左から)内山 隆氏、伊藤正史氏、大橋道生氏、滝沢淳一氏、須賀久彌氏

23 DEC

配信と放送のシームレス時代に取るべきアクションは? 〜InterBEE2024「放送の未来像を配信の“現場”から考える」レポート

編集部 2024/12/23 08:00

一般団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、「Inter BEE 2024」を2024年11月13~15日にかけて幕張メッセで開催。昨年より約2,100名多い33,853名が来場した。

本記事では、放送と通信の融合を前提としたうえで、その“先”にあるビジネスの形をさまざまな切り口で取り上げたセッションプログラム「INTER BEE BORDERLESS」をレポート。今回は11月14日に行われた基調講演「放送の未来像を配信の“現場”から考える」の模様をお伝えする。

海外配信プラットフォームが席巻するなか、コネクテッドTVにおける放送の優位性の担保や、配信と放送との協調領域の拡張の方向性、地域コンテンツの活かし方など、放送業界における議論は尽きることがない。今回の基調講演では、放送局における「配信」に関わるキーマンが登壇。日々の奮闘を振り返りながら、これからの未来に求められる視座を探る。

パネリストは中京テレビ放送株式会社 技術DX局専門局長 大橋道生氏、株式会社フジテレビジョン 技術局 技術戦略部 チーフエンジニア 伊藤正史氏、北海道放送株式会社 メディア戦略局長 滝沢淳一氏、株式会社TVer 取締役 須賀久彌氏。モデレーターを青山学院大学 総合文化政策学部 内山 隆氏が務めた。

左から)モデレーター:内山 隆氏 パネリスト:伊藤正史氏、大橋道生氏、滝沢淳一氏、須賀久彌氏

■コネクテッドTV時代、放送局が戦わなければならない「2つの相手」

内山氏は2010年代から始まったOTT(ネット動画配信)事業者の台頭に触れ、「電波のレント(既得権益)が弱まった」と指摘。チューナーレステレビの普及に伴ってストリーミングに対する需要が高まり、地上波同様のリニア型編成を行うFAST型ビジネスモデルへの需要も増加していると語る。

その一方で内山氏は、キー局とローカル局の二元であった構図に世界的な流通網を持つグローバルプレイヤーが参入し、「ローカル局も、キー局より遥かに大きな予算で制作されるグローバルコンテンツと(同じ土俵で)勝負しなければならないジレンマに巻き込まれている」と指摘。

さらにUGC層と強く結びつき、独自のビジネスモデルを構築するYouTubeの例を挙げながら、「レガシーな放送局は、高予算で製作された高品質なコンテンツを有料配信するSVODと、信頼性に乏しいが高いアテンションを持つUGCの両方と競争を強いられる」と、状況の厳しさを示した。

「“コネクテッド時代の悩み”は尽きないが、だからといってもはや『ネットに行かない』というわけにもいかない」と内山氏。「こうした状況の中で奮闘するパネリストのみなさまにお話を伺いたい」と、水を向けた。

■“テレビ由来の信頼性”が肝とTVer須賀氏「放送局が一丸となる協調領域の設定を」

続いて各パネリストが現在の取り組みと課題について発表。最初にTVer須賀氏が語った。

株式会社TVer 取締役 須賀久彌氏

TVerは今年8月時点で月間アクティブユーザー数が4000万を突破し、20代・30代の若年層で視聴シェアを拡大。コネクテッドTVでの視聴比率も37%に達した。

「TVer」

コネクテッドTVならではの特性といえるデータ活用にも注力しており、同一ユーザーを複数デバイス間で紐づける共通ID「TVer ID」、これらを視聴履歴と紐づける「TVer リンク」を提供。「ユーザーにシームレスな視聴体験と利便性を提供しつつ、ユーザー単位の分析を可能にすることで新たな広告価値を提供できている」と語る。

須賀氏は、TVerが取り組むコンテンツ拡大の施策についても説明。2024年パリ五輪では3800時間分の競技をライブとオンデマンドで配信したほか、ローカル局コンテンツの発信にも注力。現在TVerで配信するレギュラー番組800本中、ローカル局制作番組は全国80局163番組にのぼる。

さらに、ドラマ・バラエティ・アニメなどジャンル軸タブを新設など、視聴導線の強化を実施。キー各局による24時間ニュース配信チャンネルを開設し、報道インフラとしてのニーズにも対応する。

「『テレビの系列をまたいでコンテンツを視聴できる』『テレビでも見ることができる』といったことも含めて理解していただくプロモーションを実施している。コンテンツ、広告ともに『テレビ由来の信頼性』を持ち、安心してお楽しみいただけるサービスを続けていく」(須賀氏)

「目的型視聴が圧倒的に多い中で、習慣的に利用していただける割合をいかに増やしていけるか(が課題)」と須賀氏。その一方で「無料で利用できるということがまだ浸透しきっていない面もある」という。

「(放送局同士の競争対立ではなく)対配信プラットフォームや対SVOD、UGCとの戦いを求められる」とする内山氏の発言に触れ、須賀氏は、「個人的には(放送局同士の)協調領域の設定(が必要になる)」とコメント。「キー局と系列局、NHKと民放(という二対対抗ではなく)、放送業界と配信プラットフォームを考えるためには、キー局も系列局もNHKも一体となって考えなければならないかと思う」と述べた。

■現場から見る“配信”への課題 焦点は「認知」「価値付与」「視聴者体験」

続いて北海道放送 滝沢氏が発表。

北海道放送株式会社 メディア戦略局長 滝沢淳一氏

同局では放送と並行してオウンドWEBメディア「Sitakke(したっけ=北海道弁で「それでは・そうしたら」「それじゃあね、またね」の意味)を運営し、地域密着型の記事を月120本以上発信。また、番組発のオンラインコミュニティやデジタル起点でのタイアップ企画など、新たなコンテンツ軸で地元との結びつきを強化している。

「Sitakke」

また、滝沢氏は一般社団法人放送サービス高度化推進協会(A-PAB)の実証事業「ローカルコンテンツバンク」に触れ、地方の優れた番組を効率的に国内外へ発信する取り組みについて紹介。

地方局の収益化や全国的な認知拡大を目指す一方、「地方の視点を守りつつ全国規模の競争力を持つことや、データ活用、技術力向上が今後の課題」と述べた。

京テレビ放送株式会社 技術DX局専門局長 大橋道生氏

中京テレビ 大橋氏は、在名5局共同運営の配信プラットフォーム「Locipo(ロキポ)」の取り組みを紹介。地域に根ざした情報配信とともに、災害情報のリアルタイム配信やローカルニュースの集約など、地域の視聴者に利用しやすい提供を実現できているとした。

「Locipo」

その一方で「プラットフォームの認知度向上や収益化の仕組み強化が課題」と大橋氏。「将来的には地域特化型広告や位置情報を活用したサービスを通じて、視聴者体験をさらに向上させていきたい」と語った。

フジテレビ 伊藤氏は、「コネクテッドTVでは放送の存在感が低下し、アプリ上でチャンネルボタンが効かない機種も多い」と、放送コンテンツへの視聴動線の課題に触れ、放送局主体の配信アプリと放送間の連携技術を紹介。「これによって、視聴者がシームレスに双方を視聴回遊できる環境が整う」と語ると共に、デジタルで課題となっている広告のブランドセーフティを守る技術動向や、不正動画広告への対策技術の取り組みも紹介した。

株式会社フジテレビジョン 技術局 技術戦略部 チーフエンジニア 伊藤正史氏
デジタルで課題となっている広告のブランドセーフティを守る技術動向を紹介

「放送業界でも配信などのIT技術者不足が深刻化している」と伊藤氏。「業界全体で若手技術者を育成することが喫緊の課題」と強調した。

■“大転換期”は目前 局同士でコンテンツ・技術面の連携とエンジニア育成が必須

後半は、各パネリストが「協調」をテーマに具体的な課題や未来への提案を挙げた。

「これまではキー局経由でなければTVerにコンテンツを上げられなかったが、去年夏からそれぞれの局が個別にアップできるようになった」と須賀氏。その一方で「TVerとローカルの課題」として次のように語った。

株式会社TVer 取締役 須賀久彌氏

「TVerは目的型視聴が多いため、知名度の高い番組が再生されやすく、知らない番組が再生されにくいという課題がある。また、ローカル局にとっての主戦場である報道、情報、ローカルスポーツは圧倒的にライブコンテンツが多いが、(ローカル局発のライブ配信や)情報番組の切り出しや長期間のアーカイブ配信などに対応できていないのが現状」(須賀氏)

これに対する対応として須賀氏は「今年12月から来年3月をめどに『ローカルコンテンツバンク』のコンテンツをTVer上に置く準備を進めている」とコメント。「切り出しコンテンツについても集め、どんなコンテンツができるのかを探る取り組みもできないかと考えている」と語る。

「ユーザー数や認知度を活かした集客への寄与や、デバイスごとに実装やテストが必要なコネクテッドTVアプリの開発や保守の負担、サーバー費用など運用コストの軽減、TVer広告のセールスサポートやユーザーデータの活用など、協調領域としてTVerが貢献できる部分を見いだせないかと考えている。こうした面でいかに放送局に寄り添っていくかが課題」(須賀氏)

北海道放送株式会社 メディア戦略局長 滝沢淳一氏

一方、滝沢氏は「ローカル局は地域住民の暮らしに密接に関わる情報を提供することで信頼を築いてきたが、若い世代がローカル放送に限らず放送を見なくなっている現状に大きな危機感を持っている」とコメント。「ネットでの地域情報発信を通じた新たな視聴層を獲得する取り組みに加え、ローカルコンテンツバンクを通じて地方局が協力し合うことで、コンテンツの価値をさらに高められるのではないか」と展望を述べた。

これを受け、大橋氏は「Locipo」の成果について言及。在名5局共同のプラットフォーム運営を形作ったことで、「視聴者の信頼を得る大きなポイントとなりうる災害時の情報提供や地域ニュースの発信がスムーズに行えるようになった」と語る。

中京テレビ放送株式会社 技術DX局専門局長 大橋道生氏

その上で、「これからはプラットフォームが『名古屋以外でも認知される』存在になる必要がある」と大橋氏。「位置情報を活用した個別広告など、地域情報をベースにした広告モデルを構築し、持続可能な形で運営を続けたい」とした。

伊藤氏は「コネクテッドTVが普及することで、視聴者は放送とネット配信の区別なく、好きな時に好きなコンテンツを楽しめるようになる」とコメント。「こうした放送のリーチを拡大させるグローバルプラットフォーム技術が、業界の大きな転換点になる」と期待を示す。

株式会社フジテレビジョン 技術局 技術戦略部 チーフエンジニア 伊藤正史氏

「技術的なインフラ整備だけでなく、コネクテッドTV時代に対応できる人材の育成が急務」と伊藤氏。「特にローカル局を始め、それぞれの局内の先端エンジニアの数は限られるかもしれないが、各局で孤高であったエンジニア同士に局や系列を超えたスキルアップの協調が生まれており、ここに業界全体の発展に繋がるヒントがあるのでは」とした。

青山学院大学 総合文化政策学部 内山 隆氏

全体を振り返り、内山氏は「本日の議論を通じて、放送業界が直面する課題の本質とその解決に向けた具体的な方向性が明確になった」と総括。「視聴者に新たな価値を提供するためには、ネット配信時代における放送業界の役割を再定義し、技術革新とともに人材育成や視聴者との関係性の再構築が鍵になる」と呼びかけた。

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