フジテレビが探求するSXSWの価値とは?〜「seek∞」第一弾で報告会(後編)
テレビ業界ジャーナリスト 長谷川朋子
ニュースメディア「FNN.jpプライムオンライン」のスタート一周年のタイミングに、フジテレビがトークイベント「seek∞」(読み:シーク)を立ち上げた。第一弾は3月に米テキサス州オースティンで開催された「SXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)2019」の報告会。今月3日にフジテレビ本社で一般向けに企画され、500人以上が参加した。このイベントは「メディアが関わることでできることを広げること」が目的にある。仕掛け人のひとりであるフジテレビ・ニュースコンテンツプロジェクトリーダーでビジョナリストの清水俊宏氏はSXSWを通じて何を伝えたかったのか? 前編に続き、清水氏に話を聞いた。
■日本にとってターニングポイントになった今年のSXSW
SXSW報告会を企画したフジテレビの新たなイベント事業「seek∞」は、ビジネスパーソン向けに役立つ最新のテクノロジーやビジネス情報を提供すると共に、来場者同士のネットワーキングの場になることを目指すものである。そんなコンセプトに適したSXSWが第一回目のテーマに選ばれた。また今年のSXSWは日本の存在感に対する意識も高まっていたことも大きい。イベントの冒頭に登壇した清水氏は「今年のSXSWは日本の発信力に変化が現れ、ターニングポイントになった」と説明していた。その理由についてはこのように述べた。
「今回、SXSWに出展した日本館『The New Japan Islands』は日本の経済産業省・企業・アーティスト・学術関係者などが一体となって、未来ビジョンと未来の風景を発信しました。そこで何かを感じてもらって、出会った人と人が新しい発想のイノベーションを生み出してもらおうという場が作られました。今年、日本は国別登録者数でブラジル、イギリスに次いで3番目に多い人数(1084人)となりました。これは、SXSWアプリ登録者の数なので、実際の参加者はさらに多いと思います。
SXSW公式発表した「SXSW Creative Experience “Arrow” Awards(サウスバイ・サウス・ウェスト・クリエイティブ・エクスペリエンス・アロウ・アワード)」では日本が各賞を独占するかたちにもなり、日本のプレゼンスは確実にSXSWにおいて上がっています。昨年のSXSW2018ではFNN.jpオリジナル番組『週刊安全保障』のアンカー・能勢伸之が日本メディアとして初めて公式セッションに登壇し、北朝鮮の実情を草の根的にリポートしている話をお伝えしました。『日本にはおもしろいことを考えているヤツがいる』ということも発信できたのかと思います」。
第一部では、報告会のサブタイトルにもあるSXSWを的確に言い表した「解はないが、問いはある」という言葉をはじめに発言した博報堂DYメディアパートナーズ加藤薫氏らが今年のトレンドを紹介。続いて、電通榊良祐氏やシチズン時計大石正樹氏・山崎翔太氏からはトレードショーの出展について報告され、さらに、経済産業省宇留賀敬一氏とメディアアーティスト落合陽一氏も登壇し、今回の日本館を振り返った。また第二部ではNTTコミュニケーション岩田裕平氏、フジテレビ寺記夫氏、360Channel森本隼翔氏ら計6人が講演し、それぞれの視点からSXSW2019を解説した。
■テレビ局はコミュケーションを生み出すことも役割にある
SXSWは捉えにくいイベントでもあるが、報告会を通じて、世界中から40万人がSXSWに参加する目的はさまざまにあることが伝えられたのではないか。そこで、清水氏に改めてSXSWに参加する価値を聞いた。
「SXSWで求められるものはヒトです。10年、20年後の未来を見据えて、『今、何をすべきか』を考えるために参加することに価値があると思います。若い方こそ参加すべきでしょう。SXSWに参加することを理解する企業がさらに増えていくことも期待しています。世界はどの方向に向かっているのか? 海外ではどんなことを考えているのかを肌で感じることができる場所だからです。たとえ言葉がわからなくても、自分たちができることはまだまだあるということも思い知らされます。また世界の誰かと共通の想いを持っていることも実感できます。それがわかるだけでも価値があります。ヒトをキーワードに世界中からヒトが集まるイベントは他にあるようでない。特別な場所だと思っています」。
また清水氏はテレビ局をはじめとするメディアもSXSWに参加することの価値は高いと考えている。それは何故なのか?
「今、テレビ局には『テレビは今のままではダメ』だと思っている人がたくさんいます。毎日のオンエアに迫られ、新しくチャレンジすることを止めてしまい、時代の流れから『放送だけじゃダメだから、デジタルもやりましょう』と安易に考えてしまいがちです。でも、それは放送の延長線上にデジタルがあるだけの考え方です。私の仕事上のミッションの中には『新しい時代の伝え方を作る』というものがあります。つまり、それはテレビ局の仕事はコンテンツを作ることだけではなく、コミュケーションを生み出すことも役割のひとつにあると考えています。テレビやスマホに最適化したコンテンツを作ることだけでなく、テレビ局だからできることはまだまだあるはず。働き方改革もそのひとつのテーマにあるでしょう。『楽しくなければテレビじゃない』に繋がる考え方を具体化させていくものは限りなくあるものだと思っています」。
■必要性から生まれた「ビジョナリスト」という肩書き
清水氏のこうした考え方は「ビジョナリスト」という肩書きを持つことで、発信しやすい面もあるようだ。実際、自局に限らずラジオやSNSなどを通じ、ビジョナリストとしての活動の場を広げている。
「これまでフジテレビで政治部の記者や番組ディレクター、プロデューサーなどを経験し、現在の『FNN.jpプライムオンライン』のベースが作られた『ホウドウキョク』が2015年4月に立ち上がったタイミングから、ニュースコンテンツプロジェクトリーダーとして社内外にビジョンを語りはじめました。そして『FNN.jpプライムオンライン』がスタートした2018年4月にビジョナリストという肩書きをいただきました。デジタルの世界で起こっている出来事に対して、知りたいニーズが世の中で高まるなか、フジテレビが運営するニュースサイトの目指す方向性は何なのか。それを訴える必要性の中から生まれた肩書きです。そう名乗らせてもらい、ビジョンをアウトプットすることによって、たくさんのインプットも得ることができています。また自由な働き方を許してもらえることも有難いことです。でも、そもそもこうした活動ができるのは、フジテレビの社員である部分が大きい。テレビ局に所属する社員だからこそ、話を聞いて頂いているのだと思っています。スタートアップ企業を支援する仕事も担っているのですが、これもフジテレビに投資部門があるからできることです。世の中のためにテレビ局が今、何ができるのか。それを突き詰めていきます」。
最後に清水氏は「SXSWの風をもっと日本に持ち込みたい」と話していた。それはつまり、問を探求することを楽しむ文化を根付かせていきたいということだ。テレビ局の使命にある社会的な役割のひとつに、こうした新しい文化を創る活動があってもいい。今回のような報告会の形で新規事業にも広がっていくだろう。