多接点時代のコンテンツの作り方〜【メディアイノベーションフォーラム2019】パネルディスカッション
編集部
2019年11月19日、東京・有楽町のヒューリックホール東京にて、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所による『メディアイノベーションフォーラム2019 DIRECT_ 多接点時代のつながり方』が開催。同研究所の研究員による最新の調査結果の発表やゲストスピーカーとのパネルディスカッションをもとに、次なるメディア環境の姿が解説された。
今回は、パネルディスカッション「多接点時代のコンテンツの作り方」をレポート。コンテンツによる企業と生活者との接点づくりの最新事例をそれぞれの分野におけるキーマンに尋ね、探っていく。
パネリストとして日本テレビ社長室 R&Dラボの加藤友規氏、株式会社枻出版社 執行役員 経営企画室長 兼 ピークス株式会社 取締役 マネージングディレクターの白土学氏が登壇。モデレーターを博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員の斎藤葵氏が務めた。
「いい会話」が「いいブランド」をつくる〜【メディアイノベーションフォーラム2019】パネルディスカッション
■オンエア間のエンゲージメントを得る「登場人物チャットボット」
放送業界の日本テレビと、出版業界の枻出版社。それぞれの立場から、これまでの媒体とは異なる形で生活者とどんなつながりを築いているのか。最初に日本テレビの加藤氏が説明した。
加藤氏:AIを駆使し、テレビ番組とリアルな視聴者をつなげる体験づくりを2年ほど行っている。2017年にはドラマ「過保護のカホコ」の主人公・カホコとの会話が体験できるチャットボット「AIカホコ」をリリースしたほか、大阪大学と共同でアンドロイドアナウンサー「アオイエリカ」を開発し、社内でプロジェクト的に活動している。
日本テレビは直近でも、テレビドラマ「あなたの番です」(2019年4月14日〜9月8日放送)で、原田知世演じる登場人物「菜々」との会話を体験できるチャットボット「AI菜々ちゃん」をリリースし、大きな話題を集めた。これらの基礎となる技術は、「アオイエリカ」のプロジェクトから生まれたものも多いという。
加藤氏:アンドロイドはコミュニケーションに必要な技術の集合体。言葉の認識や意味の理解、自然な対話や言葉でのコミュニケーションが詰まっているし、音声自動合成による発話の機能もある。「アオイエリカ」を番組やイベントで活用したりしながら必要な技術を学び、他の案件に応用して技術を都度スピンアウトさせていくという使い方をしている。
「AI菜々ちゃん」は「あなたの番です」劇中にも登場するチャットボットを、LINEを通じて視聴者も楽しめるように提供したもの。LINEの友だち登録者数は134万人、ユーザーとのあいだで行われた会話の数は約3億回にものぼったという。
加藤氏:「AI菜々ちゃん」と日常会話を楽しむ人も多かったが、真犯人のヒントを得ようと話しかける人も多かった。使用者属性は若い女性が8割。メインユーザーは中学生〜大学生だった。LINEの会話に慣れ親しんでいる人はこういう形で番組との接点を持ってくれるのだ、という発見があった。これまでのテレビはオンエアとオンエアの間が時間的にも空間的にも断絶されていたが、これからは「オンエアを待ちきれなくて楽しみにしてもらう」仕掛けのほかに、次のオンエアまでのあいだのエンゲージメントを高める仕組みを作ることが必要ではないかと感じた。
■「専門家との会話」をコンテンツ化する
続いて、枻出版社の白土氏が事例を説明。
白土氏:約3万人のユーザーを抱える自社メディア「今日の晩ごはん」にて、料理レシピ動画を配信している。ユーザーのエンゲージメントがとても強く、動画を配信するとだいたい見てくれる。
「今日の晩ごはん」のユーザーデータからは「世の主婦が晩ごはんメニューを考えるのにどれほどプレッシャーを感じているか、が浮かび上がった」と白土氏。
白土氏:いちばんの課題解決は、動画で見ているメニューがそのまま届くことではないかと考えた。現在大手宅食メーカーと共同で、料理家が紹介するレシピをそのまま宅食の形で届けるというサービスを開発している。AI技術を駆使し、好きな食材をあらかじめ登録しておくと、配信レシピのなかから適したものがレコメンドされる。(一度選択しておけば)次からはそのまま(好みに合った食材とレシピが)届くような仕組みを考えている。
枻出版社は趣味分野に強い出版社として、上級者向けのアウトドアコンテンツやファミリー向けのコンテンツを提供。専門的な業界とのコネクションの強さを活かし、登山愛好家を対象とした登山ガイドとのマッチングサービスも開発しているという。
白土氏:「(人を)山に登らせたい人」である各地の登山ガイドと「山に登ってみたい人」を結びつけるサービスを構想している。場所やプランを入力すると、AIが登山ガイドとのマッチングを行う。気に入ったガイドを選択すると、直接チャットでのやりとりが始まる。
「子供と2泊で行きたい」「ライトに1泊で行きたい」など、いろんな登山のニーズに応えながら、ガイドが自分にあったプランをカスタマイズしてくれる点が大きな特徴と白土氏。
白土氏:われわれのお客様は(特定の分野において)バーティカル(垂直的)かつ非常に強いエンゲージを持っている。メディアとしてライフスタイルを提案することにとどまらず、生活者の行動そのものにまで一気通貫して作用し、実際の行動までをサポートする。
枻出版社の持つメディアにおいては、専門家のほか、編集長などのスタッフもメディア露出し、ユーザーから強い信頼を得ているのも特徴。これを活かして「専門家との会話をコンテンツ化する」試みも行っているという。
白土氏:われわれのあいだでは「1対1対N」と名付けている。編集長のように自身もメディアに露出するスタッフやカリスマ専門家がある特定のお客さんに対して時間を提供し、課題解決する過程そのものを大勢のお客さんに見てもらうことでコンテンツ化する。
白土氏が続ける。
白土氏:たとえば、大型犬に関する知識を持つ媒体の編集長が「この週末、犬を連れてでかけるプランを聞きたい」といった相談を受け、それに答える動画を配信している。やりとりそのものは依頼主との1対1だが、この「やりとり」を、特定オーディエンスの人々が興味深く見てくれている。この「やりとりそのもの」を課金コンテンツ化することで、メディアの形を変えていくことにチャレンジしている。
■多接点時代の「体験設計」
多接点時代におけるコンテンツには「体験設計」の観点が欠かせない。コンテンツを通じ、生活者に対してどのような「リアル体験」を与えているのか。両者が事例を語った。
加藤氏:テレビCMの体験を拡張できないかということで、日本テレビはMR(Mixed Reality:複合現実)技術をながらく研究してきた。最近では博報堂のクリエイティブチーム「スダラボ」と共同で「MR CM」をプロトタイプ制作した。
「MR CM」は、専用ゴーグルを付けてテレビCMを視聴すると画面そのものがMRマーカーとして機能し、画面のなかから登場人物が目の前に飛び出してくるような体験が味わえるというもの。壇上では、過去に行われたデモンストレーションの様子が放映された。
加藤氏:テレビCMやウェブCMはリーチを追い求めるがゆえ、視聴者に嫌われがち。そこをもうちょっと楽しく体験してもらい、より商品イメージを高められないかという考えが根底にあった。MR技術は5〜10年たてばいろんなところで見かけられるだろうから、先んじて作ってみようということで作ったのが「MR CM」だ。
広告以外の分野においても、MRを活用したコンテンツ事業を立ち上げているという。
加藤氏:MR技術を活用し、憧れの有名人の画像と合成して一緒にスマートフォンで“記念撮影”が行える「mixta Shot」という事業が立ち上がっている。2019年9月に読売ジャイアンツと共同で東京ドームに「ジャイアンツの選手と一緒に写真撮影ができるブース」を設置したところ、大行列ができるほどの人気となった。
「mixta Shot」では写真のほか動画も撮影でき、データを購入する「デジタルギフト」の形式で自分のスマートフォンに“記念写真”を保存できるという。
■多接点時代は、企業同士のコラボレーションがカギに
専門性を強みにより深いエンゲージメントを志向する枻出版社と、コンテンツ力を活かして「手軽に試してみたくなる」エンターテイメント性豊かな施策を展開する日本テレビ。両者のプレゼンテーションからは、両者の持つ強みが明確にあらわれた。
「身近に情報が入り込む多接点時代に、どう生活者のアクションを引き出していくのか。」パネルディスカッションのしめくくり、モデレーターの斎藤氏から投げかけられた質問に、両者が答えた。
白土氏:とあるエネルギー企業とともに「お風呂のなかでできるヨガのボイストレーニングコンテンツ」を提供し、音声コンテンツにも参入した。「お風呂時間」そのものへ(音声を通じて)直接入り込むことで、生活者の日常体験をリッチ化する試みだ。
「多接点時代には、われわれだけではないメディアや企業との取り組みが重要になってくる」と白土氏。「これからは(他の)メディア企業との取り組みを積極的に行っていきたい」と希望を語った。加藤氏もこれに呼応する。
加藤氏:枻出版社のユーザー層は趣味を持ち、行動に目的を持つ人が多いという点で課金サービスを展開しやすいことがうらやましい。テレビコンテンツは「なんとなく楽しむ」という方も多い中で、作り手としては「こんな風に楽しめる」というヒントを発信できる。うっすらと興味を持っている人に対して、本当にやりたいと思った時に深いサービスにつなげられる可能性があると思う。
白土氏:(枻出版社は)これまで運営してきたメディアのアセットを活用でき、かつ(メディアという)アウトプット先も持っている。仮説を立てやすい環境でクリエイティブからエグゼキューション(実施)までを一括で行えてきたが、この状況だからこそ「我々はユーザーのことを知っていたのだろうか」と自問し、メディアのその先にあるサービスを志向していきたい。多接点時代においては、メディアの先にいるユーザーとダイレクトに繋がれるのではないかと考えている。
これを受け、モデレーターの斎藤氏は「多接点時代は新しいつながりを継続的に作っていき、体験の場まで設計することが重要。最後には、企業の垣根を超えたコラボレーションづくりがカギになるのでは」とコメント。パネルディスカッションを締めくくった。