Jamie West氏

13 NOV

海外の“失敗”から学ぶ、日本のテレビ広告の生き残り方 〜Streamhub東京ワークショップ・Jamie West氏講演会レポート

編集部 2023/11/13 08:00

テレビ放送メディアの視聴減衰やビジネスの競争力低下は世界的なトレンドだ。2014年には、英国Sky放送を前身とする米国コムキャスト傘下のメディア企業・Skyグループがテレビ放送におけるアドレッサブル広告の嚆矢となるメディアプラットフォーム・AdSmartを開発、海外における広告取引に大きな流れを生んだが、その牽引役を務めた現Streamhub社取締役Jamie West氏が2023年10月18日、東京・虎ノ門開催のStreamhub社ワークショップにて日本初講演した。(Streamhub社はビデオリサーチ社とTVer視聴計測で提携をしている。)

今回のテーマは、海外におけるメディアトレンドの最新事情について。本記事では、この講演会の模様とJamie West氏へのインタビューをお送りする。メディアの多様化が進むなか、放送開始以来70年以上にわたって同じ体制が続く日本のTVメディアはこの先も生き残ることができるのか。そのために進むべき道筋とは。Jamie氏の言葉からそのヒントを探る。

会場の様子

■OTT相手にテレビ劣勢の米国、共通指標構築のチャンスを逸した「5年の出遅れ」

Jamie West氏

Jamie氏は、米国、英国におけるメディアトレンドを俯瞰して紹介。日本と並べた上で「それぞれのテレビ視聴環境は似て非なるものである」と語る。

このうち米国は「もっとも視聴の分散化が進み、“もっともテレビが弱くなったマーケット”である」とJamie氏。放送局各社が運営する配信メディアの視聴者数はNetflixなどの“OTT新規参入勢”に大きく水を開けられ、ネットメディアを中心とするネガティブキャンペーンもあって苦しい立場にあると語る。

「視聴の分散化で、テレビ視聴者パネルの信憑性が低下している。人気のあるスポーツコンテンツは新規参入のOTTに買われ、テレビから姿を消した状態だ。結果、1つのスポット広告でマスリーチを達成できる機会が稀となり、トータルプランニングが困難な状況にある」

こうした流れを受け、テレビ局サイドからはマルチカレンシーなデータセットの構築を促進する動きが起きているものの、「膨大なコストがかかるうえ、広告主は追加負担に否定的な態度を示している」とJamie氏。「少なくとも、クロスプラットフォーム計測はいまから5年前には始めているべきだった」と厳しい見方を示す。

「現在、米国では全数ベースで信憑性を担保する測定基準の策定を急いでいるが、インプレッションひとつとっても、『1秒でも見られればカウントする』のか『ビューアビリティ100%(=完視聴)のみをカウントする』のかがまだ定まっていない。非フルスクリーンでの視聴や音声OFFでの視聴をどう扱うかについてもまだ明確な定義付けができていない状況であり、もはや共通の指標を作ることは困難なのではないかと思われる」

■30秒CM=サムネ1秒分の価値!?Project Originでの “テレビ不在の指標策定”を許した英国の失敗と挽回

一方、米国に比べてテレビメディアの力が大きく、放送局運営のサービスに視聴者を取り込む流れが盛んだという英国。2021年にはWFA(世界広告主連盟)とISBA(英国広告主協会)の支援によってクロスメディア測定プラットフォーム「Origin」が設立されるなど、広告主、デジタルプラットフォーム側においては進展があったものの、放送局側が関与していなかったために難しい状況が醸成されたという。

「既存の指標で十分と判断し、『Origin』の立ち上げに関与しなかったため、テレビ局にとってメリットのないクロスメディア測定基準が生まれてしまった」とJamie氏。「音声付きテレビCM30秒のインプレッションがサムネイル広告1秒間のインプレッションと同価値とされ」「デジタルプラットフォームごとのデータをそのまま使う」という透明性が低いものとなっている。その度合はきわめて深刻なものであったという。

一方、イギリステレビ局は自らが主導による新たな取引指標「CFlight」を推進している。デジタル媒体における広告配信ログと、英国内大手の視聴率調査会社・BARBのテレビ視聴データを、“第三者的な立場”である同国の調査会社・RSMBが独自メソッドで統合するという座組が作られた。

「CFlight」には、ローンチから12ヶ月で民放・と公共放送・Channel4が加入。「CFlight」は第三者機関であるRSMBがメソドロジーの提供者でありBARBと放送局に対して中立性と透明性を担保されており、広告主や広告会社の信頼を得ることに成功したという。

テレビ局主導によって運営されてきたこの「Cflight」だが、2024年1月からはBARBが運営を統括する予定。これにより、「Netflix」や「Disney+」など、BARBの計測に参加するOTTもカバーされるといい、「“大失敗”から一転、テレビとデジタルを横断した統一指標が生まれることになる」とJamie氏は語る。

「日本はまだテレビが強く、『TVer』などのBVOD(Broadcaster Video On Demand:放送局による動画配信プラットフォームで広告付きのAVOD)が進化している段階だが、米国や英国のような情勢になっていく日は決して遠くない」とJamie氏。両国から得られる“教訓”として、「『変革を自らリードし、変化に身を任せないこと』『新しい考え方は業界全体で透明性をもって考えること』が重要」と述べる。

「OTTとテレビの溝を埋めていくためには、広告会社、メディア、視聴者が“三方良し”で統一化を進める必要がある」とJamie氏。「世界の事例を参考にして、日本独自の手法が生みだせるはず」と期待を語った。

■「他国の失敗を糧にできる立場は強い」Jamie氏が日本のテレビに感じる“希望”

放送開始から70年、基本的な仕組みが変わらないまま年月を重ねてきた日本のテレビ広告取引も、OTTを始めとする視聴習慣の多様化によって、いよいよ改革待ったなしとなった。この先、日本のテレビ局は世界的な激流の中を生き残ることができるのか。講演会を終えたJamie氏からは、非常に希望に満ちた観測が聞かれた。

──今回の講演会を終えて、率直な感想をお聞かせください。

Jamie氏:今回の講演会には、放送局から広告会社、広告主まで、非常にさまざまな業界から多くのご参加をいただきました。広告に携わるこれだけ幅広い立場の方々が同じ場所に集まり、知見をともにしたということは、今後の業界の発展に向けた大きなワンステップになると思います。

──共通の課題に対して「横のつながり」が生まれた場でもあったのですね。

Jamie氏:業界に新たな流れを作り出すためには、事業者間のコンセンサスが欠かせません。今回は放送事業者から、ケーブルテレビ局などのプラットフォーム事業者、さらに広告関係者、視聴計測会社まで、さまざまなレイヤーから、共通の課題に対して等しく、強くエンゲージする参加者が集まったということが重要なポイントであると感じました

──世界的な流れと比較して、日本ならではの強みを発揮できるポイントはありますでしょうか?

Jamie氏:日本のマーケットは、ある意味非常に幸運と言えるでしょう。他国の失敗に学び、それを生かせる可能性があるからです。

米国をはじめ、海外ではプラットフォームとしてのGoogleの影響力があまりにも大きくなり、本来顧客である側の広告主側との立場が完全に逆転してしまいました。しかし、まだ日本においてはメジャーメントにしろ、マーケットにしろ、まだ“こちら側”にボールがある。この状況は、非常に大きなアドバンテージといえます。

──これからの時代、広告メディアとしての日本のテレビ局はどのような姿勢をとっていくべきでしょうか。

Jamie氏:短期的に勝った負けたと状況を判断するのではなく、中期的な視点でいかにゴールを設定していくかを念頭に置いていったほうがよいと思います。これは自戒を込めてでもありますが、広告主が何を達成したいのか、何を伝えたいのか、広告主側の目線に立って一緒に考えていくというスタンスを大事にし続けてほしいと思います。

筆者感想:日本のメディア業界も大きな変革の波の中にあると感じていたが、欧米におけると変化の激しさと速度はさらに大きく速い。Jamie氏の言葉からはテレビ業界への愛情が強くあふれ出ていて、日本という大きな市場における新たなテレビ業界の展望への望みと祈りを感じることができた。会場には放送局関係者が多く列席していたが、彼の信条と最新情報に真剣に聞き入っていた。

参考:講演会の内容

Jamie West氏

イギリス視聴計測会社※Streamhub社役員。前職Sky社アドバンス広告部門トップとして放送にデータを利用したアドレサブル広告AdSmartを立ち上げ、視聴解析、アドレサブル広告の先駆者となり世界で最も先進的なTVマネタイゼーション&データ機能を構築した。30年以上のメディア業界におけるキャリアを持つ。

現在テレビ+配信業界において幅広くデータ、広告テクノロジー戦略の支援を行っている。

 

 

 

※Streamhub社:イギリスに拠点を置く視聴計測解析会社として欧米、日本で展開。日本においてはビデオリサーチ社とのパートナーシップでTVerの視聴データ解析Catch ANを展開。世界的なテレビ&動画配信トレンドを研究し、放送(リニア)と配信の統合リーチ計測XFlightを開発中。