放送局が考える広告メディアの向かう先 〜『VR FORUM 2023』レポート
編集部 2024/1/23 08:00
株式会社ビデオリサーチが主催する国内最大級のビジネスフォーラム『VR FORUM 2023』が、2023年11月28日(火)にオンラインで開催。今回は「各社と共にメディア業界の変革を目指す Co-transformation」をテーマに掲げ、多様化するメディアや生活者と向き合いながら最前線でビジネスを展開する各界のキーパーソンを迎えてのディスカッションが繰り広げられた。
今回はこの中から、セッション「放送局が考える広告メディアの向かう先」の模様をレポートする。良質なコンテンツに基づく圧倒的リーチを強みに動画広告市場の大部分を占めてきたテレビCMだが、生活者の視聴形態はますます分散化が進み、その構造にも変化が求められている。
広告メディアとしての放送局は今後どのように進化・深化していくのか、そこにはどのようなデータが求められていくのか──在京放送局の担当者3名が現在の取り組みを紹介しながら、その形を議論していく。
登壇者は株式会社テレビ東京 営業局 営業推進部長 谷 真輝氏、株式会社テレビ朝日 ビジネスソリューション本部 セールスプロモーション局 オンラインビジネス部長 萱沼崇英氏、日本テレビ放送網株式会社 営業局 営業戦略センター アドリーチマックス部 武井裕亮氏。モデレーターは株式会社ビデオリサーチ 統括・ソリューションユニット ビジネスソリューショングループマネージャー 兼 ネットワークユニット 関西支社 鈴木康啓氏が務めた。
■デジタルに“量”で勝てないテレビ。広告メディアとして“伸びしろ”はあるのか
「幅広い視聴者にあわせてリニアなコンテンツを届けられるのは、広告メディアとしてテレビの大きな強み」と鈴木氏。
ビデオリサーチ調べでは2023年9月4〜10日の一週間に関東地区で放送された番組数は約2,000番組にのぼるとしつつ、一方でUGC(ユーザー生成コンテンツ)によるコンテンツの大量供給の実態にも言及。「コンテンツ数という意味合いで、現状テレビはUGCに負けている」と厳しい見方を示す。
「テレビのリーチ力はMAU(月間アクティブユーザー)換算で1億1,425万人」と鈴木氏はいい、「文字通り『日本国民ほぼすべてが見ているメディア』」とテレビの価値を強調した。一方で、「属性別に見ると男性若年層のMAUやテレビ所有率が低下傾向にある」と指摘。
これら生活者のテレビメディア接触動向の変化を踏まえ、「いまのテレビに広告メディアとしての“伸びしろ”はあるのか」と問いかけ、各局の取り組み紹介につなげる。
■武器はファンの深い熱量。“視聴率で測れない”付加価値で勝負 〜テレビ東京の事例
まず、谷氏がテレビ東京の事例を紹介。2023年に開局60周年を迎えた同局はブランドを「テレ東」に統一する大規模CIを実施したが、その背景にはテレビメディアに対する“見通し”があったと語る。
「テレビメディアを前面に出し続けることが、この先10年、50年も正しいのか。その頃には、テレビが放送ビジネスの中心ではなくなっているかもしれない。こうした未来を見据え、『テレビ東京』から『テレビ』を取ることを決めた」(谷氏)
同局は従来のマスメディア的展開から、視聴者とのエンゲージメントを深化させる方向へと舵を切っているという。2023年11月、横浜赤レンガ倉庫で開催したフェスイベント「テレ東60祭(さい)」では、局の新たなブランド価値を体験できる内容が話題を呼んだ。
「社員が直接視聴者に触れ合い、テレ東の思いを感じていただく場を志向した」と谷氏。会場では同局のIP(知財)コンテンツを活かしたブースやスポンサー企業の商品サンプリングを実施し、新たな広告主との接点づくりにも大きく機能したという。
さらに谷氏は、同局が運営するファンコミュニティ「テレ東ファン支局」の事例を紹介。発足のきっかけは、同局視聴者の上位3割がプライムタイム視聴の約7割を占めているというデータからだったという。
「『全体利益の8割を2割の要素が生み出す』という『パレートの法則』があるが、テレビ東京の視聴者データにも同様の傾向が表れていた。『テレ東ファン支局』では、熱量の高いファンにもっと番組を楽しんでもらうための施策として、オリジナルグッズの開発など、エモーショナル消費を志向した取り組みを行っている」(谷氏)
同局では、テレビ視聴率対象外である0〜2歳をターゲットとした番組『シナぷしゅ』を展開。乳幼児への感覚的なアプローチを大事にした番組コンテンツを軸に据えながら、配信用コンテンツの開発や視聴者交流、グッズや映画による版権ビジネスなど、「視聴率以外の商品価値創造」に取り組んでいるという。
「深夜の人気番組『ゴッドタン』や『あちこちオードリー』でも、レギュラー放送に加えてDVD、配信、グッズなど、ファンとの接触ポイントを増やして深いエンゲージメントを構築している」(谷氏)
これを受けて鈴木氏は、個人視聴率と番組に対する高い好感度を持つ視聴者数の相関データを紹介。「『あちこちオードリー』や『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』など、テレビ東京の番組のいくつかにおいて、視聴率との相関を大きく超える好感度が見られた」といい、「独自性の高いコンテンツでファンを作り、深い熱量を武器に価値を生み出している」と、同局の強みを語る。
■360度展開と「シェアを意識した“視聴補完”」でファンを蓄積 〜テレビ朝日の事例
テレビ朝日・萱沼氏は、同局が得意とするスポーツコンテンツの事例として「FIBAバスケットボールワールドカップ2023」を紹介する。
日本テレビとの共同で実施した試合中継では、地上波・BSの放送と並行してTVerでのSpecial Liveとアーカイブ配信を実施。
中継中にデータ放送で行った企画「ライブ予想クイズ」では、「第3クォーター 残り5分までの得点差は?」など、試合の状況に応じたクイズを出し、視聴者との一体感を醸成した。
さらに同局主催のイベント「テレビ朝日・六本木ヒルズ SUMMER STATION」ではフリースローを体験できるゲームブースを設置したほか、東京ミッドタウン日比谷を会場にパブリックビューイングも実施。視聴者がリアルな一体感を持って試合を応援できる場作りを通じて、リーチの最大化を図ったという。
「ビデオリサーチの調査によれば、試合中継の放送視聴人数は推定5,689.1万人」と鈴木氏。「試合展開が進むにつれて視聴者数が右肩上がり、ファンが蓄積されていった」と、そのムーブメントの大きさを語る。
前述の「放送+TVer」並行展開も、中継の盛り上がりに大きな役割を果たした。今年の試合期間中、9月2日に開催された2試合目では歴史的ともいえる大展開が話題を呼んだが、ここでは他の試合と違い、「放送は視聴率が落ち、配信の視聴者数が爆発的に上昇した」と萱沼氏。「TVerでの配信が、放送を直接視聴できない環境の視聴を補完した」と語る。
「歴史的な瞬間を共有しようとSNSでシェアする流れに乗り、アーカイブ再生が多く回った。TVer配信はライトな層に対する“興味の受け皿”として機能し、次以降の試合の視聴につながった」(萱沼氏)
「TVerが地上波と寄り添って配信することで、ムーブメントが重層になるというのが視聴スタイルのトレンドになっている」と萱沼氏はいい、「同じ軸のコンテンツでもさまざまな“見せ方”で多面的に勝負できる時代にきている」とコメント。鈴木氏曰く、コネクテッドTV(CTV)においては、その特徴である「共視聴」の人数が同時期プライムタイムの平均を大きく上回ったとし、「みんなで楽しむというところもスポーツコンテンツにおける武器」と語る。
「小学校の体育から始まり、みんなが親しむスポーツは生活者にとって身近な存在。身近にあるスポーツに広告主も寄り添うことでコンテンツが育ち、それによってブランディング効果も高まる」(萱沼氏)
成功の背景として、「『身近なものへの寄り添い』があるほど爆発力が生まれやすい」と萱沼氏はいい、「コンテンツに対する前向きな姿勢があると広告主のみなさまもスポンサードいただけるようになり、放送局としても『このコンテンツに賭けよう』という気持ちが強まる」と強調。「その相乗効果によって広告メディアとしてのテレビの強みが発揮できる」と語る。
■直前差し替え、自動作案… “アドテク”をテレビに取り入れる 〜日本テレビの事例
デジタル広告が一般的となった現在、広告主側から高まるニーズに応えるべく、テレビ広告に対して技術面でのソリューションを図るケースも。
「テレビ広告本来の良さを活かしつつ、デジタル広告で一般化したアドテクやプログラマティック広告の技術を取り入れたアプローチ」として日本テレビ・武井氏が紹介する同社の新技術「ARM(アドリーチマックス)」では、事前に確保したCM枠に対して、放送数秒前まで広告素材の入れ替えや変更が可能。将来的には放送枠決定など作案工程の直前対応や最適枠の自動割り当てにも対応する予定という。
「配信など、地上波以外の出面を含めたトータルリーチを『統合在庫化』し、インプレッション単位での売買やオークションの導入も検討している」(武井氏)
「放送、デジタル含め、現在はさまざまな動画広告の形態があるが、それらはすべてテレビデバイスに落とし込むことでシンプルなものになる」と武井氏。『統合在庫化』の具体的な展開先として、「CTVがスタートラインになる可能性が高い」と期待を語る。
「いままでのテレビ局は『過去の視聴率』がカレンシーであったが、今後はそれが『リアルタイムな視聴率』に取って代わり、『いまどれだけ見られているか』でCMを流す枠を決められるようになっていく」と武井氏。さらに「過去の視聴率も『未来の視聴率』予測に大きな力を発揮する」とし、「『これから、これくらいの人数に見られる可能性が高い』という予測も、今後広告メディアとしてのテレビ局の大きな仕事になるだろう」と展望を語る。
■これからのテレビ広告に必要な「3つのI」
これからがテレビ広告が迎える新たな形態を、データはどのように後押しできるのか。セッションの最後、鈴木氏は「これからのテレビ広告に必要な『3つのI』」を掲げる。
「『Integration(統合)』──メディアやデバイス、単独視聴や共視聴など、視聴の分散を統合し、『Involvement(深化)』──コンテンツを楽しむ熱量やバズ、そのコンテンツ自身が稼ぐ力など濃さや深さを示していく。そして『Inter-operability(相互運用)』──即時の数字や予測の数字を提供する、システム的に相互に連携するなど、運用性を高めていくことが重要」(鈴木氏)
「これからのテレビ広告の方向性は、『コンテンツと広告の組み合わせで強みを発揮する』もしくは『コンテンツと広告を切り離して運用性を高める』の2つに大きく分かれていくだろう」と鈴木氏。「ビデオリサーチとしても、生活者を中心においてコンテンツや広告の価値を正確に計測し、テレビ広告をいろんな広告主の方々に使っていただけるよう準備していきたい」と述べた。