イノベーターティーンに使われるメディアになるためのキーワードは“好奇心ナビゲート”〜「メディア環境研究所 プレミアム フォーラム 2023 冬」
編集部 2024/2/7 08:00
東京・大手町三井ホールにて「博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 プレミアム フォーラム 2023 冬」が2023年12月4日に開催。また、2024年1月16日にはオンラインにて本フォーラムのダイジェストウェビナーも行われた。本記事ではこの中から、キーノート「『イノベーターティーン』のメディア生活」をレポートする。
今回は、新しいテクノロジーを受け入れながら社会とつながり、情報発信、つながり開拓を行う 10 代「イノベーターティーン」にフォーカス。その実態を追いつつ、未来のメディアのあり方やビジネスチャンスについて、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員 山本泰士氏、野田絵美氏がプレゼンする。
■「もはや『特別な人』ではない」コロナ禍で“一般化”したイノベーターティーン
最初に山本氏が、「イノベーターティーン」の全体像について説明する。
同研究所による「ティーンのメディア利用意識調査」によると、10〜60代のうち「ChatGPT」の利用率は10代が最も多く、42.8%にのぼった。
「オンライン空間(ゲーム含む)に集まって遊ぶ」経験をしたと回答した率も44%と全年代最多。「10代において、新しいテクノロジーやメディアを受け入れて使いこなす人はもはや『特別な人』ではない」(山本氏)という。
こうした流れの大きなきっかけにつながったのが、コロナ禍だ。山本氏は「コロナ禍によって写真や動画、ゲームなどを自分で作りたい気持ちが高まった」と回答した割合が10代で44.6%に達したという調査結果を紹介し、実際にコロナ禍から創作、発信を始めたというティーンへのインタビューを紹介する。
中学校に入って4か月後から、スマホゲームの実況を2年間毎日配信しているという中学3年の男子生徒は、「当時コロナ禍真っ只中で、ひとりでいると退屈で暇な時間がいっぱいあったというところが大きい」とコメント。「コロナ禍がなければ配信自体やっていなかった」といい、「コロナ禍はある意味自分にとってプラスの経験だった」と振り返る。
現在クリエイターとして活動しており、SNSを通じて多くのファンがいるという中学1年の女子生徒は、「コロナ禍で家にいて、ゲームやPCで絵を描く魅力に引き込まれた」とコメント。「コロナ禍がなかったら、友だちをいっぱい作って外に遊びに行っていた(ので創作活動は行わなかった)と思う」と語る。
「コロナ禍によって、多くのティーンがテクノロジーを使った創作活動の『背中を押された』実態が見えてきた」と山本氏。従来の生活軸から解き放たれ、『自由な時間』が生まれたことにより、先端層に限らずごく普通のティーンも巻き込むかたちで新たなメディア行動が生まれ、波及した」と指摘する。
■アルゴリズムを“攻略”して「脱フィルターバブル」。未知の情報に出会いやすくする
続いて野田氏が、同研究所による「イノベーターティーンにおけるメディア意識調査」の結果について紹介する。
全国7地区(東京・神奈川・千葉・埼玉・愛知・大阪・福岡)の「現在、力を入れている・ハマっていることがある」12〜19歳14名、先端層ティーン5名に対するメディア生活インタビュー、全国の15〜19歳332名へのメディア利用意識調査からは、イノベーティブなメディア生活の実態が浮かび上がった。
ひとつは、情報に対する独特の選別能力。レコメンドをはじめとするメディア側の情報選択アルゴリズムは特定情報への傾倒、すなわち「フィルターバブル」を生み出すとされてきたが、イノベーターティーンはこれを逆手に取って「脱フィルターバブル」を実現しているという。
野田氏は、「アルゴリズムを自分の無意識の鏡のように使っている」という高校1年の女子生徒へのインタビューを紹介。生徒いわく、「ずっとSNSを開いて見ていると、自分の趣味嗜好に気づく」といい、流れてくる情報のパターンから逆算的に自分の志向を見つけ出しているのだという。
「気づくと、タイムラインがメイクや食べ物の情報であふれている。それを眺めているうちにだんだん似通ったパターンのものが流れてくるようになり、ここで自分の趣味に気づく。ドラマの切り抜き動画が流れてきて、コメント欄の情報を参考にTVerへ本編を見に行くことが多い」(高校1年・女子生徒)
「『自分がよく“いいね”、したり、長時間見ているものに関連した情報が表示されたりするようになる』ということを理解する割合は、20代が全体の26.6%なのに対して、10代は52.1%と高い」と野田氏。
「SNSやネットで情報が偏るリスク」を理解する割合についても、10代は55.4%と突出しており、アルゴリズムによってあらかじめ選別された情報に接しているという自覚が極めて強いと話す。
一方で、SNSのタイムラインに流れてくる情報を「意識的に見ないで更新し続ける」ことにより、興味のない情報をアルゴリズムに”覚え込ませる”行動も見られるという。
野田氏が紹介した高校1年・女子生徒へのインタビューでは、「元々使っているアカウントでは似たような情報しか出てこないので、飽きたらアカウントをリセットする」「流れてくる情報を意識的に見ないで飛ばしたり、幅広く『いいね』をつける、あえて長く見る」など、逆算的な行動でレコメンドの重み付けを操作しているとする実態が語られた。
「イノベーターティーンはアルゴリズムの存在を理解するだけでなく、アルゴリズムをしたたかに“攻略”することでフィルターバブルを打破し、未知の存在と出会う術を身につけている」と野田氏。
「新聞や本などスマホの外に情報を取りに行くだけでなく、アルゴリズムを“攻略”して、情報が偏るリスクを回避している」と語る。
■大量のコンテンツで知識と感性を高速学習。ネットのつながり駆使し“深い情報”も学ぶ
「いまやイノベーターティーンにとって、知りたい知識はまず無料動画で学ぶもの」と野田氏。調査結果のうち「興味を持ったこと・知りたいと思ったことを学ぶときにやること」として「無料動画をみる」を挙げた割合は10代が突出して多く、実に73.2%に及ぶという。
野田氏は、「海外サッカー選手の『プレイ集動画』を見て、部活動の試合展開のヒントを得ている」と語る高校3年・男子生徒のインタビューを紹介。生徒いわく「プロの技術をそのまま応用することはできないが、自分の試合でのアイデアは広がっていく」といい、「試合中、似た展開になったときに動画で見たプレイが浮かんでくる」のだという。
「イノベーターティーンはネット上の大量のコンテンツを使い、知識はもちろん感性までも高速学習している」と野田氏。「それだけでなく、ソーシャルメディアを軸とする『ネット上の大量のつながり』を使い、ネットにはない“深い情報”を直に学んでいる」という。
「SNSで見えるのはきれいな部分だけ、奥の奥まで聞けるのは人」(高校1年・女子生徒)
「一段深いところにいくと、人に聞かないとわからない。ChatGPTに聴いても本当に欲しい情報は出てこない。生成AIに興味を持ったとき、Twitter(現・X)で生成AI開発企業の社長を見つけ、働かせてもらった」(大学2年・男子学生)
「10代の8割以上が『ネットにある情報には“限り”がある』と回答している」と野田氏。調査では、「SNSやネットにある情報が全てではない」という回答が87.4%、「SNSやネットには人の一面的な情報しかない」という回答が84%と、いずれも極めて高い水準だったという。
「その一方で、10代の約8割はまた『SNSやネットを使えば、誰とでもつながることができる』とも感じている」と野田氏。
興味を持った80年代シティポップ楽曲のスタッフクレジットに載っていた大物シンセサイザー奏者にSNSで「弟子入り志願」し、4年間かけて通話で直々に指導を受けたとする大学1年・女子学生の事例、新聞で知った国際問題の専門家に直接メールでコンタクトを取り、相談したとする高校3年・女子生徒の事例を紹介し、「師匠筋にもSNSでアクセスし、距離や肩書関係なく、直に深く学ぶという行動をイノベーターティーンは取る」とした。
■好きなことを社会に発信して「力試し」。仲間との共創で自己強化につなげる
こうして得た知識や感性を自分だけに留めず、広く社会に発信することで自己強化につなげるのもイノベーターティーンの特徴だという。
野田氏は「中学時代に時事ニュースを中学生目線で論評するSNSアカウントを立ち上げ、人気を集めたという大学2年・男子学生のインタビューを紹介する。
「文章力に自信があり、当初小説に興味を持ったがうまくいかなかった。そこでニュース論評という分野に活路を見出し、中学生なりの目線で切り込んだところ、人気を得ることができた」(大学2年・男子学生)
発信する中で、炎上リスクも自然と学習するという。野田氏は「情報を発信する中で迷惑系YouTuberの炎上を目にし、人として超えてはいけない一線があることを知った」という中学3年・男子生徒の声、また「自分の言いたいことも、周りの人によって受け取る印象が変わるのだと知った」という高校2年・女子生徒の声を紹介する。
「力試し」によって仲間とつながり、自らを高めるケースもあるという。野田氏は、映像クリエイターとして活躍する中学1年・女子生徒のインタビューを紹介する。
生徒は中学進学をきっかけにSNSの利用を許され、YouTubeに自作のボカロPVをアップしたところ、公開1ヶ月にして5.8万回再生される人気に。やがてコミュニケーションツール「Discord」を使ってコミュニティを立ち上げ、同年代から社会人まで幅広い仲間たちと合作に取り組んでいるという。
調査によると、10代の80.5%が「やりたいことや興味が同じ仲間と繋がって、自分にとってプラスな情報が集まってくるようにしたい」と回答。83.2%が「やりたいことや興味の同じ仲間とつながると、アドバイスや応援で成長できる」と回答した。
「イノベーターティーンは自分の発信を通じて生まれた仲間の応援やアドバイス、共創で自己強化する」と野田氏。「SNSをたんなる承認欲求のはけ口として使わず、『発信して“力試し”する場』として活用することで、自分を強く育てている」と語る。
■イノベーターティーンにとってAIは「遊び相手」であり「創作の相棒」
冒頭、山本氏の紹介した調査結果では10代における「ChatGPT」の利用率が全年代トップとされるなど、イノベーターティーンの実生活におけるAIの浸透の高さが印象に残る。それでは実際、彼らはAIをどのような存在として捉えているのだろうか。野田氏が興味深い事例を挙げる。
「イノベーターティーンにとって、AIは『遊び相手』。先生への感謝の手紙をChatGPTにアドバイスしてもらったうえで『試しに書いてみて』と指示し、出力された文章をそのまま手書きにして渡したという事例や、アニメキャラクターや芸能人の言葉使いを真似るよう指示し、『なりきりチャット』をして楽しむという事例があった。AIと遊び、会話しながら性能を試し、使い方を学んでいる」(野田氏)
また、野田氏は前章の大学2年・男子学生のインタビューに再度触れ、「資料用の絵を生成AIに描いてもらった」というエピソードを紹介。
「『1人の人間が歩いていて、その背景がカラフルに4回転するイメージ』という指示で具体的な絵が生成され、直して欲しいポイントを繰り返し指示することで自分のイメージに近づける。同じことを人間相手にすると言い方を選ばなければいけないが、生成AI相手ならば遠慮がない」(大学2年・男子学生)
「AIによって、好奇心さえあれば誰でもイノベーターになれる時代になった」と野田氏。「あらゆる情報に低コストでアクセスでき、これまで必要だった努力や人脈などのハードルも下がったいま、差がつく要素は『好奇心のあるなし』」といい、「好奇心をもってメディアテクノロジーを活用すると、知識や専門性が身につく」と話す。
■キーワードは“好奇心ドライブ” イノベーターティーンに使われるメディアになるため提供すべき「3つの道具」
「イノベーターティーンとは、好奇心を起点にアルゴリズムを攻略しながら、膨大な情報とつながりから学び、興味を発信することで自分を強めるつながりを作り出す人々である」と野田氏はコメント。
「彼らにとって“使われるメディア”であるため必要な要素」として、以下の3つを挙げる。
(1)好奇心をたきつける「視点」の提供
「テレビで見るだけだったアニメ作品について、友達にキャラの性格や生い立ちを教えてもらい、原作をあたるように。さらには声優の気持ちを理解するため公式ポッドキャストを聴き、絵を描く人や動かす人の意図を考察するようになった」(高校2年・女子生徒)
「1つの絞られた結論でなく多様な視点や問いを提供し、情報コンテンツの奥深さや広がりを感じさせる仕掛けが必要」(野田氏)
(2)好奇心をドライブする「材料・つながり」の提供
「シンセサイザー界の大物にSNSでアクセスしたという大学1年・女子学生のケースは、興味を持った作品のスタッフクレジットを目にしたことがきっかけだった。完成したコンテンツそのものだけでなく、その背景にある、メディアが保有するネットワークやプロフェッショナル人材、知見を開放することで、もっと深く知りたい気持ちになる」(野田氏)
(3)好奇心を成長につなげる「場、機会」の提供
「10代の47.6%が『LINEオープンチャット』や『Discord』など、オープンなオンラインコミュニティの利用経験がある。ガチガチのコミュニティでなく、好奇心のあるときに出たり入ったりして“界隈性”のある場所を作り、小さな仲間で好奇心を成長につなげるサポートをする。好奇心を内側に留めず、外に発信したい気持ちをきちんと成長に繋げる場や機会を提供することが重要」(野田氏)
これらを総括し、野田氏は今後のメディアの持つ役割として「好奇心ナビゲート」というキーワードを提示した。
「未来を作り、ティーンに寄り添いながら好奇心を導くというメディアの新たな役割がこれから大切になっていく」といい、「情報を効率的に届けるだけでなく、好奇心をナビゲートするという視点を持つことは、5年、10年先を生き抜くティーンはもちろん、大人世代にとっても重要になってくる」と述べた。