テレビ地上波とOTTを巡る新たなトレンドとは?〜After NAB Show レポート
編集部
全米放送協会(National Association of Broadcasters:NAB)が主催する世界最大の放送機器展『NAB Show 2019』が、アメリカのラスベガズで4月に開催。日本では、『After NAB Show 2019』として2019年5月22日(水)、23日(木)の2日間、秋葉原UDXにて開催され、アメリカで出展された最新技術やトピックなどが紹介された。その中から、イベント最終プログラムとして実施されたセッション「NAB Showレポート:地上波とOTTを巡る新たなトレンド」の模様をレポートする。
スピーカーは、株式会社ワイズ・メディアの塚本幹夫氏。塚本氏は今年、ラスベガスで開催された『NAB Show 2019』を視察しており、今回は、放送ビジネスにフォーカスした視点で、アメリカ国内のテレビメディアとOTT(Over The Top:インターネットを使用した動画コンテンツ配信サービス)を取り巻く最新事情について発表した。
■ケーブルテレビの解約増、「地上波直接受信」の世帯が増加
塚本氏はまず、OTTの台頭にともなうテレビ視聴スタイルの変化について言及。米ニールセンの調査によると、アメリカ国内において一般的な視聴手段であったケーブルテレビの解約が進み、地上波を直接受信する世帯が大幅に増加していると述べた。2010年5月の時点では9%であった直接受信率は、2018年5月の時点で14%まで上昇している。
この背景について塚本氏は「これまでケーブルテレビによって視聴していたコンテンツをOTT経由で視聴するようになったため(視聴先のメディアが移行した)」と話し、「地上波(テレビ)の(絶対的な)価値が上がったことを意味するものではない」と強調。しかしこの現状を受け、ローカル局を中心としたアメリカ国内の地上波テレビにおいて“新たな動き”が生まれているという。
■『ローカル局MSO』が牽引するIPベースの新放送規格『ATSC3.0』
「コードカッティング」と呼ばれるケーブルテレビ解約の流れへの対抗として、アメリカ国内のテレビ業界では「ローカルコミュニティの機能と、災害情報・ニュースへのニーズを自己評価」する向きがあると、塚本氏は言う。
その核にあるのが、いわゆる『ローカル局MSO』の存在だ。MSO(Multiple System Operator)といえば、これまで複数のケーブルテレビ局を統括し運営する事業者を指すものであったが、アメリカでは、メリーランド州ボルチモアに本拠をおくシンクレア・ブロードキャスト・グループを筆頭に、複数の地上波ローカルテレビ局を傘下におさめた独自のコンテンツシンジケートが構築されつつあるという。
この『ローカル局MSO』が大手電機メーカーとともに牽引するのが、IPベースの次世代放送規格『ATSC3.0』。地上波での4K映像配信や移動体受信を可能とし、日本発の規格を取り入れた緊急災害放送など公共性の高い機能も実装。IPと放送を同期させる、日本でいう『ハイブリッドキャスト』のようなサービスの実現も可能になるという。さらに次世代通信規格5Gによって低遅延、同時大量接続がこれを普及させるきっかけになるかもしれない。
この『ATSC3.0』にローカル局が期待を寄せるのは、これまでOTTの分野では消極的であったローカル局発の番組配信や、ハイブリッドキャストによるターゲティング広告の配信など、通信と放送の融合による“恩恵”の数々だ。現行規格からの移行は各局における任意とされているが、2020年末にはアメリカ国内60地域における商業放送スタートが予定されており、ケーブルテレビ解約に対応する地上波テレビ局の“生き残り策”として注目されている。
■「試合の盛り上がり度をスコア化」「好みの番組を自動編成」OTTにおけるAIの活用
一方、OTTの分野においては、大手IT事業者による動きが活発だ。
IBMは同時進行する複数のスポーツ試合中継の配信内容をAIで解析し、「観客・解説者の声」「試合の得点状況」「選手のアクション」をもとに“盛り上がり指数”をスコア化するソリューションを開発。番組ディレクターが放送中にハイライトシーンをピックアップしたり、ユーザーが注目の試合をピックアップしたりできる。すでにアメリカ国内のテレビ局と連携し、テニスUSオープンやマスターズゴルフなどの試合中継において実施されているという。
マイクロソフトは、AIによるレコメンドエンジンを組みこんだ独自のインターネットテレビサービス『ZONE.TV』に自社の技術を提供。収集された視聴情報を同社のクラウド基盤『Azure』が解析し、ユーザーごとに編成がカスタマイズされたチャンネルを有料配信している。
2016年7月に動画配信事業社のAVANTOを買収したGoogleは、動画編集・広告配信・課金といったライブストリーミングビのビジネス機能をすべてクラウド上で実現するプラットフォームを開発。Facebookも放送事業者向けのライブストリーミングサポートを提供予定であることが発表されるなど、AIを活用したコンテンツのレコメンデーションやクラウド基盤を活用したライブストリーミング基盤の整備が進んでいると塚本氏は語った。
■ディズニー・アップルの参画で時代は『動画配信3.0』へ
最近日本でも大きな話題を呼んだのが、ディズニーによるOTTへの進出だ。
ディズニーは今年4月11日に、自社の動画配信サービス『Disney+』を発表。11月12日にアメリカでサービスを開始し、ディズニーや傘下のマーベルやナショナルジオグラフィック、映画『スターウォーズ』シリーズのオリジナルコンテンツなどを月額6.99ドルで独占配信する。ダウンロードでのオフライン視聴にも対応予定という。
サービス開始にあたり、ディズニーはコムキャストから残り35%の株の譲渡を受け、Huluの経営権を100%掌握。21世紀フォックス買収により、先発の大手であるHuluを手中に収めたことはアメリカのメディア業界にも激震をもたらした。
アップルも今秋、自社のSVOD(サブスクリプション型ビデオ配信)サービス「Apple TV+」の開始を発表。豊富なドラマコンテンツの存在を想起させるプロモーションムービーを公開した。
塚本氏は一連のトレンドを『動画配信3.0』と表現。「YouTubeの台頭を『動画配信1.0』、Netflixの登場を『動画配信2.0』と定義するならば、現在の流れはまさに『動画配信3.0』。大手プレイヤーによる、コンテンツをめぐるチキンレースが続く」とした。
「『動画配信3.0』がリッチコンテンツの競争となるのか、ライブストリーミングコンテンツの競争となるのかはまだわからない。しかし、ダイナミックな動きが迫っていることは明らかだ」(塚本氏)
■ヒット脚本家の“引き抜き”も。制作プロダクションの争奪戦が激化
塚本氏はしめくくりに、アメリカにおけるメディア企業のランドスケープ(勢力図)を紹介。米調査会社RECODEの同図から、ディズニーとFOXの合併、AT&Tとタイム・ワーナーの合併など、コンテンツメーカーとディストリビューター(配信・放送業者)両方の機能を持つ大手メディア企業グループが多く誕生し、「2018年から2019年の1年間だけでも、同じ図とは思えないほどに変化している」と、その激動の大きさを伝えた。
塚本氏はハリウッドのメディアアドバイザーにインタビュー。同氏は「Amazonを除いて、どの大手メディアも本業の収入は低下気味であり、外部のコンテンツ企業を買収することで売上増を企図している」と述べ、制作プロダクションの取得競争が今後も増えていくと予想。テレビドラマや映画のヒット作品を手がける人気脚本家・プロデューサーの引き抜き合戦がすでに各所で行われているという。
業界最大手のNetflixは、アメリカABCテレビで人気医療ドラマ『グレイズ・アナトミー』などを手がける脚本家のションダ・ライムズ氏と5年間1.5億ドルの契約を結んだほか、FOXテレビの人気シリーズ『glee/グリー』の脚本家・プロデューサーであるライアン・マーフィー氏と5年間3億ドルで契約。「脚本家のギャランティとしてはこれまでの10倍以上の相場」であるとし、「(独自の動画配信サービス開始によって)対抗馬となるディズニー傘下からの引き抜きがすでに始まっている」と述べた。
ほかにも、AmazonではCEOのジェフ・ベソス氏の大号令を受け、映画『ロード・オブ・ザ・リング』をベースとした予算3〜4億ドル規模のオリジナルシリーズ製作が噂されているほか、コムキャストが傘下のNBCユニバーサルを介して独自のSVODサービスを立ち上げを構想するなど、アメリカにおけるOTT業界の盛り上がりは衰えを感じさせない勢いだ。
SVODだけでも300以上の事業者が存在するというアメリカの動画配信サービス。これからお互いの生き残りをかけて競争はさらに激しさを増し、これらによってもたらされる“コンテンツの波”は日本にも遠からずやってくることは想像に難くない。これらの流れは「日本の放送業界にも影響をもたらしていくだろう」と塚本氏は締めくくり、およそ1時間にわたるセッションが終了した。