放送のIP化は何を“解決”しうるのか? Interop Tokyo 2022基調講演「IP化時代における放送の将来像」レポート(前編)
編集部
2022年6月15日から17日に千葉・幕張メッセにて開催されたインターネットテクノロジーのイベント『Interop Tokyo 2022』で、江口靖二事務所・企(くわだて)・TVer・NHK放送文化研究所の4社による基調講演「IP化時代における放送の将来像」が開催。この模様を前編・中編・後編にわたりレポートする。
パネリストは、株式会社江口靖二事務所代表 江口靖二氏、株式会社企 代表取締役 クロサカ タツヤ氏、株式会社TVer 取締役 須賀久彌氏。モデレーターは、NHK放送文化研究所メディア研究部 チーフ・リード 村上圭子氏が務めた。
■進んでいく「放送のIP化」
NHKの「NHKプラス」やTVerの見逃し配信の本格化を機に、「放送のIP(インターネット伝送)化」が急速に浸透してきた。これにより、スマートフォンやPC、コネクテッドTVなどのインターネットに接続された端末が“テレビ視聴デバイス”として一般的になりつつある。
総務省では、「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」を設置。地上波デジタル放送のミニサテライト局や小規模中継局等にてカバーしていた地域に対し、放送波の代わりにインターネットのブロードバンド回線を通じて放送コンテンツを配信することも検討されるなど、インフラの合理化という観点からも「放送のIP化」が議論されるようになった。
伝送路という観点で見れば、通信と放送の壁がだんだん薄くなって来ている現在、放送事業者としてはどこまでを「放送」として担保するべきなのか。インターネットにおける著作権処理やローカル局のリアルタイム配信など、現状すでに浮かび上がっている問題を含め、その解決の道筋、将来像を今回の講演では論じた。
■地上波中継局の維持問題に端を発する「放送のIP化」議論
村上氏はまず、日本国内における放送のIP化を3つに区分し、それぞれの状況について触れた。①の番組制作や素材伝送経路のIP化については比較的早く進行しており、「IP回線を用いた中継車を会場の展示で見て来たが、課題であったディレイ(遅延)がほとんどなく、いまや60社以上の放送局で導入が進んでいるそうです」と紹介した。
また、②の視聴経路におけるIP化の流れとしては、日本はアーカイブや見逃し配信がメインであり、同時配信についてはNHKが2020年に「NHKプラス」を、TVerでは2022年4月より民放5系列のGP帯を中心にリアルタイム配信をスタートさせるなど、ここ数年の動きであるとした。こうした動きについて村上氏は、「アメリカに比べると5年以上、イギリスに比べると10年以上遅れをとっている」とした。
もっとも、イギリスについては放送と通信を一体とする制度改正が早くから行われ、その下でBBCが先導役となってきたこと、アメリカについては地理的な要因からケーブルテレビ網が発達していたことなど、「早く進む」だけの土壌があったことも含めて見る必要がある。
③の伝送路について、村上氏は、まず日本におけるテレビの視聴環境の“特異性”を考慮する必要があるとした。全世帯の5割弱が放送波の直接受信でテレビを視聴しているというのは、世界的に見ても突出した数字であるという。
山地が国土の75%を占める日本では、平野部に向けた大出力の基幹送信所に加え、山間部を中心とした小電力の中継局(小規模中継局)や、0.05W以下の極めて小さな出力による「ミニサテライト局」によって、放送局は「あまねく受信できる」環境を視聴者に提供している。しかし、これらの地域については、今後、人口の減少が見込まれるところも少なくなく、経済合理性の観点から課題となってきた。
こうした現状を踏まえ、総務省は「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」に「小規模中継局等のブロードバンド等による代替に関する作業チーム」を設置。これらの小規模中継局・ミニサテライト局、NHK共聴等を通じて届けられている放送をブロードバンド回線による伝送に置き換えていくことを検討する方向で議論が進められている。
「これまでもケーブルテレビによる再放送や、IPマルチキャスト(ホストから同一ネットワーク内への一斉送信)ではなくIPユニキャスト(ホストと端末の個別通信)などはすでに制度上『放送』とされてきた」と村上氏。今回の検討会では、TVerでも用いられているIPユニキャストが検討されているのが大きな特徴であり、「これを制度上『放送』としていくのか、その場合どのような議論となっていくのかを注視していく必要がある」とした。
■「構造の複雑さ」を解消する方策としての「放送のIP化」
JCTV(株式会社日本ケーブルテレビジョン)で通信衛星を用いた放送プラットフォーム構築に携わった経験を持ち、現在デジタルメディアコンサルティングを手がける江口氏は、CSのチャンネルが多数割り付けられ、スカパーJSAT株式会社がプロモーション用に作ったリモコンを紹介しながら「メディアとしてのテレビが抱える『構造の複雑さ』」を掲げ、それを“解消する手段”として、放送のIP化の有用性を語る。
「視聴者にとって、放送はこの20年、30年でひたすら複雑化の一途をたどってきた。CS放送は124度、128度、110度の3種類あり、その仕組みを視聴者が理解することは難しい。4Kテレビを買えば、『(SD画質の)DVDが4Kで見られる』と思われているのではないか」(江口氏)
現在、専門学校で放送業界を志す学生への指導も行っているという江口氏。一般の生活者に比べ、放送への知識が高いとされる層だが、それでも「『ワンセグは通信パケットを消費する』と話しているのを聞き、驚いた」。こうしたシステムとしての複雑さもまた、生活者がテレビ離れをしていると囁かれるようになった一因ではないかと語る。
「これまでテレビコンテンツの伝送路といえば放送波、視聴デバイスといえばテレビ受像機と一対一に紐付いていたが、いまや放送波にインターネット、テレビ受像機にパソコンなど、伝送路も視聴デバイスもバラバラに存在している」と江口氏。
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「制作側のEnd to Endであれば、Adobe社が規格を制定したFrame.io(カメラ映像を直接クラウドへ送る通信規格)がすでにあり、ほぼすべてのメーカーが準拠している」といい、「“伝送路”をIP化しさえすれば、SDであろうが4Kであろうが、あらゆる映像をIP伝送で同一の経路にまとめることができる」と強調。
「こういうIPの長所を使って、放送の複雑すぎる状況を解消することが、いま一番やるべきことではないか」といい、視聴者・制作者におけるユーザビリティ向上の観点から、放送のIP化の有用性を唱えた。
続く中編では、「テレビのIP化サービス」としてのTVerのサービス展開の現状について、TVer須賀氏のプレゼンを取り上げながら、総務省の「デジタル時代における放送制度のあり方に関する検討会」の現状について、メンバーに名を連ねるクロサカ氏の解説を取り上げる。
〜Interop Tokyo 2022基調講演「IP化時代における放送の将来像」レポート〜