視聴データ活用!視聴履歴取扱プラクティス Ver2.0を読み解く〜【InterBEE 2020レポート】
編集部
(左から)野村総研 小林氏、フジテレビ 久保木氏、テレビ朝日 岩田氏
一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、毎年幕張メッセで開催している「Inter BEE」を、11月18~20日の3日間にわたりオンラインで開催。「メディア総合イベント」のニューノーマルを目指し、オンライン上で様々な展示、並びに50以上の講演、セミナーが実施された。
本記事では、その中から放送とネットやビジネスとの「CONNECT」をテーマとし、InterBEEのひとつの目玉企画「INTER BEE CONNECRED」のセッションより、「視聴データ活用! 視聴履歴取扱プラクティス Ver2.0を読み解く」の模様をレポートする。
一部のテレビ受像機メーカーや広告・調査会社のあいだでテレビ視聴データの利活用が進む一方、放送事業者においても在京局をはじめ複数社が各社で収集をスタート。これから放送分野での利活用ルールが定まっていく流れにある。
今回は、今年7月末に公開された「オプトアウト方式で取得する非特定視聴履歴の取扱いに関するプラクティス(ver.2.0)」の作成に携わった視聴関連情報の取扱いに関する協議会関係者(有識者、放送事業者、放送関連団体、TVメーカーで構成)をパネリストとして招き、放送事業者の視聴データ収集利活用の展望についてディスカッションが行われた。
パネリストは、株式会社野村総合研究所 ICTメディア・サービス 産業 コンサルティング部 小林慎太郎氏、株式会社フジテレビジョン 総合メディア推進本部デジタルプラットフォームセンター 担当局長兼室長 久保木準一氏。モデレーターを株式会社テレビ朝日 ビジネスソリューション本部 IoTv局 データソリューションセンター 岩田淳氏が務めた。
■視聴データ取り扱いの論点は?
まず、小林氏が視聴データ活用の主な論点を整理。
「オプトアウト(基本的に同意を得ないが任意の拒否も可能とする)か、オプトイン(同意を得ることを前提とする)か」「個人情報(として扱う)か、非個人情報(として扱う)か」「(取得するデータは)適用される規律は放送分野のものか、通信分野のものか」という3点に分けて説明した。
視聴データには、個人を特定する「視聴履歴」、個人を特定しない「非特定視聴履歴」の2つがあるが、法規上の個人情報にあたる「視聴履歴」については、個人情報保護法が適用され、その管理は法によって厳密に規定される。今回のセッションで主題となるのは、個人情報保護法の適用外であり、その扱いについて事業者の自律が求められる「非特定視聴履歴」だ。
「そもそも非特定視聴履歴の取得に視聴者の同意は不要なのか、という議論がある」と小林氏。「同意不要論」の立場からは、「『これだけで個人を特定するわけではないのだから、個人情報にはあたらず、取得にあたって視聴者の同意はいらないのではないか』『取得の確認を入れることによって逆にサービス利用が阻害されるのではないか』という議論が強かった」と語る。
一方、「同意必要論」の立場からは、「『何の番組を見ていたのか』という情報は(個人の行動パターンを示すものであり)、個人や世帯のプライバシーに繋がる。取得の前にしっかり同意をとるべきではないかという議論がある」と。
また、「ヨーロッパの方では(視聴データ取得にあたって)同意をだいぶ取るようになった」としているが、その結果、「イギリスの個人情報保護委員会(ICO)が公表している資料によれば、1日あたりの平均ページビュー数はオプトインにすると9割減少した」という。「仮にオプトインにしていただいた方だけの視聴データをもとに番組制作をするとなると、『1割の方の意見しか反映できない』ということにもなりかねない」と述べた。
「個人情報(として扱う)か、非個人情報(として扱う)か」という論点について、小林氏は「放送セキュリティセンターの認定団体指針によれば、非特定視聴データについては個人情報保護法の対象外である」としながらも、「やはり視聴データはプライバシーをしっかり保護しなければいけないのではなないか、という議論がある」と語り、「法律ではなく、自主的な規律を設けるべきではないか」と、今回の主題である「オプトアウト方式で取得する非特定視聴履歴の取扱いに関するプラクティス(ver.2.0)」の目的につなげた。
一方、インターネット配信は「通信」の範疇となるが、現状も通信事業者によるガイドラインでは「通信の秘密の確保」や「位置情報の保護」などが厳しく規定されているという。
「今後、同時配信、見逃し配信を放送事業者が実施していく場合には、放送と配信の境目がかなり曖昧になってくる。これまでのように放送の分野の規律だけ見てればよい、という問題ではなくなってくる」と小林氏。ただ、「放送事業者が配信を行う場合、放送と通信どちらか、また両方の記述に対応すべきなのかという基準はまだ明確になっていない」とし、「今後ここについても、国もしくは民間団体のルールにおいて明確にしていかなければいけない」と述べた。
■プラクティスは「オプトアウト」を前提に、すべてのステークホルダーが関わって制定
背景となる事情を説明したうえで、いよいよ議題は「オプトアウト方式で取得する非特定視聴履歴の取扱いに関するプラクティス(ver.2.0)」の骨子へ。ここにおいては、オプトアウトによる視聴ログの取得を前提に議論が進められているという。
小林氏は、「プラクティスで前提とされているのは、オプトアウト方式で視聴データを収集する、収集したデータを、個人を特定できない『非個人情報』として扱う、という点。非常に厳しい縛りだが、逆にいえば非個人情報だからこそ、オプトアウトで収集できる」と語る。
「制定に関わるのが放送事業者などプレイヤーだけではお手盛りになってしまう」と小林氏。そのため、このプラクティスの制定にあたっては一般財団法人放送セキュリティセンター(SARC)と野村総合研究所が事務局となり、放送局のほかに各方面の有識者や消費者の代表者、メーカーや民放連、ケーブルテレビ連盟、衛星放送協会などの事業者団体が参加。さらにオブザーバーとして読売新聞社や電子情報技術産業協会(JEITA)、さらに電通や博報堂DYメディアパートナーズなど広告会社、総務省も加わっているという。
「(放送局だけで)お手盛りの勝手なルールを作っているわけではなく、客観性を持つプレイヤーが参加し、マルチステークホルダープロセスを実現している」と小林氏。「利害関係者がきちんと一堂に会してルールを作っている」と強調した。
■視聴データ分析の際は「個人特定不可処理」+「データ取得部署の隔離」を徹底
「(視聴者の同意を求めない)オプトアウトで実施する場合でも、放送局の方ではかなり抑制的に利用目的を限定し、取り扱おうということでルールを作っている」と小林氏。その証明として、具体的なユースケースを挙げた。
視聴データの分析にあたり、視聴者の属性情報を付与するために外部からパネルデータを取得する必要があるが、これを受け取る際には元の個人情報が推定できない形に処理された状態であることとし、それを契約等で明確に規定するよう義務付けているという。
さらに、「こうした状態で受け取ったパネルデータを視聴データと突き合わせる際には『容易照合性クリアランス基準』を定めて適用する」と小林氏。「具体的にいうと、個人情報であったデータを個人情報の部分とそうでない部分に“分離して取り扱う”ことを禁止し、それぞれ別々の部門で取得したものを前提とする」という。
「個人情報の氏名だけを消したからといって、それが直ちに個人情報と結び付かないということにはならない。非特定であることを担保するため、個人情報を取り扱う部署と非特定視聴履歴を取り扱う部署を明確に分ける」と小林氏。「責任者、担当者がそれぞれのデータへ相互アクセスできない状態とする。単に組織として分けるということではなく、システム、ルール上で(データの取得範囲を)しっかり限定するよう規定している」と語った。
■視聴データの取扱から広告配信まで「すべて放送局内で実施する」よう規定
「『放送局が管理する世界からデータを外に出さない』ことが、視聴データ取り扱いの大変重要なポイント」と小林氏。「データの取得から、それに基づくレコメンド、広告接触にいたるまで、すべて放送局の管理下で行われるようにする」という。
レコメンドを行う際、視聴データに加え、WEBでの閲覧データといったようにメディアを横断するデータ同士を掛け合わせるケースがあり、その際にターゲティング用のキーデータとしてCookie(ユーザー端末に記録される個人識別データ)やIDFA(Identifier for Advertisers:アップルがユーザー端末にランダムに割り当てる広告用個人識別子)などを使用する場合がある。その際、「識別子の抽出を必ず放送局内で実施する」とよう規定。さらに、データ集計から広告配信に関わるDSP(Demand Side Platform:広告配信プラットフォーム)・SSP(Supply Side Platform:広告枠管理プラットフォーム)・アドサーバーにいたるまで「放送局、または放送局の管理下にある事業者が運営する」ことを定めているという。
「放送局の管理下にある事業者とは、放送局から資金面・人事面などで強い影響を受けているなどし、データの取扱を適切に監督できる事業者をいう」と小林氏。「(事業者が受ける、管理者たる放送局の)影響力をちゃんと外部に対して示すことができる状態でDSP・SSP・アドサーバーというのを選択し、管理するよう明示している」と語った。
「『広告IDを渡すだけだと言いながら、放送局側は個々の視聴者がどの広告を見たか把握できてしまうのではないか』という議論が協議会の中でもあがった」とのこと。しかしこれを担保するため、「データに含まれる視聴者の属性を推知し得る情報を最小限とする」規定を敷いているという。
「配信事業者に渡す情報は最小限にする」と小林氏。広告配信にあたっては、「絞り込まれた(個人特定につながらない)IDと、クリエイティブのみ」を扱い、ターゲティングのための識別子についても「汎用的に用いられているIDを使用しない」と定義したり、各局が視聴データを共用したりするさいのIDの扱いについて、引き続き検討を続けている」という。
■系列局間での視聴データ共用、ウェブサイトでのオプトアウト案内…フジテレビの事例
セッションの後半では、フジテレビ久保木氏が、自社ネットワーク・FNS(Fuji Network System)系列各局共同で実施している視聴データ活用の事例を紹介。現在「FNS加盟局全ての放送局で、ローカルタイムを含めた全ての番組で非特定の視聴履歴の収集を開始している」という。
「各放送局が視聴データの収集主体となり、FNSが保有する収集基盤に集約し、系列局で共同利用していくという仕組みになっている」と説明。ポイントは、各ローカル局が主体であること。これは、ローカル局は現在経営的に厳しいところもあり、こういった状況下で「データの利活用を推進し、デジタルマーケティングを活用することで、放送局としての生き残りをそれぞれの放送エリアの地域特性にしたがって考えていく」と語る。
「たとえばYouTubeであれば視聴者のデータは一元的に上がってくるが、日本の放送行政の特性として、それぞれ(各地域の放送は、編成含めて)各地の放送局が主体となって行っている」と久保木氏。「系列各局でしっかりと同じ技術基準、同じ方法、同じルールを担保して視聴データを集めることが大きな課題」としながらも、「フジテレビから全国に向けて同一時間帯に放送している番組の視聴データを(系列局間で)共同利用し、全国の全ての視聴者の視聴動向がわかるようになる」と、そのメリットをあげ、「各地域のローカル局が、ローカル帯も含めて自社のエリアの視聴動向を把握するという点もふくめ、両輪で展開していく」とその方針を語った。
さらに久保木氏は、視聴データ取得にあたっての視聴者に対する理解促進のための施策を紹介。現在、フジテレビのウェブサイトにて視聴データの取り扱いポリシーをまとめたホームページを作成し、保管場所、利用目的利用方法について告知を行っているという。
「基本的にはテレビ端末上でオプトアウトを実行していただくことになるため、ホームページ上で動画を通じてその手順を丁寧にご説明している」と久保木氏。セッションでは実際にその内容が紹介され、テレビのデータ放送画面を操作して視聴データの取得をオプトアウトするまでの手順をナレーションつきで案内する様子が放映された。
■視聴者の利便性と放送局の収益向上を両立させるサービス施策へ
今回のプラクティスを振り返り、「しっかり(放送局サイドが)手当てをしていれば、視聴者のみなさんも受け入れてくれるのではないか、というレベルをここまで積み上げてこられた」と小林氏。「おかしなことをやる事業者が出ても、『ルール違反』という論理に基づいて市場から排除することができる。(放送局は)このプラクティスに基づいて安全に視聴データを扱っていると証明できることは、大変大きな武器になる」と胸を張る。
「視聴者の方が提供していただいたデータを、視聴者の利便性向上のために還元していきたい」と久保木氏。「インターネットの配信事業者さんが行っている(コンテンツの)レコメンドを視聴データを使って実際にできないだろうか」と期待をのぞかせる。「たとえば、自社の配信サービス『FOD』と組み合わせ、たとえばテレビで見逃してしまったドラマの配信を案内する」と久保木氏。「視聴者の利便性向上と放送局の収益向上を両立させるようなサービス施策を考えていきたい」と語った。
「7月30日に『オプトアウト方式で取得する非特定視聴履歴の取扱いに関するプラクティス(ver.2.0)』が公表されてから、これだけの話を公の場でできたのは初めてでは」と岩田氏。「これからも議論は続いていくと思うが、その出発点が今日というところにできれば」と、セッションを締めくくった。