2020年の先を見据えたインターネットテレビ局の技術タッグ~テレビ朝日とAbemaTVのエンジニアが語る未来展望
テレビ業界ジャーナリスト 長谷川朋子
テレビ朝日がサイバーエージェントと共同事業として進める「AbemaTV」が今年4月に本開局から2年を迎えた。新たに早朝ベルトのニュース番組「AbemaMorning(毎週月曜〜金曜午前7時より放送)」がスタートするなど、ライブで配信する番組を広げている。「2020年の先を見据えたテレビ朝日とAbemaTVの技術タッグ」は今後、どのような展開をみせていくのだろうか。前編に続き、技術チームに在籍する株式会社AbemaTV技術局配信制作部テクニカルマネージャー乙黒貴司氏と、同社開発本部ビデオトランスコーディングストラテジスト御池崇史氏、テレビ朝日技術局運用統括センターインターネット運用技術グループ小宮立千氏の3人に話を聞いた。
■テレビ局的な究極のインフラ整備ではなく、クラウドを駆使した柔軟かつプログラマブルなコンテンツ管理が課題
野球や相撲などのスポーツ中継から、平日ベルトのライブニュースまで、ライブ配信にチャレンジし続けるインターネットテレビ局のAbemaTV。3年目に突入したところで、テレビ朝日とAbemaTVがタッグを組む技術チームが「それでも、テレビを超えることができない1%の壁がある」と打ち明けた。テレビ朝日から出向し、AbemaTVの技術チームを統括する立場にある乙黒氏はそれを痛感しているところだという。
乙黒氏:AbemaTVらしさはコンパクトながらダイナミックに挑戦していること。けれども、テレビの放送基盤が100とすると、AbemaTVは現在、99%のところまで達していますが、残り1%のハードルが山のように高く感じています。テレビ品質を目指しながら、インターネットの特徴を殺さず、コストと労力を抑えることができるのか。それが3年目の課題です。
AbemaTVはスピード感も強み。御池氏は3年目の課題を解決するネクストプランが既にあることを明かした。
御池氏:スタートアップの論理を乗り越えて、本当の意味でのエンタープライズを目指す時期に突入しています。それを実現していくプロセスの中で、テレビ局的な究極のインフラ整備ではなく、クラウドを駆使した柔軟かつプログラマブルなコンテンツ管理を行うことが大きな課題です。既にビジョンはできあがり、導入すべきものも決まっています。運用がよりスムースになり、画質や音の高品質化が実現し、マスタークオリティが上がります。それによってさらにクリエイティブに時間を割いていけるようになるでしょう。この1年でまた大きな成長を見込んでいます。
■日本人口1億2千万人が同時に視聴しても耐えることができる技術を目指す
これまでAbemaTVでは、大規模な同時接続に耐える技術を向上させてきた。AbemaTVの技術チームと協力体制を敷くテレビ朝日の小宮氏はどのように評価しているのだろうか。
小宮氏:安定感やリアルタイム性はテレビ品質にまだまだ及びません。テレビではほぼ同時に届けることができても、インターネットでは遅延がまだあります。日本人口1億2千万人が同時に視聴しても耐えられることが目標のひとつにあります。
テレビ品質を目指すなかで、遅延や同時接続数の課題についてはそれぞれの立場から意見が続いた。
御池氏:ヒットがボンっと出ても問題なく配信できることを目指したいですね。ヒットがメガヒットに、そしてギガヒットになった時に同時接続に耐えることができる技術はこれからも映像の見地からもチャレンジし続けます。ライブ中の投票機能などインタラクティブな要素も実装されていますので、遅延や同時接続の課題克服も重視しています。
乙黒氏:リアルタイム性を保ちながら、視聴者に高品質なコンテンツを提供することはハードルが高いものではありますが、家庭で当たり前のように良質な水道水が流れ出るように、AbemaTVで当たり前のように良質なコンテンツが流れているインターネットテレビにしたいですね。
また高品質な技術を提供するために、さまざまな面でユーザービリティを追求することにもこだわりがあるようだ。
御池氏:ストリーミングサービスは必ずしもテレビのように単一のレゾリューションで送り出していません。AbemaTVでは6つのレゾリューションで送り出しています。それは通信環境が悪くてもコンテンツを受け取ることができる配慮をしているからです。レゾリューションを分けることで回線に応じて、SDやHDを選択できる仕組みを作っているのです。ユーザー側である程度任意にコントロールができますが、より精度の高い自動化設計も常に取り組んでいることのひとつです。少しでも多くの方に視聴して頂きたいので、シビアな低速回線でも視聴可能にすることが提供するサービスとしての真心ではないかと思っています。その中でも、十分な動画クオリティをお届けできるよう、それぞれ凝ったチューニングを施しているので、通信節約モードは通勤・通学で是非お使いいただきたいですね。あるいは最近では、アクセシビリティの向上などにも取り組み始めています。外部環境の変化も見据えつつ、さらに最適化を図っていきたいです。
乙黒氏:オンデマンドでしっかりみせるサービスもあるなかで、ストリーミングだからといって送り出しの違いを言い訳にはできないですね。ユーザーからも「インターネットだから」と、許されている部分もあると思いますが、そう思われている時点で負け。電波放送なのか、インターネット配信なのか、ユーザーにとって分からない状態が究極です。
小宮氏:「高画質で見たいから、ライブではなく後でAbemaビデオで見よう」と視聴者がライブ視聴から逃げてしまわないようにしたいので、ライブで勝負していることを大事にしながら高画質も追求していきたいです。今は動画のコーデックも進歩し、少ない容量でもコンテンツを高画質で届けられるようになってきており、そういった技術の進歩も追い風であると考えています。
■テレビを持たない若者が大画面を求め、テレビに回帰するサイクルはあり得る
技術革新が起こる2020年をフォーカスした新たな技術チャレンジも計画されているのだろうか。
小宮氏:ここぞという新しい技術を、テレビでもAbemaTVでもチャレンジさせて頂きたいと思っています。
御池氏:こちらこそ、どんどんやって頂きたい。誰も予想していない技術のチャレンジはインターネットの世界では常にありえます。AbemaTVもそうしたチャレンジングなプロダクトのひとつだと思いますが、映像の設定1つをとっても、常に変革の先端にいなければなりません。
乙黒氏:東京オリンピック・パラリンピックが行われる2020年に日本の技術が熟すので、その先の2023年ぐらいにさらに飛躍できるときがくるのではないかと予想しています。
一方、「テレビ離れ」が叫ばれるなか、テレビとインターネットに共存する道はあるのか。技術視点からこの先をどのように見据えているのだろうか。
御池氏:ユーザーはテレビから離れているようにみえますが、実はコンテンツからは離れていないと思っています。面白いコンテンツを出し続ければ、必ずユーザーは付いてくるものです。また視聴スタイルも変化しています。ネット回線に直結できるテレビデバイスも普及していますから、テレビと垣根がない世界が近づいています。テレビ画面に戻るバイアスはあるのではないでしょうか。実際、iPhoneで受けた動画をTVキャストして視聴したりもします。オリジナルドラマの『会社は学校じゃねぇんだよ』は、まさにテレビ世界で培われた圧倒的な制作ノウハウをAbemaTVフォーマットで表現していただいた好例です。データ解析すると、これぞ真のハイブリッド、と叫びたくなりますね。
乙黒氏:AbemaTVとテレビの共存を技術視点で見ると、AbemaTVはスマホを入口にマスメディアを目指していくと、テレビを持たない若年層が大画面を求めていき、テレビに回帰するサイクルがあり得るのかなと。AbemaTVがトライすることを通じて業界そのものが好循環になり、動画全体が盛り上がっていくことを期待しています。
小宮氏:AbemaTVが唯一のインターネットテレビ局として、残り続けていくことが大事です。テレビに置き換わるのではなく、テレビと刺激し合って、お互いに市場を盛り上げていけるように、頑張っていきたいです。
5Gの世界がまもなくやってくることで、AbemaTVに追い風がさらに吹くことも予想される。インターネット環境が進むことでAbemaTVが求められることはますます増えていくはずだ。これを踏まえて、今後の展望を最後に聞いた。
小宮氏:テレビは何十年もかけて、技術が進歩していますが、インターネットの世界は技術スピードが速い。視聴者に提供できることが増えていくことで、技術的にも夢は広がります。
御池氏:AbemaTVがインターネットの世界の技術スタンダードになっていく夢を私も持ち続けていきたいです。5Gが始まることは我々にとって本当にラッキーなことです。技術革新により通信環境のキャパが上がり、最適化の幅が広がっていくのですから。地下鉄でも視聴できるなど、ネット環境が改善し、いつでもどこでも視聴できる世界がどんどん近づいていますね。
乙黒氏:5Gの通信環境はマスメディアを目指すなかで、テレビ品質を広げるきっかけになります。オリジナリティもますます出すことができるでしょう。サイバーエージェントの柔軟な技術力と、テレビ朝日の盤石な技術力を融合して、しっかり具現化していくことができれば、今後さらなる質の高いサービスの可能性を感じます。
AbemaTVは明るい未来予想を描いている。テレビ朝日とサイバーエージェントが組んだAbemaTVの技術チームの3人から改めて話を聞き、開局からこれまで築き上げてきたテレビとインターネットの技術タッグが今後もそのカギになっていくようにみえた。