ホラーが持つ「若年層との圧倒的な親和性」を放送ビジネスに活かす 〜MBSグループ・闇とお化け屋敷P・五味弘文氏 業務提携の舞台裏(後編)
編集部 2021/11/17 08:00
MBSグループでホラーコンテンツの制作を手掛ける株式会社闇(東京都目黒区)が、2021年11月1日、日本を代表するお化け屋敷プロデューサー、五味弘文氏が代表を務める株式会社オフィスバーン(東京都杉並区)と業務提携。さらに五味氏が闇のエグゼクティブ・プロデューサー(EP)に就任することが発表された。
今回、Screens編集部では前後編にわたり、五味氏と株式会社闇 代表取締役社長CEO・新井丈介氏、代表取締役副社長CCO・頓花聖太郎氏にインタビュー。後編となる本記事では、IP(知的財産)としてのホラーコンテンツの可能性、さらにホラーの立場から見た、現在のテレビメディアへの展望をたずねる。
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■「物語と設定を紡ぐ仕組み」IPとしてのホラーコンテンツの可能性
──ハリウッドでは制作スタジオがお化け屋敷の運営に乗り出すケースも見受けられますが、ホラーコンテンツのIP化についてはどのように考えていますか。
頓花氏:闇は2015年の創立以来、お化け屋敷やその他多くのホラーコンテンツを手がけてきましたが、その多くは企業からの受託案件であり、自分たちでIPをコントロールできる状況にありませんでした。これからは会社の方針として、自分たちで直接お客様に届けるB2C(Business to Customer)にチャレンジしようという機運が高まっており、こうした面でも五味さんにいろいろご相談をしたいと思っています。
IPとは「作ろうと思って作る」ものではなく、これまでの取り組みのなかで「結果的に生まれる」ものだと思います。愛されないコンテンツは、IPになりえません。まずはお客様に喜んでもらい、楽しんでもらい、愛されるものを作っていくことで自分たちのコンテンツを強く押し出し、それを軸にいろんなものが回り始める状況を作り出すことがベストと考えています。
荒井氏:毎年たくさんの魅力的な物語、魅力的な設定を生み出す五味さんに私たちがまずご提案したのは、「この魅力的な空間をビジネスベースに乗せ、さまざまな場所で“展開”できる仕組みを作りませんか」ということでした。たとえば、東京で展開したものを沖縄でも展開する、いわば「物語と設定を紡ぐ仕組み」を作り出せば、ホラーの裾野をもっと広げられると考えたのです。
一口にIPというとそっけない言葉になってしまいますが、その真髄にあるのは物語であり、そこからキャラクターというものが生み出されていくわけです。これらをどう広げていくか、MBSとしても、闇としても、もうひとつ違うフェーズに行けるのではないかと思っています。
頓花氏:コンテンツそのものに限らず、フォーマット自体のIP化にもチャレンジしていきたいですね。五味さんとご一緒させていただいた『学校の怪談』など、怖い話をテーマにしたVR(仮想現実)コンテンツや、金縛りをテーマにしたVRコンテンツを実際に中国でも展開していまして、このように海を超えて世界に向けた展開も狙っていきたいです。
荒井氏:MBSでは2013年にも、五味さんの小説を原案としたドラマ『悪霊病棟』の制作をはじめとするメディアミックス展開を行いました。そこからさらにWEBが進化し続けているいま、VRなどXR領域やメタバースなど、もう一歩新たなコンテンツ展開のかたちを一緒に見出していけたらと考えています。
五味氏:社会情勢は人の心理に大きな影響を与えますから、時代によってホラーコンテンツに対する意識が変わっていくことは必然ともいえます。ただ、どのような状況であっても、エンターテインメント、さらに言えばライブエンターテインメントを求める気持ちは無くならないと思うのです。変わっていく意識になるべく反応し、それに即した良いライブエンターテインメントを作っていくことが私たちの責任であると思っています。
■ホラーが持つ「若年層との圧倒的な親和性」を放送ビジネスに活かす
──今回の提携は、放送局・MBSとしても新たな基軸につながる取り組みであるように感じます。MBSグループの一員として、今回の取り組みにどのような思いがありますか。
荒井氏:配信コンテンツの普及と台頭によって、いまや自分たちが作りたいものを届ける手段を、放送波に限らず選べる時代となりました。こうした流れを踏まえ、放送局として長い歴史を持つMBSも、これまで主軸としてきた放送とはまた違うビジネスモデルや表現方法、お客様とのコミュニケーションを生み出していくことが求められています。
MBSが五味さんとこれまで行ってきた数々取り組みの「成果」としてもっとも大きかったのは、「従来の放送ではなかなか届きにくかった若年層とコミュニケーションを構築できるのが、ホラーでありお化け屋敷である」という発見でした。直接的に体験できる人数や規模感こそ放送の比ではありませんが、彼らが体験したことをSNSで“再発信・拡散”するというムーブメントは、様々なサービスの出現で最初にタッグを組んだ2012年当初よりもさらに加速しています。
こうした流れを踏まえても、コンテンツのジャンルとして、あるいはエンターテインメントとしてのホラーは、メディアとしてのMBSの付加価値として大きな魅力であると感じています。
──ホラーと若年層の親和性の高さが、ひとつの大きなテーマとなっているのですね。
荒井氏:ターゲット論が問われているいまの世の中で考えると、ホラーは若年層にだけ集中して刺さる…… というと大げさかもしれませんが、この世代に圧倒的な強みを持つ存在であることは確かです。その魅力をドライブできるメディアをMBSグループとしても抱えていきたいと思うなかで、今回の五味さんとのより一層のタッグ体制は、いよいよ満を持しての展開といった気持ちです。もはや期待しかありません。
■ホラーがMBSにもたらす“変化”
──MBSとしては、今回の提携の先にどのような展開を考えていますか。
荒井氏:具体的には、「闇×オフィスバーン」というブランドでの自主興行ができたらと考えています。他社でいえばチームラボさんが各地に常設の興行施設を展開していたり、五味さん自身も東京で常設の興行を行っているように、MBSのサービスエリアである関西地域でも、同じように常設興行や番組の制作などを行っていけたらと考えています。
そして、これらに対し、弊社の頓花や五味さんにリアルイベントやデジタルの見地からどんどん深堀りしてもらい、ときにそれらを寄せ合うことで、新たな機軸のエンターテインメントを生みだしていく。そんな関係性を作っていくことが理想です。
──MBSが放送局として積み重ねてきたノウハウは、どのような点で活かせそうですか。
荒井氏:MBSには、前身である「新日本放送」の時代から70年以上にわたって積み重ねてきた番組制作のノウハウがあります。さらにマスメディアとしても、プロモーション面で貢献できることは大きいと思います。
お化け屋敷イベントのセットも、MBSのドラマ・舞台美術チームと一緒になって作っています。その意味でも、放送局ならではの高いクオリティーをリアルでもデジタルでも実現できたらと考えています。
──まさにこうした部分は、老舗放送局ならではの強みですね。
荒井氏:一方、ホラーコンテンツにおけるノウハウの蓄積は始まったばかりです。そうした意味でも、お互いの得意な分野を持ち寄り、高め合いながら発展させていくことが重要であると考えています。「VR撮影できるカメラを持っている=VRを制作するノウハウがある」ということではないのです。
VRコンテンツは既存の放送コンテンツと編集の仕方も大きく違いますし、立体音響のやプロジェクションマッピングなどの技術も、これまでの番組作りとは異なる領域です。これからノウハウを蓄積していくという面でも、MBSグループの各社と連携を進めていくことができたらと考えています。
──MBSの既存コンテンツを「ホラーの力でアップデートする」構想はありますか?
頓花氏:まさに、そうしたアイデアも過去に上がりましたね。
荒井氏:先に挙げた『悪霊病棟』のように、五味さんが脚本から演出までを手掛ける番組もやってみたいですし、それをどうデジタル領域でプロモーションしていくかということにも非常に興味があります。そこから新しいIPを生み出していくのが理想形。地上波の電波をはじめ、MBSの豊富なリソースや人材など積極的に活用してどんどん「遊んで」いきたいですね。メディアグループとしての強みを最大限に活かした展開を構想しています。
海外での展開も、念頭に置いています。ホラーは海を超えるコンテンツですから。以前、五味さんプロデュースのお化け屋敷をインドネシアで展開したことがあるのですが、その際も現地で非常に高い評価を受けました。グローバル展開、というとカッコ良すぎますが、テレビ番組など映像作品とは違うアプローチでMBSのコンテンツを世に出していくことも闇の仕事かなと思っています。
■「一体感」と「共感覚」で、アフターコロナのライブエンタメを再定義したい
──最後にあらためて、今後に向けた展望を聞かせてください。
頓花氏:私は「一体感」というものがひとつのキーワードなのではないかと思っています。コロナ禍でもとくに感じたのですが、いまは「仲間といる」「誰かと過ごす」といったことに大きな価値が見いだされる時代であると思っています。
ホラーの魅力は、体験を通じて一気に関係性が強まるということであったり、同じ共感覚を味わえるという点にあると思います。いま、B2Cの取り組みとして「ホラーのオンラインイベント」の開催を考えているのですが、このようにオンラインエンターテインメントという領域で何か新しい価値を作れないかと、いま模索しています。
五味氏:「ライブとは何なのか」ということが、このコロナ禍ではあらためて問い直されたように思います。いままで当たり前にあったものが失われたことで、これまでの「当たり前」が当たり前ではなかったのだということに気づかされたという意味では、非常に貴重な機会だったのではないでしょうか。
世代によって「ライブ」というものの感覚は異なっていると思いますが、こうした「ライブ観」といいますか、「ライブってこういう感じだよね」「こういうものを私たちはライブだと思っているよね」ということをあらためて議論し、きっちりつかみ直して具現化していきたいと思います。