日テレ・アンドロイドアナウンサー「アオイエリカ」 CES 2020に登場したインパクト
編集部
2020年1月7日〜10日、米ネバダ州のラスベガス・コンベンションセンターで行われた世界最大級の家電・IT見本市「CES2020」に日本テレビのアンドロイドアナウンサー「アオイエリカ」が参加。スタートアップ展示を集めたエリア「Eureka Park」の「J-Startup(日本貿易振興機構(JETRO)のスタートアップ支援プログラム)」ブースにて来場者向けにデモンストレーションを披露した。
アンドロイドアナウンサーの参加は世界初、テレビ局としても日本初のCES参加となった今回の試み。どのような経緯でCESへと至ったのか。そして来場者の反応は──。
展示を担当した日本テレビ放送網株式会社 技術統括局 デジタルコンテンツ制作部副主任 兼 技術戦略統括部の川上皓平氏、同社長室企画部 新規ビジネスプロデューサーの西口昇吾氏に話を聞いた。
■日常業務をこなしながら2週間で準備
──CES出展は、どのような経緯で決まったのでしょうか。
川上氏:今回アオイエリカがパビリオン参加した「J-startup」は、日本のスタートアップを支援するプロジェクトなのですが、昨年から内容がリニューアルし、さまざまな魅せ方や演出にこだわるようになってきました。今年も来場者の関心を引きつけるアイオープナー(目玉企画)としてパビリオンのフロントにアオイエリカを置けないか、とプロジェクト主催のJETROから打診されたのがきっかけです。
──「アオイエリカ」は当初から海外での展開も想定していたのでしょうか?
川上氏:もともとアオイエリカには英語を話す、聴く機能はありましたが、ほとんど使ったことはなく、海外で展開したことはありませんでした。CES2020への出展は、チャレンジングな取り組みでしたが、海外の人と実際にどれくらいのコミュニケーションがとれるのか実験してみたいということで参加を決めた部分もあります。
──CES参加までの準備期間はどのくらいでしたか?
川上氏:実質的な準備期間は2週間くらいでした。JETROさんからのお話をいただいたのが(2019年)11月に入ってから、12月中旬には機材を運び出さなければならないというタイトな状況で、西口(氏)はVTuber事業、私は番組制作CG技術といった日常の業務をこなしながら準備に奔走し、なんとか間に合わせました。
■「着物姿」と「人間味のあるメイク」で注目
──現地での準備にはどのくらいかかりましたか?
川上氏:現地での準備は2日がかりでした。1日目はブースの組み上げやケーブルの敷設、機器類の調節といったシステムまわりの調整に充て、翌日はアオイエリカの着物の着付けに充てました。
──着物姿のアオイエリカは現地でも話題になっていましたね。
川上氏:(来場者の多い)CESではいろんな人がブースの前を「通り過ぎていく」のが当たり前という印象だったので、そのなかでいかに足を止めて気づいてもらえるかを考え、着物を着て英語でコミュニケーションができるようにしました。これは、スタイリストさんの尽力あってのことです。
──CESに登場するにあたり、アオイエリカの外見面にはどんな工夫をされましたか?
川上氏:アオイエリカが日本テレビに入社した際から担当していただいているスタイリストさんの全面的な協力のおかげで、アオイエリカの体形、機構に衣装をあわせてもらったり、人間味を感じられる風合いのメイクを施してもらったりしました。
──衣装のみならず、メイクにも力を入れていたのですね。
川上氏:アンドロイドにメイクをするというイメージはあまりないかもしれませんが、メイクや衣装といった美を感じるデザインをしっかり施してあげたことでリアルな存在感を感じてもらうことができたのではないかと思います。スタイリストさんも「アメリカでプレゼンス(お披露目)するならば、着物姿で日本らしさを演出したい」と頑張ってくれました。
■海外出展に向けて「翻訳機能」を実装
──今回のデモにおいて、技術的な課題はありましたか?
川上氏:今回は初めての海外デモということで、アオイエリカは英語で受け答えできなければいけませんでした。もともと(アオイエリカには)英語でのコミュニケーション機能はありましたが、ネイティブスピーカーの方に実際どこまで通用するかという点はかなりチャレンジングな状況でした。
──課題に対して、どのようなアプローチで対処しましたか?
川上氏:(アオイエリカ)内部の会話エンジンは日本語のみに対応していたので、英語で話しかけられた言葉をいったん内部で日本語に変換して、AIが返答を考え、それをふたたび英語に翻訳して返すよう処理を入れました。翻訳がうまくいくか、会話エンジンが正常に動くかハラハラしましたが、会期中はクリティカルな問題は起こらず、なんとかうまくいきました。
──会期中の反響はいかがでしたか?
西口氏:会期中は3万人以上の方が足を止めてくれ、8,000回以上の会話が行われました。
──大人気ですね!!
川上氏:言葉通りアイオープナーとして「なんだこれは!?」と注目されて、それを見た人が寄ってきて話しかけて……という好循環を作れました。お客さんがいなくなったときはパビリオン紹介のアナウンスを行うプログラムも作っていたのですが、みなさん写真は撮るは話しかけてくるわで、ほとんどその隙がないくらいの盛況ぶりでした。
西口氏:CESほどの大規模な展示会では、全ての展示を回ることは難しく、来場者は少しでも多くの展示を回れるように、事前に何を見るのかをプランニングしていることが多いです。さらに、アオイエリカの参加については事前にリリースもできず、現地での発表であったため、実質サプライズ状態での登場でしたが、目当てでないアオイエリカの前で目を止めてしまう人たちも大勢いたので、アイオープナーとしての役目は果たせたのではないかと思います。
■「世界中の人々と会話する」難しさ
──海外の方とのコミュニケーションで、印象的だったことはありますか?
西口氏:(アオイエリカに対する)インタラクションの仕方が日本と海外ではまったく異なる点が印象的でした。日本ではアオイエリカの好きな食べ物や体重を聞くことが多かったのですが、海外では好きな色や職業などを聞かれることが多かったです。来場者の出身国によって「初対面の人に聞くこと」が違ったので、その都度(会話AIを)アップデートする必要がありました。「ボーイフレンドはいるの?」という質問は万国共通でしたが(笑)
──ボーイフレンド…面と向かって人には聞きづらい質問ですね。
川上氏:人間相手には気を使って話さないことも、アンドロイド相手には思いきって聞いてみたくなるんでしょうね。
西口氏:黒人の方から「黒人についてどう思うか」と聞かれたり、宗教や政治的な話をを聞かれることが多かったのも、多民族国家であるアメリカらしいなと……。このあたりも、日本では予想できなかった部分でしたね。
──センシティブだったり、答えづらい質問にはどう対応していましたか?
川上氏:もともとそうなのですけど、アオイエリカは答えづらい場合は「うーん……」と考え込むような動作をしてごまかしたりします。また一部では認識違いをしてまったくトンチンカンな回答をしたこともありました。
西口氏:(交わされる会話の)ほとんどが想定外でしたね。
川上氏:CESやスタートアップについては聞かれるだろうとは思っていましたが、まさか「好きな色」を聞かれるとは思わず……。受け答えが不十分であったところは会話スクリプトを随時アップデートさせて、都度学習も含めて対応していました。
──会話ひとつをとっても、国ごとに文化的・地理的な背景が絡んでくるわけですね。
川上氏:CESの開催国はアメリカですが、日本のパビリオンの隣ではイタリアやイスラエルの企業が出展していて、いろんな(バックグランドを持つ)人がいるという状況でした。「イタリア語はしゃべれないのか」「中国についてどんなことを知っている?」など、いろんな国の人たちに問いかけられながら、それぞれに対応する話題を考えておかなくてはいけない──。世界中の人とコミュニケーションすることの難しさを実感しました。
──言い回しや口調もさまざまだったと思いますが、そのあたりはいかがでしたか?
川上氏:名前をたずねる場合、英語ひとつをとっても「What is your name?」「Do you have name?」など、いろんな「たずね方」がありました。全部の言い回しを英語で考えるのは大変ですが、アオイエリカは受けた会話を内部で日本語に翻訳する仕組みにしたので、「お名前はなんですか?」として受け取ることができます。返事をする際は「アオイエリカです、よろしく」と、言い回しの違いを吸収することができました。
西口氏:来場者の方のほとんどがロボットと初めて会話をするため、強く意識し過ぎてしまい、赤ちゃんに話しかけるようにはっきりと発音してくれる人が多かったりしました。ただ、これが裏目に出て音声認識がうまく動作しないというケースもありました。
──発音が明瞭すぎて認識できない? それはどんなケースですか?
西口氏:たとえば「What is you name?」とたずねるときに音声を認識しやすいようにと配慮をして、「W-h-a-t---i-s---y-o-u-r---n-a-m-e?」のようにゆっくり伸ばしながら話しかけてしまう。ゆっくり話すことが必ずしもロボットフレンドリーな話し方ではないんですよね。
■「エリカに店頭で販売してほしい」小売業界から熱いラブコールも
──とくに興味を示していたのは、どんな業界の人でしたか?
西口氏:店頭販売をして欲しいと小売業界の方からの引き合いは結構ありましたね。他にも誰もが知るような大型イベントや、テクノロジー関係の展示会などからもオファーをいただきました。
──放送業界からの反応はいかがでしたか?
川上氏:アメリカはもとより、ヨーロッパやメキシコなど各国のメディアから取材されて、記事や動画で配信されているのを目にしました。
西口氏:実際のテレビ番組でニュース原稿を読んだりしている様子を見て、日本のテクノロジーはすごいと言ってもらえたのは嬉しかったですね。久しく日本のテクノロジーがすごいという言葉を耳にしなかったので、なおさら。
──メディアはどんな点に注目していましたか?
西口氏:テレビ局がなぜロボットをやっているのか、そもそものところの質問が多かったですね。
──まさかテレビ局のプロジェクトとは思わなかった、と。
西口氏:「これはテレビ局のプロジェクトで、実際にニュース原稿を読んでいて……」と説明すると、「This is the future!(こういう未来が来るんだね)」という嬉しい反応がありました。
川上氏:マネキン的に「置いている」のではなく、テレビ番組やイベントに実際に出ているということを伝えるとびっくりされましたね。PRのために2,000枚のグリーティングカードを用意していたのですが、すべて配りきってしまうほどの人気でした。
──「アンドロイドアナウンサー」としての出演オファーは?
川上氏:欧米ではニュースアンカーやレポーターが(自ら取材しながら)出演することが基本で、(アナウンスのみを担当する)アナウンサーというポジションはあまり馴染みがないんです。しかし、これほどにアイオープナーとして(アオイエリカが)稼働していることに注目してくれた企業が多かったのは印象的でしたね。
──具体的な展開に向けて話が進んでいるクライアントはありますか?
川上氏:帰国してから関係者で共有して検討の上、現在は興味を持っていただいたクライアントとメールベースでやり取りが続いている状態です。
西口氏:(今回のCES参加は)アイオープナーとしての役割だけでなく「アオイエリカ」プロジェクトにとっても、世界に羽ばたいていけるよい取り組みになったかなと思います。
■CX(顧客体験)としての「アオイエリカ」の可能性
──今回のCESではデルタ航空がブース出展するなど「CX(Customer eXperience:顧客体験)」の見本市的な要素が強かった印象ですが、参加者としてはどう感じましたか?
川上氏:自動車の会社だったトヨタが「街づくり」をテーマに掲げたり、我々もテレビ局なのにアンドロイドをデモしたりと象徴的な場であったと思います。従来の事業ドメインにとらわれない新しい試みにシフトしていく場としてCESは面白いなぁと思いましたし、今年はそういう節目だったのかなと思います。
──CXというテーマから見て、アオイエリカにはどんな可能性を感じますか?
川上氏:目を合わせて会話できる、という点でイベントで対面したときの「強み」が彼女にはあるなと感じました。今回来場者にいちばん面白がってもらったのもこのポイントでしたし、もっとインタラクションができるデザインを考えていきたいですね。
──2019年3月に開催された日本テレビの技術展示会「日テク」でも、「アオイエリカのブース」が人気を集めていましたね。
川上氏:面白がってもらって人だかりができ、より人が集まってくるという流れが今回もあったので、イベントでの実用性については実績ができてきたかなと思います。同時に見た目だけの面白さでなく、人が集まるにはどんな会話や遊び方ができるかという点はもうちょっと研究しなければいけないと思いました。
──今年(2020年)は東京オリンピックの開催年であり、日本国内においてもさまざまな形のコミュニケーションが求められそうです。今後のアオイエリカに向けた意気込みを聞かせてください。
川上氏:(オリンピックイヤーの)今年は海外から日本にやってくる方も多いと思います。今回のCES参加では来場者との英語コミュニケーションに成功し、海外からも提携を打診されるという実績が得られました。これをもとにさらにブラッシュアップを重ね、「世界とコミュニケーションできるアオイエリカ」を目指して研究していきたいと思います。
西口氏:テレビ局が作るコンテンツは映像だけでなく、もっと多様であっていいと思います。その一つとして、アオイエリカもあり、現実世界で視聴者と接点を持ってインタラクティブなコンテンツを発信する”メディア”になれば良いなと。
初のCES参加を通じ、多言語コミュニケーションの難しさに直面しつつも、そのインタラクティブ性の高さから新たな顧客体験の形として各界から注目されたアオイエリカ。今後は「アンドロイドアナウンサー」という枠組みすらも超え、新たなエンターテインメントの立役者としての活躍をさまざまな場所で見られそうだ。
【川上皓平氏プロフィール】
日本テレビ放送網株式会社 技術統括局 デジタルコンテンツ制作部副主任 兼 技術戦略統括部所属。入社以来、技術系部署でVR・AR・AI・ロボットなどの最新技術とテレビを組み合わせたコンテンツやサービス開発に従事。2019年より番組制作バーチャル技術担当。2017年よりアンドロイドアナウンサー「アオイエリカ」プロジェクトにてプロジェクトマネージャーを担当。
【西口昇吾氏プロフィール】
日本テレビ放送網株式会社 社長室企画部新規事業プロデューサー。大阪大学在学中よりロボット研究の第一人者・石黒 浩教授のもと自律対話システムに関する研究開発に従事したのち、2017年に日本テレビ放送網株式会社入社。入社1年目に社内新規事業としてVTuber事業を立ち上げ、現在は社長室企画部にて新規事業専従となる。アオイエリカプロジェクトではコミュニケーションデザインを担当(アオイエリカ歴7年)。