米Tubiが語る広告メディアとしてのFASTの市場性【FASTイベントレポート後編】
編集部 2024/8/22 08:00
広告付きストリーミングテレビを意味する「FAST」は、世界のコンテンツ市場で引き続き注目トレンドの1つにある。アメリカから欧州、そしてアジアにも利用が拡大するなか、アメリカの業界誌World Screenが7月23日~25日の3日間にわたり「FAST FESTIVAL」をオンライン上で開催した。IPコンテンツホルダーが取り組むFASTエコシステムの考えをお伝えした前編に続き、後編は米FOX傘下のTubiとアジア拠点のLightning International社が語った広告メディアとしてのFASTの市場性について報告する。
英トップIPコンテンツホルダーが構築するFASTエコシステム【FASTイベントレポート前編】
■2万本を揃えてイギリスでローンチした米Tubi
FOX系Tubiと言えば、7月2日にイギリスで華々しくサービスを開始したところだ。あらゆる配信モデルの競合他社がひしめき合うイギリスの市場でのローンチは前途多難な船出とも言えるが、「FAST FESTIVAL」に登壇したTubiの国際マネージングディレクターでエグゼクティブVPのDavid Salmon氏は自信たっぷりの様子だった。
「北米でやり遂げたように成功を収め、イギリス市場に合わせたローカライズによって上手くいくことを確信している。幅広いカタログを揃えて参入することが鍵になると考え、2万本以上の映画やTVコンテンツを用意した。市場参入時のコンテンツ数としては最大規模になる。一般的なVODサービスより10倍の数を誇る」とSalmon氏が語る。
約2万本に上るコンテンツはディズニー、ライオンズゲート、NBCユニバーサル、ソニー・ピクチャーズなどのライセンス番組に加え、Tubiオリジナル作品も含む。Tubiオリジナルについては、これまでアメリカで配信された実績のあるものが現状ラインナップされ、たとえば、ドラァグクーンを主役にしたヴァンパイアドラマシリーズ「Slay』やアダルト業界のインフルエンサーが出演するリアリティショー『House of heat』など。ニッチなファン層を狙った個性的なコンテンツが目立つ。
リニアとVODの組み合わせでサービス展開することにも強みがあるようだ。「アメリカのTubiユーザーがリニアを利用する割合は1割に留まる。オンデマンドで積極的に番組を探している視聴者と比べるとはるかに少ない割合だが、サンフランシスコでTubiを立ち上げて以来、さまざまな視聴体験をサポートすることがTubiの役割にあることを信じている」とSalmon氏は話す。
また広告メディアとして価値のあるサービスも目指す。「アメリカではFASTユーザーの6割以上がケーブルテレビからのコードカッターであるのに対して、Tubiの場合はケーブルテレビを利用したことがない若年層が多いのが特徴にある。広告主にとってリーチしやすい媒体として評価されている。何より広告主から支持を得ることができた理由には従来のリニアや他の広告付きVODサービスではアクセスできなかった潜在的な視聴者を発見することができたことが大きい」という。
これまで進出を果たしたオーストラリア、ニュージーランド、メキシコでも手ごたえはあり、イギリスにおいても「広告主にとって魅力的なサービスを作り上げることに全力を注ぎたい」とSalmon氏は力強く語っていた。
■アジアのFAST好景気は2024年から始まる
香港を拠点する大手ディストリビューであるLightning International社CEOのJames Ross氏が「FAST FESTIVAL」で語った展望も明るいものだった。Lightning International社の事業はこの1年で大幅に改善したという。
「2023年の広告市況は浮き沈みがあったが、昨年の今頃と比較して今は、3、4倍の数のプラットフォームと取引している」と、Ross氏が説明する。改善した収益の大半は欧米諸国のFASTチャンネルから得られたものだというが、アジアとの取引も広がり始めている。
「オーストラリアとニュージーランドは、しばらく前から明るい兆しが見え始め、インドではFASTの視聴者数が非常に伸びている。ただし、インドの課題はインプレッション単価が非常に低いことにある。チャンネルを見る人が増えれば増えるほどコストが増え、慎重にならざるを得ない。また東南アジアにおいてはまだまだ実験的な段階だ」(Ross氏)
Ross氏は「アジアにおけるFASTの参入は遅れを取っている地域もある。ベースとなる広告ビジネスの状況や文化的な側面が要因だ」と冷静に分析しつつ、明るい見通しを持つ。
「アジアのFAST好景気は2024年から2025年にかけて始まるのではないか。FASTチャンネルを運営する事業者が視聴者を惹きつけるようなマーケティングを行い、そして広告主にFASTチャンネルがどういうものかを理解してもらうことが最も重要だ。それが今後の鍵となる」とRoss氏は語る。
■FASTの課題にあるキュレーション問題
FAST市場の潜在性が語られるなか、「FAST FESTIVAL」ではFASTの課題についても共有された。FASTユーザーに豊富な選択肢を与える一方で、キュレーションに対する指摘が各セッションで話題になった。
サムスンTVのFASTサービス「サムスンTVプラス」でコンテンツ・パートナーシップを統括するJenn Batty氏は展開する地域に基づいたコンテンツのラインナップをキュレーションすることの重要性を強調し、パラマウント傘下の「Pluto TV」の国際コンテンツ番組部門シニアVPのKatrina Kowalski 氏や楽天TVのチーフ・コンテンツ・オフィサーMarcos Milanez 氏も同様に現地市場の消費動向に注目することの重要性を問いかけた。様々なジャンルのオリジナル番組に投資するRoku Channelの「Roku Media」コンテンツ責任者であるDavid Eilenberg氏もキュレーションはFASTの課題の1つであることを認識していた。FASTを代表する各社が揃って話題に挙げたわけである。
先のLightning International社のRoss氏もキュレーション問題について意見を述べた。Lightning International社はアジアでFASTチャンネルも立ち上げ、運用にも力を入れており、プラットフォーマーとディストリビューターの両方の立場から問題解決の糸口を探る。
「プラットフォーム上にどれだけのチャンネル数を持つべきか。チャンネル数が多すぎると、視聴者から『400チャンネルもあるけど、どこから見ればいいのだろう』と思われがち。NetflixやDisney+でコンテンツを選ぶのと同じくらい難しくなってしまう。だから、クオリティの高いチャンネルとそうでないチャンネルを選別し、視聴者のニーズに合ったチャンネルに集中する必要がある。それぞれのプラットフォームでどのようなジャンルに焦点を当てるべきかを考え、対応できるコンテンツを提供することに集中していきたい」(Ross氏)
全体的にアメリカ、欧州といった一歩先を進むFAST市場の議論が中心ではあったが、コンテンツIPホルダーからプラットフォーマー、ディストリビューターまでさまざまな立場から語られ、黎明期のFAST市場の現状を知るヒントが詰まっていたように思う。コンテンツの新たな出口として、また広告媒体としてFASTの動きは引き続き要注目である。