テレビ局とAI・アンドロイドの出会い【Connected Media TOKYO 2019レポート】
編集部
2019年6月12日〜14日の3日間、千葉県・幕張メッセにて、ビックデータなどデジタルメディア分野における技術を集めたカンファレンス『Connected Media TOKYO 2019』が開催され、全期間で15万人を超える来場者を記録した。今回はこの中から、6月14日に開催された専門セミナー『テレビ局とAI・アンドロイドの出会い』をレポートする。講演者として日本テレビ放送網株式会社 技術統括局デジタルコンテンツ制作部の川上皓平氏と、株式会社テレビ朝日 技術局 技術戦略部の藤井祐介氏が登壇し、両社におけるアンドロイド・AIの活用事例を紹介した。
■黒柳徹子がアンドロイドに?! テレビ朝日「totto」の取り組み
まず初めに、テレビ朝日の藤井氏が自社のアンドロイドプロジェクト「totto」を紹介した。
「totto」は、女優の黒柳徹子氏を精巧に再現したアンドロイド。2017年に放送された同氏の自伝ドラマ『トットちゃん!』を記念し、テレビ朝日・電通・電通テック・エーラボの4社からなる製作委員会によって開発された。黒柳氏本人の活動を拡張する目的も込められているという。
YouTubeの同局チャンネルでは『tottoの部屋』と題し、「totto」が“司会”として黒柳氏とトークを繰り広げる様子が公開され、話題を呼んだ。
2018年、「totto」はAIを搭載。黒柳氏が司会を務める同局のトーク番組『徹子の部屋』(毎週月〜金曜、12:00〜)42年分の番組アーカイブを学習データとして利用し、同氏の言い回しを忠実に再現する。 AI部分は、NTTなどの技術企業と共同で開発。相手の発言にあわせた自然なあいづちや質問を行えるほか、会話にあわせたモーションを自動生成し、まるで生身の人間のような豊かな表情を見せることができる。他にも相手のパーソナルデータに基づいた話題を挙げたり、話しかけられた内容を反映したりの返答が可能という。
このほか、既存のアンドロイドを番組に登場させる取り組みもされている。日本サード・パーティー株式会社が開発する小型ヒューマノイドロボット「NAO」は、同局の番組にキャストとして出演し、芸能人たちと息の合った会話を繰り広げている。2017年放送のドラマ『ドクターX』(主演・米倉涼子)では、劇中の「アンドロイド役」として登場。人間顔負けの「演技」で視聴者を圧倒した。
採用理由について「制作現場での活用に適切なサイズ感であり、API(Application Programming Interface:操作プログラムを作成するための部品類)が公開されていること」と説明。長時間の収録や不測のトラブルも耐えられるようバッテリーの冗長化を施したうえで、現場では制作スタッフが簡易コントローラーを用いて操作しているという。
このほか、ソニーが開発するイヌ型ロボット「aibo」も活用。テレビ朝日のマスコットキャラクター「ゴーちゃん。」の“飼い犬”として番組やイベントに多数出演し、一緒にダンスを踊る模様を収めたYouTube動画は10万回以上の再生数を記録するなど人気を集めている。
制作現場における“出役”としてロボットを採用する取り組みについて、藤井氏は「ロボットはさまざまな技術の集合として考え、要素技術の習得を通じて技術力の向上を目指す」と、目的を語った。
■アンドロイド・アナウンサーで「新しいコンテンツ制作のかたち」を目指す日本テレビ
つづいて日本テレビの川上氏が自社プロジェクトを紹介。同局では「テレビとロボットの連携」をコンセプトに、アンドロイド研究の第一人者である大阪大学の石黒浩教授らが開発する「ERICA」をベースにしたアンドロイド「アオイエリカ」を番組制作の現場に採用。「アンドロイド・アナウンサー」として同局の番組に登場させている。
「アオイエリカ」は、話しかけられた言葉を音声認識によってテキスト変換し、音声合成エンジンによって人間のような流暢な会話を生成する。独自開発の「会話エンジン」も搭載し、実際の対面だけでなく、Twitter上でユーザーからのメッセージに応じた会話をやりとりする試みも行われている。
アオイエリカは話者の位置を識別できる赤外線センサーと多チャンネルマイクアレイを使い、エアコンプレッサによる制御と組み合わせて「話しかけられた方向を向き、表情をつくりながら話す」という、生身の人間の自然な動きに近い自然体のコミュニケーションを行なうことができるという。
活躍の場は番組だけにとどまらず、2018年夏に開催された同局のイベント『超!汐留パラダイス2018summer』では、「アオイエリカ」が占いブースを担当。来場者一人ひとりに沿った当意即妙な返答が話題となり、10日間の開催期間中でおよそ1,500名もの参加者を記録した。
現在は、「アオイエリカ」の自律的な動作を拡張した「無人スタジオ」を実験中。アナウンスのみならず、番組進行や放送機器の操作といった運行業務までも連携させることで、無人状態で番組を制作・放送できる環境づくりにも挑戦しているという。2019年に3月に開催された日本テレビグループ各社による技術カンファレンス『日テク2019』では、会場に設けられた特設スタジオにてアオイエリカがコンテンツ制作を取り仕切るデモ番組が披露された。
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アンドロイド活用の意図について、「テレビ局の制作現場で『いい感じに(して)』という言葉で表現されてきた暗黙的なノウハウを定量化させることが目的」と川上氏。
「番組に出演するロボットに演出意図を説明したり、動きを伝えるには、具体的な話す、動くタイミングやキャラクター性など、これまで抽象的に共有されてきた要素を言語化・定量化する必要が出てくる。この過程で、これまで属人的であったノウハウが可視化され、ひいては次世代のスタッフへのノウハウの継承につながっていく」とし、「『アオイエリカ』に“教えられた”(定量化された)情報を取り出し、新しいコンテンツづくりのための技術を得ていくことが大きな目的である」と語った。
■アンドロイドで「新しいおもしろさ」を
セッションの終盤は、アンドロイド・ロボットを用いた今後の新たな展開について会話が繰り広げられた。 自然な会話を特長とするアンドロイドだが、人間による会話のなかには意味が複雑であったり脈絡のないものもあったりする。こうした「フォローできない会話」に関する対応への質問に対し、テレビ朝日の藤井氏は「自社の『totto』は(個性的な語り口の)黒柳徹子氏のキャラクターを踏襲しているため、本人の個性を会話するユーザーが既に理解されている場合があり、受け入れてもらえやすい」と語った。「アンドロイドにもキャラクターがついていると便利ではあるが、人格付けそのものには膨大な学習データが必要なので、その手間が大変」と述べた。
日本テレビの川上氏は、「これまでデータ化されていなかったものをデータ化することで、物事は整理されて(制作現場の)知見を広げることができる」と、アンドロイドの存在がもたらす変革の効果を強調。「(テレビとアンドロイドは)一見かけ離れているように見えるが、テレビ画面にとらわれない『おもしろさ』のアプローチとして取り組んでいきたい」と語った。
AI技術の進化により、「予想外」に対する対応力をめざましく発展させているアンドロイド。その存在は、制作現場全体の学びを大きく牽引していく存在としても注目されそうだ。