キャッチアップ配信「TVer」が“トライアル”から“本格稼働”
編集部
2015年10月26日に始まったキャッチアップサービス「TVer(ティーバー)」。リアルタイムで見逃したテレビ番組を、一定期間ネット上で見られるサービスだ。在京民放5社、日本テレビ放送網株式会社、株式会社テレビ朝日、株式会社 TBSテレビ、株式会社テレビ東京、株式会社フジテレビジョンが連携して立ち上げ、現在ではサービス開始から早1年が経とうとしている。
このキャッチアップサービスは、果たしてどのくらいの影響をリアルタイム視聴に及ぼしたのだろうか。今回は、このサービスに早くから取り組み、新たなビジネスモデルを考えるTBSテレビメディア戦略室長・龍宝正峰氏に話を聞いた。
■ もともと“無料”ではなく“有料” 配信推進派だった
キャッチアップ配信の前身となるのが、2009年に「TBSオンデマンド」でトライアルスタートした無料見逃しサービスだ。このときから配信ビジネスがどのように生まれ、そしてどのように変わっていったのだろうか。
「当時は営業推進部に在籍しており、ドラマ再送信スタートには反対の立場でした。タイムセールスに関して提供社がしっかり付いているなかで、広告付きの無料配信を提供スポンサーにポジティブに説明することができなかった。スマホも普及していない状況で、インターネット環境も今のように恵まれてはおらず、広告主からのニーズがあるとは思えなかったのです。そのため私は、配信を行うなら有料で行うべきだという姿勢でした」
常に先々を読みビジネスを展開する龍宝氏でも、2009年当時には、今日の配信環境がこれほどまでに進化するとは思っていなかったのだろう。それでは、キャッチアップ配信がいかにして“トライアル”から“本格稼働”したのだろうか。
「TBSでのキャッチアップ配信に関する議論の始まりは、当社のドラマプロデューサーからの『最初の3話を無料配信することでリアルタイム視聴に戻せないかな?』という相談がきっかけでした。そもそも自分は営業の出身で、全録機の普及に伴ったCMスキップ視聴への対応について議論していて、その際にインターネット配信でCMを飛ばせない仕組みをどう構築するかについて検討していたのです。そのためキャッチアップ配信の、"いつでも・どこでも・どんなデバイスでも"という新サービスの提供にはたいへん興味がありました。制作者が宣伝のツールとしてやってみたい、ということでしたらぜひ一緒に進めたいと考えました」
この頃にはビジネス化の環境も整いつつあったので、"新しいテレビの見られ方の研究"というテーマも合わせて作業を進めることに、これまでにない期待感が持てたと龍宝氏は当時を振り返る。
■「テレビ放送」と「ネット配信」はどのような距離感を持つべきか
「放送免許を持つ事業者である我々が、放送のノウハウを持って制作した安心・安全なコンテンツを配信することで、ユーザー(視聴者)が手軽に動画コンテンツを楽しめる環境を整備することには、大きな意味があると思っています」
テレビ放送とネット配信を合わせることで、コンテンツの流通経路が拡大されれば、放送局は勿論スポンサーにとっても大きな利益になる。実際、これまで放送視聴だけだったユーザーが、配信視聴も気軽に利用するようになっている現状を見れば、放送と配信は境がない状態に近づいていると言えるだろう。けれども、配信ビジネスの役割としては「それだけではいけない」と龍宝氏は続ける。
「ユーザーが求めているのは自分にとって便利なツールですが、ケースによってその便利なツールは変わってきます。ユーザーが放送に比べて配信の方が使いやすいと感じるタイミングにおいては、インターネット配信でコンテンツを届けられるような、放送を補完する環境を整える。そのうえで、それをマネタイズすることにトライしなくてはなりません」
つまり、ユーザーの変化をきちんとキャッチアップしなければ、ユーザーが求める理想の配信などできないと龍宝氏は考えている。
「ユーザーの反応から、サービスはまだまだ発展途上だと思っています。確かにポジティブな意見は多いですが、今はまだ一部のアーリーアダプターの感想にすぎません。サービスをさらに拡大させ、いろいろなユーザーの方から意見を聞いていきたいと思っています」
■広告主に納得してもらえる視聴データの取得が課題
また、キャッチアップ配信開始1~2年は、セールスとして成立しないだろうとTBSでは予測していた。しかし、その予想をいい意味で裏切るかのように、スポンサーは早くも動き始めていると言う。
「今のマス広告にすべてのクライアントが満足しているわけではない、ということを改めて実感しました。我々のビジネスの大半はリアルタイム視聴による広告収入です。ですから、本来の課題は今回感じたクライアントサイドの不満をキャッチアップ配信ビジネスで完結させることではなく、リアルタイムのビジネスにどう生かしていくかが重要だと考えています」
インターネット動画配信の市場で、まだそれほどデータがしっかりあるわけではないらしい。放送では第三者の計測データである視聴率が基準となっているが、配信データでは、インターネットメディアが独自に計測したデータが使われている。
「もちろんインターネットメディアのデータも、信頼性は高いのでしょうが、我々は広告主の不信感を払拭するためにも、第三者の計測ツールにこだわりたいと考えています。そのために、ビデオリサーチやニールセン、マクロミルなどの調査会社と何回も議論を重ねています。この部分を整備して、キャッチアップセールスの使いやすさを広告主にアピールしたいです。将来的には、配信で獲得したデータの活用も課題になると思っていますし、広告主ニーズに即した広告商品の開発も在京5社共同で研究していきたいテーマです」
また、今回のキャッチアップサービスを告知するにあたり、テレビというマスメディアの圧倒的な存在力について、改めて見直すことになったと龍宝氏は言う。
「インターネットのサービス事業者の皆様が、こぞってテレビスポットに出稿していただいていることがその象徴だと思います。私達はさらにそのうえで、自分達でそれを補完するメディアを用意し、広告主の戦略に即した提案を行い、テレビ・インターネットの両面でリーチの最適化を図ることが重要だと考えています」
[vol.2]「キャッチアップ配信」最大の目的は何か?見えてきた課題と展望
[vol.3]キャッチアップ配信「TVer」はリアルタイム視聴に好影響を与えるのか?
――TBSテレビメディア戦略室長 龍宝正峰氏プロフィール
1987年に株式会社東京放送に入社、以来営業セクションでキャリアを積み、2013年から編成局、2016年から現職。
テレビドラマの初回はできるだけ全局チェックしたい派。オフはできるだけ仕事に関係のない本を読みたいと思っており、つい最近は「楊令伝」(北方謙三)を2回読破。基本、歴史モノや推理小説を好む。日本メーカーを応援したいという気持ちから、スマホは富士通のAndroid。よく見るwebサイトはニュース系アプリ、一方生粋の阪神ファンなのでプロ野球情報サイトは必須。仕事のモットーは「人の意見を尊重すること」。特に若い人たちの意見に耳を傾けることを大事にしています。