企業と消費者の“新たなつながり”の形〜【メディアイノベーションフォーラム2019】キーノート(後編)
編集部
2019年11月19日、東京・有楽町のヒューリックホール東京にて、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所による『メディアイノベーションフォーラム2019 DIRECT_ 多接点時代のつながり方』が開催。同研究所の研究員による最新の調査結果の発表やゲストスピーカーとのパネルディスカッションをもとに、次なるメディア環境の姿が解説された。
パネリストとして、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長の吉川昌孝氏、同主席研究員の加藤薫氏、同上席研究員の斎藤葵氏、山本泰士氏が登壇。
今回はキーノートのレポート後編として、企業が消費者の生活に直接作用する“コミュニティ”の事例を紹介。「コミュニティを通じて人々の生活や社会を直接良くしていく」という、企業と消費者の新たなつながりの形について取り上げる。
■SNSと連携した「マッチング機能付きスマートマンション」
まず斎藤氏が、中国における事例を紹介。
斎藤氏:“つながるスマートマンション”として、ご近所仲間との居住者マッチングを提供する「WE+コミュニティ」。現在、蘇州で建設中のスマートマンションだが、WeChatを展開するテンセントと連携している。
斎藤氏は、2019年9月にモデルルームに行ってきた模様をVTRで紹介。
斎藤氏:「WE+コミュニティ」は、住居と商業施設が一体となったスマートマンションになっている。入居開始は2021年の予定だが、2019年9月の時点で入居予定の500戸は完売している。1部屋あたりの面積は50平米とやや狭めだが、音声アシスタントで部屋を制御できるほか、スマート家電も設置されている。
部屋に設置されたスマートミラーは声で操作できるだけでなく、健康状態をトラッキングするデバイスとしても機能しており、体調に異変が見受けられるとマンション内の健康センターに情報が行くようになっている。部屋の中だけでなく、(マンション)施設内とも声がつながっている点が特徴だ。
なぜデベロッパーが直接スマートマンションを作るのか。その理由を斎藤氏は担当者に直接尋ねたという。
斎藤氏:スマートマンションというと富裕層の人々が広い部屋に住むというイメージを持つかもしれないが、「WE+コミュニティ」では20〜30代の若い世代をターゲットととしており、彼らに馴染みのある企業と組みたいという思いがあった。
斎藤氏は続ける。
斎藤氏:戸数の多いマンションはご近所付き合いがどうしても希薄になってしまう。居住者どうしの関係性作りを後押しする仕組みを作れないかと考え、SNSを展開しているテンセントとの連携を考えた(と担当者は語っていた)。
同じライフスタイルを持つ入居者同士が出会えるマッチングイベントの案内が届く仕組みもあるという。サービス提供者が直接居住者に作用してコミュニティを潤し、関係をつなげる点が大きな特徴だという。
■「スマホ以上、診療所未満」ビルトイン型の医療施設
続いて斎藤氏は、ヘルスケア領域でオンライン問診を提供する企業が提供するビルトイン型の医療施設サービス「健康ミニステーション」を紹介。
斎藤氏: 「健康ミニステーション」は、一坪サイズのスマート問診所を企業や高級マンションの施設内に開設する。中には医療関係者が1名常駐するほか、健康診断が行える機材一式が設置されていて利用できる。
「健康ミニステーション」で検診したデータはオンライン上でも確認できるほか、アプリを通じて医師とリアルタイムでコミュニケーションできる機能が備えられているという。
斎藤氏:「健康ミニステーション」コミュニティに直接医療ステーションをビルトインし、健康生活を実現させる機能を提供している。規模としては「スマホ以上、病院未満」。施設がある事自体がプレミアムな価値になるためデベロッパーが運営費用を負担し、誘致している。
■購入=運動への参画になる「エシカルD2C」
ここまで挙げられた事例は身近な課題を企業が解決するというアプローチだったが、続いては地球環境保護など、さらに大きなスケールで社会課題の解決を掲げる「エシカルD2C(Directo 2(to) Consuser:直販)」企業の事例へ。消費者たちはこうした企業の製品を購入することで、自分も同じ活動に参画しているというメッセージの「発信」にもつながるという。山本氏が説明する。
山本氏:「Allbirds」は、環境保護を掲げるスニーカーブランド。製品の原料にウール、木、サトウキビといった自然素材を使用している点が特徴だ。(環境保護を推し進める)同社の製品を購入することで、消費者にとっても環境保護への直接アクションにつながる。
山本氏は、もう一例を紹介。
山本氏:アメリカを拠点に展開する衣料品ブランド「Everlane」は、「徹底的な透明性」を掲げており、製造から販売にいたるまでの原材料費や人件費などの経費をすべて公表している。毎年11月の「ブラックフライデー」では他社が一斉値下げするなか同ブランドは一切値下げを行わず、毎年チャリティ運動を立ち上げ、商品購入代金の一部を海洋汚染防止などの環境保護活動にあてている。
これらの例から見えるのは、政治参加のみでは前進しにくい社会的な課題に対して企業が行動を示し、これに対して消費者は同社の製品を購入することで「ともに参加できる」という仕組みだ。
加藤氏が次のようにまとめる。
加藤氏:消費者がひとりひとりで達成しにくいことも、他接点時代ならば(参加が)容易になっていく。特に社会変革の活動に、(これを推し進める)企業の製品を購入したり、サービスを利用したりすることで参加可能な仕組みができつつある。
企業が消費者の暮らしに介入するだけでなく、企業と消費者が一体となって行動するという、あらたなコミュニティの形が見えてきた。
■「消費者だけでは作り出せない価値」を企業が提供する
キーノートのしめくくり、加藤氏が今回の趣旨をふりかえった。
加藤氏:今回のキーノートでは、企業が消費者の暮らしに直接働きかける「3つのC」について触れてきた。企業が会話を通じて人と直接向き合い、欲求や悩みを解決する「Conversation」、企業がコンテンツを通じて人の願望を後押しし、叶えていく「Contents」、そして企業がコミュニティを通じて人々の生活や社会を直接良くしていく「Community」。
加藤氏は続いて、ニューヨーク市が設立した産官学連携のオープンイノベーションラボ「Rlab」のAdaora Udoji氏へのインタビューを紹介。「これからの企業に求められるのは、消費者とのエモーショナル(感情的)なコネクション。消費者が自身では作り出せない価値を企業が提供していくことになる」(加藤氏)と述べ、次のようにキーノートを締めくくった。
加藤氏:スクリーンや接点が大幅に増えていく「他接点時代」のメディア環境では、「見る」「知る」だけでは消費者は満足しない。目を引きつけるだけのコンテンツや、囲い込むだけのコミュニティでは消費者とつながることはできない。メディア体験そのものが、直接生活に作用していく仕組みづくりが必要だ。