株式会社長野放送 編成業務局長(取材時) 早川英治氏
地域密着型放送局の革新!NBS長野放送が示すAI活用による番組制作改革と地域貢献への新たな展望
編集部 2025/3/11 08:00
人的リソースが極めて限られるローカル局の制作現場で、生成AI活用の流れが進んでいる。
長野県を放送地域とするNBS長野放送では、2024年12月31日に放送された特別番組『「むなしさ」と生きる~善光寺大勧進栢木寛照貫主ときたやまおさむ「心」の対話~』の制作において、企画構成の練り込みから収録素材の文字起こし、オンエア前の番組紹介リリースや放送後のWEB記事作成などの工程で、生成AIツールを活用。これまで徹夜することもあったという制作時間が「全員定時に帰宅できる」くらい大幅に効率化したという。
同社が活用するのは、StoryHub社の開発する生成AIツール「StoryHub(ストーリーハブ)」(※1)。取材メモや収録素材などをアップロードし、加工方法を事前定義した「レシピ」を選択するだけで前処理からドラフト作成・レビューまで一気通貫に行える独自の仕組みを持つほか、対話型のインターフェースによる柔軟なコンテンツ生成もサポートしている。
今回は『「むなしさ」と生きる』番組プロデューサーであり、StoryHubを様々な工程で活用しているという株式会社長野放送 編成業務局長(取材時) 早川英治氏にインタビュー。導入の経緯から、実際の制作工程における具体的な活用法を伺った。
(※1)StoryHub: 3月1日より「apnea」から「StoryHub」にサービス名を変更
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【早川英治氏プロフィール】
法政大学法学部政治学科卒業後、1987年にNBS長野放送入社。アナウンサーとして制作部に配属され、1994年から報道部で夕方のニュースでキャスターを16年間担当の後、編集長・報道部長。阪神・淡路大震災の取材を契機に防災報道に関心を持つ。2018年に企画推進部長、2019年に編成部長兼視聴者室長、2020年に編成局長、編成業務局長を歴任。
■旧知の仲間が開発に携わった縁で「StoryHub」を採用
──特別番組『「むなしさ」と生きる』の概要と、担当された業務をお聞かせください。
『「むなしさ」と生きる』は、「あの素晴しい愛をもう一度」などで知られる元ザ・フォーク・クルセダーズのメンバーで、作詞家にして精神科医であるきたやまおさむさん(作家名は北山 修)の著書『「むなしさ」の味わい方』(岩波書店)をベースに企画化し、きたやまさんと善光寺 大勧進の栢木寛照貫主が「現代人が抱える『むなしさ』」をテーマに行った対談を収録し、55分の番組にまとめた年末の特別番組です。
この番組で私はプロデューサーとして携わり、人選の発案や番組全体の構成や、進行の流れを作る役割を担いました。
──どのようなきっかけからStoryHubを導入されたのでしょうか。
私たちの会社でデジタル分野の勉強会を開き、その講師として以前から付き合いのあるStoryHubシニアディレクターの矢野修至氏をお招きしたことがありました。地域のテレビ局として、これからどのように進んでいくべきかを模索する中で、デジタルを活用して省力化を図る必要があると考え、矢野氏がフジテレビから独立されたと聞いたときに「これは使ってみる価値があるな」と思い、実際に導入してみたという流れです。
■プロンプトで「抜けはないか」と“相談” 企画の壁打ちから構成の推敲まで活用
──番組制作においてStoryHubを活用した工程、またその具体的な活用方法についてお聞かせください。
まずは、番組の企画を考える際に活用しました。
今回ですと、番組テーマに関係するきたやま氏の著作数冊をまず自分で読み、読書メモを作成しました。この読書メモと番組企画書、自分の考えのメモなどをStoryHubに読み込ませ、「こういう番組を作りたいと思っているが、どう思うか?」とプロンプトで相談すると、「この点をもっと深掘りするといいのでは?」とか、「こういう質問をするとより効果的では?」といった具体的なアドバイスが返ってきました。何度かこのプロセスを繰り返しながら、自分の考えを整理し、番組の方向性を固めていきました。
また、収録後の編集作業でも大きな効果がありました。1時間半の対談を終えた直後、プロダクションから収録当日に素材を送ってもらい、StoryHubで文字起こしを行ったのですが、これがわずか1時間(※2)で完了したのです。
(※2)現在は機能向上により2時間を超えるような長尺の素材も15分程度で文字起こしが可能
前年に制作した栢木貫主の対談番組では、私と同じく「アラ還」の松尾恵ディレクターが3日かけて手作業で文字起こしをしていましたが、作業を終えてからしばらく休養を要するほどの重労働で、その間は次の工程に進むことができませんでした。
一方、今回は当日の夕方には文字起こしが完了し、記憶が新しいうちに「ここが面白かった」「ここは不要だな」と判断できたので、熱量を維持したまま翌日から編集に入ることができました。
──番組の質を高める上で、StoryHubの活用はどのように役立ちましたか?
対談番組の編集においては、とにかく話の流れが重要です。ただ単に面白い言葉だけをつなげるだけではダメで、そこに至るまでの文脈をしっかりと組み立てる工程が欠かせません。
今回、StoryHubには先に述べた読書メモを始めとして、収録素材などの取材データをアップロードしました。その上で「この部分が抜け落ちていないか?」などとプロンプトで問いかけることによって、自分では気づかなかった抜けを補うことができました。
自分たちが構成を考えるという点は以前と変わりませんが、番組制作チームは少人数ですし、会社自体小規模で、誰彼構わず気軽に相談できる環境ではありません。その点、取材に関する文脈を共有し、プロンプトで詳しく対話できるStoryHubは、とても心強い「相談相手」になりました。
■AIは「自分の考えを深めてくれるパートナー」
──番組の反響はいかがでしたか。
放送前後のタイミングで、番組のベースとなった書籍『「むなしさ」の味わい方』(岩波書店)が長野の書店でかなり売れたと聞きました。担当編集者の方いわく、全国的に見ても長野で特に売れ行きが良いということです。テレビを通じて文化や心のあり方を伝えることに、まだまだ可能性があると感じました。
――長野放送さんではどんな部署でStoryHubを使われていますか?
企画推進部(現、業務推進部)では、番組素材からネット記事配信へのリライト、各種企画書づくり、アンケート集計などに積極的に活用しています。報道部では取材素材の文字起こし、配信記事のリライトなどに。その他の部署では、会議の議事録作成、番組内容についての法令確認などにも活用しています。
──これからAIツールを導入しようと考える放送局にアドバイスはありますか。
AIを「何でもやってくれる魔法のツール」と思っている人が多いのですが、それは違います。AIは「自分の考えを深めてくれるパートナー」として活用するものです。特に少人数で番組を作る場合、“相談相手”として使うと効果的です。導入時にはセキュリティの問題をクリアすることが大切ですが、それが整えば、非常に大きな効率化が図れるでしょう。
──今後ローカル局が果たす役割について、考えをお聞かせください。
ローカル局は地域における絶大な信頼感を持つメディアです。少子高齢化や人口減少といった課題がある中で、情報発信力を生かしつつ、地域と共に課題解決を模索する役割が求められています。一社だけで何かをやるのではなく、地域の様々な団体や企業と連携し、放送やネットを活用しながら、地域のために働くことが大切だと考えています。