Z世代1200人の調査から見えた「ホラー×テレビ」の可能性~闇×八塩圭子氏インタビュー
編集部 2022/10/12 10:00
MBSメディアホールディングスグループのホラーコンテンツ制作会社である株式会社闇と、東洋学園大学現代経営学部教授・フリーアナウンサーの八塩圭子氏は、1990年代後半から2010年の間に生まれた10〜20代前半、いわゆる「Z世代」を中心とした15〜29歳の首都圏在住の男女1200人に「ホラーエンタテインメントに関するアンケート」を実施。熱狂的ファンを抱える一方アンチも多い「ディープニッチ」とされてきた日本発ホラー「Jホラー」に対し、Z世代が高い興味と接触を図っている現状が明らかとなった。
本記事では、株式会社闇 代表取締役社長CEO・荒井丈介氏と同社代表取締役副社長CCO・頓花聖太郎氏、八塩圭子氏にインタビュー。今回のアンケート結果に対する考察とともに、ホラーコンテンツの魅力や消費のされ方の現状、テレビへの波及効果、今後のホラー消費に対する期待を聞く。
【アンケート実施概要】
首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)在住の15〜29歳までの男女1200人(15〜19歳、20〜24歳、25〜29歳 各400人)に対し、調査会社クロス・マーケティングの協力のもとインターネット調査を実施。実施期間は2022年6月23日(木)〜27日(月)。
【ホラーの定義】
ホラーとは主に恐怖感情を楽しむエンターテインメントのこと。ここで扱うホラーは、お化けやゾンビ、オカルトだけでなく、オカルトホラー、ジャパニーズホラー、ゾンビ系ホラー、サウペンス・サイコ系ホラー、モンスター系ホラー、パニック系ホラー、ファンタジー系ホラーなどのジャンルが含まれる。
■Z世代をホラーに突き動かす「怖い物見たさ」という欲求
――今回の調査「ホラーに関する首都圏在住Z世代1200人アンケート」はどのような経緯から実施されたのでしょうか?
荒井氏:ホラーが若い人々に高く支持されているという実感はありましたが、それを数字として立証できるデータがこれまでありませんでした。闇のMBSグループ入りすることでより多くのクライアントへの説得材料となるデータを用意しようと考え、東洋学園大学でマーケティングのゼミを主宰する八塩さんに調査をお願いしました。
八塩氏:映画の興行収入やコンテンツのダウンロード数のデータはこれまでも存在しましたが、ホラーに対する若い人々の意識と消費行動についてデータは確かにないと感じていました。もともとエンターテインメント分野には明るかったので、研究領域の一つとしてホラーをぜひ研究させていただきたいと思い、共同調査という形で進めさせていただくことになりました。
頓花氏:見た目の振る舞いが派手すぎるあまり、これまでホラーに対するイメージは「好きな人はすごく好きだが、苦手な人は本当に苦手」と、どこか両極端なところが否めませんでした。そうした点でも、若い人々がどこを入り口としてホラーに接しているのか、どれくらい興味を持ち、どれくらいの頻度、どんなシチュエーションでホラーを楽しんでいるのかという全体像を探れるという意義が、今回のアンケートにはあると考えました。
――アンケート結果からは、どんな気づきが得られましたか?
八塩氏:顕著だったのが、男女間でのホラーの楽しみ方の違いです。男性は「一人で淡々と楽しむ」という傾向が強かったのに対し、女性の場合は「怖がりながら盛り上がる」という傾向が強く見受けられました。
とくに15歳から19歳の女性は「ホラーに興味がある」という回答が42.1%、「自分は怖がりだ」という回答が72.9%とZ世代の中でももっとも高く、「怖がりの人はホラーを見ない」というこれまでのイメージを覆す結果になりました。
――ホラーコンテンツの作り手から見て、この結果にはどんな印象を抱きましたか?
頓花氏:これまで開催したお化け屋敷のイベントでも女性の来場者数が目立って多く、納得できる結果でした。男性はホラーコンテンツを「作品として楽しむ」一方、女性は「友達と一緒に体験として楽しむ」というように、男女間で差が出てきているようです。
――Z世代のなかでも、年齢が若いほど「ホラーに興味がある」回答した割合が高くなっていますね。
八塩氏:とあるラジオ番組でこの調査結果を紹介させていただいたとき、パーソナリティの方が「年を取るともっと“怖い経験”があることを知るからでは?」と仰っていて、なるほどと思いました。「未知の存在に遭遇する」ということは怖さの根幹ですから。“怖がり”でいるということは、ある意味若さを保つ秘訣なのかもしれません。
――「怖がり」がポジティブに捉えられるという価値観はとても新鮮ですね。
頓花氏:私はいま40代ですが、「怖がることはいけないこと、克服すべきこと」という価値観がありました。しかし今時の若い人々のホラーに対する楽しみ方を見ていると、怖さをネガティブに捉えることなく、エンターテインメントの一つとして楽しんでいるように見えます。
YouTubeやSNSなど共有や共感を軸としたメディアに接触するなかで、ホラーは「みんなで盛り上がるためのツール」となっており、「怖がり」という感覚も「それだけホラーを楽しめる」というようにポジティブな価値観へと変化しているのを感じます。
■Z世代にとってホラーは「一緒に叫んで盛り上がるエンタメ」
――若い人々の間で、ホラーというものの体験の仕方が大きく変化しつつあるのですね。
頓花氏:これまでのホラー体験はテレビや映画館など、オーディエンスとメディアが「一対一」で向き合う構図が一般的でした。いまはYoutube実況などの形で、コンテンツに対してたくさんのオーディエンスが集まり、そのオーディエンス同士が一緒になって盛り上がるという形で楽しまれるようになりました。先ほど例に挙げたお化け屋敷もSNSを通じて楽しみ方が拡張しており、いまやホラーは「たくさんの友達と一緒に叫びながら盛り上がるエンタメ」として機能していると言えるでしょう。
八塩氏:ホラーコンテンツにおけるさまざまなジャンルごとの印象を尋ねたアンケートでは、「誰かと一緒だとより楽しめる」に加えて、「その世界に入り込める」「没頭できる」といった回答も上位に見受けられました。
Z世代のコンテンツ消費は「リキッド消費」と呼ばれ、さまざまなコンテンツを次から次へと渡り歩くのが特徴です。いまや多くのコンテンツが倍速再生や“結末だけ視聴”されることが多いなか、思わず“没頭”するほどの魅力をホラーに感じているということは、非常に重要なポイントだと思います。
――ホラーに接するメディアやプラットフォームを訪ねるアンケートでは、ネットを超えてテレビが1位でした。
頓花氏:もともとみんなで見やすく作られているテレビという媒体は、ホラーを見る場としてとても相性がいいと思います。加えて最近は、ホラーを扱うテレビ番組の放送中、番組名がTwitterのトレンドに上がることも珍しくなくなりました。SNSによって共視聴を楽しむスタイルの浸透が、ここへ来て追い風になっているように感じます。
共通の恐怖対象があると人間は本能的に仲間と協力し合おうとします。ホラーを見ると自然と人と繋がりたくなる。みんなで感想を分単位で投稿しつつ、ハッシュタグで他の人の反響を見るという楽しみ方は、ある意味必然的な組み合わせだったのかもしれませんね。
■「ホラー版『サ道』」「セミホラー」……テレビとのクロスオーバーで育つホラーというジャンル
――ホラーコンテンツとテレビの関係について、いま感じていること、期待していることはありますか?
頓花氏:ホラーって、いまブームのサウナに近いのではないかなと思っているんです。感情が高ぶって、脳内麻薬が出るというところもまさに共通しているなと。
漫画やドラマで人気を博した『サ道』でサウナや水風呂の入り方を知ったという人も多いと思うのですが、ホラーにおいて同様に、メンター的な人が「ホラーってこういう風に楽しめばいいんだ」と伝える「ホラー版『サ道』」みたいな番組があったらいいなと思っています。怖さ一辺倒ではなく、楽しみ方を啓蒙する要素を込められたら面白いですね。
――たしかに、ホラーにもサウナでいうところの「ととのう」にあたる絶頂点がありそうですね。
八塩氏:「ととのう」のかわりに「よみがえる」とか(笑)。
頓花氏:サウナの「ととのい」にあたるキーワードが見つけられたら、新たなホラーブームが起きるかもしれませんね(笑)。
――楽しみ方が多様なアトラクションとしてホラーを捉えると、また新たな可能性が広がりそうですね。
八塩氏:カップルで楽しめる仕掛けだとか、参加者や入り口によって結末が異なるアトラクションというのが一つの道なのかなと。
ゲームの世界でも「あそこに隠し扉あったのに!」という会話で盛り上がったりしますよね。やはりコンテンツは、うんちくが入るとより楽しめる。これからもっとホラーの裾野を広げていくためには、こうした「カスタマイズ性」を持つ仕掛けが重要な役割を果たしていく気がします。
頓花氏:あえて最後の結末を描かず、視聴者に考察させるドラマやモキュメンタリーなど、これまでテレビだけは成立しにくかったコンテンツが、ネットを使うことで受け入れられるようになってきました。こうした展開は、ホラーがいちばん得意とするところです。
あえてすべてを描かず、想像させる余地を与えることで、恐怖が生まれる。今後、テレビとネットの掛け合わせによって、「みんなで考えよう」という形式のホラーコンテンツが広がっていきそうです。
――ホラーの入り口としてのテレビにはどのような可能性を感じますか?
八塩氏:自分が見ようと思わなくても、勝手に目に入ってくるのがテレビのいいところですね。ホラーという言葉の捉え方や領域を広めるうえで、新しいコンテンツとの“最初の出会い”であるテレビが果たす役割は多いと思います。
アニメの『呪術廻戦』や『デスノート』のように、ホラーと銘打たずともホラー的な展開がちりばめられた作品が人気を博すケースも増えてきました。図らずしてホラーに“出会えちゃった”人が「そうか、私はホラーを見ていたんだな」とその魅力に気づいてくれたら、さらに深く探求しようとジャンルの入り口をくぐってくれるかもしれません。
いまクラシック音楽の世界では、ポップスとのクロスオーバー的な領域がどんどん広がっていて、そこをいかに増やすかがファン層拡大の肝となっています。ホラーもこうした「セミホラー」ともいえるソフトな領域をどれくらい広げられるかが市場のカギになっていくのではないでしょうか。
――今回はZ世代のホラーに対する新しい価値観を通じて、ホラーコンテンツの新たな受容の形が見えてきました。最後に、放送局系のホラーコンテンツ企業という立場から見た今後の展望をお聞かせください。
荒井氏:放送局も海外市場を目指す必要が出てきたいま、ディープニッチだがグローバルな市場として、ホラーには大きな可能性を感じています。
リアルな体験を伴う新しいエンタメとしてのホラーをどう作るか。そして、そこにテレビをどう位置づけるか。今後、放送局はホラーコンテンツの制作だけではなく、ジャンルとしてのホラーを育てていく立場も担っていくことになると思います。
少なくとも、他の分野との組み合わせは必須でしょう。そうした意味で、Z世代の人々がホラーに対して新しい発想を持っていることがわかったというのは非常に心強いことです。クロスオーバーが得意なテレビというプラットフォームの上で、Z世代がコンテンツ作りの主導権を持っていくことがとても楽しみです。
荒井丈介氏プロフィール
1996年毎日放送入社。同事業局事業部 プロデューサーとして「梅田お化け屋敷」シリーズを立ち上げ、2019年6月より株式会社闇 代表取締役社長CEO。
頓花聖太郎氏プロフィール
グラフィックデザイナー・アートディレクターを経て、大好きなホラーを仕事にすべく株式会社 闇を設立。2019年6月より同社代表取締役副社長CCO。ホラー×テクノロジー=ホラテクをテーマにホラーイベントの企画やプロデュース、ホラー技術の提供、ホラーを使ったプロモーションで新しい恐怖感動を作り出す。
八塩圭子氏プロフィール
上智⼤学法学部卒業、テレビ東京⼊社。報道記者、アナウンサーを10 年務めた後独⽴し、2003 年からフリーアナウンサーに。法政⼤学⼤学院社会科学研究科経営学専攻マーケティングコース修⼠課程修了(MBA)。関⻄学院⼤学商学部准教授、学習院⼤学経済学部経営学科特別客員教授を経て、2016年に東洋学園⼤学現代経営学部に着任。専⾨分野はサービス・マーケティング、メディア・コンテンツなど。 著書に「⼋塩式マーケティング思考術」(⽇本経済新聞出版社)など。