データをクリエイティブにどう活かす?サイカセミナー「マーケティングの新潮流 ―データサイエンスが示すTVCMの未来―」レポート
編集部
株式会社サイカ主催のオンラインセミナーが2021年3月11日に開催。「マーケティングの新潮流 ― データサイエンスが示すTVCMの未来 ―」と銘打ち、同社代表取締役CEO・平尾喜昭氏、『au三太郎』や『トヨタイムズ』シリーズを手がけるクリエイティブディレクター・篠原誠氏、様々な企業の施策を手掛けるマーケティングコンサルタント・松田康利氏が、TVCMにおいてクリエイティブ効果を高めるためのデータ活用のコツについて対談した。
2012年創業のサイカ社は、統計分析をベースにしたデータ分析の事業を展開。広告のPDCAをトータルサポートする「ADVA(アドバ)」ブランドのもと、広告効果の可視化や予算配分最適化などのプロモーション分野に特化したオンオフ統合分析ツール「ADVA MAGELLAN(アドバマゼラン)」、ROI(費用対効果)を最大化させるTVCMプランニングツール「ADVA PLANNER(アドバプランナー)」、感情の起伏分析に基づくクリエティブ制作サービス「ADVA CREATOR(アドバクリエイター)」、成果報酬型のTVCM出稿代理サービス「ADVA BUYER(アドババイヤー)」の4サービスを展開している。
クリエイティブ制作サービス「ADVA CREATOR」では、商品の記憶定着につながる要素を調査したアンケートデータに加え、消費者の反応に直結する注目や感情起伏の脳波データを分析し、科学的なアプローチで消費者の行動に影響を与えるクリエイティブ要素を決定。これをもとにクリエイターコミュニティと連携することで、事業成果につながるTVCMの制作が可能だという。
『au三太郎』や『トヨタイムズ』シリーズで知られるクリエイティブディレクターであり「篠原誠事務所」代表取締役CEOを務める篠原氏。手掛ける範囲は店頭施策からマス施策まで幅広く、「モノが売れる現場からマス、デジタルまで一括して統合管理するのが自分にとっていちばんの得意としている部分」という。
「松田康利事務所」代表を務める松田氏は、電通、シンガタを経て、マーケティングコンサルタントとして活躍。手掛ける業種は航空、ホテル、学習塾と多岐にわたり、ファンドやイノベーション系企業のアドバイザーも務める。
■コロナ禍を機に広告主のデータ活用が加速。クリエイティブに対する判断も「よりシビアになった」
最初の議題は「激動の2020年 TVCMにまつわる変化と見えてきた課題」について。コロナ禍を経て感じた消費者におけるメディア行動の変化について、篠原氏、松田氏が語った。
篠原氏:一番変わったのは、メディアに対する人々の接触。1回目の緊急事態宣言が出された4〜5月当時はもちろんのこと、人々が家にいる時間が増え、すごくテレビが見られるようになった。同時に、テレビをいわばモニターとして使用するかたちで映画などのオンデマンドコンテンツを見る人もいれば、「テレビを見ているつもりで、実はYouTubeを見ている」という人も格段に増えたように思う。
「緊急事態宣言が明けてからも、一度変わった習慣はなかなか元には戻らず、変わっていく」と篠原氏。「テレビを見る人の層、また『テレビで何を見るか』がすごく変わった」と語る。
篠原氏:TVCMの話で言えば、コロナ禍にともなう一部消費の落ち込みによって出稿する予算が限られるようになった。どういったものを出稿するべきか、というクリエイティビティに対する判断はもともとシビアではあったものの、さらにその流れが加速したように感じる。
一方、「前からじわじわと来ていた流れがさらに加速した」と松田氏。「まだまだ一部ではあるが、広告主の方々がデータ活用の有用性に気づいて動き始めた」。平尾氏も「特に広告効果に対する説明責任というところへの“必死さ”は、コロナ前と後ではだいぶ質が違うレベルで変わってきた」と同意する。
■「データを正しく読み取れるか」で差がつく時代に
「変化のなかで見えてきた課題感」について、「どこまでいっても人間が相手であるということは変わらないし、1日が24時間しかないことも変わらない」と篠原氏。「基本的にメディアは人間の時間の取り合い。コロナ禍によって、そこの意識がかなりはっきりしてきた感じがある」と語る。
篠原氏:広告に対する見方がシビアになっていくにつれ、データドリブンやDX(デジタルトランスフォーメーション)といった部分に意識が向いているが、ややもするとデータに振り回されることにもなりかねない。時としてデータや数字は「嘘をつく」ので、ちゃんとその背景を見極めなければ単なる「ガセネタ」になってしまう。
「データが指し示すものが本当に正しいのか、データの読み取りが正しいのかというところで逆にすごく差が出てしまう」と篠原氏。平尾氏もそれを受けて語る。
平尾氏:DXの考えが普及したことは喜ばしいと思う一方、データの主役はそれを読み解く人間であるという前提がおざなりになってしまうと、「正解だと思ってミスジャッジをする」というケースが増えてしまう。データが増えれば増えるほど、逆にその正しさや意味を見誤るリスクも増えているように感じる。
松田氏:デジタルはすごくPDCAが回しやすいし、コンバージョンレートも出しやすい。その一方で、ほとんどの企業はTVCMの効果を「ようわからんな」と感じているのではないか。
松田氏:広告主、広告会社やそれぞれの担当者という立場にあることそのものが一種のバイアスとしてはたらくことにも自覚的である必要がある。こうした方々は職業の特性上、都市部に住んでいて、他の地域の人々に比べはるかにデジタルに対するリテラシーが高いという方々が多く、その周りの人々からも「録画したテレビ番組を再生するときにCMは飛ばして見てしまう」という声が耳に入りやすい。しかし、フラットな立場でデータを見ると、日本人の多くは意外とテレビを見ているし、CMを飛ばさない。自分が見える範囲のデータや自らの体感だけをもとに全体を見てしまうのは非常にまずいことだと思う。
■まず仮説・アイデアありき、その「正しさ」をデータで検証
データによって逆にバイアスが補強されてしまうというリスク──。こうした課題に対して、どのようなスタンスを持っていくべきなのか。
篠原氏:マーケティングアイデアとクリエイティブアイデアは近しいところにある。マーケティングアイデアは「仮説」。いかにまず仮説ありきにするか。データを分析してそこから仮説が出る場合もあるが、まずは自分のなかで仮説やアイデアを出し、それが正しいかどうかデータで検証していくことが大事だと思う。
その仮説やアイデアが「絶対に正しい」と思って進めるのは危険なこと。「本当に正しいのか」と逆の立場で見て、それがデータ上、正しかったのであればそれでよいし、間違っていたのなら間違っていたと認めて、もう一回ゼロからアイデアを考える。
これはクリエイティブについても同じこと。自分から出てきたアイデアは子どものようにすごく愛おしいものだから、「人にとやかく言われたくない、これが面白いんだ」と思ってしまいがちだ。しかしそうなってしまうと、結局間違った選択をとってしまう。いかにして、出したアイデアや仮説が本当に正しいのかを見極めなければいけない。目的の達成につながらないと思ったのであれば、潔くそれを捨て、次のアイデアや仮説を考えるということがすごく大事なのではないか。
平尾氏:たしかに、まず仮説がなければ、分析結果を見ても何が検証されたのか、どんな発見があったのかもわからない。
最初に仮説やアイデアを用意するからこそ「ここにはまるからこれだけ成果が上がるはず」ということであったり、「実際に上がったこれだったら次もその線でいこう」といった判断も可能になったりする。逆もまた真なりで、仮説に反してROIが下がったとしたら「仮説がずれていたかもしれないから、もういちど仮説に戻ろう」というように、戦略や次のアクションにつなげていくことができる。
松田氏:普通の世の中の人がどう見ているか、どう反応するか、そして売上がどうなったかをまずフェアに見るというところからはじめるのが一番いいのではないか。
篠原氏:私はアイデアを考えるとき、ブランドや商品がこうなったらいいなという「行き先」、世の中でこう思われたらいいな、とか、こういう存在になったらいいなというゴールシーンを決める。一回決めたら、誰に言うでもなくまず置いておき、その後もさらにたくさんアイデアを考える。
たくさんアイデアを考えたあと、もともと持っていたゴール地点にたどり着ける可能性があるものを勘で考え、それをまた置いておきもう一度ゼロから考える。そして、そのなかでまた、もっともゴール地点にたどり着けそうなアイデアを考えて…… と、レパートリーを増やしていく。
そのときの検証のなかでデータを用いていくのだが、その場合も「そりゃそうだよな」とわかりきったものは無視してしまう。ではどう使うかというと、「自分のアイデアが間違っていたかもしれない」というズレがないか、自分の考えたアイデアが正しくゴールに到達できるものかを検証するために用いる。
仮説を固めるためにデータを活用する、という付き合い方が、クリエイターにとってはよいのではないだろうか。
■クリエイティブでデータをどう活用するべきか
続いての議題は「クリエイティブをアップデートする手段としてのデータサイエンス」について。
篠原氏:そのデータが信頼に値するものかどうかという目線が非常に大事。データ自体は何も語らないので、そのデータを読み解く人の存在が大事になってくる。たとえば、あるデータを見て「50%しかない」と見るのか、「50%もある」と見るのか。前者の場合は「もっと伸ばすべきだ」と言うだろうし、後者の場合は「もう多すぎる」と言うだろう。
データを読み解く人の「データの見方」が果たして正解なのかどうか。その判断を最終的にアウトプットに活かせるかどうか。この2つの判断が合致してやっと、データから読み解かれたものがいいアウトプットにつながる。データの読み解きが良くても、クリエイティブ側がアウトプットに活かせなくては間違ったものができあがってしまうし、信頼できないデータを優秀なクリエイティブディレクターがアウトプットしても、やはり間違ったものができあがってしまう。
平尾氏:データの正しい読み解き方、クリエイティブへの活かし方はどうすれば鍛えることができるのか。
篠原氏:クリエイティブもマーケティングも、ある種の体育会系。最終的には才能ということになるが、そこに到達するまでの大部分は努力でカバーできると考えている。
広告のクリエイティブは、いわば障害物競走。つまり、やり方で戦える可能性がある。
100m走だったら、ウサイン・ボルトのような突出した才能を持つ人に誰もかなわないが、障害物競走では、飛び方とか、いろんなことを工夫すると、トップの方に行ける可能性がある。
日頃からたくさん考えて、手を動かす。それによってこうした部分は鍛えられるし、勘の部分も養われていく。
平尾氏:さまざまなソリューションによって、アクセスできる「データ分析結果」の量が飛躍的に増えてきている。「日頃からたくさん考える」という部分において、こうした状況は有利に働くのではないか。
篠原氏:データであろうがなんであろうが、それはあくまで道具でしかないと思っている。道具はたくさんあったほうがいい。最終的に決定するクリエイティブは1つに絞られるだろうが、出すアイデアの数に個数制限はない。
アイデアの出し方として、商品の特徴やアンケート調査などの結果から得た「気づき」をもとに要素を組み立てていく「積み上げ式」と、テーマを最初からあえて限定するなどしてアイデアありきのところから考える「アウトプット先行式」と2方向のやり方があるが、最終的にどれがもっともゴールに近づけるか、という判断の部分でデータを活用することができる。そういう意味では、使える道具としてデータがあるに越したことはない。
平尾氏:データを用いた検証という「最終的にチェックする関門」があるから、そこまでの発想が逆に自由になれるということか。
篠原氏:データを用いて最終的にチェックできるから、クリエイティブに対してよりチャレンジがしやすくなる。
松田氏:プランニングの段階でデータは貴重なヒントになるが、「データでこう出ているからいいじゃないか」と依存してしまうと、クリエイティブとしてつまらないものになってしまう。まずは自分なりに仮説を立てて勝負し、世に出したあとは検証としてデータと向き合い、自分のクリエイティブの「肥やし」としていく使い方がよいのではないか。
篠原氏:「キャッチコピーに『おいしい』と入っていると反応が良い」というデータがあっても「そりゃそうでしょう」と思うし、そもそもそんなことは調査しなくてもわかること。「『おいしい』という言葉が入っていると反応が良いというデータがあるから『おいしい』と入れよう」となると、逆にクリエイティブの足かせになってしまう。調査をするにしても、一発一発で評価をしてしまうと、最終的に間違った読み取りにつながってしまう。
■クリエイティブにおけるデータ活用「気をつけるべき点」は?
「データサイエンスは、よいクリエイティブを作る武器となりえるか。」最後、平尾氏は全体を総括する質問を投げかけた。
篠原氏:クリエイティブを作るうえで、データはあったほうがよい。データがなければ、そもそも可能性がゼロということ。マイナスならまだしも、0.1%でもよいクリエイティブにつながり、打率が上がる可能性があるのであれば、私としてはその手段を選びたい。
平尾氏:クリエイティブを制作するにあたり「こういうデータは外さずにちゃんと見るようにしよう」というものはあるか。
篠原氏:身も蓋もない話だが、やはり売上のデータ。どんなに認知が広まったとしても、それが商品の売上につながらなければ意味がない。逆に言えば、認知が1%だったとしても、それが爆発的な売上増につながるのであれば、その部分が問題となることはない。
自分が大事にしているのは、まず「自分のアイデアが売上に貢献できたかどうか」。その次に見るのが「マインドシェア」、いわば、あるジャンルを思い浮かべたときに、その商品を最初に上げてもらえるどうか。
広告における「競合」は、同業他社のほかにCMでいえばその前後に流れているものや、ポスターなどであったら、その周囲にあるものとなる。そのなかで、どれだけ勝てるか。他を圧倒して心に残るか、「マインドシェア=心のシェア」をいかにとるかを大事にしている。
松田氏:私は0.1%どころか、データサイエンスはクリエイティブの大きな武器になると考えている。
プランニングのときはデータを参考程度にしつつも、うまく活用すれば貴重なヒントを得られる。売上にどうつながったかを分析したり、そこから学習したり、逆に「メディアはこう使ったほうがよい」とクリエイター側から提案していくこともできるだろう。
一方、クリエイティブの効果検証の際には、データをがんがん使っていく。データを見るのが怖いという気持ちもあるだろうが、むしろそれを使いこなすというくらいの気概で行けば、もっと面白くなるのではないだろうか。
篠原氏:広告を作る上で大事なのは、いかに自分をニュートラルな状態においておけるか。思わず反発してしまうようなアイデアでも、実際に取り入れればよい結果につながっていくかもしれない。
松田氏:クライアントと仕事をすると、ついついクライアントの商品への思いが高まりすぎてしまうことがある。そうしたときに客観的なデータがあると、冷静になれる。
「いかに『結果』を受け入れ、そこから得るか。そうしたときにデータというものが生きる可能性があるのではないか」と篠原氏。松田氏も「外せない時代だからこそ、データをヒントにして、7合目、8合目ぐらいから思いっきりジャンプできるようになれば」と語り、1時間にわたるセミナーが終了した。