山本剛史氏、山中勇成氏、森山顕矩氏
テレビ朝日とABEMA、配信の低遅延化を実現した技術改善について〜インタビュー(後編)
編集部 2020/7/27 09:20
株式会社テレビ朝日・株式会社サイバーエージェントの共同事業として2016年にサービスを開始した『AbemaTV』。2020年4月にはテレビ&ビデオエンターテインメント『ABEMA 』へとサービス名が変更され、名称から「TV」の表記が外れた。(運営法人名は引き続き『株式会社AbemaTV』)
以前、「2020年の先を見据えたインターネットテレビ局の技術タッグ~テレビ朝日とAbemaTVのエンジニアが語る未来展望」(https://www.screens-lab.jp/article/7450)にて、テレビ朝日からの出向メンバーとABEMA技術チームにインタビューを行った。あれから約2年、現在の両社の関係性はどのように変化しているのか。そして現在、どんなことに取り組んでいるのか。
引き続き今回も、株式会社AbemaTV ABEMA NEWSチャンネルプロデューサーの山本剛史氏、同 開発本部 サーバーサイドエンジニアの山中勇成氏、そしてテレビ朝日から株式会社AbemaNewsへの出向メンバーで、現在ABEMA NEWS技術担当の森山顕矩氏に話を聞いた。
今回は後編として、昨今のコロナ禍による影響にも触れつつ、ABEMAの「テレビの先のメディア」としての具体的な取り組みについて尋ねる。
【関連記事】テレビ朝日とABEMA、現在の関係性と『ABEMA NEWS』現場に見る新たな姿勢〜インタビュー(前編)
■コロナ禍でWAUは20〜30%増加
──昨今のコロナ禍において、ABEMAの利用者数にはどんな影響が出ていますか
山本氏:コロナ禍に入って「巣ごもり需要」がネットメディア全般にあったと思いますが、ABEMAも同じ波に乗っての成長は見られたかと思います。WAU(Weekly Active User:週ごとの視聴者数)も20〜30%程度伸びました。ABEMAでは開局当初よりWAU1,000万をひとつの指標として掲げてきましたが、国難というべきいまの状況でもこの水準を超え続ける実績が出ています。
──『ABEMA NEWS』としては、どんな手応えを感じていますか
山本氏:『ABEMA NEWS』としても、情報を必要としている方にとことん寄り添い、メディアとして届ける役割を果たせているのではないかと感じています。今回のコロナ禍では全国的な情報はもちろん、地方自治体の会見もどこよりも速く、ABEMAを通じて映像で見られるという状況を作ってきました。こうした取り組みがユーザーの視聴習慣にもつながっていると思います。
■速報性を担保するための「技術改善」
──速報性を担保するため、技術面ではどんな取り組みがなされたのでしょうか
山中氏:これまではABEMAでは「何人接続しても安定して視聴できる環境づくり」を第一としており、遅延対策についてはあまり意識せず運用を続けてきたのですが、速報性を旨とするニュースにおいてやはり遅延は問題だろうという認識が芽生え、配信の低遅延化に取り組みました。
──概要について教えて下さい
山中氏:ABEMAでは「サーバーサイド・アドインサーション」といい、放送現場から打ち上げた番組データに対して広告データをサーバー側で差し込んで配信しているのですが、この仕組みにおいて低遅延化を実現し、これまで30秒程度あった遅延を10秒ほどに短縮しました。
【関連記事】日本を代表するメディアを創るために〜AbemaTV が対峙する技術的課題と開発の現場【Connected Media TOKYO 2019】
──そもそも、配信の遅延はどのように発生するのでしょうか
山中氏:『ABEMA NEWS』では、放送現場からの映像データをテレビ朝日社内のEncoder(映像信号を動画データに変換するシステム)とPackager(さまざまな視聴環境向けに動画データを変換するシステム)でHLS(HTTP Live Streaming:ストリーミング配信データ)に変換し、さらにクラウド上で広告データの挿入(サーバーサイド・アドインサーション)をしてユーザーのもとへと数多くのシステムを経由して配信しているのですが、これらの過程のなかで発生した若干の遅延が積み重なっていたのです。低遅延化の施策を行うまでは、ユーザーのもとへ届く時点で計算上約15秒〜23秒の遅延が発生していました。
──こうした問題に対し、具体的にどのようなアプローチをとったのでしょうか
山中氏:まず最初に、インジェスト(映像送出)の方法を変更しました。これまではスタジオからの映像を動画データに変換し、それをクラウド上の配信システムが「取りに行く」仕組みでしたが、これを「スタジオから直接クラウドに動画データを送り込む」仕組みへと置き換えました。さらにこれまで既製品であったPackagerを独自開発のものに置き換え、広告挿入処理をよりスムーズに行えるようにしました。続いて行ったのが、動画データのセグメント(データ単位)変更でした。これまでの動画データは5秒ごとにまとめられて送出していましたが、これを1秒単位にまで細かくしました。これにより、最終的に遅延を8秒程度にまで短縮することができました。
──制作現場レベルではどのような技術改善がされていますか
森山氏:速報性に加えて、コンテンツそのもののリッチ化に向けて『ABEMA NEWS』の送出サブは随時改修を行いました。もともとニュースサブとして作られているので外部からの中継を受け入れる機能はありましたが、例えば(現場からあらゆるビデオ通話も受け入れられるよう)複数のPC画面を即時放送に出せるようにしたり、インカムを増強することで、突発的な事象でもすぐコミュニケーションがとれるよう整備したり、セッティング時間短縮するために映像系統を効率化したり、いかなる状況でも素早く対応できるよう柔軟に改修しています。
──昨今のコロナ禍を機に、リモートでの取材や出演という場面も増えてきましたが、『ABEMA NEWS』の現場ではどのように対応していますか
森山氏:リモート出演には早くから着手しており、ビデオ通話サービスを用いて限りある機器で最大限の演出(全ゲスト出演者のリモート化やクロマキースタジオ合成)ができるよう構築しました。放送機器もリモートで操作できる体制を作っています。メインとなる部分にはスタッフがついているのですが、サブへ向かう猶予もないような緊急の事態も想定し、今回新たに運用を行った臨時チャンネル『ABEMA NEWS緊急チャンネル2』やリアルタイムAI字幕システム『AI(アイ)ポン』などは遠隔で操作できるようにしています。このほかマトリクススイッチャーでの映像切り替えなど、これまでVE(ビデオエンジニア)が行っていた操作もネットワーク経由で自宅からでも行えるようになっています。
■テレビ朝日とサイバーエージェント お互い「相手に感じること」は
──これまで地上波をABEMAでサイマル(同時)放送するケースはありましたが、逆にABEMAの配信を地上波でサイマル放送する予定はありますか
森山氏:『ABEMA NEWS』では予定はまだありませんが、ABEMAの配信をテレビ朝日の地上波でサイマル放送することも技術的には可能です。すでにプロ麻雀リーグ『Mリーグ』の魅力を伝える番組『熱闘!Mリーグ』を収録後すぐに地上波で放送したり、ABEMAの人気番組を特集する『アベマの時間』で『ABEMA Prime』を時差放送したりといった取り組みは行っています。『ABEMA NEWS』の送出サブも地上波に対応する映像品質で制作が行えるよう、都度増強しています。
──地上波とネット、それぞれの領域を持つテレビ朝日とサイバーエージェントの協業について、お互いどんなことを感じていますか
森山氏:(地上波の領域から見ると)ネットならではの「柔軟さ」が楽しい部分だったりします。これは開局当初から変わらない部分です。たとえば配信の低遅延化を行う際に行ったA/Bテスト(ユーザーごとに機能構成を変え、反応の違いを見るテスト)など、地上波の人間にとってはあまりそういう感覚がないので新鮮に感じました。ユーザーの反応を試しながら随時仕組みを作り変えていくというアプローチがとても勉強になっています。
山本氏:ネット展開やWEBマーケティングといった部分はサイバーエージェントの強みだと思っているのですが、(地上波テレビという)違う市場で戦ってきたというところでも、テレビ朝日が培ってきた「伝え方の技術」の高さを日々感じています。番組ひとつ作るにしても、企画であったり画作りであったり、事前のリサーチから(視聴者に)届ける部分、たとえばテロップひとつとっても言葉の作り方が圧倒的にレベルが違うなと。日々勉強させていただいています。
山中氏:テレビ朝日は高い速報性とクオリティを持つ情報を提供し、サイバーエージェントは速報を低遅延で届けるという、双方が持つ技術の“いいとこどり”ができていると感じます。これまで(放送局として)多くの人へ均一に情報を届けてきたテレビ朝日からすると、「特定のユーザーにだけ限定的に機能をリリースして反応を見よう」といったインターネットならではの手法は馴染みがなかったと思うのですが、そういったものを受け入れてくれたのはありがたいです。そのおかげで、いろんなことにチャレンジできているように思います。
──テレビ機器の画面もそうですが、スマートデバイスなどにおいて、動画配信サービスを含めさまざまなサービス同士で「画面の取り合い」が激しくなるように思います。こうした現状を踏まえ、これからのABEMAとして取り組んでいきたいことを教えて下さい
森山氏:競合相手が増えているという点は確かに感じます。これまで『ABEMA NEWS』もいろんなアプローチをしてきましたが、ただ速報するだけではすぐ追いつかれてしまったり、「どこ(のサービス)も一緒だよね」と思われてしまうと思います。コンテンツの品質や届け方を工夫したり、解説や情報量の差別化など、映像技術の「リッチ化」が、これからはやっていくべきポイントになるのではないかと思います。
山本氏:若者のニュース離れなど囁かれていますが、そのような現状をABEMAというメディアの力でいかによりよい方向に変えていけるのか、というところは大きなテーマとして考えています。たとえばABEMAは「スマホでNo.1のニュースメディア」という側面を持っているべきだと考えており、定性的にも定量的にもそういった規模のメディアに育てていきたいと思っています。
山中氏:安定した品質で低遅延なサービスを提供できる基盤があり、そのうえで(視聴者からの)投票機能などの(インタラクティブな)新しい演出をできる土台をつくるというところが、エンジニアとしては出来るところなのかなと考えています。また、日本全国の人がいきなり同時に見ても落ちないような基盤というのをあらかじめ作っておくということが現状の使命ではないかと思っています。
何か起きたらABEMAを見る──。テレビ朝日が長年培ってきた制作力と、サイバーエージェントが培ってきた配信技術が両輪として噛み合っていることはもちろん、4年の歳月を経て生まれた新たな「社内カルチャー」によって『ABEMA NEWS』の速報性・起動性が担保されていることがわかった。
「次なる目標はコンテンツのリッチ化」と森山氏の言葉。サービス名称から「TV」の文字が取れたABEMAの“これから”に引き続き注目していきたい。