【イベルセリエス2023現地取材レポート後編】 スペイン発ドラママーケットから日本が学べる国際コンテンツ展開
編集部 2023/11/24 08:00
イベロアメリカ最大級の国際ドラマイベント「イベルセリエス2023」が10月3日から6日までマドリード市内の会場マタデロ・マドリードで開催された。世界のテレビ市場において、非英語のローカルストーリーにビジネスチャンスが広がっているなか、「イベルセリエス」はスペインドラマの認知度向上と国際共同製作の促進等を目的としたビジネスイベントとして早くも確立しつつある。第3回を数えた今年は昨年を上回る規模となり、日本からもメディア企業数社が参加した。前編に続き、現地取材した模様をレポートする。
■日本も出資する多国籍ドラマ「THE HEAD」の成功要因
スペインのマドリード市内で2023年10月3日から6日まで4日間にわたり開催された「イベルセリエス(正式名称:Iberseries & Platino Industria)」は、マドリードをイベロアメリカのストーリー産業の中心地に位置づけていこうと、130を数えたイベントプログラムの中身は昨年以上にマーケットトレンドを意識していた。コンテンツビジネスの潮流である国際共同製作をテーマにしたフォーラムはその1つにあった。
スペインでは、二国間以上のパートナーが手を組んだ国際共同製作プロジェクトが増え、欧州と北米を中心に、アジアまで幅広くドラマシリーズの国際展開を狙う動きまで見られる。その代表例に挙げられるのが、スペインの大手制作配給会社のメディアプロが主導したドラマ『THE HEAD』だろう。
出演者からスタッフまで多国籍な人材で英語言語の作品を実現し、Huluジャパンが出資参加したことにより、シーズン1は山下智久が、シーズン2では福士蒼汰が出演している。さらにドラマ『THE HEAD』が注目される理由には、100か国以上に広がる実績を作ったことが大きい。シーズン3の製作が決定したところで、本作の製作総指揮を務めたラン・テレム氏が登壇したセッションが今年のイベルセリエスで企画された。
ラン・テレム氏がドラマ『THE HEAD』の成功要因について「私たちが目指しているのは、英語で高品質の作品を制作すること。そして、英語圏のアメリカやイギリスとは異なる方法で、脚本やクリエイションにおいてユニークな物語を語ることが価値になると思っています。商業的に成功することも前提としながら、自分たちの自信と情熱に突き動かされながらやっていることです」と語る言葉は会場の士気を高めているようにも見えた。
なお、日本と継続的に組むことへの期待をテレム氏に個別に聞くと、「国際的なテレビの世界はすぐに答えが返ってくるのが常ですが、日本のやり方は時として、より深く、時間がかかります。でも、この事実に敬意を払うことが大事だと思っています。日本のプロセスを尊重することで我々にも必ず学びがあります」と、国際共同製作の心得とも言える答えが返ってきた。
■Z世代向け2大ヒット作から民放TV局LGBTQIA+作品上映まで
国際色を意識したイベルセリエスのフォーラム企画では国境を超えたZ世代向けドラマ作りをテーマにしたセッションも目玉の1つにあった。HBO MAXの『ユーフォリア/EUPHORIA』のクリエイター兼プロデューサーのロン・レシェム氏とスペイン発Netflixの『エリート』の製作総指揮カルロス・モンテロ氏らが並び、Z世代から絶大な支持を集める方法について語られた。
先の『THE HEAD』のテレム氏が「10年前と比較すると、多様な若い声、新しいストーリー、新しい表現のドラマが増えている」と指摘していたように、変化の要因の1つには動画配信サービスの台頭が大きく関係している。まさに『ユーフォリア』や『エリート』は動画配信サービスから生まれた2大世界ヒット作品である。『エリート』のモンテロ氏は「ニッチな作品がグローバルに広がる時代だ」と話していた。
また『ユーフォリア』のレシェム氏は「テレビネットワークでティーンエージャーを主役にした企画が断り続けられたことが原動力になった」と明かした後、成功体験を経て改めて思うZ世代が求めるドラマとは「ユニークさと多様な視点、ビジュアルで伝える哲学を持っていること。そして、自分のアイデンティティとは何かを確かめることができるものだ」と、強調していた。たとえ非英語によるローカルなニッチなストーリーであっても、可能性があることを示唆するものだ。
イベルセリエスの期間中、スペインの有力メディアが提供した上映ショーケースも行われ、世界市場を視野に入れた普遍的かつスペイン発のローカルストーリー作品が並んだ。スペイン大手民放テレビ局のアトレスメディアが自局の動画配信サービス「ATRESPLAYER PREMIUM」オリジナルとして制作した『Nights in Tefía』(テフィアの夜)は意欲作の1つにあった。
1960年代のカナリア諸島で同性愛者が抑圧された強制収容所を舞台に、絶望の中で見出す希望をミュージカルで表現した力作だ。後日、10月17日にMIPCOMカンヌで開催された「第7回ダイバーシティTVアワード」のLGBTQIA+部門にて受賞を果たすなど賞レースで注目も集めている。
制作したアトレスメディアは日本テレビのドラマ『Mother』をリメイクしたテレビ局でもある。激化するメディア競争の生き残り策として、良質な意欲作への投資を積極的に取り組んでいるように見える。
■公共放送も柔軟な展開でスペイン発コンテンツを発信
スペイン公共放送のRTVEに至っても柔軟な展開が目立つ。イベルセリエスで上映されたサイモン・ウェスト監督の歴史ドラマ『Boundless』はRTVEがAmazonプライム・ビデオとドイツのZDFスタジオと出資制作したもので、RTVEの動画配信サービス「RTVE PLAY」でも展開される。RTVE国際展開戦略責任者のハビエル・ケベド氏は「我々はスペイン国民のためにコンテンツを制作しているが、国外でも展開するRTVE PLAYを通じてスペイン発コンテンツの視聴の機会を拡大させていきたい」と語っていた。
世界進出を狙うのはテレビ局だけではない。テレフォニカ傘下の携帯電話事業会社Movistarは動画配信サービス「Movistar Plus+」のオリジナルコンテンツ制作に力を入れている。上映会にラインナップされたミニシリーズ『The Left-Handed Son』は母親と息子の関係性をテンポよく描く心理スリラーだった。脚本家のラファエル・コボスが監督デビューを飾った作品でもあり、人材を活かす力もスペインの強みであることが伝わってくる。
意欲あるイベロアメリカのクリエイターたちが配信プラットフォームの有力プロデューサーに向けて、資金調達を目的に企画プレゼンテーションを行う「ピッチセッション」も行われ、1000を超える応募の中から選ばれた178のプロジェクトが参加した。企画段階から契約を結んでいく動きは市場活性化にも繋がることから、イベルセリエスが重要視しているプログラムにある。
イベルセリエスがこのようにマーケットトレンドを着実に抑えているのは、世界の映像メディア市場が変革期を迎えた2020年に立ち上がった業界イベントであることが大きいだろう。政府の後押しと共に業界全体で士気を高めることでイベロアメリカのコンテンツ市場を拡大させていく動きは、同じく非英語コンテンツを扱う日本にとって学びがあり、場合によってはスペイン勢とタッグを組むことにも十分価値があると、昨年に続いて今年のイベルセリエスを現地取材したことでより一層確信が持てた。