左から、山本泰士氏 森永真弓氏 野田絵美氏

06 NOV

コネクテッド時代のメディア行動「平要快熱」 〜メディア環境研究所プレミアムフォーラム(後編)

編集部 2024/11/6 08:00

2024年8月27日、大手町三井ホールにて、博報堂DYディアパートナーズ メディア環境研究所プレミアムフォーラム「コネクテッド時代のメディア選択『平要快熱』」が開催。希望するコンテンツを最適なデバイス、プラットフォームで自由に見聞きできるようになった現在の生活者のメディア行動を、「平要快熱」4つの選択軸で解き明かした。 

本記事では、フォーラム後半に行われたキーノート「コネクテッド時代のメディア選択『平要快熱』」の模様をレポート。博報堂DYディアパートナーズ メディア環境研究所 グループマネージャー 兼 上席研究員の山本泰士氏、同上席研究員の森永真弓氏、野田絵美氏が登壇し、「平要快熱」の欲求と行動原理、これらからなる最新のメディア生態系を解説する。 

多様化するメディア行動を読み解く4つのモード「平要快熱」

山本氏は、現在の生活者を取り巻くメディア環境について、「デジタル化されてコネクテッドな状況にある」と説明。「多様なデバイスで好きな時に好きなコンテンツを楽しんでいる」とし、「気分に応じて一人でスマホを使って見逃し配信のドラマを集中して見たり、家族とワイワイ大画面のテレビでリアルタイムの放送を楽しんだりと、楽しみ方そのものも多様化している」と語る。 

「例えばこれまでの認識では、テレビはつけっぱなしで『なんとなく』受容しており、ネットは『わざわざアクセスするもの』と捉えていた。しかし最近はスマホのタイムラインが『なんとなく』受容するもので、むしろテレビが『わざわざつけるもの』になっている生活者が増えてきている」と相反する捉え方が世の中に並立していると語る森永氏。さらには「タイパを追い求める一方で、一度没入すると『数時間を溶かす』ことをしても平気と、一見矛盾したメディア行動が同一人物の中に存在する」と指摘する。 

「複雑化する現在の生活者における最新のメディア行動を読み解くためには、行動主体でなく、シーンやモードを軸にした分析が必要ではないかと仮説を立てた」と森永氏。 

メディア選択とその心理的モードを「なんとなく⇔わざわざ」「機能的⇔情緒的」でかけ合わせた4つのマトリクス「平要快熱」を紹介する。 

同研究所では、メディアの選択モードを明らかにするため、世の中にある45のメディアコンテンツについて、15歳から69歳の男女5684名に調査を実施。普段見聞きしているメディアコンテンツを「平要快熱」4つのモードのうちどのモードで接触しているのかを尋ね、分類した。山本氏がその結果を紹介する。 

【平】リアルタイム、オンデマンドのニュース、報道番組など 

「街の中や公共交通機関、家の中でよく見聞きする」傾向が4モード中最も高く、「世の中に今起きていることをさっとキャッチできる」「自然に目に入る」など、別の事をしながら「ながら見」をする行動特徴モデルが顕著という。 

「受動的な行動であるためか、『好き』『有料サブスクしてもいい』という意識は4モードの中で最も低い。その一方で、広告に対する不快感もまた、4モード中でもっとも低い」(山本氏) 

【要】新聞、ニュースポータル、教養・学習系、リアルタイムのeスポーツ配信、ECサイト、フリマアプリなど 

「『知りたいことがわかりやすく、すぐ見聞きできてアクセスしやすい』という理由が、他のモードよりも高い傾向にある」と山本氏。行動特徴としては、「倍速にしたり、要約したりする工夫をすると同時に、別情報同士を並行して見るという傾向が高い」という。 

「『通学中に知識コンテンツや勉強系の音声コンテンツを2〜3倍速で聴取する』という声に代表されるように、目的が明確であり、必要な情報を効率よくインプットしていく特徴がある」と山本氏。 

「“タイパ重視”の側面が顕著に現れている」としつつも、「もっと信頼できる情報源を探りたい」という意向が4モード中で最高であるとし、「効率だけでなく、情報の正確性、信頼性に対する欲求が高い」と語る。

【熱】リアルタイムで放送、配信される映画やスポーツ中継、オンデマンドのスポーツ中継、趣味情報系の出版系メディアなど 

「好きなキャラがいて、大量の情報コンテンツを楽しめて、見聞きしたくなる中毒性がある」と山本氏は特徴を挙げ、「タイパ重視の『要』とは対照的に、あえて等速で再生し、じっくり好きな部分だけを繰り返し楽しんでいる」と語る。 

「『満足している』『時間をかけてもいい』『有料サブスクしてもいい』『仲間を作りたい』などの意向が強く、非常に熱量を感じる。インタビューでも『好きなアイドルの動画を繰り返し見てしまう』『仕事が忙しい時も、朝まで見てしまうので寝不足になる』など、没入して楽しむ行動が見て取れる」(山本氏) 

さらに山本氏は「熱」に見られる特徴として、「『熱』モードでメディア行動をしている人は、『快』のモードでも同じ行動を取る傾向にある」と語る。

【快】リアルタイムのトークバラエティや国内外の音楽、舞台の中継、オンデマンドのお笑い番組、バラエティー、TikTokやYouTubeのショート動画や切り抜き動画、2次創作まとめ、SNS、ラジオ、ポッドキャストなどの音声コンテンツ、オンラインゲーム、メタバースなど 

熱と同じく16ものメディアコンテンツが配置され、リアルタイムの放送やオンデマンドの動画、短尺動画、SNS、音声、オンラインゲーム・メタバースと幅広いコンテンツが入って来ている「快」。どんな特徴がでるのかと楽しみにしていたのだが「行動の意識や特徴があまり見受けられなかった」と山本氏は指摘する。 

「調査当初の仮説として、『快』はSNSやネット動画の領域になると思われたが、実際には幅広いメディア体験が『快』のモードで楽しまれていることがわかった」(山本氏)そして、この結果をさらにインタビュー調査で深めてみたという。 

「快」はメディア選択の“ホームポジション” 生活者インタビューから見える相互関係

メディア選択、分類の象限として非常に特徴的な模様を見せた「平要快熱」の4モード。生活者がどのような行動原理によって、これらを切り替え、使い分けているのか。続いて野田氏がインタビュー調査の結果を紹介する。 

今回は20〜50代の生活者11名を対象に1日のメディア生活をヒアリング。その回答をもとに4つのモードに振り分け、4つのモードでもっとも大きな領域であることがわかった「快」の行動原理を掘り下げた。その結果、「快」には「新しい『ながら見』」が生まれていることがわかったという。

■「快」は「気分のベースポジション」「自分にとって“心地よいもの”の反復」

「日中は『快』の気分でずっと過ごしている」という50歳の男性は、「平」は朝の情報番組、「要」は仕事で必要な天気予報をチェック。「熱」はYouTubeのカブトムシ育成動画やAmazon Primeビデオの新作アニメを夜、時間があるときにじっくり楽しむという。 

「快」では朝の情報番組を見続けるほか、「熱」と同じくYouTubeやAmazon Prime ビデオのアニメコンテンツをチェック。しかし、見ているコンテンツの種類は「熱」とは異なると語る。

「カブトムシの育成動画が好きだが、『快』のモードでは『カブトムシの幼虫を掘り起こしサイズを比較する』など、パターン化された動画を繰り返し見ている。アニメについても、すでに『熱』で見て、ある程度ストーリー展開のわかっているものを繰り返し見ている」 

「何も画面に映っていないのは寂しいので、起きている時間は常に何かしらのコンテンツを流している。頭を使わずにすむBGM代わりとして動画を見ている」と男性。「『見なきゃいけない』と感じるとストレスになるため、ただ聞き流せるくらいの、内容があまりないものをチェックすることが多い」という。 

パソコンで複数の画面を開きながら、配信者のゲーム実況を楽しんでいるという29歳男性は、「ゲーム実況は自分のみたいものだけをずっと流しておける」とコメント。「若い頃は部屋でテレビをつけっぱなしにしていたが、その感覚に近い」と語る。 

「興味がないものをわざわざ見せられるより、興味あるものに時間を使いたい。その点、YouTubeやアニメコンテンツは自分の好きなもので構成できる。心地よさという意味では他のメディアとは全然比べ物にならない」 

■「不快からできるだけ遠ざかっていたい」SNSの利用時間を減らし、ドラマに没頭

「息を吸うようにSNSを開いている」という26歳の女性は、SNSを「平」に置く一方、「要」のポジションでは「日経クロストレンド」「日経ビジネス」「NewsPicks」などのニュース媒体を有料契約。「お金を払って、しっかりした情報を獲得している」という。 

SNSを利用する一方、「自分の性格上、人と比べてしまうところがあり、人の投稿を見て疲れやすいところがある」と女性。「コンテンツを見ている時間はできるだけ別の世界に行きたいという欲望がある」といい、最近はSNSの利用時間を減らしてドラマに没頭していると語る。 

「一種の現実逃避、マインドフルネスとしてドラマを『使わせてもらっている』ところがある」 

普段見るドラマの「役割」は、次のように振り分けているという。 

「『快』のモードで見るのは『くるり〜誰が私と恋をした?〜』など。悩みがあるときの簡単な気分転換や、サクッと活力になるイメージ。InstagramのストーリーやTikTokに近い」 

「『熱』のモードで見るのは『光る君へ』『花咲舞が黙ってない』など。日本語字幕をわざわざ表示してセリフを追うほど熱中して見る。没頭するあまり、メンタルが落ち込んでいてもそれを忘れられる」 

■「快」は「熱」の養分。「感動を持続させ、より自分の好きを高める」

「快」に感情のベースを置きつつ、「熱」や「要」など他のモードに育つ“養分”として享受しているケースもあるという。「普段からバスケ、ドラマを「熱」のモードで楽しみ、日々のカンフル剤としている」という47歳の女性は、「快」について「『熱』での感動を持続させ、より自分の好きを高める“養分”的存在」と語る。 

「『快』のモードで見るのは、『熱』に関連するSNS上のファンアートなど。安心感や楽しさを重視し、『熱』ほど心をざわつかせず、日々の感情のベースとしている。バスケの試合観戦自体は『熱』だが、その感想を眺めるときは『快』のモード。同様にドラマについても、『虎に翼』のファンアートやストーリー解釈を見て、味わいを深めている」 

「1日中スクリーンに囲まれ、好きなコンテンツを選べるコネクテッド時代だからこそ、『快』の存在感が増している」と野田氏。 

「生活の中にうまく溶け込み、日々の感情のベースとなっている『快』は、『熱』や『要』へ発展していく要素を持っている」といい、「その柔軟性を担保するためにも、『熱』のように集中しなくてよいという気楽さがあり、不快ではないことが重要」と指摘する。 

■情報の偏りを「要」でカバーしつつ、「快」で理解を深める

「朝はまずLINEニュースと新聞4紙をチェックする」という28歳の男性は、「ネットニュースだけでは情報が偏る」との理由から、GoogleニュースやSpotifyのポッドキャスト、Voicyなどの音声メディアもチェック。「要」の部分に意識的でありながら、情報を得る機会やバランスを、「快」をはじめとする他の部分で担保しているという。 

「自分の(関心の)守備範囲の最新ニュースはGoogleニュースで知るが、政治など、普段あまり検索しないニュースは新聞でしか得られない。『快』だけでは偏りがちな情報バランスを『要』でしっかり確保する」 

「ポッドキャストでニュースの情報を得ようとすると時間がかかる。中身を知るというより、パーソナリティーが持つ情報や意見を通して、世の中の人々の考えを取り入れている」 

野田氏はこの男性の情報行動について、「通知によって情報を知るニュースが『平』、関心情報を楽に知るネットニュースが『快』にあり、『快』で偏りがちな情報バランスを『要』の新聞や雑誌で確認している」とコメント。「特に音声メディアでは、『みんながこのニュースについてどう感じているか』という意見・考えも『快』で同時に添えることで、ニュースへの理解を深めている」と解説する。

■「欲が生まれる『卵』」セレンディピティを担保する場としての「平」

さらに野田氏は、「平」に対する象徴的な行動として、先程登場した「バスケ&ドラマ好き」の47歳女性の例をふたたび紹介。女性いわく、「自分に持っていない視点を得るため、『平』が得られる状態にしておきたい」といい、「平」を「とりあえず情報の海の中に1回突っ込んでいく」一種のセレンディピティの場として意識しているという。 

女性は「『要』では明確に『これが欲しい』という欲求があるが、『平』にそうしたものは求めない」と語る一方、「後から『こんな面白い情報があったのか』という後悔もしたくない」とコメント。「熱に成長する可能性のある情報に広く触れておきたい」とし、「いわば『平』は『欲が生まれる卵』」と表現した。 

「快」ベースの情報生態系に求められる「助けて、壊さない」アプローチ

森永氏は、今回取り上げた「平要快熱」の情報環境を「ピクニックの丘」に例えて表現する。 

「『快』は、自分が作り上げた情報の丘。生活者はここに常駐し、楽しい気持ちでピクニックをしている。『平』は、丘の上から視野に入る情報の大平原。セレンディピティや、未来の『要快熱』の要素にもなりうる。ただし、情報量は圧倒的であるにも関わらず、最近は丘の上から見えるものだけ拾っている情報になりつつあるかもしれない。『要』は丘を下りて、必要に応じて向かう情報施設。わざわざ取りに行く情報と言える。『熱』は、気持ちの高まる木登りのようなモードと捉えてみてほしい」(森永氏)

「現在の生活者にとって、自らのいる情報環境は『自らの選択によって作り上げたもの』という自負がある」と森永。「生活者にとって、これらを助けて(尊重・推進して)くれるものは嬉しいし、逆にこれらを壊す(介入する)ものはありがたくない」とし、「これからは『助けて壊さない』アプローチが肝要になってくる」と指摘する。 

「『助ける』とは、『フェイクではない』『ハズレがなさそうに思える』という2つの安心を与えること。いまの生活者は情報の選別に対する敷居が高く、信用の担保として、すでに既知であったり、『最近いろんな人が言っている』というように、おすすめの理由やソースが複数ある状況を求めている」(森永氏) 

「『壊さないアプローチ』とは、過剰なテンションで集中や興味を強要したり、不安を与えないこと。これらは『自らの情報環境を壊すもの』として非常に敬遠される。これからは需要だけでなく、不快に対しての配慮も必要になってくる」(森永氏) 

森永氏は「生活者自らがコツコツと作り上げた情報環境に他者が強制的に入り込むことは難しい」とする一方で、「『快』は、誰かからの紹介やシェア、切り抜きなど、間接的な二次情報が多い」と情報環境の特徴を語る。「アテンション獲得を狙う『到達力』だけでなく、『快』の空間へじわじわ入り込む『浸出力』づくりも重要」と語る。

コネクテッド時代は「生活者が味方」切り抜きやシェアのしやすさで興味の階段を作る

邪魔をせず、しかし記憶にも残りたい──。生活者のベースポジションである「快」を企業はどう捉え、向き合うべきなのか。 

「『誰かが情報をシェアし、切り抜いて教えてくれる』コネクテッド時代は、ある意味『生活者すべてが“味方”』」と森永氏は語り、「これからは切り抜きやすさ、シェアしやすさの設計も非常に重要なポイントになってくる」と示す。 

「これまで企業は広告や予告編から、1段階でコンテンツや商品・サービスへと行動させようと考えてきた。しかしいまの生活者は、既知であるとか、ハズレがなさそうなど、確信がないと動けなくなっている。具体的にはインフルエンサーの意見やPR記事のシェアが視野に入り、そこで興味を持って記事を探すなどして、ようやく本編への興味が育っていく」(森永氏)

 

これを踏まえて森永は、「コミュニケーション濃度の段階設計することが大事」と説明。「情報濃度と興味を段階的に高めていくことで、難しいテーマや、一発でわかりにくいような商品の特徴に対する興味へと徐々にいざなっていくことが理想」といい、「これを成すため、生活者をどう味方につけていくかという設計も必要になってくるし、その場は『快』のモードの場であることを意識することが大切」と語る。 

「リンクの切れ目は縁の切れ目。興味が芽生えてきた先にアクセスできる情報がないと、脱落してしまう。生活者が自然に情報収集できるリンク状態が自分たちの周辺に出来上がっているか確認することも必要だ」(森永氏) 

「『快』ベースの情報生態系にいる生活者は、自由自在なメディア接触時間の多くにおいて心地よく過ごせるメディアセッションを自ら選び、ベースポジションに置いている」と山本氏は今回のキーノートをまとめ、「『与えられた環境をしたたかに生かす』情報環境のイノベーションが生まれている」と指摘。 

「これからは、生活者が作り上げた『快』の環境に優しく入り込んで自社の情報を浸透させ、ゆっくり階段を上がらせて『自分ごと化』し、興味へいざなうアプローチがますます重要になってくる」と述べた。 

コネクテッド時代のメディア行動「平要快熱」 〜メディア環境研究所プレミアムフォーラム (前編)