが、ドラマには1秒たりとも出てきません。あれは私がドラマの企画書の表紙に載せた1枚の写真が元になっているのですが、これこそが私のなかで『silent』の世界を的確に表す風景だったのです。
チーム全体がぶれずにひとつの世界観を丁寧に作っていけたのは、明確なイメージが最初からあったから。それ以上のことは1ミリも考えない。こうしてチーム一人ひとりが『silent』のカルチャーを心の中に組み入れ、それぞれの仕事を通じて思いを語る場になったということが、『silent』成功の最大の秘訣だったと思います。
──結果としてその熱が視聴者にも伝わり、SNSを通じて多くの「語り」が生まれていったのですね。
村瀬氏:まさにそれは狙いというか、目標としていたことでした。木曜日の22時から23時の放送を見て終わりじゃなくて、その後、みんなのツイートを見て考察や感想を語るまでが『silent』だね、と。「私はこう思った」という声を聞き、かつ自分の意見を挙げたり、物語に関連した場所や物事へ実際に触れに行ってみたり。とにかく、いろいろなことを語りたい気持ちになって欲しいという思いを最初から掲げていたので、とても良い形に叶ったと思います。
■「映画館のスクリーンに匹敵する没入」スマホ視聴は“テレビ再評価”のきっかけになる
──今回は「ドラマを見ながらSNSで盛り上がる」という動きが顕著に見られましたが、vol.2で示されたデータからは、スマートフォンによる視聴環境が整ってきたこともその背景にあるのではないかと感じさせる面がありました。これに対して、制作者としての思いをお聞かせ下さい。
村瀬氏:それこそ一昔前なんかだと、自分の手がけたドラマを電車の中でスマホ片手に見ている人に対しては、「家で、テレビでちゃんと見てくれ!」と思ったこともありました。でも、あるとき気がついたんです。イヤホンをしてスマートフォンで見るということは、ある意味映画館でスクリーンを見ているのと同じくらい没入してくれているんじゃないかと。
たとえば、音楽を聴いているときは、その世界にどっぷりと浸かっていますよね。正直、周りなんて全然見えなくなる。それと同じ感覚でドラマを見てくれているんだとしたら、こんなに嬉しいことはないなと思うようになりました。感じることがあれば、すぐにSNSに切り替えて思いを誰かと共有できますしね。
「かっこいい」とか「この気持ちわかる」とか、心が動くと、思ったことを言いたくなりますよね。テレビを見ながらしゃべりたい、何か言いたいという感覚になっていただくということは私たちが作品を作る上でも大きな目標としている部分ですし、スマートフォンによる視聴環境の浸透は、視聴者の感情に寄り添った映像体験を提供できるメディアとしてのテレビの再認識、再評価につながっていると思います。
──日産「サクラ」とタイアップしたオリジナルCMやTVerでの「エピソード0」など、『silent』の世界観とシームレスにつながった関連コンテンツも一層の没入と共感を誘ったように思います。
村瀬氏:ドラマ自体もそうですが、「サクラ」のCMに関しても、数々の優れたCMやミュージックビデオを撮っているAOI Pro.に制作を担当してもらいました。ドラマ撮影の合間に片手間に作ったものではなく、これ自体ひとつの作品として腰を据えて取り組んだものです。CMの終盤、藤間爽子さん演じる横井真子が親友である紬の名前を呼ぶのですが、ここのシーンこそが命だと思ったので、しっかり『silent』のクオリティで届けようと、150%の力を注ぎました。
「エピソード0」については裏話があって。実はあれ、放送でカットされた4話の未公開シーンをもとに構成したものなんです。本当は全部詰め込みたかったのですが、気持ちが入るあまり撮りすぎてしまって、オンエアに収まりきらなかった(笑)。そんななか、スポーツ中継で放送休止となる週があったので、せっかくだからそこで見ていただこうと。『silent』の世界観で撮影されたものが、余すところなくコンテンツとして活きましたね。
vol.2で示されたデータの通り、10代~20代の人々がこの世でいちばんドラマというものを愛してくれている。だから私たちはこの人たちに向けて作品を作って行こう、という思いがありました。
■見られ方や“箱”が変わっても、コンテンツとしてのテレビドラマは求められ続ける
──番組に関連するツイートでは「久しぶり」という言葉も多く登場しました。『silent』をきっかけにテレビドラマへ戻ってきた方たちも相当数いたのではないかと思います。
村瀬氏:かつてテレビドラマに親しんでいた50〜60代の方からの反響も非常に大きかったですね。局内を歩いていても、この年代の先輩方によく呼び止められて「こういうドラマが見たかった!」と声を掛けていただきました。
私たちの世代って、いわば「ドラマ命」の世代だったと思うんですよね。その人たちももう一度夢中になってくれて、さらにSNSを通じて若い世代の人たちと一緒につながってもらえた。それがデータにもしっかりと現れたということは、本当に大きな成果だと思っています。
──あらためて、今回『silent』の制作を通じて感じられたことをお聞かせ下さい。
村瀬氏:放送の終了から3か月以上経ちますが(2023年3月時点)、ドラマの舞台になった世田谷代田や下北沢を“聖地巡礼”する人々がいまも続いていると聞いて、たとえ見られ方や見られる箱が変わっても、テレビドラマというコンテンツは人々の間に息づいているのだと改めて感じました。
これまで生きてきてこんなに人から「ありがとう」と言ってもらったのは初めてですよ。そんな生き方全然していなかった人間なのに(苦笑)。「『silent』を作ってくれてありがとう」「人生で一番好きなドラマになりました」と言葉をいただいたことで、こういうドラマを待っている人たちがこんなにいるんだな、期待してくれているんだな、と改めて気づかされました。
最後にひとつ。今回、Official髭男dismがドラマの主題歌として書き下ろしてくれた『Subtitle』を直訳すると「副題」になりますが、これって「字幕」という意味も持っているんです。それを知ったとき、背中を稲妻が走りましたね。作詞・作曲を手がけたボーカルの藤原聡さんも、ちゃんとドラマに込めた思いをわかってくれていたんです。このドラマは本当にみんなが一つになって作りあげた作品だったのだなと思いました。
次回、第4回目では、番組SNSや「silentツリー」「silentペンライト」など、ユニークな広報施策を手がけたメンバーにインタビュー。視聴者とのコミュニケーションにかけた狙いと思いを詳しく伺う。