26 JAN

「推しがあるとうまくいく 〜オンラインベース社会の生存戦略」博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所ウェビナーレポート(前編)

編集部 2022/1/26 09:00

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所主催のオンラインイベント『メディア環境研究所ウェビナー2021冬 「推しがあるとうまくいく 〜オンラインベース社会の生存戦略」』が2021年12月10日に開催。ファンである人物やキャラクター、コンテンツに対し、個人的な愛好にとどまらず、他者との積極的な共有や共感といったコミュニケーション全般へ心血を注ぐ行動としての「推し」をテーマに掲げ、その現状を掘り下げた。

本記事では前後編にわたり、その模様をレポート。前編となる今回は、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 グループマネージャー 兼 上席研究員・山本泰士氏、同上席研究員・野田絵美氏によるキーノート「推しがあるとうまくいく 〜オンラインベース社会の生存戦略」の模様をレポートする。

■“非オタク層”にも広がる「推し」のコミュニケーション

博報堂DYメディアパートナーズ 代表取締役社長 矢嶋弘毅氏

冒頭の株式会社博報堂DYメディアパートナーズ 代表取締役社長・矢嶋弘毅氏による主催者挨拶の後に登壇したメディア環境研究所所長の島野真氏は、第164回芥川賞を受賞した宇佐見りん氏の小説『推し、燃ゆ』を紹介。同作で「愛でるものであり、深めるもの」として描かれた「推し」の現在について「コミュニケーションの“目的”ではなく、“手段”として使いこなす生活者の姿が見えてきた」と語った。

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 山本泰士氏

キーノートの冒頭、山本氏は「推し」について「2021年の新語・流行語大賞にノミネートされ、『Googleトレンド』でもコロナ禍以降急激に存在感を増している」と、その社会現象化について言及。その一方で、「その主人公はこれまでのような、いわゆる“オタク”とは異なる人々」だと指摘する。

あらゆる年代の幅広い層の人々が『推し』を通じて、明るく、生き生きとしたコミュニケーションを楽しんでいる。いわゆる“オタク層”が中心であるというこれまでのイメージと違い、リアルな世界を充実させ、コミュニケーションを楽しんできた“非オタク層”までもが『推し』に参加する局面を迎えている」と山本氏。

 

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 野田絵美氏

続いて野田氏が、2021年11月に同研究所が実施した「メディア生活と推しに関する行動意識調査」の結果を紹介。全国の15〜69歳男女を対象にインターネット上で行われた同調査では、「好きで推していることや人・物はあるか」という問いに、全体の60.8%が「ある」と回答。10〜20代では実に4人に3人が「『推し』を持っている」という。

■オンライン化時代、コミュニケーション手段として活用される「推し」

続いて野田氏は、同調査でのインタビュー映像を紹介。

コロナ禍で授業がオンライン化したことを機にテレビやSNSへ触れる時間が増え、現在はアイドルグループの「NiziU」やアニメ『鬼滅の刃』『僕のヒーローアカデミア』にハマっているという、東京都在住の女子大学生・Aさん。友人との付き合いも「オンライン化」し、「Twitterで友人に『いまの「推し」』を発信し、友人からも『推し』を受け取る」というコミュニケーションを楽しんでいるという。

「リア友(リアルな世界での友達)を巻き込み、そこから情報が入ってくるようにしている。コミュニケーションはオンラインで完結している。『鬼滅の刃のPOPがあった』とつぶやくと、友達から『ここでも見かけたよ』という写真や二次創作のリンクが送られてきて楽しい」(Aさん)

「友達の『推し』の影響を受けてハマることもある。BTSの曲は“布教”されて聴くようになった。友達を見ていると『自分はオタクではないな』と思うが、BTSのことを好きにはなった」(Aさん)

Aさんの話を踏まえ、野田氏は「友達との会話がオンラインベースになっている」点に着目。「LINEなどでいつでも話しかけることはできるものの、目的や用事がないと会話の糸口は見つけにくい」としつつ、「Aさんの場合は『推し』を使ってその糸口を作り出し、うまくコミュニケーションをとっている」と指摘する。

「『推し』に関する情報をやりとりすれば会話のきっかけが増え、突然LINEをしても迷惑がられたり、好みを外すことなく喜ばれる」と野田氏。

「『推し』があると、オンラインベースでの会話のきっかけが生まれ、やりとりがうまくできる」といい、「(対人コミュニケーションが)オンラインベースにシフトする中で、“コミュニケーションのための「推し」活用”が広がっている」と語る。

■「安心し、共感できる仲間を引き寄せられる」“価値観の松明”としての「推し」

数あるコミュニケーション手段のなかで、なぜ推しがとくに活用されているのか。野田氏はコロナ禍におけるコミュニケーション不全の蔓延を挙げ、全体では3人に1人、10〜20代では44.5%が「安心して話せる話題が少なくなった」とする回答結果を紹介。

一方、「『推し』がある」生活者の72%は、「『推し』が同じ人とはコミュニケーションしやすい」と回答したという。さらに61%は、「『推し』が違っても、何か『推し』がある人とはコミュニケーションしやすい」と回答。「『推し』がある人は、『推し』の対象が違う人ともうまくコミュニケーションをとることができる」と野田氏は語る。

「『推し』がある人の46.6%、10〜20代では55.1%が『「推し」があると生きるのが楽になる』と感じている。「推し」の存在はコミュニケーションだけでなく、オンラインベース社会の“生存戦略”として活用されている」と野田氏。

これに山本氏は、「コロナ禍を経て『推す人々』が急速に『非オタク層』まで拡大し、『推し2.0』ともいうべき新局面を迎えている。『推し』の動機は、かつてのように『「推し」を深く愛する』だけではなく、コロナ禍で不足した『安心できるコミュニケーション』をするために“「推し」を活用する”という行動が急浮上している」と指摘する。

「『推し』をうまく活用しているのは、若い方だけではない」と野田氏。コロナ禍で人とのリアルなやりとりが減ったことを機に「YouTuber推し」となり、「『推し』を通じ、オンラインでも一緒に楽しくなれる人を増やしたい」と思いを語る38歳男性・Iさんのインタビューを紹介。

 

「いままではオフライン、リアルな場で偶然的なふれあいがあった。オフラインで出会う数が少なくなるなか、一緒にいて楽しくなれる人をいかに増やしていけるか。失くなった機会を埋めたいという気持ちがある」(Iさん)

 

アイドルグループ「なにわ男子」を推しているという31歳女性・Yさんは「『推し』がテレビに出ていると、Twitterで実況したり、つぶやいたりしている」。その目的は「仲間を増やすこと」といい、「『推し』が同じならすぐに仲良くなれ、無限につながれる」という。

「(『推し』を通じて)一緒に(ライブやイベントに)行ける人を増やしたい。大人になると友達もどんどん限られてくるが、同じものが好きだと無限につながっていられる」(Yさん)

「『推し』は『価値観の表明ツール』になっている」と野田氏。「『推し』があると、周りに見えにくいオンラインの中でも“松明”のように価値観を表明することができ、共感できる仲間を引き寄せられる」と、「推し」が出会いのきっかけとして機能していると語る。

「庭園推し」の51歳男性・Mさんは、SNSで庭園紹介を通じた交流を行っており、現在はLINEグループに130名にのぼる仲間がいる。「『推し』によってオンラインでも安心してつながることができ、会話も弾む」という。

「『推し』の仲間には“安心”が大事」と野田氏。仲間との会話が安心してできるよう工夫をこらしているというMさんの姿勢を踏まえつつ、「安心な仲間だからこそ、心を開いてコミュニケーションすることができる」と説明。SNS上の心がけとして、「好きなものだけがタイムラインに流れるよう、Twitter上でネガティブな言葉をミュートする」「分断を防ぐため、平和な会話を心がけている」といった生活者インタビューの回答を挙げた。

■「相手の興味になるよう届ける」“贈り物”としての「推し」

「推し」が持つコミュニケーション上の役割について、「仲間への『贈り物』になっている」と野田氏。「『推し』があると良い時間が生まれ、友達とも以前に増して仲良くなれる」ため、「相手の興味になるよう、『推し』を送り届ける」コミュニケーションがなされていると語る。

「VTuber推し」の23歳女性・Nさんは、友人からVTuberの「歌動画」を薦められたことをきっかけにハマり、いまではそのVTuberが参戦するeスポーツを応援するまでになったという。

「(VTuberの界隈では)『ファンアート』などのタグを通じて、『絵師』さんがアップするファンアートを見ることができる。(VTuber)本人がコンテンツを生産しなくてもファンがめちゃめちゃコンテンツを出していて、私を“沼にはめてくれた”友達とお互いにお気に入りを送り合っている」(Nさん)

「『推し』の“贈り物”は友達同士だけのものではない」と野田氏。「切り抜き師」と呼ばれる人によって作成されるハイライト動画やイベントのレポートなど、「推し仲間」のあいだでコンテンツを絶やさず供給する流れが生まれているという。

■「推しを持っていること」そのものがコミュニケーションの架け橋に

韓国のアイドルグループ・BTS推しであるという39歳女性・Mさんは、別のアイドルグループを推す同僚と、「推し」をきっかけに友人関係を深めることができたという。

「お互い『推し』がいるという元気さで、コミュニケーションの熱量が上がった気がする。その対象や価値観に違いはあるが、最近見たコンテンツの話をすることで興味を持ちあい、お互いの『推し』の話を一日中している」(Mさん)

「『推し』がある人はテンションが高いので、『ちょっと話を聞きたいな』という気持ちになる。詳しいことまではわからないにせよ、“気持ちの高さ”は合うので、『推し』がまったくない人よりも話が合う」(Mさん)

「『推し』は、新たな仲間との架け橋になっている」と野田氏。「“同じテンションの高さ”を持つお互いの『推し』に共通点を見つけ、新しい仲間を広げていく」とし、「多くの人とコミュニケーションしたいという欲求が、新たに広がる『非オタク層』の強いモチベーションになっている」と語った。

■「推し2.0」時代のビジネスチャンスは「推し仲間作りの推進」

「『推し2.0』において非常に重要なのは、『非オタク層』が推しへと参入してきたこと」と山本氏。「『非オタク層』が重視するのは、推しを愛するということだけでなく、推しを通した安心なコミュニケーションや仲間づくり」といい、「これからは『推し仲間作り』を推進、支援することがビジネスチャンスになりうる」と指摘。以下のように具体的なアプローチを示唆する。

(1)推しへの補助線を引き、背中を推す「推しガイド」

「非オタク」層の人々は、推しを自ら見つけて掘り下げるのではなく、人からおすすめされ、教えてもらう中から自らの「推し」を発見する。いまの生活者は、「どの『推し』をどう楽しめばよいのか、どう楽しめるのか」を自発的に教え合い、「『推し』への入り口」を作っている。

歌声という切り口でVTuberにハマった人がいるように、コンテンツの持つさまざまな側面や属性を「そのカテゴリーが好きそうな人々」に向けて発信し、ひとつのコンテンツに多様な入り口を作ることに、エントリーの可能性がある。

(2)推し仲間で贈り合い、関係を深める「推しギフト」

「『推し』の出ているPOPを街中で見つけ、友達に写真を送る」というコミュニケーションが見られるように、広告すらも仲間との関係を深めるギフトになりうる。アウトドアメディアや動画を活用することで、「仲間同士で贈り合い、自然拡散する」といった、広告媒体活用が可能となり、「『推し』を使ってくれた」と、広告主へのエンゲージを深めることにもつながる。

(3)みんなの力でコンテンツの供給を増やす「推しエディット」

いまや、「コンテンツの切れ目が縁の切れ目」。「推し」を通じた友人関係のなかでつぎつぎと新たなコンテンツが提供されることで、無限に楽しみ続けることができる。

現在は、ファンがコンテンツの切り抜き画像や動画を勝手に拡散している状況だが、これらをメディアコンテンツサイドが権利を守りながら盛り上げることで、コンテンツの離脱防止にもつながる。

たとえば、二次創作のためのお題を公式に提供し、ファンとの関係を深めるなどのアプローチによって、広告主自身がコンテンツをファンと一緒に「推す」仲間になることもできる。

■「推し仲間との“楽しい空間”」を維持し続ける仕組みづくりが重要

「単独の『推し』に限らず、『推しの枠』を越えたコミュニケーションが起きる様子もインタビューから見えてきた」と山本氏。「この動きは、メディア・コンテンツホルダー・広告主が広く生活者を捉えるうえで重要なポイントになる」と強調する。

「生活者が『推し』を広げるなかで、メディアの“枠”や“編成“をうまく活用する動きが見えてきた」と野田氏。「火曜日夜10時のドラマに出演する俳優たちにつぎつぎハマり、それを起点に出演作品を見てさらに『推し』を増やしている」という「キュン俳優推し」の38歳主婦・Kさんのインタビューを紹介する。

「『キュンキュンタイプ』の作品が多いと聞き、TBSの火曜夜10時のドラマを見はじめてハマった。主演はもちろん、その相手役や友人役の俳優が気になり、出演している他の作品もチェックするようになった」(Kさん)

「夜10時はリアルタイムに見られる時間で、誰にも邪魔されない。Twitterでファン同士のつぶやきを見るのも楽しい。同じ気持ちの人が世界にたくさんいるのだということを実感できる」(Kさん)

こうした行動について山本氏は、「特定の『推し』にとどまらず、その枠を超えて束ねることで楽しむ仲間の数を増やす『非オタの仲間拡大』が起きている」と定義。「特定の『推し』を分散化させるのではなく、共通のテーマを掲げてまとめ上げる『推しインテグレーション』を推進してはどうか」と投げかける。

「あるコンテンツが終了することを『○○ロス』と呼ぶことがあるが、これはビジネスにとって機会ロスとも言える」と山本氏。「『キュン俳優』や『韓国』という枠でまとめ上げるなど、大きな枠の中で継続的に『推し仲間との“楽しい空間”』を維持し続ける仕組みづくりが、継続的なメディアコンテンツホルダーや広告主との関係性を維持することにつながるのではないか」と提言した。

■「絆を感じる基盤」となったメディアコンテンツ

「生活者は推しという好きな情報から仲間を作り、安心できるコミュニケーションを確保することで、ときに不安なオンラインベース社会を生き抜こうとしている」と山本氏。「好きな情報は、オンラインベース社会を生きるために必要な、人との絆を感じるための基盤になっている」と、その社会的な役割を強調する。

「今や、メディアコンテンツは単純にその刺激を楽しむだけのものではない」と山本氏。「オンラインベース社会の中で分散し、孤立、孤独も増しかねないなか、メディアコンテンツは人間関係を結ぶ重要な社会的使命、パーパスを持ち始めている」と語り、キーノートを締めくくった。

「推しの新局面をビジネスに活かすには?」博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所ウェビナーレポート(後編)