増田夏樹氏、星野崇宏氏、森藤大地氏

24 JUL

ユーザーを動かすプッシュ通知の“最適解”は? TVer ✕ 慶應大共同研究インタビュー

編集部 2023/7/24 08:00

株式会社TVer(以下、TVer社)は、民放公式テレビ配信サービス「TVer」における効率的なプッシュ通知を使ったプロモーション手法の研究を目的として、データサイエンスを専門とする慶應義塾大学経済学部 星野崇宏研究室との共同研究を行っていたが、今年3月に一旦の結果を示し完了した。

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現在、TVerでは見逃し配信の“見逃し”を防ぐため、アプリ上でユーザー向けのプッシュ通知を実施している。この手法は高い認知効果を持つ一方、タイミングや文言の内容等によっては視聴のモチベーションを損なう逆効果の懸念もある。

今回の研究では、TVerで配信中のドラマ・バラエティ数番組を対象に複数のタイミングや文言を組み合わせたプッシュ通知を実施し、開封率・コンバージョン(動画へのアクセス)の変化を検証。ユーザー体験の観点から、どのような形態での通知が効果的であり、見逃しの防止につながるかを探る。

本記事では、研究メンバーである慶應義塾大学経済学部教授の星野崇宏氏と同大学 星野崇宏研究室の増田夏樹氏、株式会社TVer データサイエンティストの森藤大地氏にインタビュー。研究の具体的な内容と、結果から得られた知見についてお話を伺う。

左から星野崇宏氏、増田夏樹氏、森藤大地氏

■行動経済学にもとづき、「不快にならず行動を促す」プッシュ通知パターンを実験

──共同研究にいたった背景を教えてください。

森藤大地氏

森藤氏:プッシュ通知は認知面でのインパクトが大きい反面、一度不快感を抱かれてしまうと「通知オフ」にされ、二度と戻らないことが少なくありません。優れた広告がコンテンツとして受け入れられるように、プッシュ通知も有益なユーザー体験として感じていただかなくてはならず、その最適解を見つけることは大きな課題です。

しかし現状、通知を配信するタイミングや文面は担当者の経験と勘によるところが大きく、明文化された知見が見いだしきれていないのもまた現状です。星野研究室ではデータサイエンスに心理学や行動経済学のアプローチを組みあわせてマーケティングを研究されており、TVerのデータを活用することでこうした課題に対するブレイクスルーが図れないかと考えました。

──どのような行動経済学の理論がベースとなっていますか?

星野崇宏氏

星野氏:今回は行動経済学の理論から「損失回避」「タイムプレッシャー」の2つを取り入れました。

「損失回避」は、「それをしないと損失を被る」と思わせるメッセージを受け取ると行動したくなるというものです。人は利益よりも損失を感じるほうが心理的なインパクトが大きいとされています。「見られますよ」というより「見られなくなりますよ」と伝えるほうが、損失を回避したいという心理が強く働き、行動につながるのではないかと考えました。

「タイムプレッシャー」とは、「あと何時間」と期限が提示されると行動してしまうというものです。メッセージを受け取った際に行動するかどうかの判断を先送りする可能性を減らし、コンテンツを開くコンバージョンを上げられるのではないかと考えました。

──研究の具体的な内容、それぞれの役割分担について教えてください。

増田夏樹氏

増田氏:今回の研究では、スマートフォン版「TVer」アプリのプッシュ通知において先述の行動経済学的な知見をもとに、ドラマ・バラエティの9つの番組グループに対して毎週、隔週と2つの変更スパンで複数パターンのメッセージ表記や通知タイミングを実験し、それぞれに対する開封率、コンバージョン(=動画再生)率の変化を比較しました。

森藤氏:TVerでは、星野研究室側で設計していただいた番組リストと配信スケジュールをもとに実際のプッシュ通知を行い、その結果のログデータを一意性を担保しつつ、個人を特定しない形に編集して提供したほか、参考情報として過去に行ったプッシュ通知の文言も共有しました。

増田氏:星野研究室ではTVer社からいただいたログデータをもとに「ランダム化比較試験」という学術的な手法でサンプル範囲を決定し、TVer社から許可のもと、ランダムに対象ユーザーを抽出、解析しました。

■「タイムプレッシャー訴求」はドラマで大きな効果。バラエティでは「開封率に大きな影響はないがコンバージョンに影響」という結果も

──実験の結果、どのような知見が得られましたか?

増田氏:今回、プッシュ通知の文言は「従来通りのフォーマット」「損失回避訴求」「タイムプレッシャー訴求」の3パターンを用意しました。

「損失回避」について、開封率には有意な差が見られませんでした。TVerのサービスは無料で提供されていることから、ユーザー側としてはあまり損失を感じなかったのかもしれません。

「タイムプレッシャー訴求」については、ドラマにおいて開封率、コンバージョンともに大きく有意な差が出ました。とくに初回の通知において効果が突出しており、「見逃してしまうとストーリーを追えない」というユーザー意識にはまったことが見て取れました。ただ、それ以降は効果が続かず、プレッシャーを与え続けることによる興味の低下も確認できました。狙いを定め、1回だけの“決め打ち”とする形が運用としては最適解かもしれません。

またコンバージョンに関してはドラマと比較してバラエティーが顕著に高い効果が出ました。この結果に関しては「番組のジャンルによる違い」であるのか「視聴者層の特性による違い」であるのか今後の検証で識別することが重要であるといえます。

星野氏:通知タイミングの面で見ると関連する研究では既に、早めの通知は効果がある一方、配信開始から6〜9時間程度経ってからのタイミングでは逆にコンバージョンが低下することもわかっています。このころになるとユーザーも「見ようかどうしようか」と迷いだし、そのタイミングで送られてきた通知が逆はネガティブに働いてしまうようです。「強制されたように見えると反発を感じる」(心理的リアクタンスと呼ばれますが)という側面は根強く、今後の通知方法を考えるうえで課題となりそうです。

──今回の結果を振り返っての感想、今後の展望を教えてください。

増田氏:プッシュ通知の文面において、配信先のユーザーの属性を考慮するとコンバージョンが有効であるという研究があります。今後は、ユーザー属性をカテゴリー分けしたレベルでの実験も行ってみたいです。

星野氏:コンバージョンの変化や番組ジャンルごとの反応の違いについては、さらに掘り下げてみたいところです。プッシュ通知以外にも、フリークエンシー制御や詳細なターゲティングが可能な「TVer広告」での実験にも興味があります。より媒体としての価値発掘につながるアイデアを試してみたいと思います。

森藤氏:ドラマとバラエティでのコンバージョン差は面白いポイントでした。バラエティの場合は1週飛ばしてもフォローアップが容易ですが、ドラマは1話飛ばすとストーリーについていけなくなるという点は、増田さんからもご指摘があったように影響しているかもしれません。それぞれの視聴者層の違いも影響している気がします。

TVerとしても、ぜひこうした取り組みを継続させていただき、ユーザーのみなさんに「プッシュ通知があって助かった」と感じていただける体験を積み重ねていきたいと思います。

今回の研究結果は、TVer社公式サイトの「TVer Tech Blog」で閲覧できる。