進化するテレビ視聴ログデータ最前線〜【Inter BEE 2018 レポート】
編集部
2018年11月14日~16日、幕張メッセ(千葉県)において“新たなメディアの可能性を世界に伝えよう”というコンセプトのもと、Inter BEE 2018が開催された。近未来のメディアコミュニケーションとエンターテインメントの総合イベントは、過去最多となる1,152の出展者と40,839名の登録来場者数を記録。かつてない盛況となった。本項では、その中から、放送と通信の融合を展示とプレゼンテーションで提案するINTER BEE CONNECTEDより、初日に行われた企画セッション「進化するテレビ視聴ログデータ最前線」をレポートする。
パネリストは、株式会社テレビ朝日 インターネット・オブ・テレビジョン・センター ビッグデータ担当部長の松瀬俊一郎氏、株式会社HAROiD 取締役副社長の田中謙一郎氏、ソニーマーケティング株式会社 ネットワークサービス部 ビジネスプランニングマネジャーの佐保学氏、モデレーターは株式会社電通 ラジオテレビ局 局長補の須賀久彌氏が務めた。
(モデレーター)
須賀久彌氏
株式会社電通 ラジオテレビ局 局長補
(パネリスト)
松瀬俊一郎氏
株式会社テレビ朝日 インターネット・オブ・テレビジョン・センター ビッグデータ担当部長
田中謙一郎氏
株式会社HAROiD 取締役副社長
佐保学氏
ソニーマーケティング株式会社 ネットワークサービス部 ビジネスプランニングマネジャー
■「パネルデータ」と「視聴ログデータ」の違い
まず、モデレーターの電通・須賀氏より、テレビにまつわるデータについて解説があった。これまでテレビにおける指標となってきた視聴率などのデータは、あらかじめ抽出したサンプルの動向を見る「パネルデータ」にあたる。対する「視聴ログデータ」は当該のメディアに接触したすべての視聴者の動向を捕捉するものだ。
「視聴ログデータを『全数データ』と呼ぶ向きもあるが、誤解を避けるため、私たちはあえて『実数データ』と呼んでいる。『全数』という言葉からは、必要なすべてのデータが取得できるのではないか、これまでのパネルデータは不要になるのではないか? という印象を受けてしまうことがあるが、そうではない。たとえば『番組を見ていない人の割合』は、あらかじめ対象者を決めているパネルデータでしか見ることができない。一方、実数データは取得できるデータの量が多く、セグメントを切ったり細かな動向の分析に向いている。このようにパネルデータと視聴ログデータは、それぞれ異なった特長を持つもの。どちらか片方だけを使うのではなく、両方組み合わせて活用していく必要がある。今日のパネルディスカッションはこのうちの視聴ログデータがテーマで、データを自身で収集し利活用している事業者の方々と議論したい。」(須賀氏)
■「視聴ログデータ取得」メーカー・放送局・広告会社 それぞれの取り組みとその意図
まずパネラー陣より、メーカー・放送局・広告会社それぞれ立場によるテレビ視聴ログデータ取得の取り組みについて紹介があった。
ソニーマーケティング・佐保氏は、メーカーとしての取り組みを紹介。事前にユーザーから了承を得た100万台以上の機器を通じてリアルタイム視聴データ・録画再生データを集計し、放送局や広告会社に向けて提供している。放送局向けに提供する“テレビ視聴動向レポーティングサービス”「TV Viewing trend」では、番組別の視聴割合や番組予約・再生数、放送局間での流出入といったデータを秒単位で閲覧することが可能。
テレビ視聴データをDMPなどを介して外部の広告データと連携させる“テレビ視聴データ接続サービス”「TV Viewing connect」では、テレビ視聴データをターゲティング広告配信やマーケティング情報と組み合わせるソリューションを提供可能という。「ただし、両サービスで扱うデータには個人情報は含まれておらず、また、社内および顧客企業側の個人情報との連携はできないよう措置を講じていることもあわせて強調した。
テレビ朝日・松瀬氏は、放送局側としての取り組みを紹介。テレビ朝日では、インターネットに接続されたデジタルテレビからデータ放送を通じて、視聴中のチャンネル情報や時刻情報などをデータサーバーに収集・蓄積。DMPと連携させることで性別・興味関心・購買行動といった属性を推計して分析している。
加えてこれらの集計データを閲覧できるシステムを開発し、視聴者の属性データや、リアルタイムでのログ数データを制作スタッフが確認することができるという。
HAROiD・田中氏は、HAROiDで提供する放送局向けのインターネット活用ソリューションの一つである視聴ログ収集サービスを紹介。データ放送画面に表示するQRコードを介して「テレビ放送上にログインする」システムを設置。事前に了承を得た10万人(2018年10月末時点)のユーザーから生年月日・メールアドレス・性別・郵便番号といった個人情報を含む視聴ログを取得しているという。
視聴ログデータ取得の意図としては「これまでテレビの世界になかった”実数データ“から、視聴者のプロフィールを明らかにすることで、視聴者サービスや番組の価値向上につなげていきたい(松瀬氏)」「視聴者向けレコメンドや広告の効果測定の材料として(佐保氏)」「テレビの効果測定の水準をネットと同等に近づけたい(田中氏)」など、従前のパネルベースであった視聴率とは異なる効果測定の手法として、注目している様子が見て取れた。
■「質を取るか、数を取るか」ログ取得における課題
セッションの話題は、視聴ログデータ取得における課題点へ。田中氏は、その収集コストを課題として挙げた。
「ログ集計・解析のためのサーバー費など。技術の進歩でコストは減少傾向にあるとはいえ、システムのメンテナンスには人的なコストがかかる。特に現在はエンジニア不足の時代。増大するコストを放送局側で負担することができるのか、というのは大きな課題」(田中氏)
いっぽう松瀬氏が挙げたのは「個人特定の有無」について。
「現在テレビ朝日で取得している視聴ログデータは、個人“非特定”である。まずは実数(全数)ベースで取得することにこだわっている。非特定視聴履歴は個人情報ではないため、法律やガイドラインによる規制ではなく、業界や各社での自主規制に委ねられているので、例えば、送信停止の機能を備える等の対応が望ましいとされている。“特定”と“非特定”は、それぞれ一長一短という印象。両方を並行して活用していき、世の中の流れを見ながら対応する必要があるかもしれない。」(松瀬氏)と語った。
■視聴ログデータの使いみち 多いのは「ネット広告のターゲティング材料として」
やはり気になるのは取得した視聴ログデータの具体的な利用方法。現在は「特定のテレビCMを見たユーザーをターゲットとして追加施策を打つ」といったように、ネット広告配信の重要なターゲティング材料として活用する向きが多いようだ。
「ネット広告に視聴ログデータをかけあわせることで、大きなコンバージョンを得ることができる。HAROiDでは、視聴ログデータを活用したターゲティング広告配信を試験的に行った。視聴したテレビ番組に関連するバナー広告を配信し、ターゲット別に効果を測定したところ、番組を視聴した人のクリック率は視聴していない人に比べて5倍も増加した。」(田中氏)
「広告主から最近よく聞くのは『テレビCMと動画広告の予算配分をどうするか』という声。テレビCMがやはりいちばん効果的だが、それを補完するためのキャンペーンも必要になってくる。最近とくに多いのは『テレビCMに接触したターゲットを追いかけて訴求したい』という要望。視聴ログに個人を特定しない一意なIDを付与して視聴履歴を追跡し、広告主・ネットメディアに対してテレビCMの接触データと動画広告の接触データを紐づけた分析が可能なデータも提供している。」(佐保氏)
セッション終盤、HAROiD田中氏は視聴ログデータを取り巻く現状についてこう締めくくった。
「デジタルテレビのネット接続率は関東地区で約35%にものぼっている。これは放送局にとってすごくラッキーな状況。『もはやテレビはネットにつながっている』という認識のもと、この状況を活かすべきではないか。」
デジタルテレビのネット結線率の増加とともに、これまでのデータだけでは見えてこなかった視聴者の側面が取得できるようになってきた。現状の活用方法として「ネット広告のターゲティング」という声が大きかったように、番組に触れた人々がどのようにコンテンツを回遊しているのか、といったところがやはり大きな関心どころのようだ。個人情報保護法の絡みもあり「どのレベルまでログデータを取得するか」という課題はこれから議論が続いていくと思われるが、実数(全数)ベースでの大量な視聴ログデータを資本とした新たなマーケティングの息吹を感じさせるセッションとなった。