「企業版ふるさと納税」を活用した作品製作のメリットとは? 〜映画『今はちょっと、ついてないだけ』コーディネート・Zipang𠮷廣貫一CEOインタビュー
マーケティングライター 天谷窓大
2022年 4月8日(金)より新宿ピカデリー他で全国順次公開される映画『今はちょっと、ついてないだけ』(監督:柴山健次、配給:ギャガ)。今回、4市町(千葉県茂原市、長野県千曲市、愛知県幸田町、長崎県島原市)が「企業版ふるさと納税」の仕組みを用いて制作費を集め、各地でロケをするという、地域映画としても珍しい取り組みが行われた。
毎日放送(MBS)のグループ企業・Zipangは、製作委員会の一員として、映画製作における地域とのコーディネート全般を担当。全国の市町村と連携した地域発コンテンツ製作を得意とする同社だか、今回どのような役割を担ったのか。制作費を賄う「企業版ふるさと納税」とは、どのようなメリットを持つ仕組みなのか。同社代表取締役CEO・𠮷廣貫一氏にインタビューした。
■ロケ誘致に積極的な自治体と制作陣をマッチング。名所や特産品のキュレーションも
――今作『今はちょっと、ついてないだけ』の概要について、教えてください。
𠮷廣氏:『今はちょっと、ついてないだけ』は、伊吹有喜さんによる同名小説を原作とする映画です。バブル期にフォトグラファーとして脚光を浴びるも、その崩壊とともに転落し、事務所の社長に背負わされた借金を返すだけの生活を15年間送ってきた主人公・立花浩樹(玉山鉄二)が、上京先のシェアハウスで夢破れた過去を持つ住人たちと交流を深め、新たな道筋を見いだしていくというストーリーです。
――製作にいたった経緯を教えてください。
𠮷廣氏:製作に参加いただいた4市町(千葉県茂原市、長野県千曲市、愛知県幸田町、長崎県島原市)とは、ロケを誘致したい市町村の自治体と制作側のネットワーク組織「ロケツーリズム協議会」を通じて積極的な交流がありました。
今回、「一緒に映画を作りたい」というお話をいただいたことから映画の製作プロジェクトが立ち上がりました。今回監督を務められた柴山さんと、映画のプロデューサー陣も「ロケツーリズム協議会」に所属しており、Zipangが旗振り役となるかたちで両者をつなぎ、プロジェクトとして立ち上がりました。
――今作において、Zipangは具体的にどのような役割を担っていますか。
𠮷廣氏:製作プロジェクト全般のコーディネーターとして、地域と制作陣それぞれの要望を吸い上げ、調整する役割を担いました。具体的には、ストーリーとマッチする名所や特産品をピックアップしたほか、キャスティングにおいて地元の観光大使を務める俳優を提案するなど、ロケ先となる地域が持つアピールポイントを映画のストーリーに結びつけるキュレーション作業にも力を入れました。
■映画の重要シーンを4市町でロケ。「聖地巡礼」スポットとして観光誘致に貢献
――今回の4市町、今作においてどのような形で関わっていますか。
𠮷廣氏:今回、立花の再生のきっかけとなるシェアハウスのロケを、千葉県茂原市で行いました。ストーリー上は東京都目黒区という設定ですが、撮影にあわせて地元の公民館をシェアハウスの形にリノベーションしていただいたほか、地元住民のみなさんが手作りした小道具を採用させていただくなど、地域一丸となった映画作りが行われました。
物語の後半、立花が自分に借金を負わせた事務所の社長と対峙するシーンでは、海辺に長崎県島原市の大三東(おおみさきえき)駅もロケで使用しました。プラットホームの向こう側に広がる有明海の青と、鮮やかな黄色いベンチが対比をなし、シーンの雰囲気を強く引き立てています。
――4市町の景色が、映画の象徴的なシーンとして印象づけられるのですね。
𠮷廣氏:いずれのシーンも、ストーリーのうえで重要な意味を持つ部分です。映画やドラマ、アニメなどのファンの間では、ロケ地となった場所を巡る「聖地巡礼」がブームとなっていますが、映画公開が終わったあとも、これらの場所は、ストーリーとの一体感を感じられる「聖地」として、地域の観光誘致に大きな役割を果たしてくれることでしょう。
■寄付金は最大9割控除、企業SDGsとしても有効な「企業版ふるさと納税」
――制作費調達の手段として活用された「企業版ふるさと納税」とは、どのような仕組みなのでしょうか。
𠮷廣氏:「企業版ふるさと納税」とは、各自治体が立ち上げたプロジェクトに対し、企業からの寄付を受けつける仕組みです。2024年度までという期限が設けられていますが、同じ市町村内以外の地域に本社を持つ企業であれば、寄付した金額の最大9割まで税金が控除されます。
――企業や団体から投資や協賛を得て映画を製作するモデルはこれまでにもありましたが、これらとはどのような点が異なりますか。
𠮷廣氏:特筆すべきは、控除額の大きさです。一般的な寄付金における控除は通常全体の3割ですが、「企業版ふるさと納税」の場合は寄付金額の最大9割という税金面に大きなメリットがあるほか、CSR活動として自社のPRに活用することも可能です。
これまでのモデルは、拠出した金額に応じてリターンを得るという、金銭的な投資や協賛の側面が強いものでしたが、「企業版ふるさと納税」の場合は、寄付金すべてが地域の創生事業に紐付きます。個人版のふるさと納税と異なり、自治体から具体的な返礼品やリターンを得ることはできませんが、地域が最初から一丸となったプロジェクトに関わるため、成果としてのコンテンツは地元の人々にも長く愛される存在となります。
――金銭面以外でのメリットとしては、どのようなものがありますか。
𠮷廣氏:大人数で長期間滞在するロケ隊の活動は、地元に大きな経済効果をもたらします。作品の内容次第では、プロダクトプレイスメント(作品中に実在する商品を取り入れる)や関連グッズの展開なども可能であり、企業にとってはこちらも大きなPR効果につながります。
自治体はこれらの仕組みを用いて制作された作品群を「ロケ地マップ」としてまとめ、公開しています。「ここにあのキャストが来た」「このシーンはここで撮影された」というように、作品の公開が終わっても、ロケ地は作品のファンにとっての「聖地」として永遠に残り、観光スポットとして注目され続けるのです。
――地域との綿密な関係づくりとして、「企業版ふるさと納税」は有効なのですね。
𠮷廣氏:自治体によっては、プロジェクトをきっかけに、寄付した企業とパートナーシップを締結するというケースも珍しくありません。単にコンテンツに資金を拠出するのではなく、地域との永続的な関係を築くきっかけにもなる「企業版ふるさと納税」は、昨今注目される企業SDGsの取り組みとしても非常に有効といえるでしょ
■地元放送局と連携し、「オール地元」の取り組みを全国発信していきたい
――「企業版ふるさと納税」は、テレビ番組の制作にも活用できますか。
𠮷廣氏:もちろん、地域を舞台としたテレビの特番やドラマなどの制作にも活用することができます。YouTube動画など、テレビ以外の展開も可能です。
公共事業の範疇となるため、プロジェクトにあたっては自治体議会の承認を経る必要がありますが、基本的にはテレビ番組や映画に限らず、イベントや音楽フェスまで、自治体が認めたものであれば、どんなことにも活用できます。
――今後、取り組んでいきたいことがあれば、教えてください。
𠮷廣氏:今後は、各地域をエリアとする地元放送局との取り組みをさらに進めていきたいと思います。
今作でも、愛知県幸田町との取り組みに関連し、地元放送局の中部日本放送(CBCテレビ)が製作委員会に参加していますが、ゆくゆくは制作も地元で完結させ、地域一体となって全国展開していくことで、地元の盛り上がりも非常に大きなものになると考えています。
今回は映画製作を主題にお話しましたが、先にも述べたとおり、展開の方法は映画だけに限りません。地上波ではダイジェスト版を放送し、続きは劇場で見ていただくという方法もありますし、ネットでの配信作品を作る方法もあるでしょう。
いずれにしても、地元放送局さんとタッグを組んだ取り組みによって、地域の強みをより魅力的な形で活かしたコンテンツやビジネスを生み出すことが出来ると期待しています。Zipangには、これまで多数の実績を経て蓄積した豊富な地域創生のノウハウがありますので、ご興味をお持ちいただけましたら、ぜひお気軽にお声がけをいただければ幸いです。
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