日本を代表するメディアを創るために〜AbemaTV が対峙する技術的課題と開発の現場【Connected Media TOKYO 2019】
編集部
2019年6月12日〜14日の3日間、千葉県・幕張メッセにて、マルチスクリーン・クラウド・ビックデータなどデジタルメディア分野における技術を集めたカンファレンス『Connected Media TOKYO 2019』が開催され、全期間で15万人を超える来場者を記録した。今回はこの中から、6月12日に開催された専門セミナー『日本を代表するメディアを創るために AbemaTV が対峙する技術的課題と開発の現場』の模様をレポートする。
パネリストは、株式会社AbemaTV 開発本部 クロスデバイスエンジニア/動画技術エバンジェリストの五藤 佑典氏。テレビ朝日とサイバーエージェントが共同で運営するインターネットテレビ局『AbemaTV』の番組配信技術をテーマに、地上波テレビレベルの視聴品質をインターネット上で実現するための仕組み作りを紹介した。
■大テーマは「テレビと同等の信頼性と品質とテレビになかった新たな価値」
2016年4月の本開局以来ユーザー数が右肩上がりを続けるAbemaTV。2019年6月にはWAU(Weekly Active User:1週間中に1回以上利用するアクティブなユーザー数)が1,000万人を突破。視聴用の『AbemaTVアプリ』のダウンロード数も4,000万ダウンロードを記録した。サイバーエージェントとテレビ朝日のタッグによる『100%プロ(が制作する)コンテンツ』(五藤氏)を24時間365日のタイムテーブルに沿ってリニア放映するという、一般的なテレビメディアを踏襲した放送形態も大きな特徴だ。
五藤氏は、「スマートフォン(と高速通信)が普及し、インターネットがつながれば、どこでもテレビを見られる時代になった。『インターネットテレビ局』を標榜するAbemaTVは「テレビと同等の信頼性と品質を担保しながら、これまでのテレビになかった新たな価値を創り出す」と語った。
■広告による再生中断を『SSAI(サーバーサイド広告挿入)』で解決
続いて五藤氏は、AbemaTVの配信構成を解説。収録番組・生放送番組など複数にわたる番組ソースは、時間ごとに設けられた「配信枠」に応じて切り替えられ、ストリーミングサーバーを介して配信される。現在配信されている約20のチャンネルの切り替えは配信サーバーが担っている。ユーザーのチャンネル切り替え操作にあわせて配信サーバーが返すマニフェスト を切り替えているという。
冒頭にもあがったとおり、AbemaTVが目指すのは、インターネット配信を「テレビと同等の価値に近づける」こと。これを実現するため工夫されているのがCMの送出だ。
これまでのインターネット動画広告では、指定されたタイミングでクライアントが動画コンテンツの再生を一時停止し、専用のアドサーバー(広告サーバー)から都度広告データを再生する「CSAI(Client Side Ad Insertion:クライアントサイド広告挿入)」が一般的であったが、広告再生のたびに元のコンテンツが中断するだけでなく、広告の数や時間尺に比例したタイムラグが元のコンテンツに付け足されることとなり、視聴者側にとって大きなストレスとなっていた。
今回AbemaTVでは『SSAI(Server Side Ad Insertion:サーバーサイド広告挿入)』という手法を採用。番組を配信するストリーミングサーバー側で広告データをアドサーバーから取得し、配信コンテンツのなかに挿入する。クライアント側は同一ストリーミングを受け続けるだけでよく、一般的なテレビと同じく“継ぎ目のない”広告配信を実現した。
■「違法コピーへの不安」をDRMで担保
品質と信頼度を「テレビに近づける」取り組みのもうひとつが、DRM(Digital Rights Management:デジタル著作権管理)の導入だ。コンテンツそのものの暗号化にくわえ、正当に認証されたコンテンツのみをユーザーサイドで再生可能にする仕組み(ライセンシング)を組み合わせることで、コンテンツの権利を保護する。
すべてのコンテンツが「プロコンテンツ」であるAbemaTVにとって、「違法なコピーからの保護は至上命題」と五藤氏は話す。
「コンテンツプロバイダーのなかには『インターネットは無法地帯である』という考えを持つところもまだ少なくない。AbemaTVを安心してコンテンツ提供できる場にすることで、さらなるコンテンツの拡充を図る」。
AbemaTVでは、DRM技術としてマイクロソフトの「PlayReady」、Googleの「Widevine」、Appleの「FairPlay」を使用。「ハリウッドでも信頼されるレベル」(五藤氏)のデジタルコンテンツ保護を実現しているという。
現在は、「AppleTV」「Amazon Fire TV」などのテレビデバイスや「Amazon Echo」「LINE Clova Desk」などのスマートスピーカーにいたるまで約20種類以上のデバイスに対応するAbemaTVだが、現状「すべてのデバイスを(一括で)サポートするDRMはまだ存在しない」と五藤氏。このため、再生されるデバイスごとに複数のDRMを組み合わせることでカバーしており、五藤氏は、
「DRMごとに対応するストリーミングプロトコルが異なり、さらにストリーミングプロトコルごとに利用できるコンテナフォーマットが異なる。この状況に対応するべく、使用するDRMにあわせてストリーミングプロトコルやコンテナフォーマットを採用するというアプローチをとった」と話す。
一部のDRMにおいては、使用に際しての「ライセンス料金」も課題のひとつ。現在AbemaTVが使用するDRMのうち、マイクロソフトの技術である「PlayReady」は「モバイル端末1台あたり0.35USドルの使用料金が発生するという。
「(有償技術を用いた)DRMは無料配信モデルと相性が悪く、“課金問題”は現状の課題」と語る五藤氏。「無償で利用できるGoogle製のDRM技術『Widevine』の採用など、無料配信モデルにかなったDRM配信を検証・実装計画中」であると述べた。
■「どこまで画質を下げても問題ないか」通信節約モード開発の舞台裏
携帯端末でのリッチコンテンツ視聴においてユーザーを悩ませるのは、大量のデータ通信にともなって毎月使用可能なデータ通信容量を圧迫する、いわゆる「パケ死」問題だ。AbemaTVではこの問題への対応策として、1ギガバイトのデータ通信容量で約10時間の視聴を可能にする「通信節約モード」を開発、導入している。
「通信節約モード」は通常のストリーミングよりも画質を落とすことによって配信データ量を削減するが、画質を落としすぎるとその分視聴体験の品質を損ねることとなり、そのバランスの取り方が課題となっていた。
五藤氏らAbemaTV開発チームはこの「データ量節約と画質のバランス」を見極めるため、画面解像度別に視聴体験の質を主観評価。配信されるコンテンツごとに「最低限何がはっきり確認できればよいか」を探ることで、ユーザーにとってストレスにならない最大限のデータ削減の指標を探ったという。
「たとえば、AbemaTVの人気コンテンツのひとつである麻雀番組においては(戦局を確認できることが重要であるため)麻雀牌に書かれた文字や対局するプレーヤーの名前テロップが最低限はっきりと確認できることが大事、というように定めていった。
さまざまなコンテンツでの評価実験を行ない、それらの結果をもとに『すべてのコンテンツで大事なポイントが確認できる最低限の解像度』を算出した結果、『180p(走査線数180本のプログレッシブ走査)』まで画質を落としても概ね許容して視聴できることがわかった」(五藤氏)
映像版の“官能検査”ともいえる、開発チームの綿密な評価実験。これにより一定以上の視聴品質とデータ通信量をバランスよく担保し、「ユーザーが安心して(携帯端末で)番組を見続けられる環境を構築しているという。
■ファクトベースの「視聴体験ログ」を取得し、視聴品質を改善
その他にも安定した再生環境を保証するため、スペインのソフトウェア企業・NPAW(Nice People At Work)社のソリューションを活用し、動画のバッファ率や配信ビットレートの適切度などファクトベースでの視聴体験ログを再生セッションごとに抽出・検証する仕組みを構築。発生頻度の高い問題から優先して対応することで迅速な改善を計るほか、発生した不具合の再現を容易にし、カスタマー問い合わせに対する補完の役目も果たしているという。
「期間を区切り、集中して再生環境の改善を行っている。たとえば2018年9月から12月にかけては『Play Failure(再生失敗)』の発生率を下げることに取り組み、実施前の50.3%程度まで減少させることができた」(五藤氏)
ライブストリーミングを主体とするサービスゆえ、切っても切り離せない「サーバーの負荷分散」にも積極的に取り組んでいるという。2017年5月にAbemaTVで放送されたスペシャル番組『亀田興毅に勝ったら1000万円』では、その話題性から視聴者からのアクセスが殺到し、一時配信サーバーがダウンする事態となった。五藤氏らはこのトラブルの原因のひとつが、配信コンテンツ切替時に切り替え先のコンテンツへアクセスが集中する「スパイク」と呼ばれる現象と判断。再生コンテンツを指定する情報を記述した「プレイリストデータ」をCDN(Contents Delivery Network:分散型のコンテンツ配信網)経由での配信に切り替えたり、再生開始時に行なうDRMの認証処理をユーザーごとに0〜5秒の単位でランダム化したりなど、一箇所に同一アクセスが集中しないよう、サーバーへのリクエスト処理そのものを分散させる取り組みを行った。
■「生放送コンテンツの配信安定化」という課題
AbemaTVの生放送コンテンツは東京・神宮前の拠点スタジオをはじめ、各地点からインターネット回線を通じて配信用サーバーへ送出される。この「インターネットテレビ局」ならではの仕組みが抱えていた「送出時の不安定さ」についても、技術的な観点から改善に取り組んでいると五藤氏は話す。
「スタジオからSDI(Serial Digital Interface:非圧縮のデジタル映像インターフェース)で送られてきた映像信号はWirecast(Telestream社の開発するライブ配信専用動画エンコードシステム)を経由し、RTMP(Real Time Messaging Protocol:インターネット上でリアルタイム通信を行なうための専用プロトコル)を通じてWowza(Wowza Media Systems社が開発する動画配信サーバー)から視聴者へストリーミング送出している」(五藤氏)
配信サーバーまでの通信に用いるRTMPプロトコルはTCP(Transmission Control Protocol)と呼ばれる通信方式がベースとなっている。TCP方式はデータの送信元と送信先間でつねにデータの到着を確認しあうなど、信頼性の高いデータ通信に向いているいっぽうで、通信における手続き処理の多さから遅延や渋滞が生じやすく、連続してデータをリアルタイムに送り続けるストリーミング配信においては送出の途中失敗などの障害リスクが高かった。この問題を解消するべく、五藤氏らは「Zixi」と呼ばれる新たな映像伝送プロトコルを導入した。
「Zixi」は、UDP(User Datagram Protocol)と呼ばれる通信方式がベースとなっている。前述TCP方式に比べ、データの到着確認などの保証機能は省かれているが、その分通信にかかわる手続きが少なく、遅延の少ない大量データ送信に適している。加えて同プロトコルではFEC(Forward Error Collection:前方誤り訂正)と呼ばれる仕組みがサポートされており、送信データに誤りがあっても受信側で一定時間内に訂正できるようになっている。このため、パケットロス(通信途中のデータ欠落)が発生しやすい通信環境でも高いスループット(データ転送速度)を確保でき、インターネット回線上でも安定した映像伝送を行うことができる。
AbemaTVでは、動画エンコードシステム「Wirecast」内にプラグインとしてこの「Zixi」を組み込んでいる。スタジオから配信サーバー間の通信経路に埋め込むことで配信担当者側からのインターフェースには影響を与えず、スタッフは従来どおりの手順を変えることなく、配信映像の品質を向上させることが可能になるという。
「『Zixi』の採用により、スタジオからの伝送レベルでは解像度1080pで8〜12Mbpsのスループット、配信サーバーレベルでは解像度1080pで8Mbps程度のスループットを出すことが可能。ストリーミング映像を『テレビ品質』に近づけることができる」(五藤氏)
これと並行して、これまでの配信ログデータを活用し、タイムラインに沿ったコンテンツバッファー(データ読み込み)の量を可視化して予測する「Buffer Visualiser」という仕組みを導入。あらかじめデータ読み込みの発生しそうな箇所を予測し、先回りで帯域を確保することでストレスのない映像伝送に取り組んでいるという。
■安全なコンテンツ運用に向けた、技術的な取り組み
最後に五藤氏は、広告主に向けたAbemaTV独自の広告運用支援ツールを紹介。一般的な放送事業者と異なり音声レベルや画面フォーマットの調整といったマスタリング工程を経ずに納入される動画広告データにおいても品質を担保するため、独自の入稿規定にそったチェックを自動的に実施できる体制を敷いているという。これもインターネット業界の特殊性をカバーし、『テレビ品質』の放送クオリティを担保するための重要な仕組みといえよう。
「AbemaTVは、テレビを踏襲した『完全編成型』のストリーミングサービスであるためコンテンツの最適化が行ないやすく、(他のインターネット動画広告と比較しても)広告のタイミングに関する視聴者側のストレスが低いのが特長だ。放送されるコンテンツもプロ(の手による)コンテンツなので信頼性が高く、結果として広告に対する信頼度も高くなっている」と五藤氏は胸を張る。
「地上波テレビは、電波の届く範囲であれば(基本的に同じ品質で誰でも)コンテンツが見られるのが強み。AbemaTVが『真のマスメディア』になるための戦いは、インターネットの技術的な限界との戦いでもある」(五藤氏)
「インターネットのマスメディア」を標榜し、まさに地上波とインターネットテレビの「いいとこ取り」を志向するAbemaTV──。この裏側で日夜行われている、放送とインターネット両方の分野に精通した技術者たちの並々ならぬ奮闘が垣間見えるセッションとなった。