デジタルで拓く“深掘り報道”「TBS NEWS DIG Powered by JNN」担当者インタビュー
編集部
左から伊東康氏、河村健介氏、久保田智子氏
TBSが2022年4月18日よりスタートしたニュースメディア「TBS NEWS DIG Powered by JNN(以下「NEWS DIG」)」。前身にあたる「TBS NEWS」を発展させ、JNN系列28局によるニュースや独自の特集記事、動画配信など、ニュースネットワークであるJNNの報道力を集約した「DIG(深掘り)」メディアとして注目を集めている。
今回は、同サイトの運営を担うTBSテレビ報道局デジタル編集部の河村健介氏、久保田智子氏、JNNネクストメディア準備室の伊東康氏にインタビュー。メディア立ち上げの経緯から今後の展望にまつわる話を通じ、デジタル時代に放送局として志向する「新たな報道」のかたちに迫る。
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・河村健介氏プロフィール
2005年TBS入社。報道局社会部で警視庁・国交省担当、『news23』ディレクター、『Nスタ』デスクなどを経験し、2020年8月からデジタル編集部に所属。2021年には東日本震災や、太平洋戦争終戦記念日、選挙などの地上波特番を担当し、現在はデジタル統括プロデューサーを担当。「TBS NEWS DIG」の成長にむけ、各部との調整や編集長業務にあたる。
・久保田智子氏プロフィール
2000年、TBSにアナウンサーとして入社。2015年より記者兼務。政治部、経済部を経て一旦退社し、海外での生活ののち、ジョブリターン制度を活用して2020年12月に復職。地上波ストレートニュース編集長を経て、2021年12月よりデジタル編集部へ所属。CS放送「TBS NEWS」と同局YouTubeチャンネルで配信の番組『SHARE』で取材記者とキャスターを担当するほか、「NEWS DIG」では記事の執筆も手がける。
・伊東康氏プロフィール
2000年TBS入社。17年間にわたって報道局に所属する。その後、営業局を経て、2020年5月にふたたび報道局に所属、『Nスタ』編集長を担当する。2021年7月より「NEWS DIG」のコンテンツ開発と事業設計を担当。編集長業務も兼任する。
■JNN系列28局のニュースを「一つに束ねて」生まれた発信力
――新たなメディアとして「NEWS DIG」が立ち上った経緯を教えてください。
河村氏:これまでJNN系列の放送局28局では、それぞれ各局が独自の裁量で個別にニュース配信を行っていました。いわゆる「上り」と呼ばれる全国ニュースについては適宜シェアされていましたが、個別発信ゆえに限界を感じる部分もありました。プラットフォームとシステムを含めて統一することでJNN28局を束ねるとともに、WEBの世界における存在感を高めようという思いから、「NEWS DIG」を立ち上げました。
――サイト名には、どのような思いが込められていますか。
河村氏:「DIGITAL」の頭文字、さらに、ユーザーの方々が知りたい、知っていただきたいコンテンツを“掘っていく”という意味での「DIG(ディグ)」をかけています。レコードショップで楽曲を探すことを「DIG(ディグ)る」と呼びますが、それに近いようなニュアンスです。
――サイトオープンから1か月ほど(※2022年5月取材)経ちましたが、手応えはいかがですか?
河村氏:個人的にも驚きだったのは、「各局のコンテンツって、こんなに豊富なんだ」というところでした。ストレートニュースや特集系の記事も含めて、これだけ幅があるのか、と。
当初、「このままでは硬いストレートニュースに寄ってしまうのではないか」と思い、記事の幅や深さを広げていきたいと考えていたのですが、実際にスタートを切ると、やわらかいニュースから、深く伝えるドキュメンタリー的なニュースまで、非常に内容が充実しているのを実感しました。
久保田氏:私たちの仕事の中には、サイトの最初の画面に出す、いわゆるトップ記事を選ぶという作業もあるのですが、その判断材料となっているのが、各局から随時送られてくる「新着記事」の項目です。各局から送られる最新のニュースが時系列順に並んでいるのですが、それを見ていると、日本全国、各地でいろんなニュースがあるのを改めて感じます。
これまでの編集作業では、そのなかからどれを見せるか私たちが選ぶことが主だったのですが、「NEWS DIG」では、TBS含め、各局の記事をすべて並行で見られるようになっています。ユーザー側が自分の興味に基づいてニュースを見たり、これまで目にすることがなかったようなニュースにも触れるような機会にもつながっており、私自身、ひとりのユーザーとして、見るのがとても楽しみになっています。
――2022年4月に起こった知床観光船事故では、事故現場の北海道をはじめ、事故に関係する方々の地元にある放送局からも事故にまつわるニュースが上がり、事故におけるさまざまな側面が浮かび上がって見えました。
河村氏:事件現場である北海道のHBC(北海道放送)さんはもちろんのこと、(2022年5月現在)まだ見つかってない遊覧船「KAZUⅠ(カズワン)」の船長について、以前働いていた地域での様子を伝える記事をNBC(長崎放送)さんが上げていたり、「KAZUⅠ(カズワン)」がかつて瀬戸内海で運航されていた船だったという情報をRCC(中国放送)さんが取材していたりと、事故に関するさまざまな視点を示すニュースが集まりました。
これまで、こうしたニュースは各局によってバラバラに発信されてきたものでしたが、JNN系列28局というくくりで束ねることによって、ニュースとしての力が増すこととなりました。そういった意味でも、「NEWS DIG」を立ち上げた意義は大きいと感じています。
■テレビが近くになくても伝わる。放送局のデジタルメディアとして志向する「速報体制」
――「NEWS DIG」では、ユーザーが希望のエリアを都道府県・市区町村単位で最大3つまで設定でき、関連する情報へワンタッチでアクセスできる「エリア設定」機能が設けられていますね。
伊東氏:自分が住んでいるところに加え、ご両親や友人など、大切な人が住んでいる場所のニュースも気になるものです。これらに対し、もっとも見やすい形でアクセスしていただくにはどのような方法がよいかと考え、そのアプローチとして「エリア設定」の機能を設けました。
――日々のニュースに加え、災害情報など、命を守るための情報がすぐに得られる「速報体制」が敷かれている点も印象的です。
伊東氏:災害報道は、マスメディアにとって非常に大きな使命であります。命を守るための情報に関しては、とにかくユーザーのみなさんの手元へ一刻も早く届けなければなりませんが、これまでは「テレビを見ることができる環境にいなければ、情報が手に入らない」というジレンマも抱えていました。
テレビが近くにない、“そうじゃない部分”でいかにきめ細かく情報を届けていくか———— これはわれわれテレビ局にとって、一番の課題でした。TBS、JNN各局も含め、こうした部分への取り組みが十分に機能しきれていたか、ちゃんとやるべきことができていたかと振り返ると、残念ながらそうとは言い切れなかった。だからこそ、「NEWS DIG」では、そこにしっかりと向き合って行きたいと考えました。
災害報道として、テレビではしっかり伝えていると考えていることでも、デジタルについてはどうなのか。本当に困っている人たち、これからもしかしたら命の危険があるかもしれない人たちに、どうやってアプローチできるだろうか———— これを常に考えながら、現在も開発を続けています。
■放送局としての流儀に則り、情報の質を担保。目に触れやすいよう、階層は浅くする。
――デジタルメディアにおけるニュースの出し方として、意識している、注意している点はありますか?
河村氏:記事によって誰かや何かを傷つけたり、煽ったタイトルやサムネイルで中身が伴わない記事を出したりしないよう注意しています。地上波と同じ報道の流儀をしっかりと尊重し、それを脱するようなことは行いません。情報の正確性を担保しつつ、「ちゃんと取材しているニュースをちゃんと出すこと」を心がけています。
また、デジタル特有の注力ポイントとして「情報の階層を深くしすぎない」という点を大切にしています。潜っていかないと辿りつかないコンテンツは、相当にラッキーでなければ、その存在自体が認知されません。多くの方々の目に触れていただけるよう、なるべく浅い階層にコンテンツを配置することを、日々の編集面でも意識しています。
――JNN系列各局に対しても、こうしたセオリーは共有されているのでしょうか。
河村氏:コンテンツの出し方、表現の仕方についてのノウハウの共有をはじめ、日々の取材や記事制作にあたっての悩みごとの共有など、密にコミュニケーションを図っています。「こういうコンテンツが読まれているようですよ」「こういう切り口にすると、もっと読まれるかもしれません」といったレベルでコミュニケーションが取れるようにし、各局さんが「まず情報を出してみよう」とトライしやすい環境作りを心がけています。
系列局と一口に言っても、大都市圏の放送局と、そうではない地域の放送局とでは、どうしても量の面では差が出てしまいますが、各局さんともにさまざまな工夫を凝らして取材しているという点では変わりません。光るコンテンツをどんどん発信していただくためにも、運営側としては、これらをしっかりと見出すスタンスを明確にしていくことが大事だと考えています。
■デジタル記事を地上波ニュース化。枠にとらわれない多面的なニュース発信が可能に
――放送局のニュースメディアとして、地上波を始めとする放送との連携がどのようになされているかという点も興味深いところです。地上波で取り上げられたニュースがデジタルメディアでも配信される、というケースはよく見かけますが、逆にデジタル発のニュースが地上波で取り上げられたケースはありますか?
河村氏: 2019年の池袋母子死亡事故で亡くなられた方のご遺族に対する誹謗中傷の問題について、放送ではカバーしきれなかった取材要素を「NEWS DIG」で取り上げ、それが地上波のニュースでも改めて取り上げられたというケースがありました。事件を追いかけていた若手記者の提案から始まったのですが、放送枠にとらわれないデジタルでまず先行して情報を発信するという、新たな報道のかたちを感じさせました。
久保田氏:デジタルで発信するという“手段”が一つ増えたということは、記者にとっても非常に大きな意義があると思います。
「NEWS DIG」では、裁判所で取材する「司法クラブ」の記者と連携し、裁判の傍聴記を発信しています。テレビ報道においては、裁判中の模様を直接映像として伝えることが難しく、裁判そのものをニュースや特集にしづらかったのですが、テキスト化することで、これまで必須だった「画」を伴わずにニュースの深掘りが可能になり、実際に裁判の場で起きたことや、記者がその場で感じたことを「読み物」の形で伝えることができるようになりました。
ニュースの出し先が増えることは、記者にとっても大きなやりがいとなります。独自の目線で興味を持って深掘り取材し、その成果をどんどん発信できる環境が整っていけば、記者ひとり一人の切り口がますます輝き、好循環が生まれていくのではないでしょうか。
――デジタルによって、これまで物理的、時間的な制約によって伝え切れていなかったニュースに触れられる間口が広がっていくのですね。
久保田氏:現在、「NEWS DIG」のYouTubeチャンネルで『SHARE』という番組のキャスターを務めているのですが、先日、ライブ配信でコロナの後遺症について取り上げる機会がありました。
コロナの後遺症については、すでに地上波でもかなり取り上げられていますが、地上波の場合、専門家の先生や患者さんのインタビューなどを合わせると、どうしても短い時間しか取り上げることができません。しかし、長く時間を費やすからこそ見えてくるものがあるのも事実です。
地上波用に取材した素材でも、放送で取り上げるよりはるかに長い時間インタビューをしているものがたくさんあります。こうした素材を、「NEWS DIG」のサイトやYouTubeチャンネルを通じて少し長めに発信し、「しっかりと聞きたい方向けに伝える」というアプローチを取ることもできるようになってきました。これまでは、どれだけ簡潔にわかりやすく伝えるかが中心だったように思いますが、デジタルでは“複雑なまま伝える”といった選択肢も出てきていて「NEWS DIG」によって、より多様なニュースの出し方が生まれていると感じています。
YouTubeチャンネル「TBS NEWS DIG Powered by JNN」
■JNNの取材網と記者のアンテナを“伸ばし合う”場所に
――今後、「NEWS DIG」を通じてどのようなことに取り組んでいきたいですか?
河村氏: JNN各局さんからの記事を上手くキュレーションし、束ねていくということはこれからも大前提ですが、サイトがもう少し巡航高度に達してきたら、今度はデジタルならではの調査報道などにもトライできたらと個人的には考えています。実現のためにはもう少し時間が必要ですが、結果としてそれが地上波の報道を変えていくこともつながればと期待しています。
久保田氏:まず私たちが取り組むべきことは、JNN各局さんが取材されたニュースを一人でも多くの方へつなげていくこと。これはこれからも変わりません。ただ同時に、「デジタルだからこそできること」も見えてきました。
記者ひとり一人が「大切だ」と思い、追い続けきたこと、しかし地上波ではどうしても出し切れなかったことも、デジタルならば出すことができる。デジタルで発信したことによって、地上波の報道へとつながっていく、という形が少しずつできているように感じます。
系列局のみなさんを含め、チームでやることの大切はもちろんこれからも引き続き大切にしつつ、記者ひとり一人のアンテナを「NEWS DIG」によって伸ばしていくことができたらと思います。
伊東氏:テレビ、地上波以外でJNNが一体となった大規模事業は、「NEWS DIG」がほぼ初めてなのではないかと思います。まだよちよち歩きが始まったばかりですが、焦らずゆっくり、しっかりと大きく育てていきたいと思います。