コンテンツ視聴分析の変化、現状整理と利活用の今後【InterBEE2021レポート】
編集部
(左から)青山学院大学 内山氏、フジテレビ 久保木氏、テレビ朝日 岩田氏
一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、「InterBEE」を、2021年11月17~19日にかけて開催。今回は幕張メッセでのリアルイベントとオンラインイベントを並行しての開催となり、495社・団体から749ブースが出展。幕張メッセ会場には18,308名、オンライン会場にも累計1万名以上(2021年11月22日時点)が来訪した。
本記事では、オンライン開催された「INTER BEE CONNECTED」のセッション「コンテンツ視聴分析の変化、現状整理と利活用の今後」の模様をレポートする。
メディアや広告会社、広告主によってコンテンツ視聴データの利活用が進んでいる。本セッションでは「放送における視聴データの収集」にフォーカスし、データ収集開始の経緯や個人情報におけるスタンスの変化を振り返りつつ、2022年度に施行される改正個人情報保護法にも触れながら、データの利活用の今後について論じた。
パネリストは、青山学院大学 総合文化政策学部 教授・内山 隆氏、株式会社フジテレビジョン 編成制作局 デジタルマーケティングセンター局次長・久保木準一氏。モデレーターを株式会社テレビ朝日 ビジネスソリューション本部 IoTv(Internet of Television)局データソリューションセンター・岩田 淳氏が務めた。
■“双方向化”とともに進んだプライバシー意識 視聴データ利用の「これまで」を振り返る
2003年に成立し、2005年より施行された個人情報保護法は「まさに放送のデジタル化の歴史に沿っていた」と岩田氏。地上波デジタル化を各放送局が進めていくなかで、プライバシー保護に向けた取り組みも進められた。一方で、黎明期であった当時は「放送においてプライバシー保護に向けた直接的な取り組みをする段階ではなかった」と振り返る。
すると久保木氏も、「地上波デジタルの技術標準を策定した際には個人情報保護法がまだ存在しておらず、いま考えるとびっくりするような実装も行われていた」と述懐。データ放送から投稿を送る際に“いちいち名前や電話番号を入力するのは面倒だろう”と、テレビのなかに入力データを自動的に保持するような仕様があったことを例にあげ、「いま思えば、(プライバシー保護に関する理解のないまま)無邪気に作ってしまった」と反省の弁。
そして、視聴データ取得に関する流れとしては、2012年に日本テレビがスマートフォンを介したソーシャル視聴サービス「JoinTV」をスタートさせ、その後、オープンプラットフォーム化。2016年には野村総合研究所(NRI)による実証実験も行われた。
これについては「放送画面のQRコードから個人情報を送っていただくことも含めてコンテンツ体験の枠組みとなった」と久保木氏。そして、SNSの普及によって情報の双方向性が強化されるとともに、「番組に触れていただく際のプライバシー保護のあり方が非常に求められる時代になった」と時代の移り変わりを説明。
また、放送局が個人データを取得することについて視聴者にアンケートをとると、「ある程度の安心感が持たれていると思われる結果も一部で見受けられる。そのように思ってくださる方々の信頼を裏切らない形で、データの利活用を考えていかなければならない」と話した。
その後、2018年には総務省と民放キー局5社による視聴データの実証実験がスタートしている。個人を特定しない視聴データは業界団体の「自主基準」に基づく運用を行う一方、個人に紐づく「特定視聴履歴」については個人情報とし、個人情報保護法や関連ガイドラインに則った運用を行うといったルール付けがなされていった。
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そうした変化の中、「テレビ端末で情報を取得しているのだから、テレビの放送上できちんと紹介しないと視聴者の方はわからない」というアドバイスも受け、「その後、データ放送上とホームページに文言を掲載するという“文化”が醸成されるなどして放送局が連携して共通の自主基準が形作られ、安心安全が築かれている」とした。
■放送とネットが「同じ端末で見られる」いま、デジタルと同等の分析水準が必要
セッション後半では、本題である「放送由来の視聴データの位置づけ」に関する議論へ。
「放送局にとって強みである番組を維持していくためにも、それに対する視聴者のさまざまな反応を次の企画へ生かしていく学習のループは作っていかなければいけない」と内山氏。「どういう番組が好まれているか、ということは当然把握していかなければいけない。Netflixなどのネット動画サービスも、まさしく視聴動線のデータから強い番組を作り、世界的なシェアを増やした。やはりこのあたりは放送局として、ある意味マストでやっていかなければいけない――」と指摘した。
そのうえで、どのように視聴データを集め、どう生かしていくかは次の問題で、「民放がNetflixなどの有料サービスと違うのは、広告主との向き合い。得た視聴データを番組に活かすことで、広告主にとっても利益のある形に転換していくことが必要」と述べた。
久保木氏は、「これまでも視聴率という指標によって『この番組が受けている』『こうした内容が受け入れられる』ことが把握でき、番組作りに生かされてきた」と述べた一方で、爆発的な進化を遂げたデジタルマーケティングにも着目。「AIやクラウドによってスパコンレベルの解析が誰でもできるようになってきた。フィードバックの精度も分単位から秒単位となり、パネルデータだけで調査していたものが実数、全数レベルとなった。いまや、分析の精度はデジタルが格段に先を行っている」と現状を説明。
当初から視聴データはあるものの、「放送局の中に閉じている状況」と問題点を指摘し、「放送もネット動画もテレビという“同じ端末”で見られるようになったいま、視聴者に対しても広告主に対しても同じサービスの提供が求められる。まずこの事実をしっかりと把握するべき」と強調した。
■「放送と通信の垣根がなくなる日」が視野に入ったいま、急ぐべき行動とは
「いまや、テレビはインターネット端末、ブラウザでもあるので、通信の分野、インターネットでの技術や倫理的なことがどうなっていくのかに注目していく必要がある」と久保木氏。「ゆえに、放送におけるデータ取り扱いのガイドラインについても、通信分野と密接に連携して議論する必要がある」と語る。
すると岩田氏は、「現在、放送とネット動画はリモコンの“入力切替ボタン”によってある種の“区分分け”がなされているが、いつの日かその垣根がなくなったときのことも考えていかなければいけない」と指摘。「そうした環境の中で、放送由来の視聴データをどうやって把握できるか。ネットについては、ルールを守りながらデータを取れる環境にあるが、放送はまだ、ルールを検討しながらやり始めている段階。そこを何とか早く実現させていくことが、この事業環境の中でサービスを充実させていくことにつながる」と提言した。
そして、内山氏は「視聴者目線で言えば、プライバシーは3重のバリア構造で守られることになる」と述べ、「まず個人情報保護法という基幹的な法律があり、放送と通信を所轄する総務省で事業分野別のガイドライン、さらにそれぞれの事業分野ごとの認定個人情報保護団体が策定する自主ルール(認定団体指針)が作られ、各事業者が迷わないための3重のバリアで視聴者のプライバシーを守る。かつ、基幹的な個人情報保護法は日本の場合、3年ごとに改正される」と説明。
「現状は『2枚目のバリア』である総務省のガイドラインの部分で、レギュレーションを強めるか、緩やかにするかという議論が行われている段階」と内山氏。その一方で、「『3枚目のバリア』である事業分野ごとの自主ルールについても議論していかなければいけない」と語る。
また、改正個人情報法は2022年の4月から施行段階に入るため、そこまでにある程度間に合わせなければならない。「視聴者のみなさまに安心して事業者の動向を見守っていただけるよう、スピード感をもって取り組む必要がある」と話した。
■「3年サイクルの法改正」がデータ利活用の進化を担保する
ブロックチェーンを用いたNFT(Non Fungible Token=非代替性トークン:コンテンツ保有権の一意性を保証する符牒)が登場したことで、内山氏は「1個1個のコンテンツデータが『特定のモノ』として存在するようになってきた。2020年代は、データが複製可能なものではなく、『特定されるもの』となっていくかもしれない」と予見。
「広告や、それに付加されるクーポンのようなものに対しても、1個1個NFT化が進めば、視聴者を特定せずとも行動の履歴やコンバージョンの追跡が可能になってくるかもしれない。こうした面で放送はネット上のプラットフォームサービスにまだまだ勝ててないが、いろんな発展の余地を残している」
このように語った内山氏は、「短期的な視点では、2010年代中盤から続く、世界的な個人情報保護の動きにも対応しなければいけない」としつつ、「長期的な視点としては、こうした技術の発展の芽を摘むようなことは避けなければいけない。いろんな選択肢を残すような制度論の議論はすべきだろう」と語った。
さらに「個人情報保護法の3年という改正サイクルをもう少し延ばすべきではないか、という議論もあるかもしれないが、直近5年の間を振り返っても、それまで存在しなかったスマートフォン上の“広告ID”があっという間に普及し、さらにプライバシーの観点から見直されるというサイクルが起こった。インターネット側は3年サイクルでどんどん新しくなる。放送側もそれに対応できる技術を考えていかなければいけない」と提言。
「メディア全体の流れとして考えると、放送にしても片方向で止まり続けるわけにいかず、双方向に進化していくのは必然」と語り、「一種の環境適応ではあるし、そうしなければ放送は『恐竜』となってしまう。こうした状況を踏まえ、安心安全のバランスを取りながら進めていくことになるだろう」と述べた。
最後に久保木氏は「いま、一番の課題は、視聴者の理解を得ること」、「データの取得にあたり、あらかじめ同意をいただくということがやはりトレンドとなり、何よりも大事」と指摘。
取得にあたって同意を取るべきデータの他に、広告を出すための信号のような、サービスの提供維持のために必要不可欠なデータもある。これらのデータを利活用するにあたり、「その目的や利活用範囲で区分を設け、それぞれの目的や活用範囲に応じて求められる『安心、安全』をいかに担保するかが、いまの議論においてはそこがポイントなのではないか」と分析。
久保木氏は続けて、「時代とともに新しい技術が出てくると、適用できるものもあるし、いったん諦めなければいけないものもあるだろう」と語り、「そうしたことを『3年ごと』に見直し、適宜仕分けをしていくことになるのだと思う。民放としてはビジネスにつなげていかなければならず、広告というサービスの根幹のところでデータを使い、インターネットのいい部分については取り入れ、そうでないところは線引きをしながら、安心安全なプラットフォームを作っていけたら」と話した。
そして内山氏は「10年レンジの話では、デジタルコンバージェンスとかマーケティングコンバージェンスのピースをどう埋めていくかが広告メディアとして必要になってくる。そこの大きな入り口として、旧来型の4媒体は機能していて今でも強いはず。そこのピースは埋まっているが、コンバージェンスの奥深いところは考えなくてはいけない部分だと思いますので、これからのデータの利活用次第となってくる。もっと先のことを言うならば、視聴者にCMスキップしたいと思わせないような番組とCMの送り出しが超長期的なことだと思います。そういうレベルまで行けば広告主と視聴者と放送局が親和的なメディアとなると思います」と語り、この日のセッションを終えた。