テレビ局から見たeスポーツと取り組みについて【Connected Media TOKYO 2019レポート】
編集部
2019年6月12日〜14日の3日間、千葉県・幕張メッセにて、マルチスクリーン・クラウド・ビックデータなどデジタルメディア分野における技術を集めたカンファレンス『Connected Media TOKYO 2019』が開催され、全期間で15万人を超える来場者を記録した。今回はこの中から、6月12日に開催された専門セミナー『テレビ局から見たeスポーツと取り組みについて』の模様をレポートする。
パネリストとして、日本テレビ放送網株式会社 社長室企画部・アックスエンターテインメント代表取締役社長の小林大祐氏、株式会社TBSテレビ 拡張領域事業部 兼 eスポーツ研究所の吉村圭悟氏、株式会社フジテレビジョン 総合事業局 コンテンツ事業センター 総合事業室 部長職の門澤清太氏が登壇。モデレーターを東京メトロポリタンテレビジョン株式会社(TOKYO MX) 事業局事業部 部長の哘誠氏が務め、いま流行の兆しを見せつつあるeスポーツ(テレビゲーム・コンピューターゲームをスポーツ競技として捉えたエンターテイメント)への各社の取り組みを通じ、今後の展開についてディスカッションした。
■民放各局のeスポーツへの取組事例
セッションは、モデレーターをふくむ各局パネリストたちによる自社でのeスポーツ施策の紹介からスタートした。
・フジテレビ
『いいすぽ!』のブランド名でテレビ番組やイベントを展開しているフジテレビでは、2016年よりCS放送『フジテレビONE』にて同名を冠したレギュラー番組を開始。2018年10月からは地上波でのレギュラー放送もスタートした。番組の関連イベントとして毎月1回、東京・台場のフジテレビ本社ビル1Fを会場としたeスポーツイベントを開催し、プレーヤーたちによる対戦の模様を『フジテレビONE』にて公開生放送している。世界級のスポーツ大会で実況を多く担当するアナウンサー陣による白熱した生実況が人気だ。
・TBS
TBSテレビでは、同社事業局内に専門部署「TBS eスポーツ研究所」を開設。
営業・制作・技術・アナウンサーら15名のメンバーが全員兼務で集結し、ライブエンターテインメントとしてのeスポーツの可能性を探る。2019年5月には、NPB(日本野球機構)が主催するeスポーツイベント『NPB eスポーツシリーズ スプラトゥーン2』にメディアパートナー・運営パートナーとして参画し、大会のプロデュースを担当したほか、動画配信サービス『Paravi』を通じて対戦の模様を独自の解説付きで配信するなど、テレビ制作のエッセンスを取り込んだエンターテインメント化を推し進めている。
・日本テレビ
日本テレビでは、2018年6月にeスポーツ専門会社『アックスエンターテインメント』を設立。
総勢18名のプロ選手・コーチ・運営スタッフで、eスポーツチームと関連コンテンツ制作の2本を軸に事業展開を行っている。同社では人気プレーヤーを擁したプロeスポーツチーム「AXIZ(アクシズ)」を運営。一般的なプロスポーツ同様にスポンサー名を冠したチームを抱え、対象のゲームごとに分かれた部門のなかで技を競い合う。関連コンテンツとして、毎月第3木曜深夜にeスポーツ応援番組『eGG』を放送。eスポーツ の舞台となるゲームや活躍するチーム・選手にフォーカスをあてた「正統派eスポーツ番組」を標榜する。同番組には「AXIZ」の選手らも出演し、同チームのPRとしても機能する。
・TOKYO MX
TOKYO MXでは、2015年よりオリジナルのeスポーツ番組を放送。大手コンピューターメーカーをスポンサーに付け、3か月に1度のペースで公開収録を兼ねたイベントを開催するほか、海外で開催される大会の取材も積極的に行っているという。
■エンタメ化、文化化、興行化…各社それぞれの目指す方向
ドラマ的な展開の魅力を打ち出すフジテレビ、スポーツコンテンツとしてエンターテインメント化を押し出すTBSテレビ・TOKYO MX、そしてプロチームの育成を通じてeスポーツ全体の隆興を図る日本テレビ── 各社ごとのさまざまな切り口が明らかとなった。今後のeスポーツに向けて目指すものは何か。パネリストたちがそれぞれの思いを語った。
「eスポーツに関わる人のカルチャーや熱量に貢献できるところはないか、という思いがある。関連番組を制作するという選択肢もあったが、eスポーツの熱量をもっとも堪能できるのはライブエンターテイメントなのではないかと考えた。対戦が行われる“現場”で感じる楽しさや面白さといった要素を作り出すのは、テレビが得意とする分野。TBSが放送局として60年間蓄積してきた“マスに楽しんでもらえるコンテンツ作り”のノウハウを活かし、面白いeスポーツの大会やイベント作りに挑戦していきたい」(TBSテレビ・吉村氏)
「いずれeスポーツは文化になると思っている。そのためには試合を観戦するファン層が増えていく必要があるが、まだ成熟には至っていない。(視聴者層の広い)地上波でeスポーツの番組を放送することで、これまでeスポーツの楽しみ方がわからなかった人やeスポーツのそのものを知らなかった人にもその存在を知ってもらいたいと考えている。いま『いいすぽ!』で重要視しているのは、(さまざまなバックグラウンドを抱えた)eスポーツプレーヤーが持つ人間的な魅力に迫ること。番組ではプレーヤーごとにひとりずつディレクターがつき、半日から3日間かけて密着したVTRを制作している。無理に流行りを作り出すのではなく、ゲームを開発するメーカーやプレーヤーたちと一緒に成長していきながら、等身大の魅力を発信していきたい」(フジテレビ・門澤氏)
「今、子供たちがプレイするゲームは対戦型が主流。ひとりでゲームに没頭するのではなく、インターネットを通じて(回線の)向こう側にいるチームとひたすら戦っている。基本的なゲームのルールを覚えた子供たちはやがて大きくなり、それにともないゲームの市場も発展していく。かつて野球に親しんだ子供たちが大人になってプロ野球を観戦したように、ファン層もこれから育ってくる。日本テレビにはプロサッカーチーム(東京ヴェルディ<現・東京ヴェルディ1969。現在は運営から撤退>、日テレ・ベレーザ)を運営してきた歴史があり、『(他のプロスポーツ同様)eスポーツは選手が主役だから、自分たちも(eスポーツの分野で)チームを持とう』と考えた。地上波での番組展開には「(プロ)チームを持って、テレビ(のメディアパワー)で(市場を)大きくしていく」という思いがある。今後もチームをベースにした興行に取り組んでいきたい」(日本テレビ・小林氏)
■eスポーツコンテンツにおける「地上波展開」のスタンス
現在テレビ業界ではインターネット配信に向けた取り組みが盛んだ。日本テレビやTBSテレビのようにキャッチアップサービスを通じた番組配信に取り組む事例もある。そのなかで“本業”たる地上波テレビでの展開についてどう考えているのか。
「すでにゲームを題材とした番組は、AbemaTVをはじめインターネット上で多く配信されているが、私たちは地上波だからこその番組を作りたい。現在放映中の『eGG』でもメインキャストに俳優・タレントのDAIGOさんを起用し、“視聴者に近い立場の人間”としての役割に据えることで、eスポーツに詳しくない視聴者にもその魅力を理解してもらえるよう工夫している。地上波での番組作りは(構成やテロップなどの)編集技術が高く、(対戦の様子をそのまま流すことが基本の)インターネット配信とは違った“わかりやすさ”を追求できることが強みと考えている」(日本テレビ・小林氏)
「現在自社の地上波ではeスポーツの番組を展開していないが、自分たちで面白いライブエンターテイメントを作るうえで、既存のスポーツ番組や情報番組での露出など、自社が持つ地上波メディアを(必要に応じて)うまく活用できたらと思っている」(TBSテレビ・吉村氏)
「自社で展開する番組においては、他局との差別化として、(一般に対する認知度の低さから)地上波では取り上げづらいPCゲームを主体に扱っている」(TOKYO MX・哘氏)
ターゲットがある程度限定されるインターネット配信に対し、地上波は「eスポーツにまだ興味の薄い層もふくめた広いターゲット向け」として捉える考えが多数を占めるが、東京ローカル局であるTOKYO MXのように、それを逆手に取ったニッチ路線を推し進める向きも見られた。
その一方で、eスポーツのプレーヤーを「プロスポーツ選手」として地上波へ露出させる向きについてはまだ時期尚早とする声も聞かれた。
「現状プロのeスポーツプレーヤーに対する認知はまだあまりなく、メディアでの取り上げ方はどちらかといえば一般人をクローズアップする流れに近い。TBSテレビでは『SASUKE』のように番組への一般参加者をスターに育て上げるノウハウを持っており、eスポーツの魅力をどういった目線で楽しんでもらいたいかというひとつの切り口として活かせるのではないかと思っている」(TBSテレビ・吉村氏)
「(eスポーツの)スター(プレーヤー)を生み出すというが、それよりも選手たちの人間性を私たちが一緒に育てていかなくてはいけない。まだ新しい分野であるeスポーツには、先輩や教師として振る舞える存在の人がまだ少ない。番組に参加するプレーヤーたちも『人に見られる、あこがれの対象となる』という自覚がまだ薄く、いまも(観客や視聴者の方向を向かない)ひとりよがりなコメントをしてしまうケースが少なくない。『君たちは(プロスポーツプレーヤーとして)見られている』ということを気づかせ、人間としてより魅力的な存在に成長してもらうことに使命を感じている」(フジテレビ・門澤氏)
■eスポーツは「ビジネス」として成功するのか
2019年5月、東京都とeスポーツ関連団体からなる「東京eスポーツフェスタ実行委員会」が、eスポーツの競技大会と関連産業の展示会からなる『東京eスポーツフェスタ』を2020年1月に東京ビッグサイトで開催すると発表した。盛り上がりの機運を見せているようにも見えるeスポーツ業界だが、実際のところビジネスとして成立する可能性はどこまであるのか。各局の現状認識は、決して楽観的ではない。
「(興行として展開するにあたり)法律の整備が急務だが、景品表示法、賭博法、風営法などクリアしなければならない壁が多く、なかなか足並みが揃っていない。現在の日本の法制では、参加者から金銭を集めて主催した興行で賞金を出すと賭博法違反となる。ゲームセンターでは賞金の出る大会を開くことも不可能で、現状は第三者の賞金スポンサーがつかない場合は主催メーカーが報酬という形で提供するなど、いくつかの対策をとらざるを得ない」(フジテレビ・門澤氏)
「イベントのチケット収益だけではマネタイズは難しいと感じている。物販の売り上げに関しても、莫大な制作費の支出に見合う規模ではない。結局、協賛金による収益か放映権の販売か、というビジネスに発展せざるを得ないのが現状だ。私たちはゲーム会社ではないので、特定のゲームタイトルを盛り上げたところでそれが直接的な収益につながるわけでもなく、eスポーツがビジネスとして成立するかというと、直近では難しいと思っている」(TBSテレビ・吉村氏)
「現状は協賛金を収益の軸としており、ショッピングモールなどを会場に集客イベントとしてタイアップを行ったり、イベントブースでのアンケート結果をスポンサーにフィードバックしたりするなどの形でビジネスを行っている」(TOKYO MX・哘氏)
まだ市場が成熟しているとは言えない状況もあり、一般的な興行としての成立はなかなか厳しいようだ。いっぽう、企業からの協賛に関しては新たな流れもあるようだ。TOKYO MXの哘氏は続ける。
「保険会社など、直接ゲームに関係ない業種の企業が協賛についてくれる場合も見受けられるようになった。最近は一般企業が(福利厚生の一環として)eスポーツの社会人チームや部活動を展開しているケースもあり、これらのチーム同士で『企業対抗戦』としてのイベントを開催したりもしている」(哘氏)
外国では企業や行政が一体となった取り組みなど、eスポーツが一大市場を形成しているところも多いという。
「韓国では2000年ごろからeスポーツの文化が普及しており、すでに20年の蓄積がある。興行としてのeスポーツの実施にあたって法律面の整備が国主導で行われ、それに対応するシステムづくりをメーカーが担うという両輪の体制で発展を遂げてきた。韓国にはすでに『eスポーツ専用スタジアム』が存在し、連日若い女性ファンが花形プレーヤーを目当てにつめかけている」(フジテレビ・門澤氏)
「アメリカやヨーロッパでは、興行としてのeスポーツはプロチームに付く市場価値や資金調達の金額が2ケタ億円のレベルで市場を形成している」(日本テレビ・小林氏)
「タイのバンコクでは、ゲーミングPCの市場が200%規模で成長しており、(販促の面)からイベントが積極的に開催されている」(TOKYO MX・哘氏)
さまざまな要素が絡むとはいえ、日本におけるeスポーツ市場の成長はなぜ諸外国に比べて鈍いのか。日本テレビの小林氏は「eスポーツのプレーヤー人口のなかで若者が占める割合が少ない」と指摘する。
「若者の人口が少ないいまの日本で、若者に売り込もうとするスポンサーが少ない。もっと言えば、若者を盛り上げていこうという空気自体が少ない」(小林氏)
悲観的とも言える辛いコメントが続くが、かならずしも暗い見方だけではないようだ。小林氏は続ける。
「現在日本テレビが参画している『リーグ・オブ・レジェンド(米Riot Games社が開発する戦闘型RPGゲーム)』の日本国内公式リーグは、興行面では成功を見せている。試合が1日見放題のチケットを3,500円で販売しているが、発売する300枚ほどのチケットが完売するようになり、インターネットでの競技中継も平均2万人ほどの視聴者数を達成するようになった。これを何年かけて成長させていくかが課題だ」(小林氏)
■「文化」としてのeスポーツに寄せる期待
ビジネス面では各社とも厳しめのコメントが並んだが、各社とも文化としてのeスポーツには大きな期待を寄せる。セッションの締めくくり、今後の可能性についてパネリストたちが熱い想いを寄せた。
「eスポーツだけにテーマを絞るのではなく、アイドルのライブイベントなど、他のテーマと組み合わせることでエンターテインメントとしての多様性を確保することができると思う。長い目で見て種まきをし、いろんなところから認めてもらったうえで『スポーツの一分野』としてeスポーツが広まっていけばと思う」(フジテレビ・門澤氏)
「ハンディキャップを持つ人々によるスポーツ大会『スポーツオブハート』に参画しているが、そこでも最近eスポーツ競技が行われるようになった。小児麻痺をかかえながら、自由の効く顔の筋肉を動かしてコントローラーを操作し、一般参加者の大会で勝ち進んでいるプレーヤーもいる。ハンディキャップを超えて参加できるという点では、eスポーツもある意味ハイブリッドスポーツと言えるのではないか」(TOKYO MX・哘氏)
「海外のeスポーツの大会を見ていると、ゲームそのもののルールを知らなくても面白いと感じられる作りになっている。ずっとマスに向かってきた我々としては、いまのコミュニティにとどまらず、いろんな人が楽しいと感じてもらえる要素を作っていきたい。VR(仮想現実感)技術を駆使したゲームの登場など昨今の技術の発展も目覚ましく、UI(User Interface:ユーザーとコンピューターの操作基盤)やUX(User Experience:ユーザー体験)設計の面でもeスポーツはやりがいを感じられる分野だと思う。まだまだゲーム体験自体がこれからの可能性を秘めている」(TBSテレビ・吉村氏)
「技術の進化でゲーム体験がどんどん没入的になり、ネットワーク越しにチームを組む楽しさが増えてきた。自社が抱えるプロeスポーツプレーヤーチームにも固定の女性ファンが定着しつつあり、今後スケールをいかに大きくしていくかが課題だ。なにより、ルールが分かるもので勝ち負けが決まるものが楽しい。そういった意味で、対戦ゲームにはものすごく将来性を感じている。技術の発展によって、対戦ゲームが野球やサッカーにかわるスポーツとして発展していくと信じている」(日本テレビ・小林氏)
日本においてはまだ模索の続くeスポーツ。しかしその裏には文化としての発展を信じ、邁進する人々がいる── ビジネス的な枠組みを超え、ひとりひとりの強い思いを感じるセッションとなった。今後の各局の取り組みに、引き続き目が離せない。