「デジタルクローン」がもたらす新概念「リサーチ4.0」とは? オルツ×ビデオリサーチ 担当者インタビュー(前編)
編集部
株式会社ビデオリサーチは、同社が提唱する新たな調査ソリューション「リサーチ4.0」の取り組みとして、P.A.I.(パーソナル人工知能)を開発する株式会社オルツと共同で「デジタルクローン・アンケートシステム」の実証実験を進めている。第一弾の成果として、実際のアンケートモニター(回答者)の思考や行動をシミュレートし、“仮想の調査回答者”として活用する「デジタルクローン」技術の開発に成功した。
デジタルクローンでは個人情報に触れることなく、個々のモニターの“思考や行動”のみを再現するため、これまでのアンケート調査が抱えてきたプライバシー問題を解消。さらに今後、性年齢や職業・収入等のデータを組み合わせることによって、これまで調査が難しかった詳細なターゲットに対する評価や把握も可能になるという。
AI(人工知能)のマーケティングや調査は各所で行われてきたが、「これまでの一般的な『AI調査』とは異なる」という「デジタルクローン」。いったいどのような仕組みなのか。株式会社ビデオリサーチ 企画推進局 データビジネス推進部の藤森省吾氏、株式会社オルツ副社長の米倉豪志氏に尋ねる。
■リサーチデータを“生成”し、調査する「リサーチ4.0」
――ビデオリサーチの提唱する新たな調査ソリューション「リサーチ4.0」の一環として進められている「デジタルクローン・アンケートシステム」ですが、そもそも「リサーチ4.0」とはどのような概念なのでしょうか。
藤森氏:これまでビデオリサーチが行ってきたリサーチ手法のうち、調査員によるアンケートベースで行ってきたものを「リサーチ1.0」、1990年後半からインターネットを利用して調査してきたものを「リサーチ2.0」、これまでのような調査ベースからログ解析ベースで行ってきたものを「リサーチ3.0」と定義づけてきました。
「リサーチ4.0」は、今回のデジタルクローンのように、新しいAI などの技術を駆使することで、「リサーチデータを生成して解析する」というリサーチの形です。
――「リサーチ4.0」は、これまでの「リサーチ1.0」から「リサーチ3.0」に置き換わる概念ということになるのでしょうか。
藤森氏:「リサーチ1.0」から「リサーチ3.0」は、これからも継続します。「リサーチ4.0」は、これらに並行する新たなリサーチのジャンルとして生み出したものです。
――「リサーチ4.0」は、どのような背景から誕生したのでしょうか。
藤森氏:個人情報をとりまく環境も変化し、生活者のデータに関する考え方もよりシビアな方向へ向かっているという認識がありました。そんな中、オルツさんとの出会いを通じ、デジタルクローンという技術の存在を知ったのです。
実際の人間ではなく、実際の人間の意識に近いクローンを生成、そしてこの「リアリティの高いリサーチデータ」であるクローンに調査をかけることができれば、個人情報の問題もクリアしつつ、安価なコストで迅速な調査が行えるのではないか──。このような考えをもとに、「データを生成して調査を行う」という「リサーチ4.0」の概念が生まれました。
■「個人ごとの“ズレ具合”」を再現するデジタルクローン
――「デジタルクローン」は、どのようにして構築されるのでしょうか。
米倉氏:まず多くの人々のライフログを集め、それらを“まぜこぜ”にモデル化した「平均モデル」というものを作ります。多くの人に共通する考えは強化され、相対する思考についても互いに相殺されることになるので、名前の通り大きな偏りのない、いわば「一般常識」を具現化した巨大なモデルとなります。
これをベースにおきつつ、今度は、クローンを作りたい個人の考えが反映されたデータを少しずつ加えていくと、前述の一般常識を持ちつつ、個々人が持つ個性のかたちに“偏った”モデルが生まれます。これが、デジタルクローンの基本的な仕組みです。
――これまでの「統計的アプローチ」とデジタルクローンは具体的にどう違うのでしょうか。
米倉氏:これまでの「統計的アプローチ」は、統計処理から人間を把握、クラスタリングし、集団の大まかなモデルを導き出すことで「同じような考え方」を生み出し、別の事柄にも当てはめていくというものでした。
一方、デジタルクローンの場合は、与えたデータそのものではなく、それぞれのデータのベクトル軸、すなわち「平均からの“ズレ”」を利用します。これにより、モデルの元となったデータには定義されていない事柄であっても、“ズレ具合”さえ再現できれば、未知のデータに対しても「その人らしい」回答を再現することができるのです。
――これまでの統計的なアプローチは、データの集合から「おおまかな考え方のパターン」を類推するものでしたが、デジタルクローンは一人ひとりの「考え方の個性」そのものを再現できるので、あらゆる問いに対して「この人ならばどう答えるか」がわかるということなのですね。
米倉氏:はい。考えを把握するため、これまでは「リアルな人間」に接してデータを取っていましたが、デジタルクローンは、それがそのままクローンに置き換わるということです。
■YES/NO質問に「どちらともいえない」人間ならではのファジーな回答も“再現”
――デジタルクローンを用いて、具体的にどのような取り組みを行っていますか。
藤森氏:現在はPoC(概念設計)の段階として、デジタルクローンに対してさまざまな質問を投げかけ、どのような回答が返ってくるかを検証しています。質問と回答をやりとりするインターフェースをオルツさんに開発していただき、日々アップデートを繰り返しながら進めています。
――調査で使用するデジタルクローン群は、どのように構築しているのでしょうか。
藤森氏:まず、Twitterなどの公開されたライフログをもとに、「『好き』とはこういうこと」というような“概念の種”を生成します。そこに、弊社のパネルデータ(特定の母集団を元にしたデータ)でもっとも設問数が多く、意識に関する質問データが多い「ACR/ex※」を突き合わせることで、生成した個々のデジタルクローンの中から、回答者データに近しい思考パターンを持つデジタルクローンを探査し、紐付けていくというアプローチで構築しています。
――これまでの実験結果で、印象的だったものはありますか。
藤森氏:「納豆は好きですか?」という質問をデジタルクローンに投げかけたところ、「嫌い」という回答が全体の4割だったのに対し、「納豆は嫌いですか?」と質問したら「嫌い」が全体の9割に増えた、という事例があります。また、YESかNOかを尋ねる質問なのに、「わからない」と回答が返ってきたこともあります。
――質問の仕方で答えが変わったり、「どちらともいえない」という“迷い”があったり、本当に人間のようですね。
藤森氏:私自身、「納豆は好きですか?」と聞かれたら「別に好きではないけれど食べられるし、嫌いというわけではない」と答えますが、「納豆は嫌いですか?」と尋ねられたら、たしかに「はい」という意味で「嫌いです」と答えてしまうと思います。こうした人間ならではのファジーな回答をどのように扱っていこうか、という点は非常に悩ましいですが、同時に大きな可能性を感じる部分でもあります。
続く後編では、番組制作における活用アイデアなど、テレビメディアにデジタルクローンがもたらす新たな可能性の部分について、深く掘り下げていく。
※ACR/ex:ビデオリサーチが提供する生活者の属性や商品関与、メディア接触など網羅的に調査した、代表性のある大規模シングルソースデータ https://www.videor.co.jp/service/communication/acrex.html